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第三章 欲望顕現

第八十七話 変身からの技術向上

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 ラビくんを抱いて騒ぎの元に向かう。

「……なんか違う気がする。本当に晩ご飯?」

「……オレも違う気がしてきた」

 騒ぎの元は甲板で、料理どころかテーブルもない。左舷に人集りができており、商会のおっちゃんもその中にいた。

「ちょっとローワンに聞いてくる」

「ローワンって誰?」

「言ってなかったか? 商会長の名前だ。商会名は奥さんの名前だけどな。幼なじみらしいぞ。じゃあ行ってくる」

 確か……『アナド商会』だった気がする。
 じゃあ、たまに話に出てくる『ナディー』なる人物は奥さんってことか。これからはおっちゃん呼びはやめよう。

『アーク! カーさんとおっちゃんが来たよ!』

『ローワンさんって呼んであげなよ!』

『話すときは名前で呼ぶよ!』

 いつものくせで「おっちゃん」って呼びそうで心配だ。

「アーク、魔物だってよ」

 おっちゃんって呼んでしまったときの想像をしていると、カーさんが騒動の原因を告げてきた。

 人が多いと煩わしいと思って意識しないようにしていた、エクストラスキルの《存在察知》を発動してみる。
 気配察知や魔力察知などを使って周囲の生物を把握し、危機や害意を察知することができるスキルだ。

 危険そうな魔物がいるなら全て丸裸にできる。

「……あのデカいのですか?」

「もう見ましたか……」

 いや、見てない。ただ、気配も魔力も尋常じゃないほど大きいのだ。

「でもまだ遠くですよね? 逃げれば大丈夫そうですよ?」

「えぇ。普通ならそうなのですが……何を思ったのか向こうの船が我が商船を目指して来ているのです。おそらくなすりつけるつもりでしょう。どうぞ、こちらへ」

 ローワンさんに案内されて、関係者しか入れない船尾エリアに行く。
 少し高くなっていて人も少ないため見晴らしがいい。おかげで遠くにいる船の様子がよく分かる。

 一応《探知眼》の遠視を発動して、範囲とエリアを限定した《地獄耳》を発動してみた。
 使い慣れてないスキルを慣らすいい機会だと思ってしまう自分が、何かの病気ではないかと思えてちょっと恐ろしい。

 ……スキルに慣れるまでにしよう。絶対だ。

 病的な訓練のおかげで得たエクストラスキルは素晴らしく、仮想敵船の状況がよく分かる。
 周りに鯨みたいな魔物が一体いて、周囲を大きめの鮫の魔物で取り囲んでいた。しかも鮫の魔物はぴょんぴょん跳ねていて、時折船に飛びかかっているのだ。

 孤立無援の船上でパニックになってもおかしくない。……でもこっちに来るな。はっきり言って迷惑だ。

『アーク』

『どうしたのかな?』

 ……やめてくれよ。嫌な予感がするから。

『あの大きな魔物は子どもで、近くに親がいるんだよ! しかもあれは戯れ付いているだけで、襲っているつもりはないの! まぁ周囲の鮫はおこぼれに与ろうとしているんだけどね!』

 ……あれ? 地獄の刑務官じゃなくて、ラビペディア大先生の方だ。

『おっちゃんが焦るほど有名な魔物なんだよ!』

『でも大きいなら内海に入れば大丈夫でしょ。さっさと逃げちまえばいいじゃん!』

『チッチッチッ! ママの寝返りで津波が起きるんだよ? あの家族を引き連れて近海に入ることは重罪なんだな!』

『はぁーー!? 引き連れているのはアイツらじゃん!』

『でも安全領域ギリギリまでになすりつけてトンズラすれば、生贄はこの船になって、口封じも鮫が勝手にやってくれるから完璧だね!』

『エグいよ!』

『ぼくじゃないよ! 人間が考えていることを代弁しただけだよ! だから、アークには二つの道が用意されています!』

 ……来たよ。早速変身しやがった。

『一つ目は討伐ですね! お礼に船がもらえるかもしれません! 二つ目は逃走です! アイツらをデコイにして、爆走して逃げ切るという作戦です!』

『逃走で!』

『――え?』

 聞く気ねぇーー!

