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第四章 神聖リュミリット教国

第八十六話 開戦

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 漏らした女性が、叫びながら平手を放ってきたが、余裕で避けられる攻撃だったため避けてしまった。だが、それが火に油を注いでしまったようで、連撃が放たれるが一向に当たらない。それどころか、話す余裕があったため、目の前で必死に平手を放つ女性に蛇の説明をする。

「蛇は全て解体して、ゴエモンが持ってますので。あと、村の人達にダンジョンの利用方法を伝えておいてください。第三階層の地底湖の水は魔水ですから、作物がよく育ちますよ。瘴気は浄化しておきましたので、心配せずに使ってください。でも、蛇が使っていたため、飲んだりポーションにしたりするのはお勧めしません。あと、地底湖の水の周辺には、魔宝石や魔法金属が微量ながら取れます。ここは、王国の辺境伯領に近いですから、そこで取引をするのをお勧めします。二足歩行の赤い熊さんに勧められたと言えば、適正価格で取引してくれるはず。それか、戦争後の教国ですね」

 俺は避けながらも、言いたいことは全て言った。だが、不審に思ったのだろう。最後の一言が。

「戦争後の教国って何でだ?」

 不審に思った内容をジードが代表して聞いてきた。

「知り合いの技術者が復興支援に来るらしい。とても賢いく技術力がある者だ。ラースが言っていたと伝えてくれれば、適正価格で取引をしてくれるだろう。さらに、それで魔道具を作ってくれるはずだ。信用出来る者だということは保証しよう」

「はぁ。そうなのか……」

 俺の説明に、半信半疑になりながらも納得してくれた。

「さて、用もなくなったから行くとしよう。ゴエモン、また会おうな。元気でいろよ。何かあれば俺を頼るんだぞ!」

「ガウ!」

「ちょっと! 待ちなさいよ!」

 何か聞こえるがゴエモンを一撫ですると、ボム達の近くに行き転移魔術を発動した。

「じゃ、そういうことで。さらば」

「待ちなさぁぁぁい!」

 消えゆく俺に叫ぶ女性に見送られながら転移するのだった。




 ◇◇◇




「……もう。まだお礼言ってないのに……。また会えるかな? 次こそちゃんとお礼を言いたいな」

 ラース達が村に来てから、半日しか経っていなかった。その間に、二度も助けてもらった。故に、この冒険者三人組の心に、しっかりと刻み込まれたのだった。少年の優しさと強さを。

「ガウガウ!」

 そしてゴエモンは、新たな友達が出来たことが嬉しくてご機嫌だった。優しくて強くて、たまにおかしな事を始める不思議な友達。まだ子供だったゴエモンは友達が欲しかった。

 だけど、生まれた場所が最悪だった。竜王国の島で生まれたため、竜種が幅をきかせていた。だから、いつも珍獣扱いで気味悪がられた。冒険者の従魔になれば、友達を作れるようになるかもしれないと思っていたが、この日まではパーティーメンバー以外の友達はいなかった。

 だが、今日はたくさんの友達が出来た。何でも頼れと言ってくれた。また会おうと言ってくれた。それだけで十分嬉しかった。だけど、本当はまた会えることを期待してしまっていたのだった。

 そして、ここにも救われた者がいた。

「すまなかったな。また一緒にいてくれないか?」

「……ゴルァ~♪」

「ありがとう」

 ジードとモランが仲直りをしたようだった。だが、大きさ問題がつきまとっている。しかし、ここには先ほどまでモフモフの味方がいた。そのモフモフの味方が、置き土産を残していったのである。

「ガウ!」

 ゴエモンが腕輪から出した物は、赤銅色に染められた腕輪が二つ置かれていた。片方はゴエモンより容量少なめの空間収納庫で、もう片方はサイズ変更の魔道具であった。空間収納庫の容量が少なめなのは、モフモフをしていなかったからだ。

「俺もまたお礼を言わなければな。どこに行けば会えるんだ? なっ! モラン」

「ゴァァ♪」

 三人組は村人を村に連れて行きながら、ラースからの伝言を伝え、自分達の次なる目的地を相談するのだった。




 ◇◇◇




「何とか無事に戻って来られたな。さて、プルーム様の具合はどうなっているかな?」

 俺達は転移で、戦場が望める隠れ家に帰ってきた。そこで、プルーム様の具合が気になり戦車の中へ入ると、見てはいけない光景が飛び込んできた。

「な……何をしているんだ? ……ボム」

「何って運ぶんだよ。馬車にな」

「じゃあ、何で胸触っているんだ?」

 ボムの両手は、プルーム様の両胸に置かれていた。もしかして、カルラに父ちゃん母ちゃんと呼ばれ、本気で番になるために? と、思ってしまったが、どうやら誤解だったようだ。

