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第二章 一期一会

第七十一話 新種からの信用失墜

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 トラブルはあったが、遠足を続けるために秘密の場所に向かう。熊姫様は親分の背中に乗って移動している。俺は馬車の御者台に座っている。

 三台連結した馬車を引いてきたが、奴隷商の馬車も加わるということで、洞窟に向かうときにジャンケンで負けた者たちと代わり、奴隷商の馬車にアイラさんとイムさんが乗る。

 快速馬車の御者台にはメルさんとレニーさんと乗り、いつも通りレニーさんが御者をしている。
 奴隷商の馬車は一頭引きだから、死体を兵士が乗っている馬車に移動して空馬車にした。それならしまえばいいと思うかもしれないが、快速馬車の後ろについてもらうことで、後方の警戒にあたってもらっているのだ。

 ラビくんはいつも通り、リムくんの背中に乗って移動している。あっちに行ったり、こっちに行ったりと忙しそうだ。

 そして方向転換する直前にいた場所まで来ると、イムさんが後ろから来て道案内してくれ、無事に秘密の場所に到着する。

『こ……この匂いは……!』

 親分が興奮気味に周囲を見回す。

「そうです! ドロンの群生地です!」

『だが……これは本当にドロンなのか?』

「えぇ。新種のドロンです。親分の好きな極甘ドロンは青色です。黄色のドロンは酸味が強く、さっぱりとした爽やかさが魅力的です。赤いドロンはいつも通りですね。味はだいたい同じですが、青色はペルが少し加わったようなコクがあります。黄色はキロンの香りがしますね」

 ペルは桃で、キロンはレモンのことである。味は変わらないのだが、名前は違うんだよな。

「挿し木用や酒造用に採取しようと思って遠足に来たんです」

『これも酒にしてくれるのか?』

 極甘の青いドロンをパクりと食べながら、新たなお酒に目を輝かせている。熊姫様も美味しそうに食べているから、連れてきて良かったと思う。

「同じ方法でも造れると思いますが、違った方法を試すように言われています」

『誰に?』

「火の大精霊様です」

『あぁ……。言いそうだが、特許というものをとるのなら、一括管理にした方がいいぞ』

「く……詳しいですね」

『俺の領域のさらに南西の岬には人間が住んでいるんだが、そいつが言っていた』

「あの深層の端に人間が住んでいるんですか?」

『正確に言うなら、俺の領域に間借りして住んでいる。姫が病気になったりしたときに診てもらったりする代わりに、俺の庇護下に置いている。それと娘や嫁と一緒に女子会なるものをやっている』

『あたしもーー!』

 何故か親分は悔しそうだ。なんかあったのかな? そして熊姫様は可愛い。すごく可愛い。

「アーク! 木を採取する?」

「そうだね! 匂いも変わるのか確認したいしね!」

『木とは何だ?』

「ドロンの木はオスメスがあるのは知ってますか?」

『もちろんだ。農園を造っているからな』

「では、メスの木が実をつけるときに、近くのオスの木が赤くなっているのを見たことはありますか?」

『――あぁ……、あれか。あるな』

「それを採取してチップにすると燻製に使えるんですよ。オークちゃんに、ドロンのスモークチーズをもらいませんでしたか? おつまみや軽食にピッタリですよ!」

 オークちゃんが喜んでくれたから、大量生産してお土産に持たせてあげたのだ。チーズは南の方にある村に直接買い付けに行った。時間停止効果を持つ《ストアハウス》に詰め込んで爆買いしたら、久しぶりの現金収入だと言って喜んでくれた。

