煉獄人形

瀬模 拓也

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chapter6

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(暑い・・・)


休む事を知らない夏の日差しは空気さえ焼き尽くしていくような気がする。

建物の外側に備え付けられた鉄製の階段を秀一は睨んでいたが、今日はピザの配達に来た訳では無い。











アンティークドール

沙知の言葉で秀一の頭に浮んだのがこの場所だった。

それと同時に店に訪れた時の恐怖が襲って来る。

あの圧迫感と見られている様な嫌な感じ、それに関係する何か怖い夢も観た様な気がする。



(クッソ・・・!)

本当ならば2度と来たくは無かった。バイトで注文が入っても絶対に断ろうと決めていた。

けれどもアンティークドールと聞いて他に思い付くような場所は秀一には無かった。











沙知の誕生日にプレゼント、彼女の喜ぶ顔を見たいと思う反面恐怖が体を支配して踏み出せずに居た。



「よしっ・・・・!」

一時息を止めて帽子を被り直すと勇気付けるように小走りで階段を駆け上がる。



最後の一押しをしたのは矢張り沙知の屈託の無い笑顔だった。



我ながら健気だと自嘲した瞬間。





「おわっ!」

鉄階段に足を引っ掻け脛を強く打ち付けてしまった。































ドアベルの音が低く鳴り響く。

相変わらず店内は薄暗く、ドアから入って来た日差しに反射して人形達のガラスの眼が妖しく光っている様に見えた。





「いらっしゃいませ」

持っていた携帯ゲーム機を脇に置くとカウンターからメイが立ち上がる。

余程暇なのか職務怠慢なのか、何にせよこの空間に「日常的」な部分が見えた事は秀一にとって有り難かった。



息を静かに吐き出し鼓動を落ち着ける。





「何かお探しですか?」

意外にもメイが業務的な話し方をして来る。

ピザ屋の制服を着ていないので別の人間だと思われているのだろうか。



「あの・・・プレゼント用に・・・」

どう説明して良いのか分からずに、言葉が尻すぼみになるが真っ先に自分用で無い事だけは伝える。







「女の人って、どういうのが良いのか分からなくって」

そう言いながら店内を見渡す。

意外にも数体の人形には『売約済み』の札が掛かっていて客が入っている事が分かる。



(・・・・・うぅ・・・・)

店に入ってからずっと人形達が好奇な視線を秀一に送っているように感じる。

BGMが途切れたら笑い声すら聞こえてきそうだ。



矢張り自分で選んで見て回るのは無理だ。メイに全部任せよう。







「そうね。こういうタイプの子とか人気だけど」

木製のテーブルの上に座っていた人形を持ち上げるとメイは秀一に抱き抱えるように促す。

自分で良く見て判断しろと言う意味なのだろう。仕方が無く秀一はぎこちない動作で受け取る。とは言え何をどう見れば良いのかさっぱり判断出来ない。



「えっと・・・」

まるで洋画に出てきそうな中世の真っ赤なドレスを着た人形は受け取ると、栗色の髪が流れ秀一の手にかかる。あまり心地の良い感覚ではない。







(人毛・・・じゃ無いよな)

ビクつきながら確かめるフリをするがやっぱり何が何だか分からない。



「あとは・・・」

メイが何かを考えながら奥の棚へと向う。そこである考えが秀一の頭をよぎった。



(そう言えば値段、ていくら位なんだ?)

何の下調べもせずに来てしまった為、いくらになるのか見当も付かない。

人形を回して見るが値札など掛かっている訳も無く首を傾げてしまう。



(時価・・・じゃ無いよな。寿司屋じゃないし)

そもそも時価という言葉自体、秀一にはよく分からない。



そんな事を考えながら人形をもう一度横に向けた瞬間―











人形が―





「うわぁっっ!」



人形が、その白い首を傾けて秀一の方を見たのだ。金色のガラスの瞳と目が合う。







我も忘れて秀一は声を上げる。



「どうかしましたか?」

棚から人形を選んでいたメイが驚いて振り返る。



「えっ・・・あ・・・・?」

今起きた事を訴えようとするが手の中の人形は微動だにしない。顔も横を向いたままだ。















見間違い―?













恐怖が見せたのか幻覚なのか―?













でも今確かに―。





「大丈夫ですか?」

戻って来たメイが不思議そうに秀一を見る。

こうなると自分の方が不振人物に思えてしまう。



「あの・・・値段・・・て・・・どれくらい何ですか?」



脈絡が無いと思いつつも秀一は言葉を繋ぐ。実際値段が分からないのは本当だ。







「ああ」



納得したのか、よくある質問なのかメイが柔らかく笑う。





「そうですね。その子だと15万円になります」



「えっ!?」

先程とは違う意味で絶叫しそうになった。



(アンティークドールってそんなにするのか!?)

せいぜい、どんなに高くても5万円程度だと高を括っていた秀一は不意打ちを喰らう。



「あとは、この子だと13万位になりますね」

メイの腕の中には紫色の鮮やかな着物を着た少女人形が抱き抱えられていた。



真っ直ぐに切り揃えられた髪と西洋風の顔立ちが違和感なく作られており、愛らしいが秀一にとってはそれ所では無い。



「くらい・・・・?」

どうにか希望の光を探そうと聞き返す。



「お洋服によって数万円の差が出てきますね。あとメイクなどお顔の直しですと別料金もかかってきますが・・・」

メイの親切な説明でいろいろな事実が分かってくる。

服は着脱可能で顔の印象も変えられる。だがどうやっても10万より下は無さそうだ。







「あの・・・予算が・・・」

恐る恐る口を挟む。どちらかと言うと今は恐怖よりも恥ずかしさの方が勝っていた。







「ああ、そうですよね。おいくら位が?」

驚く様子も無くメイが微笑みながら質問する。

秀一の年齢を考えれば余り高いものは薦められないと判断したのだろう。









「5万・・・・くらい・・・」

メイが一瞬固まって見えた気がした。



気恥ずかしさで、また店内から逃げ出したくなる。



「少々お待ち下さい」

それでも考えた様にメイは微笑むと、カウンターまで行き在庫票だと思われるファイルを開く。



数度ページをめくり、指で確かめる様になぞるメイを見ると出会った当初に疑心を抱いていた事に罪悪感が湧いてくる。

今、彼女は自分の無茶な注文にも真剣に答えてくれているのだ。







「・・・・・・」

そこでページをめくろうとしていたメイの手が止まる。何かを思い出したかのように顔を上げると棚の上へと手を伸ばす。







「この子ならそのお値段でよろしいですが」

彼女の手の中にあったのは白いワンピースを着た青い瞳の人形だった。



最初に、一番初めに店を訪れた時に秀一の背中に落ちて来たあの人形だ。





「えっ・・・・・!?」

秀一は言葉を飲み込む。何かを話そうとするが喉が張り付く程渇いている。



何故この人形なのか。



理由が分からずにメイの方に視線を戻すと彼女の目から炎の様な光が洩れる。







「!?」











分かっていたのか―?





秀一があの日宅配に来た相手と同一人物だと言う事に。





だから薦めているのか!?











この人形を―





「いかがですか?」

そう尋ねるメイの声すら白々しく聞こえる。



矢張りこの店は、ここに居る人形は何かがおかしい。











一度消えかけていた恐怖が再び襲い掛かって来る。



このまま人形ごと突っぱねて逃げ出す事も出来る、むしろその方が良いのかもしれない。











ここから早く逃げ出した方が―



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