 最初から選択肢はあってないようなものだということか!? だが、諦めない!

『逃走します!』

『え? なんで? だって、鮫はともかく大きい方は美味しいんだよ?! 天ちゃんも溟ちゃんも大好物って言ってたんだよ! 船も手に入るかもしれないじゃない!』

『溟ちゃんって誰!? あと船は、人が一人残らず死んだ場合だけ拾った者に権利があるんだよ。こっちに向かってきてるんだから死んでないでしょ!』

『……ぶーちゃん。ぶーちゃんも好きだと思った!』

『嘘つけー! 思ったって何!? しかも配達できる距離じゃないでしょ!』

『それは大丈夫! カーさん! 精霊急便は可能かな!?』

『……可能だ』

 はぁーー!? 精霊急便って何!?

『精霊に頼んで配達してもらうんだよ! 最悪タマさん経由で、【大老】から届けてもらうのもありかな! そうだ! タマさんはどこに行ったのかな? 勝利の女神がいないから劣勢なんだけど!』

『森の大精霊様をパシリみたいに使ってはいけません! とにかく逃げよう!』

『ぶーちゃんやオークちゃんは海産物を食べる機会が少ないから、きっと「よくやった」って褒めてくれると思うよ!』

『アレは海産物じゃない! 肉だ! しかもさらにデカい親がいるんでしょ!? そんなの島じゃん!』

『違います。島も飲み込みます! でも、十年間の修業の成果を発揮するいい機会だよ! エクストラスキルに慣れるいい機会だと思わない?』

 ……読んだのか?

『読まなくても分かるよ! だって、ぼくたちは一心同体だもん! ねっ!』

 ……可愛い。だが、断――れない。

 目がウルウルしているんだもん。しかも兄弟揃って。

『逃げてダメだったらにしよう! ローワンさんたちもいるしさ!』

『……そうだね』

 納得してくれたけど、敵船に向かって手を合わせて祈っている。無事を祈っているのか、早々にデコイの役目を果たして沈没することを祈っているのか。……前者であって欲しい。

「それでどうするんだ?」

「ローワンさん、全力で逃げてください!」

 精霊急便の話以外はローワンさんと話していたカーさんに念話の結果を聞かれたから、結果とお願いを一緒に伝える。

「ですが……このままでは追いつかれてしまいます」

「それは心配しなくても大丈夫です! 我々が全力でサポートします!」

 俺が言っても信用がないから、カーさんを見ながらはっきりと明言する。ローワンさんも「なるほど」と頷き、魔具を起動しに行った。

「それで、本当は何するんだ? 戦闘はともかく、逃走で手伝えることはないぞ?」

 ラビくんをチラチラ見てるから忖度があるんだろうな。どんな弱みを握られてるのか分からないけど、何故かラビくんに平身低頭なんだよな。

「任せてくれて大丈夫!」

『何するの?』

「ふふふっ! 逃げるだけだよ! ときに、帆船のブレーキのかけ方は知っているかね?」

『――え?』

「風よ、《突風》」

 裏帆を打たせばいいのだよ!

 無理矢理にやったからマストが折れたりするかもしれないが、俺の船じゃないから知ったことか。
 それに、マストが折れれば速力も落ちる。いいこと尽くめだ。

「水よ、母なる海よ、不浄を押し流せ《海流操作》」

 ダメ押しの水魔術で敵船周辺の海水を操作して、俺たちの進行方向の反対側に押し流して距離を開ける。

 この隙にトンズラさせてもらうぜ!

『あぁ……お肉が! やっぱり勝利の女神がいないと……!』

「アルテア様のことかな?」

『……分かってて聞いてるよね?』

『ラビくん! 怒らないで! 仕方がなかったんだ! ねっ!』

『ママ来い……ママ来い……!』

 効かない! しかも不吉なことを呟いてる! 呪文みたいだからやめて!

 ――ゴォォォォォォ!

 ん? 敵船の周り窪んでないか?

