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第四章 神聖リュミリット教国

第九十二話 崩壊への足音

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「我は勇者なり。邪悪な波動を感じたため、馳せ参じた次第である。成敗してくれる!」

 右手に持つ氷の魔剣を掲げ、恥ずかしい思いをしながらも宣言した。

「あんた何者よ! いきなり乱入してきて邪悪とか……失礼でしょ!」

「貴方は耳をお持ちでないのか? 勇者だと言ったはずだが、聞こえていないのか? それと、この生物を見て邪悪以外の感想が言えたら、病院に行くことを勧める!」

「勇者は私達よ! はあぁぁ!」

 本人もおそらく、邪悪な存在だと思っているのだろう。だが、認めてしまうとナルシスト風阿呆勇者も、邪悪な存在だと言っているようなもの。それ故、認めることはないだろう。

「遅い!」

 聖剣による攻撃を魔剣で受けると負けてしまう。その結果、切断されたり折れたりするのだが、強く当てないようにすればいいだけだ。力が分散するような角度で当てたり、いなしたりして躱していく。

「私が最強なのよ!」

「その二体よりも?」

「当然でしょ!」

「試しても?」

 この化け物二体の相手をしてくれるなら、大いに助かると思ったのだが、本人も嫌そうである。このストーカー風阿呆勇者は、ナルシスト風阿呆勇者のことを神のように崇拝している。

 お仕置きの内容は、その信仰を叩き潰すことなのだが、化け物二体に殺されたら無意味になってしまう。ということで、試すのは辞めておこう。しかし、教国へのお仕置きばかり考えていたせいで、ストーカー風阿呆勇者にダメージを与えられるお仕置きを考えていなかった。

 正確に言うと、考えてはいたのだが化け物に生まれ変わってしまったため、予定が大幅にズレてしまった。最初はナルシスト風阿呆勇者の惨めな姿を見てもらい、信仰の消滅と絶望を味わってもらうつもりだったが、化け物に生まれ変わった時点で惨めすぎる。俺は人間に生まれ変わって良かった。

「嫌そうだから辞めておこう。それよりも、彼らは元勇者なのだろ?」

「……。殺す……」

 元勇者だと言われるのが、お気に召さないようだ。だが、人でもなければ神聖でもない。アンデッド製造生物を、勇者と呼べるはずもなかろう。

「勘違いしないでくれたまえ! 我は生命魔術を使える。勇者だからな。だから、治療法があるなら手伝わせてくれ。そして、一緒に戦おう!」

「ほ……本当? 正義君を助けてくれるの? 聖女達は聖剣に力を溜めればと言っていたわ!」

 疑いながらも、藁にもすがる思いで訴えてきた。当然助けてあげるのが勇者の仕事だ。全力で応えよう。

「分かった! 我も手伝おう!」

「ありがとう!」

 同郷のよしみだ。助けるのは当たり前のことだ。だが、世の中完全に同じ思考を持っている人間は、果たしているのだろうか。

「まずは、その聖剣を貸してくれないか?」

「えっ? でも……」

「安心してくれ。魔力操作を使えるだろ? 魔力を繋げた状態で渡してくれ」

 俺も、出来れば聖剣に触りたくないからな。誤解しないでもらいたかった。

「――これでいい?」

「ああ」

 魔力で繋がった状態で浮かせて、聖剣だけを縦横無尽に移動させる。移動させる範囲は教国側だけである。帝国側は、蛇タウロスとキマイラの蹂躙により右往左往しているから、とりあえず放置だ。

「ちょっと! 何故味方を!?」

「んっ? 味方? ああ、君からしたらな。我にとってはどっちもどっち故、固まっていて当てやすい方が楽ではないか。それに、神聖教国なのだろ? 神聖と謳っている国の人間の方が、聖剣に力がたまりそうではないか?」

