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第二章 新天地と始まり
第二十話 勘は補正される
しおりを挟む◇◇◇
「ちょっと、あんた何で一人で逃げたのよ! そのせいで正式な奴隷になった上に、鍵も奪われたままじゃない! 女の犯罪奴隷がどうなるかくらい分かっているくせに、同僚を見捨ててもいいと思ってんの?」
「怒鳴るな。俺様の大事な商品も奪われたのだぞ? あの珍獣は今世の勇者様に献上しようかと思っていたのに……。それにこのままでは俺様の任務も中止にせざるを得なくなる。そもそもこういうときのために国境近くの街の警備兵を抱き込んでいるのだ。何故小僧一人にいいようにされたままにしているのかと考えていたところだ。――どう思う?」
薄毛で太めの男性は、太った体から溢れ出す脂を辺りにまき散らしながら文句を言っていた。そして、突然拘置所の出入り口に向かって声をかける。檻からは見えない物陰に隠れて様子を窺っていた人物は、薄毛の男性の問いかけに答えるために物陰から出てきた。
「お前らさぁ、少し目立ちすぎなんだよ。せっかく検閲のときに見逃してやったのに、ウルフなんかにビビって帰って来るなんてな。工作員のくせに情けなくないか? しかも大事な商品を放置したまま。さすがの俺でも拾った物を落とした人に返せなんて言えないぞ? この世界共通の常識だろ? それよりもあの鎧のヤツは何なんだ? 俺を馬鹿にしやがって! アイツは絶対に殺す! 上手く行けば商品も戻ってくるだろうよ。とりあえずお前らは逃がしてやるから、しばらくは大人しく隠れているんだな」
「くそっ! ……分かった」
「私もよ。性処理をさせられるよりはマシよ」
犯罪者と犯罪奴隷の二人が消えたことに気づいたのは翌朝の見回りのときで、そのときには消えた二人がいた区画の全ての犯罪者と犯罪奴隷が死に絶え、警備兵も二人ほど行方不明だった。さらに、顔での判別が困難で人数も同じであったことで、この区画での生存者はなしとされるのだった。
◇◇◇
「アルマ、起きてるー? もう朝だよー!」
「俺はずっと起きてるから。それで今日は買い物に行くんだろ? 準備できたのか?」
「まだだよ。朝ご飯食べに行かなきゃ!」
「じゃあ行くか」
昨夜改めて旅の同行者となった俺たちは、今日から本格的に旅の準備を始めることにした。準備はいろいろあるが、まずは守護者ランクを戦士まで上げたい。戦士になれば一人前と見なされ、何かと目立つ俺たちでも絡まれたり侮られたりすることが減るだろう。
さらに、ギルドカードの有効期限が三ヶ月間になる。生活があるから長期間仕事をしないことはないだろうが、ギルドがない場所に行くかもしれない。その場合、三ヶ月間も猶予期間があるのは嬉しいことだ。だが、ランク上げは時間がかかることだから長期の目標であり準備である。
短期での準備は【異空間倉庫】の整理だ。盗品セットの処分や各モンスターセットの処分に、盗賊からもらってきた不安な食料と酒の転売である。あとはリアの服や装備の購入とパーティー名の決定だ。
「何か考え事? 早く行かないとなくなっちゃうよ?」
「今日の予定を考えていたんだ。それと、ボアは昨日の夜に買い取ってもらったから。もちろん、少しは残してあるから心配するな」
「よかったー! 全部売ったって言われたら絶対泣く」
それは困る。美少女を泣かせた男って最悪の男にしか見えないからな。しかも目立つ格好だから逃げ場もない。……お肉ショックで泣かせないように気をつけよう。
「それで今日の朝ご飯を作ってくれるって言ってたぞ」
「じゃあ早く行かなきゃ!」
日本の女性は「朝はスムージーしか受け付けないの」とか言うらしいが、この世界の女性は朝からお肉を食べるようだ。
今日もまたお肉料理を求めて駆け出すリアを追いかけるのだった。
◇
「美味しかったー! ボア肉のいいところを使ってくれたみたいだね。サンドイッチに使っているのに柔らかかった」
朝ご飯のカツサンドを思い出したのか、リアはボア肉の素晴らしさを語り始めた。美味しそうに語るリアには悪いが、この世界に降り立った瞬間から魂であるため味が分からない。それ故、日本で食べたカツサンドの味を思い出して頷いていた。
「またボア肉獲りに行こうね」
『また』と言っているが、プゴ太郎が亡くなったのは事故によるもので、リアは獲ってきていない。さらに、ボアを獲りに行くのではなく肉を獲りに行くと言っている。お肉愛が止まらないリアには、お肉が四足歩行で歩いているように見えるのかな。
「美味しいお肉を獲りに行こうな」
「じゃあ、そのための買い物に行こー!」
俺とリアは部屋の鍵をフロントに預け、武具店巡りを開始する。予算の上限は決めていない。でも、新兵が身につけても襲われない程度のものにする必要がある。俺の場合は、雲隠れができるから目立つ格好をしてもなんとかなる。
しかし、リアは間違いなく捕まる。珍しい種族で巨乳の美少女が高価な装備を身につけていたら、狙わない方がどうかしていると主張する犯罪者は山ほどいるだろう。
「んっ? なんか変なこと考えた?」
巨乳のことだろうか……。女性はそういうのに敏感らしいけど、目がない俺なら目線でバレないと思ったのに……。
「べ……別に。何も考えてないよ?」
「そう? 勘が外れるなんて珍しいなぁ。スキルの補正があるのにー」
「そ、そういう日もあるって」
マジか……。リアのスキルもチートなんだな。勘に補正がかかるって何だ? ほぼ確信じゃないか。
「そう言えば、防具と武器は決めたのか?」
「うん! 革鎧と短弓を主武器にしようと思ってるの。弓なら狩りで昔から使ってたしね。でも魔法も使ってみたいんだよね」
「買ってもいいけど、魔法具は首都に行った方が種類も多くあるらしいぞ。俺はこの国の王都でまとめ買いする予定だ!」
「えぇー、じゃあ私も王都で買おうかな。それまでは弓で戦う」
何とか誤魔化し作戦が成功したな。おかげで、あの「疑っています」という目から解放された。
「アルマ、どう? 似合う?」
リアが飾られた鎧の後ろに回り、自らの体に合わせるように立っている。
リアが似合うかと聞いている鎧は濃い茶色の革鎧だ。胸当ての部分は黒い金属でできているが、肩当てや肘当て、手甲や足甲、ニーハイブーツは硬めの革で作られていた。
「似合ってるよ。弓を使う戦闘にも向いているかもね」
「ありがとう! 金属部分が少ないし音を立てずに済むから、隠密行動が多い後衛にはピッタリだね!」
「お客様! お目が高い!」
俺とリアが革鎧について意見を交わしていると、瞳を爛々と輝かせ揉み手で近寄って来る者がいた。
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