『キタァァァァーーー!』

 直後、海水と周囲の魔物ごと船を丸呑みにした。垂直に飛び上がって丸呑みした後、当然重力に従って落ちてくるわけだ。

 そう、津波が来る。

「チッ! 氷よ、あらゆるものの動きを凍てつかせ、白銀の世界を顕現せよ《氷獄》」

『ねぇねぇ!』

「何かな? 少し忙しいんだけど……」

『あの魔物……福袋みたいだね!』

「……できれば購入を拒否したい」

『購入はしなくていいんだよ? のし付きで送られてくるからね!』

 いらねぇーー! 福袋じゃなくて厄袋だな!

 それと魔術を発動する直前にママ鯨を《解析》してみた。《鑑定》の上位互換だから期待したのだが、得られた情報は名前と脅威度だけ。

 【アスピドケロン】 脅威度八

 女王ワニを凌ぐ脅威度に目を剥き、戦わせようとする地獄の刑務官が悪魔に見えてきた。
 モフモフ天使は堕天して、モフモフ悪魔になってしまったようだ。

『傷は最小限だよ!』

「何で!?」

『リムくんのためだよ!』

 そう言われれば……確かに。魔力もたくさんありそうではある。

『人間が消化される前に討伐してね! 食べにくくなっちゃうからさ!』

 今回は注文が多いな……。

「ちなみに追い払うっていう選択肢はないのかな?」

『あれ……? 〈霊魔天〉の名に恥じない行動をするんでしょ? そんな弱気ではいけないと思うんだ!』

 ……地獄の刑務官のレベルがアップしている。痛いところを確実にえぐってくるところは鬼畜天使と全く同じだ。やっぱりモフモフ悪魔になってしまったのか……。

「アーク。隠蔽は任せろ! 心置きなく戦ってくれ! 窓もないから船内に押し込めば大丈夫だ!」

「え? 咄嗟にやった氷魔術とかは?」

「船に乗り合わせた魔術師がやったことにしようと思う! ローワンも命が助かると思えば協力するだろうよ!」

「ガンバッテ」

 ネーさんまで……。新年早々地獄から始まるとか……めちゃくちゃ縁起悪い。

『頑張って!』

「……君たちは行かないの?」

『行くけど、邪魔者を排除する役目かな! ワニの時と同じだね!』

「代わってもいいんだよ? 俺が警戒担当で! ねっ!」

『……お肉の手紙に「アークは見てただけ」って書くよ? ぶーちゃんの本気パンチを喰らっても知らないよ? ちなみに、ぶーちゃんの本気パンチを喰らう相手は古代竜くらいだから!』

「死ぬヤツじゃん! 討伐をやらせていただきます!」

『さすがアーク! 勇敢な男児だね!』

 頼むから……ずっとモフモフ天使でいてくれ!

『ふむ……勝利の女神がいないときは、モフモフの戦神の話をすればなんとかなるのか……。あのレベルになると、ぼくたち兄弟だけじゃ無理だからなぁ』

 不穏だよ。念話を切ってからにしてくれ。

「じゃあ行きますか」

 武器は魔導六角棍にするか。

 真っ二つはダメだからファルシオンは論外だから、次点の魔導六角棍を使用しようと思う。
 一番早く始めた上に、オークちゃんから手ほどきを受けた長モノは、俺の一番得意な武器と言っても過言ではない。

 化け物と戦う以上、一番得意な武器術で、最高の武器を使用して挑みたい。

 出し惜しみはなしだ。

『ぼくはリムくんの背中に乗っていくからね!』

「後頭部が空いてるよ?」

『また今度ね!』

 ……寂しい。

「あとから追いかけるから、急いで離れてって伝えておいて。本気で戦えないからさ」

「オレも余裕があったら戻ってくるから」

「……余裕がなくても戻ってきて。三分以内に死体を氷の上に引き上げないと、解体しても素材は海中に沈んでしまうからね!」

『それはダメだ! 絶対戻ってくるように!』

「……分かった」

 船から飛び出し、凍った並みの向こう側に移動する。

「ブオォォォォォォーーー!」

「はぁ……。刑務作業開始しまーす」

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