「何を言っている? 魔力の流れを見ていただけだ。竜族は心臓が複数あるからな。こうしないと、流れを確認できないんだ。それに、俺がプルーム様と番になるわけないだろ。もっと若……」

「もっと……何じゃ?」

 ボムが誤解を解くことに必死で、うっかり失言が口から出そうになったが、大魔王と目が合うことで何とかとどまった。というか、いつの間に起きていたのだろうか。

「……もっと相応しい方がいるはずだと思ったんです。それよりも、ラースは何しに来たんだ?」

 必死に訴えかけるボムの迫力に少し驚いてしまった。ちなみに、ボムはまだ解放されていない。尻尾をしっかりと握られていたからだ。必死になるはずだ。このままでは、ヘリオスと同じ運命を辿る。

「プルーム様を馬車に移動しようかと。カルラ達も心配していますしね。さぁ! こちらへ!」

「……うむ。今回は聞かなかったことにしてやろう」

 プルーム様の、具合が悪いおかげで助かったボムだった。ホッと胸をなで下ろすのだった。

「ボム。すごいな。許されたぞ!」

「そもそも、お前が余計なことを言わなければ……!」

「すまん!」

 俺は危うく、ボムからモフモフを奪ってしまうところだった。それは、絶対に駄目だと本能が訴えていた。この危機感はいったい何なんだ? 謎の悪寒が体を駆け巡るのだった。



 その後、特別に作った風呂専用小屋と馬車の中で過ごした。そして、次の日の朝。教国側が慌てていることが確認できた。

「帝国軍が、予想よりも早く着いたことが信じられないのだろう。慌てて先遣隊を編成しているな。本体に対する本格的な嫌がらせの前に、先遣隊には前座になってもらおう。あとは、開戦まで待ちだな!」

「そろそろか?」

 楽しみなのだろう。ボムが聞いてきた。だが、まだ出番ではない。むしろ、隠れていてもらわなければ。可哀想だが、伝えなければならない。

「隠れるだって? 何故だ?」

「ここでは、ラースではなく偽勇者として登場するからだ。ボムがボルガニス様になったら、バレるかもしれないだろ? 聖戦と言うだけあって、さすがに監視しているだろうしな。まぁ、ソモルンやプルーム様がいる時点で気付いているだろうが。だが、ギリギリまでは邪魔されないようにしたい。これからやるのは、まだまだ前座だからな」

「それなら我慢するか」

 渋々納得するテイマーズ。まだ本調子ではないはずのプルーム様も、馬車から顔を出すくらい楽しみなのだろう。こんなことを神様にさせていいのだろうかと、すごく不安に思ったが最後まで聞くことはなかった。仲間はずれにして、機嫌を悪くするのを防ぐためである。

 その後は、教国と帝国の行動を観察していた。そして、ついにその時は来た。開戦の合図である銅鑼が鳴らされたのだ。

 帝国と教国はともに、奴隷隊を最前列に並べ突撃させた。帝国はその奴隷隊の中に、首輪をはめた魔物達を投入していた。さらに、民兵のような者達もいた。帝国は本隊を完全に温存する作戦である。そして、混戦してきたところを、まとめて殲滅するのだろう。奴隷ならば、使い潰しても大丈夫だと思っているようだ。

「じゃあ、行ってくるな。それと、何をしているか見たいだろうから、この鏡と双眼鏡を置いておくな。この双眼鏡が捉えているものを、この鏡に映して見ることが出来る。戦場と俺が転移する場所に固定してあるけど、動かせるから好きに見てくれ!」

 そして、俺は姿を偽勇者に変えて、誰もいない場所に転移した。転移後に戦場を確認すると、ちょうど良くお互いの奴隷隊が衝突していた。

 ――時空魔術《転送門》――

 魔術を発動した次の瞬間、戦場にいるはずの奴隷隊と隷属魔物が、戦場から姿を消したのだった。




 ◇◇◇




 私達は奴隷。ある日突然、意味が分からないまま、気付いたら奴隷になっていた。そして、教国へと売られた私達は、毎日陵辱されたり暴力を受けたりと、理不尽な毎日を過ごしていた。反抗して拷問の末に殺されていた子もいた。

 この終わりの来ない地獄をどう生きるか、毎日必死に考えていたのだが、ある日気付いてしまった。生きることてはなく諦めて死ぬことがこの地獄から抜け出せる方法なのだと。

 そして、戦場に出されることを知った。指揮をするのは、まだ成人になったばかりであることが、覗える二人だった。いつも嬉しそうに剣を振っていた姿を見ていた。魔物や盗賊相手なら分かるが、戦争で生き生きとしている少年を初めて見たときは、気が狂っているのか? と、思ってしまった。