「はっ? 何よ、それ! それじゃあ、負けちゃうじゃない!」

「それなら大丈夫だ。帝国は化け物二体が蹂躙している。その方がアンデッドを量産出来て、教国にとっても喜ばしいことだろ? それに、負けたとしても愛すべき人が助かるならば、それが一番ではないか?」

「それもそうね。正義君がいればいいか!」

 さすが、教国に流されて奴隷になる阿呆勇者だ。簡単に流されてしまう当たり、本当に脳ミソがあるのか疑わしいものだ。

 現在、化け物二体の無双により被害甚大。次々と生み出される屍食鬼グールが、さらに人を襲うことで屍食鬼を生み出していく。ねずみ算式に増えていく屍食鬼を見て「屍食鬼のマルチ商法だ!」と、思ってしまったのは仕方がないだろう。

「ちょっと! 何故攻撃しないの! 今こそ、貴様らが働く時だろう! 行け!」

 屍食鬼の新商法を考えていると、声を荒げる美人がいた。その姿を見て「チッ!」と、舌打ちをするストーカー風阿呆勇者。記憶を辿っていくと、なんとなく思い出した。聖騎士団団長と名乗っていた女騎士である。

「ふんっ! 聖騎士だかなんだか知らないけど、死んだ魔物になめられるとかウケるんですけど! 早く虎の子の死んだ魔物達を突入させなさいよ。無能が!」

 このストーカー風阿呆勇者は、聖騎士団団長のことが気に食わないようだ。まぁナルシスト風阿呆勇者が欲情していたからだろうな。独占欲の塊のストーカー風阿呆勇者ならば、当然の行動だろう。

 ちなみに、魔物達や竜が動かないのは俺が止めているからだ。人間の戦争に、死んだ後にまで利用されるなんて可哀想なことを俺が許すわけがない。モフモフは正義だからな。ツルツルが竜だけでよかった。

 だが、それにムカついた聖騎士団団長が魔物達に攻撃しようとする。少し痛い目を見せれば言うことを聞くだろうと、浅慮なことを思いついたようだ。しかし、その思惑は大きく外れることとなった。

 渾身の一撃を放つも、刃が魔物に届く前に見えない壁に阻まれてしまったのだ。その壁は固い壁のように感じるものの、剣へのダメージも衝撃もなく、まるで水に向かって剣を打ち付けているような感じを受けたはずだ。

「――はっ? 何よ! これ!」

 刃が通らないことに動揺する聖騎士団団長。その動揺した姿を見た、ストーカー風阿呆勇者が口を開けて固まる。気に食わなくても、実力を認めているのだろう。信じられないとでも言いたいような顔をしていた。

「どうかしたか? そろそろ聖剣の力が溜まる頃だぞ。そしたら、聖女にやり方を聞こうではないか!」

「そ、そうね。……屍食鬼は動いているんだから大丈夫なはずよね……」

 ストーカー風阿呆勇者は適当に返事をしながら、ブツブツと呟いていた。その屍食鬼の数は増え続ける一方だった。蛇タウロスとキマイラ、俺が操る聖剣による量産のおかげで、軽く十万を超えている。化け物二体が現れてから大幅に減った屍食鬼だが、減った分を取り戻す勢いだった。

 その屍食鬼の内訳を簡単に説明すると、ほぼ教国の神官騎士団であった。教国で無事な人間は、結界を張って高みの見物をしている聖騎士団一万。それと、未だに粘っている神官騎士団数千だけである。

 当然戦場においての話であり、亀のように宮殿に引きこもっている上層部や家族を売った国民は、未だ被害ゼロであった。ちなみに、敵しか襲わないはずの屍食鬼なのに、神官騎士団の残党が粘っているのには理由があった。

 その理由とは、屍食鬼特選隊『トランスフォーマーズ』と元聖女親衛隊である。彼らは俺の部下である。戦場にいる教国殲滅作戦の秘密作戦部隊である。木を隠すなら森の中作戦である。

 この作戦が成功すれば、国として存続の危機となるはずだ。仮に生命神の横槍でお仕置き中止になっても、手駒がなくなればまたゼロからのスタートになるだろう。時間稼ぎくらいにはなるという作戦である。それにお世話になっていない屍食鬼が死んでも、何とも思わないだろ?

