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第三章 欲望顕現

第九十九話 博士からの高級宿屋

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 交渉の内容は簡単だ。
 王子キマイラと狼獣人のトレード。
 狼獣人が身代わりになれば、王子キマイラは奴隷になることなく自由を勝ち取れる。

 まぁ負けたから魔導船含む所有物は全て回収させてもらうし、手続きが終わるまでは解放しない。
 勇者召喚の会場に行っている間はいいが、帰ってきた後に自由になっていたら絶対に泣きついて反故にしようとするだろうしね。

「それから、補佐官二人にとってのメリットを提示しましょう。私の奴隷となり忠誠を誓うなら、監禁されている御家族を助けて差し上げます。家族ごと我が商会で面倒をみましょう」

「――できるわけ……」

「もう一度体験してみます? しかも次は本気のやつを……ね」

 少し魔力を放出してみると、狼獣人が拘束された状態で地に顔面を擦りつけ始めた。

「先ほどは申し訳ありませんでしたっ! 何卒っ……何卒っ……家族をお助けくださいっ!」

 武において優秀ね……、確かに。

「じゃあ王子キマイラと狼さんが奴隷になるってことですか? その場合、熊さんの身内は放置ですけど……よろしいですか?」

「――なっ! 何故っ!?」

「当然でしょ? うちは慈善活動はしませんよ。技術の安売りをすると、価値が下がってしまうでしょ? 困る人がたくさん出ることくらい補佐官なら分かるでしょ? 魔術を解除したら、解除以前よりも強力に封印するくらいのサービスはしますよ?」

『ドクターキマイラって……鬼畜なんだね……』

『ラビくん! ドクターキマイラって呼ばないで!』

 ラビくんは怖い思いをしたからか、ネーさんを抱きしめた状態でリムくんに持たれかかっている。モフモフもモフモフで精神安定を図るようだ。
 さらに、カーさんが小さい木を生やして、根元に洞みたいな空間をつくってあげ、そこにラビくんたちが収まっている。
 究極のモフモフ空間が完成したのだ。俺も入りたい。

 熊さんの了承がなかなか得られないためモフモフたちを観察していたのだが、それでも迷いが晴れないようで黙り込んでいる。

『タマさん……どうします?』

「さきに見せてあげたらー? 目の前で狼の身内だけ助け出して封印しようとすれば、『僕ー、奴隷になる!』って言うわよー!」

 ……天使じゃなくて悪魔だ。

「そもそも身内を助けるために補佐官になったのよー。『王子キマイラが国王になる、自分は宰相になる、仕事ができない国王のために仕事する、身内を監獄から出す』って感じでねー! もう一人も似たようなもんよー!」

『目の前に身内を助ける術があれば喰いつかないはずはいってことですか……。仕方がない。馬車で運びますか』

「道案内は任せなさい!」

 ノリノリだなぁ……。

「誰か馬車を貸してくれませんか?」

「俺のを貸してやる! 御者もできるぞ!」

「では、お願いします」

 酒場の店主は俺のことを上客だと思ったのか、御者までやってくれるという。

「これでお願いしますね」

 口止め料も加えた金額で、金貨三枚(三十万)だ。

「お任せあれっ!」

 拘束したまま荷台に載せて行き、野次馬がついてこないように牽制をして出発する。

 ◇

 タマさんが指示した方向を俺が店主に伝える。
 途中まではすぐに了承していた店主だが、方向から目的地を予想したようで落ち着きがなくなっていた。

「あの……本当に……この方向ですか……?」

「えぇ。島を一望できるホテルがあると聞いています」

「ほ……ホテル……ですか……」

「利用者は療養場所と言われているそうですからね。きっと窓から絶景が見えるのでしょうね」

「……け……警備も……厳しいそうですよ……?」

「さすが高級ホテル! でも大丈夫ですよ。病気が治ったから療養地を出て行くだけですから、何の問題もございません。むしろ、最高の療養地を利用したがっている人に譲ってあげないと迷惑でしょ?」