 だが、最近その少年は不機嫌であり、聖騎士団団長の名前をブツブツと呟いてばかりだった。はっきり言って気持ちが悪い。その気持ちを悟られたのか分からないが、呼び出され陵辱をされることになった。しかし、彼は無知なのか何も出来ずに、赤面して部屋を出て行ってしまった。

 その時のことは、すぐに全員報告した。悪口を言っている間は、まだ自分という物が存在していることを実感出来たからだ。しばらくは、勇者と呼ばれる少年の悪口が尽きなかった。

 そして戦場に行く日が、ついに来てしまった。私達の目の前には、帝国側の奴隷達がいた。その中には、かつての友人や家族達もいた。これから、その者達と殺し合いをしなければならないと思うと、涙が止まらなかった。

 涙が流れ震えが止まらなくても時間は過ぎ、開戦の時は迫っていた。そして、鳴らされる銅鑼の音と、怒号のような喊声かんせい。私の人生は、今日ここで終わるんだと思ったその時、戦場が光り輝いた。

 眩しさで目を瞑り、光が収まるのを待った。そして、次に目を開けたその場所には、一人の青年が立っていた。





 一方、奴隷隊が突然消えた戦場では……。

「何処に行った! 僕を残して消えるとは何事だ! 誰が僕を守ると言うんだ!? 誰か答えろ!」

 と言うが、その質問には誰も答えなかった。何故ならば、そこには勇者二人だけが取り残され、もう一人の勇者は【勇者・真野正義】をたてるために、後方に下がっていたからだ。

「クソッ! クソッ! だが、敵も一人残らずいなくなった。そして、ここには僕だけ。このまま生還すれば、僕の功績になるはず。その功績の褒美には、ミーティアをいただくとしよう。楽しみだ~♪」

 一人妄想して悦に入っていたが、戦争には相手がおり兵士は奴隷だけではない。帝国側の奴隷隊の後方には、ナブール子爵の民兵と傭兵達を合わせた、二千人の部隊が待機していた。

 彼らは奴隷隊がいなくなり、勇者二人だけになったことを知ると、すぐに弓隊や魔法士隊を出して攻撃させた。だが、距離があったことと、【勇者・神尾望】が護衛に間に合ったことで、大きなダメージは与えられなかった。しかし、【勇者・真野正義】の左腕が吹き飛ばすことに成功した。

 それを確認したナブール隊は、好機と見て全軍で突撃した。

「あぁぁぁぁぁー。痛いよー! 助けてくれよ! 死んじゃうよー!」

 腕が飛んだだけで泣き叫ぶ勇者。ここにラースがいたらきっと、「それだけでは死なない」と、言っていただろう。

 そして、自らが崇拝する神が傷つけられたことを知った【勇者・神尾望】は、二千人を相手に無双するのだった。だが、この選択は間違いだった。何故なら、片腕がない者を狙うのは当然の行動だったからだ。

「うわぁぁー! 何故、僕の方にばかり来る? おい! やめろ! 痛いだろ! こんなはずじゃ……こんなはずじゃなかったんだ。もっとカッコいい僕でいなきゃいけないんだ。みんなが僕のカッコいいところを見たいと、みんなが待ち望んでいるんだ。こんな惨めな戦い方じゃない!」

 しかし、粘りを見せる真野。その粘りのおかげで、彼の【聖痕】は徐々に広がり、ついに【聖痕】が完成するのだった。そして、【聖痕】の完成は冥界神の計画において重要な要素であった。

 さらに、【勇者・神尾望】の無双により、徐々にアンデッドが量産されていく。味方だった者が、死んだら敵になるのだ。斬れば斬っただけ、味方が量産されるため喜んで斬っていた。

「正義君のために働きなさい!」

 量産されたアンデッドに命令を出す【勇者・神尾望】。だが、これにより【勇者・真野正義】の部下は、奴隷から屍食鬼グールに格下げされるのだった。

「カッコいい正義君が、もっと輝いて見える理想の部隊だわ。それに、女がいても人間じゃないから、たぶらかされずに済むところがいい。安心して戦える! 正義君を守るのは私。彼には、屍食鬼の部下で十分よ♪」

 彼女の言うとおり、彼にはお似合いの部隊であるが、無能な彼には勿体ない部隊でもあった。ちなみに、彼の左腕はすでに屍食鬼のお腹の中であった。




 ◇◇◇



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