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第一章 転生と計画

第十三話 ティグル、疑われる

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 今日はついに行商人が来る。というか、もう来ている。夕方以降に村に入ると迷惑になるだろうという配慮で、村から少し離れた位置で野営して過ごしたのである。いくら港に近いと言っても魔境の森の中である。それなのに荷物満載の馬車を率いたまま野営を選択できるということは、相当強い人が護衛にいるのだろう。

 荒事にならないことを祈りながら取引の最終確認と簡単な練習をしていた。というのも、俺はエルフが欲しい物を買い終わってから購入に行かなければならないのだ。俺の身分はほぼ奴隷から家畜の間だからな。これでもマシになったのだ。

 一応服は一張羅を着ている。カーキ色のスタンドカラーシャツと、足首がキュッてなっていないベージュ色のジョガーパンツだ。これはアポロからのプレゼントである。作業着と寝巻き以外はヘビロテしている。

「いいデスカ? まずは本来の価格である五十万リールと言いマス。まず間違いなく下げられるでショウ。最終的に三十万までなら取引をし、それ以下で値切って来たら取りやめまショウ。こちらが取引中止してから元に戻そうとするような場合も、信用できませんので無視でいいデス。しつこいようなら小粒のみを三十万で売りつけまショウ。
 他は蛙の舌は一万くらいデスカネ。鞭に最適ですが、鞭使いはあまりいませんので、ほとんどは食用か薬でショウ。カラーフロッグの目玉は着色料に加工しましたので一袋五千くらいで、蛙の革は千リール行けばいいでショウ。まぁたくさんありマスシネ。サーベルボアなどのボア系の革は一万でいいデス。今回はこれで行きまショウ。重要なのは蛙石と人気であるボア系の革デス。他ははっきり言って捨てるのがもったいないだけデス。それでは頑張ってきてくだサイマセ」

「が……頑張る!」

 五歳児が初めての商売に向かう。荷車を引いて。一応布をかけてあり、何かは分からないようになっているが、村に入った瞬間に視線が集中する。そりゃ当然か。ハーフの五歳児が荷車を引いて行商人の方に向かっているんだから、商売する気なのが一目瞭然である。

 だが、相手は外国の商会である。第一王子派であるこの村で差別行為を行えば王子のメンツを潰すだけでなく、エルフはハーフに酷い仕打ちをする国というレッテルを貼られ、国外での活動にも影響するだろう。

 おかげで俺はテロリストに視線だけで人を殺せそうなほど睨まれているけど、何も言われないで済んでいる。

 そして今行商人の前に辿り着いたのだが、アポロがいる。……いや、違う! うさ耳の男性がいるだけだ。

 周囲を見渡すと全員獣人族だったのだ。初めて見た種族に驚き、特徴的な耳や尻尾を見ていたら「失礼だろ!」と、テロリストが罵倒しながら殴ってきた。避けられるけど避けてはいけないのが基本なのだが、このときは行商人の護衛が間に入ったことで事なきを得た。

「すみませんでした!」

 俺は即座に謝り頭を下げた。頭を下げるなど慣れすぎて何とも思わないけど、今回は完全俺が悪いと思いすぐに頭を下げた。このことがきっかけで取引できなかったら、協力してくれたアポロやベガに合わせる顔がない。

「構わないよ。子どものすることだし、外に出たことがなければ初めて獣人族を見たのだろう。私の娘も初めて外国の人を見た時は同じ反応だったからね。それよりも、君は初めて見るね。毎年一度は来るけど一度も会ったことがないんじゃないかな?」

 さすが商人である。ちゃんと人を見ているし、顔を覚えている。俺なら一年に一回しか会わないなら絶対に忘れる。それと同時にコソ泥クソ野郎たちから「わかっているな!?」という視線が送られてきた。

「僕は普段は違う場所に住んでいますので、隊商が来る時期に間に合わなかったのです。ですが、必要なものは村長様やこちらのウィード様が購入しておいてくれましたので、大変助かっています」

 どうだ! 模範解答だろ!

 これが病気だと荷車の存在に疑問を持たれてしまうからな。上手な嘘は真実を混ぜることだからな。

「……年齢を聞いても?」

 やっべー! 五歳児が魔境の森での生活は無理だろ。なんとか表情に出さず嘘をつこうとしたら、俺と同じく商人初心者のコソ泥クソ野郎が「五歳だろ! 早く答えろ!」と言ってくれやがった。

「……五歳にしては大きいし……言葉使いが……」

 何やら俺の心配とは違うところが引っかかっているようだ。でもこれはチャンスだ!

