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第二章 一期一会

第七十二話 再訪からの露店販売

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 今日は久しぶりに領都へ行く。

 タマさん曰く、神子のお披露目のために伯爵家が揃って王都に行くそうだ。クソババアの情報収集を兼ねて町に行くのだが、生産スキル習熟のために大量に作った製作物の在庫処理も兼ねている。

 十歳まで一年を切っていれば、露店販売の研修も可能になるそうだ。今回も顔がきくカーさんと、こっそりネーさんが同行してくれる。

 メルさんとアイラさんは今回も馬役を買って出てくれたから、前日はダブル添い寝だったらしい。俺は例によって気絶しているから記憶が一切ない。
 過ちをおかしたクソ野郎の言い訳みたいだが、気絶訓練で覚えていないのだから許して欲しい。

 エルフたちは、追跡者が町にいると戦闘になり町が消滅するからという、意味不明なことを理由に辞退している。だから、一応半休にしてあげた。ドロンの新種の確認だけやってくれればいいと伝えて。

 ちなみに、タマさんが天界で唐揚げパーティーをしながら、特許問題を片付けてきてくれた。

 ドロン酒およびドロン関係のものはアルテア様の管轄にすること。生産スキルで製造したものや、料理は火の大精霊様の管轄にすること。商売の仕方や新魔術研究や習熟の方法などは、森の大精霊様の管轄にすること。

 特許は開発製造した直後に照合され、タマさんが処理してくれるらしい。
 それと、普通は組合に登録されてからじゃなければ特許登録はできないそうだが、カーさんの登録にしておいて、組合に登録した後に俺の登録にしてくれるらしい。口座の中のお金と一緒に。

 カーさんはカードを作り直す気でいるらしく、全部を移したらカードを処分すると言っている。

 それから、森の大精霊様の魔術の部分は闇の大精霊様の管轄になるそうだが、何故か消息不明らしいから気にしなくていいそうだ。

 森の大精霊は何故かよく分からないけど、すごく良くしてくれている。加護もつけてくれたし、今回の許可証も発行してくれていたから、組合に行かずともいいのだ。

 またもめる未来しか見えないもの……。

『着いたね! まずはどこに行く!?』

「ラビ……くん、まずはオレの用事を済ませたいから、緑の屋根の邸に向かって欲しいと思っている」

『もぉ! いいかげん慣れてよね! ラビくんだよ! 簡単でしょ! みんなもラビくんって呼ぶんだよ?!』

 ラビくんはオープンチャンネルの《念話》を発動して話しているから、普通に話しているように感じる。

 もちろん、前回同様俺が抱いている。

 ラビくんは少しだけ成長した。身長よりも胴回りの成長の方が顕著であるが、本狼は否定している。抱いたときの肉感が変わったから間違いない。そして抱き心地は抜群である。

 緑の屋根の邸では、前回同様警告を済ませた。

 服は情報撹乱のために渡していない。勘づくとは思うが、相手は【奴隷商組合】という世界的な組織である。証拠もなく動けば無用な誤解を生むこともあるだろうから、おっちゃんたちは何もできないというわけだ。

 前回以上に真っ白になったおっちゃんは、全身を震えさせて卒倒してしまった。
 たまたま有力者のうちの一人で、職人街を仕切っている親方もいたので、「次やったら出て行く」という伝言は彼に周知するように頼んだ。

「じゃあ露店の場所を確保に行くか!」

「お待ちを! 露店を出すのですか?」

「そうだが? 何か問題があるか?」

「神子様の儀式の影響で、他国の貴族や大商会も多く来ています。メインストリートは大店の者たちが占領していますので、研修のためなら職人街寄りの場所をご利用ください! 私の持ち物件で空き家がございますので、そこの庭先なら馬車も置けるでしょう!」

「ふむ……。代金は?」

「いえ! 今回の迷惑料としても安すぎるほどです!」

 本当のところ、火の大精霊様や森の大精霊様に見放されないための行動だろうなと、勘ぐってしまっている。

『アーク! 正解です! もう一つ理由をつけるなら、職人として親方として、アークの作ったものが気になるから見たいんだよ! すごいものなら、弟子に見せて発憤させようと考えているみたいだよ!』

