上 下
1 / 56
プロローグ

第一話 青春は異世界で

しおりを挟む
「はぁっ、はあっ。……きっつー!」

 俺は月本朝陽つきもとあさひ十五歳。青春と女体の神秘に憧れを持つ、健全な高校一年生だ。今日は大事な高校デビューを果たすための第一歩である入学式の日なのに、絶賛遅刻中であった。

「はぁはぁ、髪型がなかなか決まらなかったのが痛かったな」

 信号待ちでの束の間の休息に軽く反省するも、すぐに言い訳がましい結論に至った。人間誰しも自分だけは悪くないと思いたくなるものだ。当然、俺もである。

「でも、フツメンジミーズの俺が、高校デビューを果たすためには必要なことだった。そう考えれば、この遅刻も悪いものでもないかもな」

 その結果一人反省会で出た結論は、必要な遅刻だったという答えに行き着き、束の間の休息はあっという間に終わりを迎えた。

「さぁて、もう一踏ん張りか。……んっ?」

 信号が変わり再び走り出そうとしたとき、足元に不思議な図形が現れ、図形に吸い込まれるように体が沈んでいった。一瞬ドッキリの落とし穴かと思ったが、ドッキリにしては無差別的だと思い、ドッキリという可能性を捨てた。

「はっ? 何これ?」

 足元に描かれる魔法陣を見て、俺は「あれだ!」と気づいてしまった。

「これって……もしかして? えっ? 俺の青春は異世界でやれって? ちょっ――」

 そこで俺の意識は途切れた。



「――いっ……いった……あぁぁぁあぁぁ!」

 突然の気絶から目が覚めると、今度は体験したことがないほどの痛みが体を駆け巡る。気が狂うほどの痛みを感じたことで再び気絶。そして痛みによる覚醒といった具合に、気絶と覚醒を何度か繰り返した後、ようやく異世界の景色を初めて目にすることができた。

 異世界の太陽の光が窓から差し込み、壁をオレンジ色に染め上げ、シャンデリアも光を受けキラキラと輝いていた。天井には太陽をシンボルにしたステンドグラス、側壁には壁画が描かれていた。部屋の絨毯やインテリアの全てに贅が尽くされ、豪奢な宮殿だろうと予想できた。

 俺の目に飛び込んできた初めての異世界の景色は、思わず息を止めてしまうほど神秘的で幻想的な空間だった。自分自身気づかないうちに、ほぅと感嘆の声が出そうになった。しかし、声が出ることはなかった。というよりも、出せなかったのだ。

 あれ? 声が出ないんだけど……。
 視覚はある。聴覚もある。風が窓を叩く音が聞こえるからな。嗅覚と触覚については分からん。でも、生きていることは確認できた。

 声が出ないことに疑問を持ち思考を巡らせていると、しわがれた爺さんの声が聞こえてきた。

「ようこそ、レガシルへ。そしてここはレガシルという世界の中でも大国の一つである、太陽神様を崇める国ソリオンという。この度は突然の召喚に動揺しているかもしれないが、どうか話を聞いて欲しい」

 いきなり話し出した爺さんは何故か俺に背を向け、俺とは反対方向にいる者に向かって話し掛けていた。

 いいのか? その態度。お願いに来ても無視してやるぞ?

 爺さんの失礼な態度にイラつきながらも、情報収集は大事だと判断し耳をかたむける。

「まず貴方様にお願いしたいことは、勇者として魔王の討伐をしてもらうことです。この世界にはモンスターと呼ばれる存在がおりますが、モンスターを生み出し従える魔王がごく稀に生まれるのです。魔王は貴方様のような強大な力を持つ者しか打ち倒せません。さらに魔王は部下を使い、世界各地に災厄をもたらします。ですから、世界各地を巡り魔王の部下や僕となった者たちを、まとめて討伐してもらいたいのです。どうかこの世界の平和のために、そして助けを求める人々のために、我々の願いを聞き入れていただけませんでしょうか。お願い申し上げます」

 爺さんは途中から床に膝をつき、祈るように手を組みながら涙のようなものを流し、話し掛けている相手に懇願していた。ただ、その姿はどこか芝居がかったように見え、俺は途中から聞き流していた。

  はいはい。どうせ嘘でしょ?

 魔王の部下が各地にいるならこの国にいない保証はないし、いない前提で話している時点で嘘決定である。

 でも騙されちゃうヤツもいるんだよな。今お願いされているヤツも何も言わないけど、もしかして迷っているのかもな。

「あのー、いい加減起きて頂けないでしょうか?」

 どうやら勇者は寝ているらしい。そう言えば、爺さんが床に膝をついても姿が見えなかった。しかし、寝ているなら姿が見えないのも頷ける。

「様子がおかしい。回復魔法をかけて、さっさと起こせ!」

 爺さんの周囲にいた三人のおっさんのうちの一人が、勇者に向かって回復魔法をかけ始めた。それでもピクリともにせず、反対に回復魔法をかけているおっさんの顔は徐々に青ざめていった。

 途中からもう一人のおっさんが脈を測り出すと、一気に事態が急変した。鑑定スキルを持つ者が呼ばれ、横になっている勇者の正確な状態を確認する。その結果、鑑定士は力なく首を左右にふったのだった。

 勇者は死んでいた。何も言わなかったのではない。言えなかったのだ。

 俺は心からお悔やみを申し上げ、安らかに眠ることを祈った。そして最後に彼の顔を見て胸に刻み込むことを決め、勇者の顔を覗き込んだ。

 はっ? えっ? 俺? なんで?


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

処理中です...