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魂の鍵と魔術師の業
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「そして、“血の呪縛”についてだけど、もしかしてあんたは死にかけていたかい?」
恐らくそうだったと頷く。
「囁かれたんだね。名を訊かれただろう? 生きたいか尋ねられただろう? 名は魂を開く鍵だよ。生きたいか尋ねるのは同意させるという事。魔物に成ると同意させたんだよ」
ぐっと、奥歯を噛み締める。
自分から魔物に成ると、そう言わされたってこと。
「吸血鬼に堕ちるには、魔力を有する者が相互で吸血することが必要なんだよ。本来ならね。
稀に唯人が吸血鬼に堕とされることがある。それが真名を暴かれた者なんだよ」
知らない知識。
「あんたは異国の者だろう?」
頷くと、
「母国語の響きそれ自体が真名の役割になったんだよ。ランジュも名付けた時、無意識に母国語で名付けただろう?」
「そうです。響きと言うか、呼び方は同じです。だけど文字にするとこちらの文字とは違います」
「それを大事にするんだよ。“魂の鍵”だ。何より、魔を弾く護りなんだからね」
「そう……ですか。だけど、あの男には知られているんです。囚われた時に、頭に直接話し掛けられて、その時にこちらの言葉も頭に直接植え付けられた」
「魔術だね。魂を開いた時に魂に直接知識を入れ、得もしたんだろう。例え真名を知られていても、招き入れなければ大丈夫だ。
用心はしないとならないよ?
それは死んでもだ。真名を開いたまま死ねば、その躰だけを魔物に変えられる。“死者の魔物”と言う。人はゾンビと呼んでいるよ。それでもって世界は滅びそうになったんだよ。奴らも噛み付くことで仲間を増やす。厄介なのが、ゾンビ化した者は真名も関係なく噛み付くだけで生者を死者に変えるんだ。人としての知識も死んでしまうから、ただ、ただ仲間を増やすのみの魔物に成り下がる」
それに成らなくて良かったと、安堵するべきなのか。
「“血の呪縛”だが、“永遠の闇”から開放された者は殆どが皆、偶然“呪縛”するんだ。ガランもそうなのだろう?」
小鳥達とのことを掻い摘んで話すと、オビィは納得したと頷いて、
「大型動物なら血を飲むことも出来るだろう。飲まれた側は、忠実な下僕となるんだ。小鳥達は涙から魔物の素を拾ったのだろう。少量でも長く摂取すれば小さな体だ、呪縛するに足りたのだろう。それも四羽だ。運が良かったと言える。一匹なら今現在まで生き長らえることは出来なかったろうね」
死んだ子は気の毒だけどさ。と寂しげに微笑んだ。
だからね。と、傍らに寄って来た黒猫を撫でながら、
「魔女は動物を従えるのさ。もしもの事態に備えてね。私は猫が好きだからさ、そうなるなら猫がいい」
もしもの事態とは、闇堕ちされそうになった時、血の呪縛で逃げる方法。
「口にしたのが一粒でも血液は血液。中途半端だった体が変化するに事足りたんだよ。小鳥達が事前に魔力の素を体内に入れていたからこそ瞬時に変化出来たのさ。
それにしたって、小鳥達が“涙”を強請る。か、無意識にあんたの“眼力”が小鳥達を惑わしてたんだろうね。決まった時間に必ず会いに来るように願うだけでいいんだよ。魔力の宿った眼力に小鳥達はすぐに囚われたのさ。
何にせよ幸運だったよ。逃げられて、ここまで逃れて私と出逢えて」
優しく微笑んだオビィが、それで、と続ける。
「“血の呪縛”は、稀に動物たちを進化させることがある。人のような思考を持ち始める子、それに伴うように体を人寄りに変化出来るようになる子。その子らの主人に考え方は似て来るんだよ」
「話せるようになるなら、楽しいでしょうね」
小鳥達と会話する未来。
肩口で同意するように頬擦りしてくる小鳥達。
「うん。この、黒い子ね、この子変化するかもよ」
オビィが示した子は、確かにどの子よりも賢かったと同意する。
「名付けてやるといい。一気に変化するよ」