「……お医者様が何というか……分からないのでは……?」

「大丈夫ですよ。私は王子キマイラの手術ができるほどの《医術》スキルの持ち主です。他の医者にも負けないと自負していますよ」

 最大値の《医術》スキルに、最大値の《探知眼》など、医術に関するスキルの保有数には自信があるし、不足している経験については回復魔術でカバーすれば大丈夫なはず。

「お国にビビっているのは分かりますが、無理矢理連れて来られたと言ってもらって結構ですし、不安が拭えないなら我が商会の料理人として雇いますよ」

「……本当に? 家族ごと……?」

「もちろんです。ラビくんたちにも優しくしてくれましたしね!」

 狼獣人が虐めたときに止めてくれた人物だからね。素晴らしき人材は勧誘しなければ。

「それはいいわねー! 料理人は必要よねー!」

 タマさんも賛成しているし、ラビくんたちも嬉しそうだ。

「是非っ! 是非お願いします!」

「手荷物の準備をしてくれれば大丈夫ですよ」

「家を売却したいのですが……?」

「大丈夫ですよ。家は持っていきますので」

「――え?」

「着いたみたいなので、引っ越しの話はまた後で」

「はぁ……?」

 辺境伯領の商館回収作戦と同じ事をすればいいだけだから、着替えとか身分証だけを用意していいくれればいいのだ。

「さて、あれが高級ホテルですか……。二階しか窓がないんですね」

「今見えてる窓が面会用の窓で、他の窓は採光用の天窓しかない」

 熊さんが補足説明をしてくれる。

『タマさん、あの塔は必要ですか?』

「そうねー……丸ごと欲しいわねー!」

『丸ごと?』

「ここは犯罪者ではなくて、優秀な政敵を閉じ込めておくための牢獄なのよー! 冷遇されてるのに面倒な案件を押しつけられている優秀な人材もいるのよ! 丸ごともらって行こうじゃないの!」

『じゃあ塔は?』

「……商会の敵を閉じ込めるための建物よー!」

 ……怪しい。

「じゃあさっそく――」

「何ヤツ!?」

 救助しますってくらい言わせろよ……。

「高級ホテルに泊まりに来た観光客です」

「ホテル……? ここにそんなものはないっ!」

「島を一望できる高級ホテルが目の前にありますが? 療養施設なのでしょ?」

「……酷い病気にかかっているために隔離しているのだ! 近づくでない!」

 二人の門衛のうち、俺と問答してる者とは別の兵士が応援を呼んだようで、詰め所からゾロゾロ出てくる。

『タマさん、王都へ通信するための魔具はあるんですか?』

「あるけど……あんたと話している隊長が持っているから使われる前に強奪しちゃいなさい!」

 結局、何かしら強奪することになるんかい……。

「私は医者です。すぐに診ましょう!」

「近づくな! 副官っ! 私の代わりに王都へ連絡しろっ!」

 と言うと、懐から飾りがついた小さな水晶玉を取り出した。

「はっ!」

 返事をしているところ悪いけど、俺にとって絶好のチャンスである。逃すはずない。
 放り投げられた瞬間――。

 ――《物体転移》

 ユニークスキルの《念動》から派生したエクストラスキルで、あらかじめマーキングしてある物や視界に映る物を手元引き寄せることができる。
 使用した魔力量によって大きさや距離が変わるところは空理魔術に似ているが、空理魔術とは違って生物は不可能だ。

 詠唱が必要ないところが最大のメリットじゃないかな。エクストラスキルの時点で誰でも使えるわけではないし。

 それはさておき、手元に引き寄せた後すぐに《ストアハウス》にしまい証拠隠滅を図る。

 あとで解析してラビナイト商会用の通信魔具を作ろう。奴隷村との連絡もしやすくなる道具が手に入るとは……今回の決闘は大当たりだな。

「――あ……あれ!? どこに行った!?」

「隊長殿、副官の気持ちを代弁させていただきますっ! 『隊長ーー! ノーコンすぎーー!!!』です!」

「――わっ……私はっ!」

 赤面している隊長と、顔を青くしている副官の対比が面白い。

「し……仕方ない。捕縛に切り替えるっ! かかれっ!」

「隊長殿のせいで切り替えることになったんですよ? 責任取って隊長からどうぞ!」

「――いいだろうっ! 度胸に免じて慈悲をやろうっ! 墓標に刻む名前を聞いてやるっ!」

「我が名は『ドクターキマイラ』! 獅子族に変革をもたらす者なり! いざ推して参る!」

 決闘の内容を知っている者たち全員が笑いを堪えているが、狼さんだけが何のことか分からないようで「何だ?」と熊さんに聞いている。
 王子キマイラは恥ずかしいのか気配を消そうとしているし、門衛たちは馬鹿にされたと思っているようで怒り心頭だ。

