鼓動

なぁ恋

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血の呪縛と永遠の闇

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男は容赦なかった。

僕の体内の血液を死なない程度に残し飲み干す。そして僕にも最後に一含み残した僕自身の血を口移しで分け与える。
その、最後の行為が嫌で嫌で仕方なかった。
なのに、抗えない。

僕は“吸血鬼”と言う魔物の“糧”に成った。当然僕の糧も血で、男が与えるものしか口に出来ない。
自分の意思はあるのに、男の与える自由しか動けない。
瞬きをするな。と言われれば、瞼は自分の意思で閉じられなくなる。涙が溢れ、眼球が乾こうとも、男が許すまで瞼を閉じられないんだ。
もうそれは拷問に等しい。
どんな命令も自分の意思とは関係なく受け入れてしまう。

始めに着せられた白い服は、僕の血で赤黒く汚れてしまった。
それがまた僕の心を踏み付け同じように汚して行く。

心は壊れかけていた。

だがそれが良いと男は囁く。その時見えた口端に長い牙が見えた。

僕は男のような牙はない。
だから口移しでしか血を含めない。自分の血を飲んで生き長らえて……だけど、これは生きてるって言えるのかな?

ある時男が機嫌良く、自らの生態を語り始めた。

「“血の呪縛”と言うのだよ。私とお前を繋いでる絆は。不思議だろう? 己の意思では何も出来ない。私が“死ね”と言えば自死さえしてしまうのさ。
ふふふ。私には幾つもの糧があってね、今日その一つを“永遠とわの闇”に放ってやったんだ。これの意味はね、である血液を残して体の血液を全て飲み干してしまうんだ。そうすると干からびて動けなくなる……だけど、死んでないんだよ。死ねないんだぁ……そうした後で、棺に入れて埋めてやるのさ。そうされた者は“永遠の闇”の中で生きて行くしかなくなるんだ……ふふふ。その様子が私の目には視えるんだ。生きたいと願う時、甘美なる生気が立ち上る。それはそれは美味なのさ」

狂っている。
魔物だからそれが当たり前なのか……。もし僕がそんなことをされたら……恐怖で引き攣る頬に気付いた男が、それはそれはにんまりと、微笑んだ。

「大丈夫。大丈夫だよ。私はお前を気に入っているのだから、このまま順従なら可愛がってあげるよ」

言いながら僕の頬をゆるりと撫でた。

「ね……ものねえ?」

男が微笑む。そうしてまた限界まで吸い尽くされ、意識を失った。

囚われて、どんなに時間が経っているのかも判らない。まるで生き地獄。

だけど、飲み尽くされて目覚めた後は血が回復するまでは自由に過ごせた。

長い日々、夜が僕の中心となっていた。男は陽の光に弱いのだ。だけど、動けない体を横たえ、小さな窓から射し込む明けた朝陽を眺めるのが唯一の救いになっていた。
ある日、小さな影が窓際に現れる。
チチチ と、鳴く小鳥。
何をするともなくそこで鳴く。一羽二羽と最終的には四羽姿を見せるようになった。

その歌声に聴き入って、もっと側に来て欲しくなる。僕は動けない。唯一出せる声で、「傍に……来て」と願ってみたら、四羽共に室内に入って来た。横たわる僕の体に止まり、可愛らしく首を傾げ、チチチ と鳴く。
あぁ……喜びが湧き上がる。
心が癒される。
「う……ふうぅ」声を殺して泣いていた。小鳥達は、チチチ と鳴きながら、頬を伝う涙をその嘴で啄む。それはくすぐったく、けれど、温かかった。

それからは夜明けの時間が待ち遠しくなる。
小鳥達は必ず姿を見せてくれた。そして肩に止まり、強請るのだ。最初に与えた涙を……それは喜びに、震える程の幸せを感じていた。



「ふふふ。なるほど……血の味が僅かに変わったと思えば、のせいか」

ある時突然、現れる時刻ではないのに男が現れ、一羽をその手に握っていた。

「やめて……」

心が一瞬で凍える。

「ふふふ。そうだよ。その顔だ。あの窓は閉じてしまおう。お前には必要のないものだ」

にやりと微笑んだ男は、小鳥を両手で握り引き千切った。その瞬間が僕の運命を塗り変えたんだ。

小鳥にも血は通っている。小さな体に見合った血が……引き千切られたその体から溢れ出た血液が一粒跳ね。ほんの一雫が僕の唇に触れた。無意識に唇を舐め、それが口内を満たし体を変えた。

「あぁ……あぁぁぁ!!」

男が叫び、その手を伸ばすも、僕の体はするりとそれを躱し変化する。
小さく小さな死した小鳥と同じ姿に。同時に鉄の鎖がゴトリと落ち、男と繋がっていた絆。“枷”は外れ、小さな窓から飛び出す!
三羽はそれに従い着いて来た。
飛び出した世界は、広く眩しく暖かだった。陽の光の優しさに満たされ、喜びに膨らむ心がどこまでも行けると空を駆けた。

僕は意図せず、囚われの身から開放されたんだ。

嬉しくて嬉しくて……力の限り飛び続け、ほんの少し疲れを感じた時、外れた枷の男の名残りが、悪足掻きのように僕の思考を刺激した。
ドクン と、鼓動が跳ね、空中から落下し、柔らかい草の上に落ちる。

「はぁはぁ……」

苦しくなる。無理をし過ぎたのだと理解した時、小鳥達が僕の肩に止まった。すると、ゆるゆると立ち上る“生気”が僕を癒してくれた。
なるほど。と、男が語ったことを思い出す。
“永遠の闇”に囚われた者の“生気”のこと。
小鳥達から与えられるこれがそれだと解り、僕の糧と成ったことを悟る。
そしてあの男と同等の“吸血鬼”と変化したのだ。
他者の血を自らに取り込む。そうして支配されたのが今までの僕だった。助けられた時、吸血され、口に含まされた液体を思い出す。それが魔物へと変化させる“魔物の素”で、この小鳥達から僕の気配が感じられた。
思い当たるのは“涙”。小鳥達を見れば、その小さな眼が赤く変化していた。元々は黒色。僕の髪も眼も黒かった。小鳥達は、黒、白、黒と白の混ざった色をしていた。犠牲になった子は白かった。

気付けば、空は明けて陽が降り注ぐ、そんな場所に居た。
陽の光は僕にとっては痛みを与えるだけのものだった。それを自覚させる為に小さな窓があったのだと思う。僕は男と同じ“属性”だったから。
それがどうだ。今この時を僕は忘れないだろう。 属性が変化したんだ。小鳥達は昼間の生き物だ。だから僕も同じ属性に変化出来たんだ。

「は、ははは……」

嬉しくて涙が溢れた。待ってたとばかりに小鳥達がそれを掬うように啄むからこそばゆくて笑う。心から。

生きる糧も手に入れ、僕は自由になったのだ。
だけど、逃げなければと本能が訴える。
僕を変えた男に捕まれば、また同じ存在に堕とされる。それは嫌だ。
そうして僕は何年も彷徨うように旅をする。
14の歳に魔物と成ったこの見姿は変化せず、吸血鬼。赤い眼の魔物の伝承に触れながら。
あの男から逃げ続けることが僕が生き残る術だと諦めながら……。

変化を求めていた訳ではないけれど、真に自由を求めて足掻くのだ。






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