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<やまねこのふえ>のお話
30 美しいふえ吹き
しおりを挟むはじめは、わからなかった。
目の前で、心を鷲づかみにするようなふえを吹いている美しいやまねこが、
自分の息子だなんて。
レノさんは、北の森のお店がたち並ぶ通りで、
かすかに、ふえの音をききました。
ふえの音に近づいていくと、
少しひらけた石だたみの一角に、動物たちが集まっていました。
動物たちの間をかき分けて、前の方に出ると、
まるでコンサートを開いているかのように、
すべての視線を集めてふえを吹いている
若いやまねこが見えました。
吸いこまれるように聴き入ってしまう音色、
次々と惜しげもなく繰り出される技巧。
次の展開が楽しみで仕方がありません。
音楽にたいした興味もないレノさんでさえも、
いつのまにか夢中になって聴いていました。
他の動物たちも、同じように夢中になっている様子でした。
そのうち、変化があらわれました。
レノさんは、怒りがこみ上げてきたのです。
他人が何をしていようが、自分が何をしていようが、関係なく生きてきたレノさんですが…。
今、自分に腹が立って仕方がない。
なぜ、目をそらす?
もっと、妻や子どもがしっかりやっていけるように、見てやらなければ。
厳しく、自分の思い通りに、導いてやらなければ。
息子が迷惑をかけているなんて、許せないことだ。
今まで感じたこともない感情が湧きあがり、
目の前を染めていくようでした。
その時、となりにいたタヌキのお嬢さんが、シクシク泣き出しました。
それは、ふえの音に感動したという感じではなく、
明らかに、感情がコントロールができなくなったような様子でした。
レノさんは、それを見てハッと我にかえりました。
この美しいふえ吹きこそ、自分の息子ではないか。
なぜ?
なぜ、すぐに気がつけずにいたのだろう!
気分が悪くなって、輪から抜け出ようとする動物たちに阻まれながら、
ふえ吹きの前に搔き出て、
宙を見たままふえを吹いているやまねこの肩をつかみました。
「おいっ!」
レノさんは、「あれが、ふえ吹きのやまねこじゃないか?」と動物たちがささやくなか、
ニノくんの手をつかみ、
強引に引き連れて、急ぎその場を去りました。
店がたちならぶ賑やかな通りから、ずいぶん離れて、
大きな木がたくさん生い茂る辺りまで来ると、
走るのをやめて、ゆっくり歩き始めました。
夜風がレノさんとニノくんの体毛をさわってから、
木々の間をすり抜けていきます。
ニノくんは、自分とよく似たこのやまねこの登場と、一連の行動に驚きながらも、
あわてることなく従っていました。
絶対的な安心感に、何かを察して、
言いました。
「あんた、父さん?」
レノさんは、振り返らずに、
「まあね。初めましてだから、
親なんて言えないけれど。
でも、まあ、あの場は、放っておけないだろう。」というと、
ちょうどいい岩があったので、
ニノくんの手を離して座らせました。
「きみのことは、ウワサできいている。
なぜ、森を潰したりするの?」
口数の少ないレノさんの、直球です。
「…そんなの、わからないよ。
潰してるつもりなんて、ない。
ただ…、ふえを吹いているだけだ。」
ニノくんは、ショルダーバッグから半分出て見えているふえをさわりました。
「吹かずにいられないってこと?」
「…うん。」
「…」
レノさんは、ニノくんとふえが、切っても切れない関係にあることを、なんとなく感じました。
それは、危険なことだというのも、
知っていました。
「そのふえ、私が少し預かる。」
ニノくんは、レノさんの顔をまじまじと見つめました。
「いきなり出てきて、なに言ってんの。」
「渡さないのなら、取り上げるまでだ。」
ショルダーバッグにのびたレノさんの手をかわして、
ニノくんは飛び退きました。
2匹のやまねこが、
対峙してにらみあいます。
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