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第四章 神聖リュミリット教国

第九十三話 余興

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 瞳に亡霊の姿を映し表情が固まってしまった。それはまるで、彼らの時間だけが止まってしまったかのように。その表情は抜け落ちたかのように、何を思い、どのような感情を抱いているのか察することが出来なかった。そして徐々に動き出す体は、操り人形のようにぎこちない動きだった。

 胸に手を当て、幻影魔術で前世の姿へと変身した俺。その姿を見て驚いてくれたのならば、これほど喜ばしいことはない。ただの使い捨ての生贄のことを忘れないでいてくれたのだ。

 だが、俺も忘れていない。俺を殺したときの醜い笑みを。

「あれれ? おっかしいなぁ? 俺は氷雪魔術を使っていませんよ。そんなに震えなくても、大丈夫ですよ!」

「……」

「あれれ? どうしました? 久しぶりに会えたんだから、色々話しましょうよ! あっ! 疑ってます? まだストーカー風阿呆勇者の意識がありますから、証拠をお見せしましょう!」

 ――死霊魔術《隷属契約》――

 狂信者共の化け物二体以外の、死霊軍の命令式を上書きし配下につけた。十万を超える死霊軍でやりたかったことがある。それはスリ○ー。きっと大迫力になること間違いなしだ。

「テッテッテ、テレー♪」

 目の前で繰り広げられる大迫力の本格死霊ダンス。なかなかに見応えがあり、俺やストーカー風阿呆勇者は感動しながら見物していたが、狂信者共は再び固まってしまった。

「これで証明出来たと思うが?」

「なぁんでぇ、いぃぎぃでぇるのー」

 生贄なしの聖剣に溜まった瘴気だけの、化け物への進化だと進行が遅れるようだ。聞き取りづらいが、聖女達よりは会話出来そうだ。

「神のおぼしめしだよ。お使い要員らしいが、お前らがやらせていたパシリとは全然違って、楽しく生活させてもらっている! むしろ、殺してくれてありがとう!」

「では、あなたが主神様に選ばれた本当の勇者なのですね? よくぞ! 試練を乗り越えられました! さぁ、ともに世界を統一しましょう!」

 復活直後の聖女は、まだ夢から覚めていないようだ。

「はっ? この世界の主神様は【創造神・クレア】様ただ一人だ。お前らが言う主神は、【生命神・リイヴィス】だろ? それに残念ながら、俺を助けてくれたのは生命神じゃねぇから! あっ! あと冥界神でもないからな。ついでに言うと、祝福という名の隷属契約や聖痕という名の呪いを施すクズ共と、同じ空間にいるだけでも吐き気がするのに世界統一? 阿呆か。くだらん!」

「なぁんですってぇ!」

 当然、俺の言葉に一番に反応したのは、騙されたストーカー風阿呆勇者。コイツも、俺が聖剣を操って屍食鬼を量産したおかげで、聖痕が完成してしまった。

 今までは全てナルシスト風阿呆勇者に瘴気が流れるようになっていたが、そのナルシスト風阿呆勇者が化け物になってしまった。流れることがなくなった瘴気は、ストーカー風阿呆勇者に蓄積していったということだ。

 そこに聖剣に蓄積した瘴気を全て移したことで、彼女は新たな化け物へと変貌を遂げるのだった。だが、栄養が足りないのだろう。なかなか進まない。

「ゆぅるぅさぁなぁいぃー!」

 叫び震える体から触手が飛び出し、近くにいた教皇達を取り込んでいた。俺が避難させた聖女や、数百人の美人の聖騎士以外を次々と。その取り込み方をよく見ると、触手が全て蛇。その蛇が丸呑みしていくのだ。

「おぇーー!」

 ボム達も、おそらく嘔吐いているだろう。見ていればだが。

「おっ! 成長してきたぞ!」

 完全に進化を遂げたストーカー風阿呆勇者。聖戦開戦前に行ったダンジョンの蛇の王ほど大きくないが、それでも巨大蛇の部類に入る蛇が、とぐろを巻いて鎮座していた。

 それも頭が九つに分かれている巨大蛇である。これが龍ならば九頭龍となり、クズが進化した割にはカッコいい最後だったのに。残念だ。それにしても、黒幕が冥界神だからか蛇ばかりである。

「素敵よ! 早く神敵を打ち倒しなさい!」

「危ない!」

 叫ぶ聖女を蛇が襲う。だが、とっさに助ける俺。他の美人も結界魔術で助けている。

「どういうつもり?」

「やだなぁ。善意ですよ!」

 訝しげに俺の様子を覗う聖女。当然の行動で感情だが、嘘はついていないはずだ。簡単に死なれては困るため助けたのだから、ほぼ善意であるだろう。死なれては困るという点だけを見ればだが。