「あの不躾だと思いますが、商品を持ってきましたので、見てもらえませんか?」

「おい! おまえ、いいかげんにーー」

 テロリストが怒りに満ちた顔で怒鳴ろうとした瞬間、俺とテロリストの間に入り、自分の体で俺を隠してくれた。

「面白そうだね。では、向こうの静かなところでゆっくり見させてもらうよ。カルコス君、テンダに取引を担当するように伝えたあと来て欲しい」

「かしこまりました」

 行商人の指示に即座に頭を下げて頷き、伝言相手のもとへと走って行った。その姿を見送った俺たちは、行商人の案内で隊商の裏側へと移動した。テロリストたちは行商人のさきほどの発言によってついて来れなかった。

「改めまして、このような場を設けてくださいましたことを感謝申し上げます。遅ればせながら私の名前は『ティグル・アステール』と申します。どうぞお見知りおきください」

 いろいろおかしいあいさつかもしれないが許して欲しい。商人の経験など皆無なのだから。

「これは丁寧なあいさつをありがとうございます。私の名前は『イフェスティオ・ヴァーミリオン』と申します。一応この隊商を率いているヴァーミリオン商会の会長をやらせてもらっています。どうぞよろしくお願い申し上げる」

 めちゃくちゃ丁寧にあいさつしてくれる。騙されてはいけないと思うが、今のところ好印象しかない。それにしても、いきなりのトップか……。若干憂鬱になってきた。

「ではあまり御時間を頂戴しては申し訳ありませんので、商品を紹介させていただきます。どうぞ御覧くださいませ」

 俺は被せている布を剥ぎ取ると、積んでいたアポロお手製の組み立て式のテーブルに、次々と商品を並べていった。そこに先ほどの護衛が走って戻ってきた。

「戻りました」

「ご苦労様。カルコス君も見ていくといい。素晴らしいものばかりだぞ!」

 行商人改め商会長が興奮した様子でそう話すと、何人かの商会員が気になるのか、こちらをチラチラと見ていた。

「手の空いた者は来ても構わんよ。ただし商談の邪魔はしてくれるなよ」

 すると何人かがこちらに来て俺に会釈をした後、商品を並べたテーブルを覗きに行き、興奮の声を上げていた、その場所こそ、目玉商品の目玉加工製品である【蛙石】である。

 エルフも来たそうにしているが、隊商の裏側という人払いを行っているせいで近づけないのだ。ここはいわゆるスーパーとかのバックヤードだ。店員以外立ち入り禁止である。

「取引の前に本当の年齢を聞きたいのだが、聞いてもいいだろうか? というのも、さきほど村長があいさつに来たときに娘さんもつれていてね。とても同じ五歳児には見えないんだよ」

「えっと……、私はハーフですので五歳で間違っていません」

「なるほど、それなら納得だ。では今日は経験を積ませるための親御さんからの試験かな?」

 ニコニコと笑いながら聞いて来ているが情報を集めているのだろう。蛙石の加工の秘密を知るために。ここで半端な嘘をつくとテロリストたちから余計な横槍が入ってしまう。

「いえ、孤児ですので両親はおらず一人で生活していますが、エルフの皆さんが陰ながら支えてくださっていますので、楽ではありませんがあまり辛くもありません」

 獣人の方たちが全員絶句である。俺的には模範解答である。何故ならば、一部のエルフが精霊術で盗聴しているからだ。俺に近寄ってこないから遠めだが、下手なことを言った瞬間に折檻が確定するのだ。これ以上の模範解答はないはず。

「五歳だろ……!? 辛くないわけないだろう!」

 何故か護衛の方が反論してきたが、アポロとベガがいるから辛くはないのだ。むしろエルフの村にいるよりも楽しい。だから確かに村にいる間は辛いと思う。

「書庫で勉強したおかげでしょーー素材加工も可能になりましたし、十歳の祝福の儀が来たらすぐに働けるように練習の機会を得られているだけで十分です」

 あっぶねー! 危うく食肉確保って言いそうになった。そんなこと言った日には虐待だって言われるだろうし、今まで何を食べていたんだ? ってなるだろう。

「そうか。大変だったのだな。では早速取引を行おう」

 まだ何か言いたそうな護衛を宥めた商会長は、早速取引を行うよう告げ、取引用の硬貨と契約書を用意した。そして何かを近くの商会員に伝えると、一枚の紙を取り出して魔力を込めた。

「驚かせてすまないね。不躾なものが盗み聞きしていたものだから、追い払わせてもらったよ」

 そう説明してくれた後、ふとテロリストに視線を向けニッコリとわざとらしい笑顔を向けた。

「さて、【蛙石】から行こうか。いくらで売ってくれるのかな?」

「一つ五十万リールでお願いします」

「五十万だね。いいよ、決まりだ」

「……えっ……はっ……えぇぇぇぇ!」

 思わず声を上げて驚いてしまった。ベガさん……この状況はどうすれば……。


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