 あと、聖騎士団は美人が多い。彼女達には仕事を用意してあるため、今は放置である。その代わり神官騎士団が全て屍食鬼になったとき、お仕置きを始めさせてもらおう。

「きっと大丈夫だ。教国の騎士が聖騎士を除いた全てが、屍食鬼になってしまいそうだからな。やはり数の暴力の前には無力なのだろう」

「――はっ? 嘘よ! だって……屍食鬼は、味方を襲わないはずよ!」

「んっ? 忘れたのか? 俺が聖剣を操っているのを。屍食鬼を増やす手伝いをしてあげていると言っただろ? 帝国も化け物二体のおかげで、屍食鬼がたくさんいるな。良きこと良きこと。はっはっはっ!」

 計画が面白いほど上手く行き、思わず感情が表に出てしまった。

「ちょっと! 何笑ってんのよ! ってかどっちの味方よ!」

 横目に神官騎士団が全滅したことを確認した俺は、お仕置きを始めることにした。かぶっていた猫を脱ぐときである。

「はっ? 最初に言ったはずだろ? 邪悪な存在を成敗しに来たと。だが、成敗するには役者の数が足りないな。今から連れて来るから、少し待っていてくれ!」

「はっ?」

 ――時空魔術《召喚》――

 この魔術は座標を指定した場所にいる者を術者の近くに喚ぶ魔術である。送るときに使う《転送》の、ちょうど真逆の魔術だ。今回は宮殿の内部の人間を全て召喚した。

「これで役者が揃ったわけだ。上層部諸君も、近いところで観戦した方が臨場感が味わえるぞ?」

 今まで自身が神になったかのように、高みの見物をしていたであろう煌びやかな宮殿内から、殺伐としていて屍食鬼が彷徨うおぞましい戦場に、突然景色が変わって混乱しているのだろう。震えたり、意味の分からないことを呟いたりしている者が続出していた。

「これは……いったい。それに、あなたは?」

 周囲が混乱している中、気丈にも聖女が質問してきた。その聖女の周りには、いつの間にか聖騎士団が囲んでいた。

「はっはっはっ! お初にお目に掛かる。我は勇者なり。邪悪な波動を感じたため馳せ参じた。これから成敗しようと思うのだが、その前に避難させてあげようと思ったのだ。我の慈悲に感謝してもいいのだぞ?」

「はっ? 避難など宮殿にいれば安全でしたのに……。余計なことを!」

 聖女の言いたいことも分からないでもない。確かに、戦場にいて屍食鬼と化け物二体による脅威にさらされるよりも、宮殿に引きこもっていれば安全である。

「それに神の加護がある聖域です。障壁も張れるのです!」

「ああ、あれか。知らないようだから、教えてしんぜよう。障壁を張ってくれるのは、創世教総本山の大聖堂の方だ。本物の大聖堂だから加護があるんだが、この場所にある偽物の建物は趣味の悪い化け物生産工場しか用途はない。それに障壁を張ってくれずとも、瘴気は張ってくれているぞ。惜しかったな!」

 俺の発言が神への冒涜だと判断されたようで、聖騎士団団長に「神敵を討て!」と、命令していた。話は最後まで聞いてくれなかったようだ。

「まぁまぁ。少し待ってくれ。避難させてくれてありがとうございます。って言ってくれるはずだからさ!」

「一生言わないわ!」

 いつも冷静で清純を思わせる聖女のキャラが崩壊寸前であった。顔を醜くく歪ませ、鼻息荒く憤る姿は怒ったときのゴブリンソックリである。

「ほらっ! 見てくれ!」

 ――大地魔術《振動》――

 ――大地魔術《共振》――

 ――錬金魔術《分解》――

 潜入作戦時に仕掛けた魔法陣を全て発動した。そしてその効果とは、聖女達が大切にしている白亜の宮殿を砂へと変えた。それだけでも聖女達は震えて叫び出しそうだったが、ここでプレゼントを開封してあげることに。