「さて、放っておくと人間がいなくなってしまいそうですので、化け物三体を止めることにしましょう!」

 幻影魔術で元の偽勇者の姿に戻り、魔術を展開発動する。

 ――創造魔術《拘束具》――

 ――創造魔術《調教施設》――

 ――創造魔術《調教道具》――

 化け物三体に首輪をつけ、さらに手枷足枷をつけて調教施設という名の青空キッチンに放り込んだ。

「ま……まだ死霊軍が……います! というか、何故ドラゴンが動いていないのですか? ミーティア!」

 化け物三体という駒がなくなり死霊軍を使おうとするも、屍竜ドラゴンゾンビが一度も仕事をしていないことを知り、憤慨して聖騎士を責める聖女。

「はっ! それが言うことを聞かない上、障壁が張られていて刃も届きません!」

「可愛いモフモフ達と友人の親族を、下らないことに使わせるわけないだろ? そろそろ休んでもらうことにしよう。お疲れ様!」

「お……お前が……!」

 ――神聖魔術《極楽浄土》――

 モフモフや雷霆竜ライトニングドラゴンの親子には、楽しく綺麗な場所に行ってもらいたかった。日本人だからこそ、仏教のイメージで魔術を使ってしまうのだ。

『ありがとう。父さんをよろしくお願いします』

 腐敗していた体が光の粒子となり、天に出来た光の輪へと吸い込まれていく。雷霆竜の姿が消える前に、空耳かと思えるほど小さく、それでいて心の奥にまで届く声が聞こえたのだった。

「どういたしまして」

 あとは戦争をしていた人間達である。家族に売られ、戦争に無理矢理参加させられた者もいるだろうが、今までこの国の恩恵を受けていたのだ。同罪であろう。

 ――神聖魔術《十王裁判》――

 あの世で裁判を受けることを勧める。だが、この世界の裁判官は冥界神である。この時点で詰んでいる気がするが、あとのことは神々に任せよう。

「さて、大掃除が終了しました。綺麗になりましたね。教国で残っているのは、聖騎士数百人と聖女だけ。帝国側は粘ったおかげで、国の首脳陣と虎の子の魔導師部隊と魔術師部隊は無事。だが、禁軍四万くらいを残して全て屍食鬼となり壊滅状態。化け物三体が頑張ったおかげですね。これでしばらくの間は、世界が平和になることでしょう!」

「そ……そんな! 全部……全部、なくなってしまったの!? 勝っていたのよ。さっきまで勝っていたじゃない! 嘘よ! 嘘よぉぉぉー!」

 途中までは勝利の美酒に酔っていた聖女だったが、戦力がなくなった今、酔いは完全に醒めてしまったようだ。再び壊れてしまった聖女。ちょうどいいタイミングであるため、残った聖騎士達の武装を解除し、大地魔術で作った檻に放り込んで置いた。

『おーい! ボム。お仕置きに来るんだろ? 転移門設置したから、変身してから来いよ! 待ってるからな!』

 子機を通して一方的に伝えて念話を終了した。断らせないために。さすがに俺も、一人では蛇を相手にしたくないし、お仕置きに参加させてあげようという優しさである。だが、一向に来る気配がない。気になった俺は、様子を見に行くため転移した。




 ◇◇◇



「あーはっはっはっはっ! なんだあれは! 大迫力の踊りではないか! 気持ち悪いものを見せられたと思っていたが、これはいいものを見た!」

「すごいよねー。屍食鬼が踊ってる。しかも、キレッキレだよー!」

「分かっておるではないか。酒の肴になる余興を用意しておるとは、さすが我が弟子じゃ!」

「あの数の死霊アンデッドを従わせるとか、本当に魔王みたいね。やっぱり悪魔に転生したのね。人間に転生して嬉しいって言ってたけど、無自覚悪魔だったのよ!」

 ボムが大爆笑で喜び、ソモルンが感動している。さらにプルームが余興を楽しみ、セルがいつもの調子でラースを観察していた。ラースのス○ラーを大いに楽しむテイマーズであった。この時までは……。