なら、三匹共に。
「ガランを助けた者。母国語で、者は“しゃ”とも読むから、黒はガシャ。白はラシャ。斑はシャン。で、どうかな?」
チチチ と、一声鳴いた小鳥達が、頭を下げる。まるで、分かりましたと答えるように。
そうして、三匹共に ほわり と赤白く発光する。
見た目に変化はなかった。
『チチチ……ガラン……さま。ガシャ……うれ……しい』
頭に直接聞こえて来たのは、ガシャの言葉。
「凄いな」
「うん? 話せるようになったの?」
オビィに顔を向けると、目を細めて笑われた。
「そのキラキラした目。嬉しそうで何よりだよ」
「本当に、嬉しいよ」
涙が溢れて来た。
すると、やっぱり三羽が揃って頬を啄くから、泣きに泣いて、笑いに笑った。
魔物になって、初めて心から笑えたんだ。
一息吐いて、まだ話は続いた。
「物語ることなら、それはそれは沢山あるよ。あんたみたいな子には知識が武器になるからね。だけど、まずは、どうして魔術師を人が恐れるかについて、だ。これだけは早めに理解していないければならない。
人の為に魔力を使えば役立つのにと、何故隠れる必要があるのか教えられなかった幼い魔術師が殺された事例もあるんだよ」
昔、魔術師は、この世界の中心だった。その魔力で生活を支え、大地を豊かにし、人を護り、慈しみ、何よりも唯人より人口も多かった。
それはそれは皆が幸せに暮らしていたんだよ。
だけどある時、一人の魔術師が狂ったんだ。
魔術師を魔物へと変え、動物の魔物を作り出した。
その時、吸血鬼とゾンビが生まれたんだ。それで、大半はゾンビのせいで人は滅びそうになった。
魔術師は、護ることも出来るが、壊すことも出来ると人に恐怖を植え付けた。
幾人かの魔術師は抵抗し、それでどちらも滅ぶのは回避出来た。
だけど、今度は魔術師への迫害が始まったんだ。
魔術師を擁護する者は少数で、庇えば庇うほど、人で在っても迫害された。
だから魔術師は隠れることを選んだんだ。
時間が流れるほどに真実はねじ曲がり、魔力を持つ者を生かしていては、いずれは魔物に成る。
それだけが真実となってしまったから。
その人の中にあっても、先祖の中に魔術師が居る家系は、稀に魔力を持った赤子が生まれる。それがランジュのような存在となる。
オビィの短い語りには、魔力が篭っていた。
怒涛の知識の渦。
まるで目の前で見ているような感覚にくらくらした。
「すまないねぇ。昔からこの伝承は間違えて欲しくないから、誰がどんな語り口調で話しても“恐怖”と言う縛りが施されてるんだ。忘れないようにね」
身を護る術。そう言うこと。
「それで、ね。あんたはもう仕方ない。だけど、ランジュはどう育てたい?」
魔力を持つ者。
だけど、
「出来るなら普通の、人の人生を……」
オビィは静かに頷いた。
恐らくそうだったと頷く。
「囁かれたんだね。名を訊かれただろう? 生きたいか尋ねられただろう? 名は魂を開く鍵だよ。生きたいか尋ねるのは同意させるという事。魔物に成ると同意させたんだよ」
ぐっと、奥歯を噛み締める。
自分から魔物に成ると、そう言わされたってこと。
「吸血鬼に堕ちるには、魔力を有する者が相互で吸血することが必要なんだよ。本来ならね。
稀に唯人が吸血鬼に堕とされることがある。それが真名を暴かれた者なんだよ」
知らない知識。
「あんたは異国の者だろう?」
頷くと、
「母国語の響きそれ自体が真名の役割になったんだよ。ランジュも名付けた時、無意識に母国語で名付けただろう?」
「そうです。響きと言うか、呼び方は同じです。だけど文字にするとこちらの文字とは違います」
「それを大事にするんだよ。“魂の鍵”だ。何より、魔を弾く護りなんだからね」
「そう……ですか。だけど、あの男には知られているんです。囚われた時に、頭に直接話し掛けられて、その時にこちらの言葉も頭に直接植え付けられた」
「魔術だね。魂を開いた時に魂に直接知識を入れ、得もしたんだろう。例え真名を知られていても、招き入れなければ大丈夫だ。
用心はしないとならないよ?