「それでいいんだな!?」

「えぇ。あなたが生きて王都に辿り着くことができれば、その頃にはドクターキマイラのことを知らぬ者はいないと思いますよ?」

「よしっ! ならば死ねっ!」

 俺に向けていた槍を構え直し、突くための予備動作に入った。

 ――《閃駆》

 ――《打突》

 しかし予備動作から攻撃までが遅く、隙だらけだったために懐に入って鳩尾に掌打を一撃。

「――ガハッ」

「……弱すぎだろ」

「人間は脆いのよ? 気をつけなさい!」

 俺の感想が気に入らなかったようで、タマさんが突っ込みを入れてきた。
 だが、俺もその物言いに対しては文句しかない。

『俺も人間ですがっ!?』

「はいはい」

 ……ムカつく。

 もう手加減が面倒だし、ちょっとイラッとしたから簡単に済ませよう。

 ――《威圧》

「《威圧》なら簡単に制御できるのになー!」

「当たり前でしょ? 人間用のスキルで、ノーマルなんだから! 《武威》はワニの能力よー? 完全に制御したいなら、脅威度が高い魔物に転生しなきゃ無理よー!」

 なるほど。道理だね。

「とりあえず武装解除させるか。地よ、生命を宿し、我が命を実行せよ《岩石兵》」

 ゴーレムを使って武装解除しつつ全裸に剥いていく。手にはカーさんが魔術で用意した手枷をはめ、腰には蔦を巻き付けて数珠つなぎに。
 ついでに塔を持っていったところを見られないように目隠しもして、地面に転がしておく。

「じゃあ離れててくださいね。また気絶されても困るので。カーさんは店主さんを守ってあげて」

「任せろ。さぁ店主、オレの後ろへ」

「は、はいっ!」

 王子キマイラたちも馬車から顔を出しつつ、四つん這いでカーさんの後ろへ移動していた。

『タマさん、魔力を流せば壊れますよね?』

「そうねー。不安定な術式だから多めの魔力を込めるか、圧縮した魔力を押しつけるだけで十分よー!」

 ん? じゃあアレでいいのかな?

「でもでも、あの鬼を出すんじゃないわよ? 中の人間が死ぬかもしれないでしょ?」

『……しませんよ』

 ふぅ……危ない危ない。タマさんの部下を殺すところだった……。

『じゃあ、良きところで止めてください』

「はいはい」

 手のひらを上に向け、魔力を放出しては圧縮していく。
 手のひらでめちゃくちゃ固い泥団子を作ってるイメージであるため、圧縮している魔力が多くて肉眼で見えてるかもしれない。まぁ俺は魔眼があるから普通に見えているけどね。

 それにしても……。

「雑な術式の割りに脱獄できないわけですね。相当量の魔力が必要で、それを圧縮できないといけないのはハードルが高すぎ。熊さんが疑うのも理解できますね」

「でしょー! 絶対恩を売れるわよっ! ――あっ! もういいわよー!」

「へーい。よいしょっと!」

 手のひらで作った魔力玉を、塔の扉に施された術式の主要部分に押しつける。

 音は鳴らなかったが、まるで弾けたように術式が破壊され、術式が消滅した衝撃によって生じた魔力が大気を震わせた。

「――そ……そんな……馬鹿な……!」

 信じていなかった熊さんが驚き慌てふためいている。

「チョロい術式だな」

「まぁあんたの基準はレニーたちの早くて正確な術式だからねー!」

「魔術訓練も地獄でしたからね……。さて、スカウトに行きますか!」

 いざ、高級ホテルへ!

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