『え? 分かるの?』

『アークも頑張ればできるようになります! あと、ぼくは受けてもいいと思ってるよ! 悪い感じはしないしね!』

「じゃあ、案内してくれ」

「すぐに馬車を引いてきます! ……おい。いいかげん起きろ。客人が帰るぞ」

 親方は、ボソボソと商人のおっちゃんに声をかけて揺さぶっている。そのおかげで目を覚まして、簡単に事情説明すると、親方は走って馬車を取りに行った。

「さ、最後に注意事項を! もし露店で貴族が絡んできても殺さないでくださいね!」

「……オレたちのこと何だと思ってるんだよ」

「で、でも彼らが強権を振るうことはできませんので! 注意すべき対象は、ここの代官に融通を利かせようとするものだけです。武力で迫ってくるなら、殺さなければ大丈夫です。武力を持つことは獣人族である証明の一つですから、周囲の獣人族も味方してくれます。特にここは武で有名な辺境伯の領都ですから!」

「そうか。忠言感謝する。肝に銘じよう!」

「俺もです!」

「君は勇気だけでも示せばいいからね!」

「……はい! ありがとうございます!」

『プフゥーーー! おっちゃん、信じてなかったんだ。白虎ちゃんを助けたのはレニーさんたちだと思われてるよ!』

『まぁそれが普通だと思うよ。《偽装》使ってるし、簡素な服を着ているから普通の村人に見えるだろうし!』

『みんなを見て! 笑いを堪えてるんだよ! 悔しくないの!?』

『全く! 強いことがバレたら、ラビくんとバイバイすることになっちゃうもん!』

『――なんで!?』

『獣人族は武力を持つ者が偉いという傾向が強いんだけど、民に有能そうな者がいると徴発していくんだよ。「国に尽くすことが最高の栄誉で、最高の仕事だから喜べ!」と言ってね! ラビくんは王女様の献上品になるんじゃないかな?』

『絶対にイヤ!』

 この国では普通のことらしいから、本当に気をつけなければいけないのだ。

『あと一年我慢して、他国で身分証を作れば大丈夫だよ!』

『……うん』

 相当イヤだったようで、露店を出す空き家に向かう間、ずっと俺のお腹にしがみついていた。耳もへにょりと垂れさせて、いつもの明るさが皆無だったのだ。

「ラビくん! イムを褒めて! お酒屋を見つけたよ!」

 イムさんの声を聞いたラビくんの耳が、ピクリと動く。

「ラビくん、ワインを売ってるみたいだよ。お酒造りの参考になるんじゃないかな?」

「ワイン……」

「ラビくん、ここら辺は酒店通りだから宝探しができるぞ!」

 カーさんまで慰めだし、ラビくんはついに頭を上げた。周囲をキョロキョロ見た後、鼻をクンクンと動かし、何を買おうかと物色を始めている。

『イムちゃん、素晴らしい報告をありがとう! みんなもありがとう!』

 空き家に着いた頃、ラビくんは元気いっぱいになっていた。可愛いラビくんの復活である。

 ◇

 馬車の前に木箱や木材で簡単なテーブルを作り、布をかけて見本の商品を並べていく。各種一点だけ並べて、破損や盗難のいちゃもんを回避しようと思っている。

 購入を検討している人には、馬車の近くで取引する予定である。冷やかしに来る客には見本で十分だと思っている。だって、買う気がないんだから。

 研修は慣れるためにやることだから、結果を出そうとしなくてもいいと思っている。これも勉強の一つである。

 当然、馬車には護衛がついている。災害級の四人が護衛としてついていてくれれば、手加減の心配だけしていればいい。……大丈夫だよね? 殺さないでね?

『来ないねーー!』

『招き狼さん、疲れちゃった?』

『ううん。親方がお金取りに帰った後、チラチラ見る人がいるのに来ないなって!』

『親方の新弟子だと思われているんじゃないかな? 親方の物件だしね』

『そうか!』

『うん。お腹が空いたら、謎肉ジャーキー食べる?』

『……食べない。ワニがあるから』

 我がラビナイト商会の初めての露店で置く商品は、大量のオーク肉と香草に迷宮産岩塩で作ったオークジャーキー。レシピは既存のレシピだけど、迷宮産岩塩のおかげで旨みが倍増している。

 次はオーク革で作ったポーチや鞄だ。タマさんの指示で、基本的な造りにこだわった。

 三つ目は蛙の目玉を使った宝石の『蛙石』と、それを使ったアクセサリー。迷宮産の銀や金を使い、邪魔にならない程度に、純度の低い宝石も使っている。一応目玉商品だ。……目玉だけに?