「「「おえー!」」」

 地面に両手をつき、嘔吐くボムとソモルン。

「またかよ! 今度はあの頭がおかしい女が蛇になってるぞ! なぁ。あそこに行かねばならんのか? これは修行なのか? 何のだ?」

「ボムちゃん。神獣になるための修行なんだよ! 僕には関係ないね……」

 珍しくソモルンは、遠回しに行くことを拒否していた。いつでもどこでもボムと一緒のソモルンが、初めて同行に難色を示した。

「ソ……ソモルン! 裏切るのか? 俺を一人で行かせる気か!? 悲しいぞ! ショックでお腹隠してしまうかも……チラッ!」

 ソモルンの裏切りに、自身のモフモフを人質に取る作戦を実行するボム。自分のチャームポイントを理解しているからこそ可能な作戦だった。

「そ……そんな! ズルいよ! モフモフを人質にするなんて。今では、そのお腹のモフモフがなければ寝られない体質になりつつあるんだよ!」

「では、一緒に行こうではないか!」

「えぇー!」

 この言い争いは、ボムの勝利で幕を閉じたのである。そして、ついにラースから悪魔の連絡が……。

『おーい! ボム。お仕置きに来るんだろ? 転移門設置したから、変身してから来いよ! 待ってるからな!』

 断ることも出来ず、一方的に切られてしまった。だが、転移門に入らなければ済むのでは? と、考えてしまったボム達は、転移門を見つめたまま固まっていたのだった。

「このまま……このまま!」

「何が?」

 転移門から悪魔が現れ、希望は完全に消滅し長い長い修行の時間が始まるのだった。




 ◇◇◇




「もう! 待ってるのに、なかなか来ないから迎えに来たぞ! 迎えに来て欲しかったなんて、可愛いところあるじゃないか!」

 微妙に睨まれていることを感じながらも、ソモルンを抱き上げた。

「えっ? えっ? な、何で僕? ボムちゃんじゃないの?」

「ボムは大きいから抱けないだろ?」

 ニヤリと笑うボムを見て、驚愕して目と口を大きく開けて固まるソモルン。ここに来るまでに何があったのだろうか。

「こーら! 逃げるの禁止!」

 ――無限魔術《鎖縛》――

 逃げ出そうとするボムやセル、神獣二体達をぐるぐる巻きにして連れて行こうとする。ただ、間違えてはいけないのは、大魔王様に魔術を放ってはいけない。同様にカルラ達チビッ子達も。大魔王様が抱えているからだ。

「いってきまーす! 一応転移門を設置しておきますので、来たかったら来て下さい! では!」

「「「いーやーだー!」」」

 叫び嫌がる蛇好き三人組と、神獣コンビを連れて転移で戦場へと戻った。

「ラース。僕はこの中で一番小さいのに、何で連れて来たの?」

 チビッ子達が残って、自分がいることに不満なのだろう。だが、このチビッ子は偽物である。

「またまたぁー! リオリクス様と同じくらいの大きさで最年長であり、ソモルンに勝てるのはプルーム様達管理神しかいないんでしょ? 今ここにいるメンバーで最強じゃん!」

「くっ! 覚えていたのか……!」

 こんなに悔しがるソモルンを見るのは初めてだ。とても新鮮で可愛かった。そんなソモルンの背中にデカい手が置かれる。

「ソモルン。一緒に頑張ろうな!」

 瞳をキラキラさせて微笑むボム。その表情を見たソモルンは、さらに悔しがってしまった。俺の知らないところで、何か戦いがあったのだろう。頑張れ、ソモルン。

「じゃあ、あの化け物三体をお仕置きしようではないか! 大丈夫だ。直接会わないからな。プルーム様達にも見えるようにした。クレーンゲームで遊んだ時のように、別室からお仕置き出来るようになっているぞ!」

「「「……」」」

「ごめん。気が利かなくて! 直接見たかったなら言ってよー!」

「「「そんなわけあるかー!」」」

 ちなみに、神獣二体が大人しい理由は、魔術から逃げることに集中しているためだ。そんなことさせないけどな。

「逃げちゃうの? 晩御飯蛇料理にする? ギフトに不可能はないんだよ?」

 ピタリと固まるテイマーズ。そして、覚悟を決めたのか大人しくなった。だが、その目が語っていた。「悪魔か!」と。

「今回は彼らに楽しんでもらおうと思っているんだ。こっちの世界に無理矢理連れて来られて、化け物になるなんて可哀想だろ? 少しでも楽しんでもらおうと思ってな!」

 ボム達の目は据わっていた。これから、死地に向かうかのような。それでいて心の中では、俺を除く五人で「同志!」と呼び合い、結束を高めていることだろう。そこに俺も入れて欲しいが、どうやら無理そうである。蛇料理がよくなかったのかな?

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