 宝物庫の中身を回収した後に、代わりの偽物を置いてきた。ただの偽物ではない。素敵なプレゼントである。宝物庫は俺が召喚された部屋に近かったため、二度とこのようなことが起きないように対策したのだ。

 ――火炎魔術《爆砕》――

 ――爆裂魔術《連鎖爆撃》――

 宝物庫にある火炎魔術の魔法陣を刻んだ魔晶石を起動させ、それに反応して誘爆するように仕掛けていた魔法陣も発動した。白亜の宮殿があった場所は砂山へと変化して、次の瞬間にはその砂が打ち上げられた。火柱とともに。

「そ、そんな……。嘘……嘘……。夢なんだわ……。そうじゃなきゃ……えっ……何で……」

「なっ? 避難してよかっただろ?」

 避難させてもらった感謝で打ち震えているのだろう。フルフルと体を震わせるほど感謝してくれているとは、勇者冥利に尽きるってもんよ。

「あ……ああぁぁぁぁぁぁぁあっ!」

 感動しすぎて壊れてしまったのかな? そこまで感謝してくれなくてもいいのに。

「ねぇ。正義君、治せるんでしょうね? ……ちょっと! 聞いてるの!?」

 白亜の宮殿が崩壊したことよりも、ナルシスト風阿呆勇者のことが気になるストーカー風阿呆勇者。

「無理だ。魔法陣が崩壊した今……不可能だ」

 いつまで経っても復活しない代わりに、教皇が答えてあげていた。

「あんた騙したの?」

 俺に食ってかかるストーカー風阿呆勇者だが、その手には武器は持っていない。持っているのは俺の部下の屍食鬼である。それも、聖剣を。

「あの爆発が我のせいだと?」

「あんた以外にいないでしょ!」

「それは誉めているのか? 照れるなー♪」

「誉めるわけないでしょ! どこをどう聞いたら、誉めているになるのよ!」

 ナルシスト風阿呆勇者のことしか頭にないストーカー風阿呆勇者は、考えるということを放棄しているのだろう。

「貴様らが対処できなかった魔術を発動させ、宮殿を砂に変え、跡地には大穴と残った砂だけにしたことは、貴様らが無能だという何よりの証拠であろう? 障壁があったんだろ? 加護もあったんだろ? 大地魔術と火炎魔術で、木っ端微塵になってしまったぞ? 案外、神もチョロいな!」

「そ、それは……。そんなことよりも、どうしてくれるのよ! せっかく、聖剣に力を溜めたのに!」

「溜めたのは我だけどな。それに、この聖剣の力はちゃんと使わせてもらうから安心してくれ!」

 部下の屍食鬼の手から聖剣を移動させ、浮かせたままストーカー風阿呆勇者の心臓に突き刺した。聖剣の力を押し出すイメージで魔力制御を行うと、ストーカー風阿呆勇者に移動していった。聖剣を抜き、聖女と聖騎士団の美人どころを連れ、少し離れた場所に転移する。

「な……ぁなぁに、すぅるぅのぉぉお!」

 ストーカー風阿呆勇者も、転生させてあげようという俺なりの配慮だ。大好きな彼が元に戻れないのならば、大好きな彼に近付いてあげればいいだけだ。本当に愛しているからこそ出来る芸当である。俺には無理だ。

 そしてここで改めて、あいさつをすることにした。驚いてくれることを祈る。感動してくれるかな? 

「久方ぶりです。あなたたちに生贄として殺された【熊野友翔】です。元気にしておりましたか? 再び出会えたことを神に感謝いたします」

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