 四つ目は謎肉ジャーキーだ。
 原形が分からないように一口サイズにしているが、その正体は蛙肉のジャーキーである。先日追加された十五人の奴隷たちの主食だが、珍味のようで美味しいそうだ。

 蛙自体は、目玉を宝石にするほどだから大きくない。でも量が量だけに捨てるのはもったいない。それなら、謎肉と称して冒険心を煽ろうと考えたわけだ。

 正体を知っている我が家の者は食べないけどね。

 最後に、《裁縫》スキルを習熟するために作ったぬいぐるみを置いている。このぬいぐるみは何故か特許登録された。
 テディベアや魔物のぬいぐるみはあったらしいが、ぬいぐるみに服を着せるという概念は存在せず、羊の着ぐるみを着せた親分風の熊を作ったところ、すぐに登録された。それなら人間の着ぐるみはどうかとなり、それも登録されることになった。

「待たせた! オークジャーキーと十キロと、鞄を二つに蛙石のアクセサリーを二つ、それぞれ違うデザインでくれ!」

「かしこまりました。馬車の方へ参りましょう!」

『謎肉は聞かないの?』

『目を逸らしてたからいいんじゃないかな? 一応ジャーキーには試食があるけど、オークしか食べたくなさそうだったしね』

『オークは取っておけばいいと思うんだ! めちゃくちゃ美味いよ!』

 高級ジャーキーだからな。ラビくんたち呑兵衛が販売を阻止しようと、販売価格をつり上げた。研修生の露店というのに、キロ五万で販売するというのだ。高くて買わないだろうという思惑である。

 だが、試食をした親方は「もう少しすると思った」と言って、馬車に積み込ませていた。親方は弟子たちも呼んで、蛙石のアクセサリーや鞄を見せている。
 彼が買ったものだから好きにすればいいのだが、近くで褒めるのはやめて欲しい。とても恥ずかしいのだ。弟子たちは悔しがる者や睨みつける者など様々であるが、それぞれの様子も評価しているところを見ると、良い師匠なのだろうことが分かる。

 睨みつけた者には謎肉ジャーキーを買ってあげて、無理矢理食べさせていたが……。

 ◇

 その後、親方の話を聞きつけた呑兵衛仲間が大量に押し寄せ、オークジャーキーは完売した。レシピを聞かれたが、組合で無料公開されているものだと答えた。レシピは同じだが、採取した場所が魔素が豊富な魔境と迷宮だから材料の違いである。

 親方は知っていて安いと思ったようだが、帰り際に安いと思った理由を教えてくれた。材料のこと以外にも丁寧に作っていて、レシピ頼りに作っている素人の仕事ではなかったそうだ。

 利益が出ているなら顧客にとっては嬉しい価格だが、利益が少ないなら一.五倍にしても買う者はいるという。でも友達に言ってしまったから、今日はやめてくれと言って帰って行った。

 謎肉ジャーキーもそこそこ売れた。冒険心溢れた冒険者や、親方に無理矢理食べさせられた弟子とか、ハマる人はハマるらしい。

 今日分かったことは、食品の方が受けが良いということだ。おもちゃ関係はまだ置いていないからどうなるか分からないが、将来的に客寄せ用に食品を置くことを心に決めた。

 帰りはジャーキーを売り尽くして元気がなくなったモフモフたちのために、酒店通りで宝探しをして帰る。

 帰り際、前回組合にいたという商人が近づいてきて、オークリームや丸薬を売って欲しいと言ってきた。しかし、あれはもうここでは売らない。

「適正価格の半分で買い取られるくらい需要が少なかったので、全て別の場所で三倍で卸しています」

 という嘘をついて仕返しをしておく。

 町の組合や薬屋は娼婦に詰められているらしく、かなり食い下がられた。それなら適正価格で買い取っていれば良かったのでは? と返して、足早に南門を出る。

『アーク!』

『どうしたのかな?』

『ラビくんイヤーが、助けを呼ぶ声をキャッチしたんだ!』

『モフモフかな?』

『うん!』

『じゃあ行こう!』

 ラビくんは俺の後頭部に移動してしがみつく。今回は俺に乗っていくようだ。

「ちょっと行ってくる! 少し先で待ってて!」

 馬車から飛び降り、東に向かって走り出した。

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