それは死んでもだ。真名を開いたまま死ねば、その躰だけを魔物に変えられる。“死者の魔物”と言う。人はゾンビと呼んでいるよ。それでもって世界は滅びそうになったんだよ。奴らも噛み付くことで仲間を増やす。厄介なのが、ゾンビ化した者は真名も関係なく噛み付くだけで生者を死者に変えるんだ。人としての知識も死んでしまうから、ただ、ただ仲間を増やすのみの魔物に成り下がる」
それに成らなくて良かったと、安堵するべきなのか。
「“血の呪縛”だが、“永遠の闇”から開放された者は殆どが皆、偶然“呪縛”するんだ。ガランもそうなのだろう?」
小鳥達とのことを掻い摘んで話すと、オビィは納得したと頷いて、
「大型動物なら血を飲むことも出来るだろう。飲まれた側は、忠実な下僕となるんだ。小鳥達は涙から魔物の素を拾ったのだろう。少量でも長く摂取すれば小さな体だ、呪縛するに足りたのだろう。それも四羽だ。運が良かったと言える。一匹なら今現在まで生き長らえることは出来なかったろうね」
死んだ子は気の毒だけどさ。と寂しげに微笑んだ。
だからね。と、傍らに寄って来た黒猫を撫でながら、
「魔女は動物を従えるのさ。もしもの事態に備えてね。私は猫が好きだからさ、そうなるなら猫がいい」
もしもの事態とは、闇堕ちされそうになった時、血の呪縛で逃げる方法。
「口にしたのが一粒でも血液は血液。中途半端だった体が変化するに事足りたんだよ。小鳥達が事前に魔力の素を体内に入れていたからこそ瞬時に変化出来たのさ。
それにしたって、小鳥達が“涙”を強請る。か、無意識にあんたの“眼力”が小鳥達を惑わしてたんだろうね。決まった時間に必ず会いに来るように願うだけでいいんだよ。魔力の宿った眼力に小鳥達はすぐに囚われたのさ。
何にせよ幸運だったよ。逃げられて、ここまで逃れて私と出逢えて」
優しく微笑んだオビィが、それで、と続ける。
「“血の呪縛”は、稀に動物たちを進化させることがある。人のような思考を持ち始める子、それに伴うように体を人寄りに変化出来るようになる子。その子らの主人に考え方は似て来るんだよ」
「話せるようになるなら、楽しいでしょうね」
小鳥達と会話する未来。
肩口で同意するように頬擦りしてくる小鳥達。
「うん。この、黒い子ね、この子変化するかもよ」
オビィが示した子は、確かにどの子よりも賢かったと同意する。
「名付けてやるといい。一気に変化するよ」
なら、三匹共に。
「ガランを助けた者。母国語で、者は“しゃ”とも読むから、黒はガシャ。白はラシャ。斑はシャン。で、どうかな?」
チチチ と、一声鳴いた小鳥達が、頭を下げる。まるで、分かりましたと答えるように。
そうして、三匹共に ほわり と赤白く発光する。
見た目に変化はなかった。
『チチチ……ガラン……さま。ガシャ……うれ……しい』
頭に直接聞こえて来たのは、ガシャの言葉。
「凄いな」
「うん? 話せるようになったの?」
オビィに顔を向けると、目を細めて笑われた。
「そのキラキラした目。嬉しそうで何よりだよ」
「本当に、嬉しいよ」
涙が溢れて来た。
すると、やっぱり三羽が揃って頬を啄くから、泣きに泣いて、笑いに笑った。
魔物になって、初めて心から笑えたんだ。
一息吐いて、まだ話は続いた。
「物語ることなら、それはそれは沢山あるよ。あんたみたいな子には知識が武器になるからね。だけど、まずは、どうして魔術師を人が恐れるかについて、だ。これだけは早めに理解していないければならない。
人の為に魔力を使えば役立つのにと、何故隠れる必要があるのか教えられなかった幼い魔術師が殺された事例もあるんだよ」
昔、魔術師は、この世界の中心だった。その魔力で生活を支え、大地を豊かにし、人を護り、慈しみ、何よりも唯人より人口も多かった。
それはそれは皆が幸せに暮らしていたんだよ。
だけどある時、一人の魔術師が狂ったんだ。
魔術師を魔物へと変え、動物の魔物を作り出した。
その時、吸血鬼とゾンビが生まれたんだ。それで、大半はゾンビのせいで人は滅びそうになった。
魔術師は、護ることも出来るが、壊すことも出来ると人に恐怖を植え付けた。
幾人かの魔術師は抵抗し、それでどちらも滅ぶのは回避出来た。
だけど、今度は魔術師への迫害が始まったんだ。
魔術師を擁護する者は少数で、庇えば庇うほど、人で在っても迫害された。
だから魔術師は隠れることを選んだんだ。
時間が流れるほどに真実はねじ曲がり、魔力を持つ者を生かしていては、いずれは魔物に成る。
それだけが真実となってしまったから。
その人の中にあっても、先祖の中に魔術師が居る家系は、稀に魔力を持った赤子が生まれる。それがランジュのような存在となる。
オビィの短い語りには、魔力が篭っていた。
怒涛の知識の渦。
まるで目の前で見ているような感覚にくらくらした。
「すまないねぇ。昔からこの伝承は間違えて欲しくないから、誰がどんな語り口調で話しても“恐怖”と言う縛りが施されてるんだ。忘れないようにね」
身を護る術。そう言うこと。
「それで、ね。あんたはもう仕方ない。だけど、ランジュはどう育てたい?」
魔力を持つ者。
だけど、
「出来るなら普通の、人の人生を……」
オビィは静かに頷いた。
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