 南側に行くのは迷宮に用がある者ばかりだから、小さい村の住民は大変なのだ。辺境伯および伯爵閣下、神子なんかよりも価値がある領民を助けなさいよ。

「あれ? ぶーちゃん、食べなかったの?」

『取り上げられた……。女子会に持って行かれたんだ……』

「ぶーちゃん……不憫な……」

 食いしん坊のラビくんが同情している。気持ちが痛いほど分かるのだろう。

「親分、少しだけ持っているので味見してみて下さい。姫様もどうぞ!」

『あるのか!』

『ありがとう!』

 モグモグと食べている親分の手にドロン酒のソーダ割りを持たせると、グビグビと飲み干し、満足そうに頷いていた。

『これは美味い! シュワシュワもいいな。爆裂草の群生地を焼き払うのをやめたぞ!』

「密閉しておかないと普通の魔力水になってしまうのが難点ですけどね」

『それは大丈夫だ。岬の婆さんが状態維持の効果を持つ容器を作ったから、それに詰めている』

「すごい人なんですね」

『ふんっ! 婆さんも同じ事言ってたぞ。年齢を言ったときの顔は面白かった! なっ! 姫!』

『うん! ばあちゃんの口からお茶が噴き出ていたよ! ママがお盆を盾にしてたの!』

 すごく人間らしい生活を送っているな。でも、深層に住む人間がいるのか。知識も豊富そうだし、いつか会えるといいな。……深層に奥に行けるようになるのが先だけど。

『ここが空白地帯なら、俺の管理下に置こうかな』

「お願いします! 俺たちのところからは少々遠いので」

『分かった! 真ん中辺りに爪痕でも残しておく!』

 ノシノシと歩き真ん中辺りに行くと、一瞬だけ背中の上が揺らめいたように見えたが、大きな爪痕に衝撃を受けたことで気を逸らして見失ってしまった。

 何だったんだろう?

「アーク、湖はいいの?」

「あっ! 忘れてた!」

「そもそも何が欲しかったの?」

「川イカだよ」

「……なんて?」

「か・わ・い・か」

「……いらないんじゃないかな?」

「美味しいらしいよ」

「らしいという根拠では弱いよ!」

 ラビくんは反対しているが、ホタルイカの少し大きいイカさんのことだ。見た目が悪いから食用ではないと言われているらしいが、魔物も見た目が悪いじゃないかと言いたい。

 図鑑では美味しいと書かれていた。

 俺もイカの唐揚げは好きだ。ホタルイカの唐揚げも好物の一つだった。

「イム知ってるよ。川にいるよ!」

「本当!? 案内して!」

「うん! 乗って!」

 服を体内にしまったイムさんは、お馬さんモードになっていた。ちょっと大きめのお馬さんだし、《騎乗》スキルを持っていないけど、勝手に走ってくれるから全く問題ない。

「親分、イカとってきます! みんなと一緒に洞窟に向かってください! 御馳走を用意します! みんなもよろしくね!」

 とりあえず伝えることだけ伝えて川に急いだ。イカはずっと楽しみにしていた大好物である。絶対に食べてやる!

『ここーー!』

「ありがとう!」

 お礼を言って馬体を撫でる。

『ムフフ!』

 用意したバケツに入れようかと思ったが、チャポチャポしそうだからやめた。《生物鑑定》の派生スキルの《生物探査》を使い、川イカの居場所を確認する。

「《創水》からの《操水》」

 川イカがいる場所の水を周囲の水ごとすくい上げ、空中に水球を作り留めておく。

「氷よ、《凍結》」

 中心部は水のままで、周囲数センチだけ凍らせて氷の水槽を作った。

「森よ、《鳥籠》」

 ツタで作った袋のようなものに入れて背中に背負う。少し冷たいけど、少しだけだから大丈夫だろう。

「お待たせ!」

『早かった!』

「帰りもお願いね!」

『うん!』

 イムさんの言葉に引っ張られて敬語が取れていく。イムさんも気づいたようで、徐々に機嫌が良くなっている。

 可愛い子である。

 帰りも快速で走り抜けてくれ、あっという間に洞窟に着いた。洞窟にはカーさんたちとオークちゃんがいるだけで、親分たちはまだいないみたいだ。

 ちなみに、アイラさんたちが同居するようになったことで、南側にある住み処代わりの巨大貯水池は埋め立てた。代わりにジャガーくんとの訓練場所と、今後増えるかもしれない奴隷用の家を増産した。しかも二階建てだ。

 心が砕かれた選民エルフたちは、選民でなくなったため同居している。だから彼女たちの小屋も潰して、北側にも二階建てを建てた。

 南北で男女を分ける予定だからだ。

 外側は相変わらず剣山付きの堀を設置しているから、魔物被害はなかったという。

 元の訓練場であった東側は、親分のアッシーくんの発着場兼テラスである。大きいお客さんが来たときに食事するスペースになっている。

 そこにオークちゃんたちが勢揃いしているみたいだが、近づいて見たら奥の方に親分もいた。馬車を北側の奴隷住宅付近に繋いでいたから気づかなかったというわけだ。

「ただいま戻りましたーー! これがイカです!」

「アーク、食べ物はいっぱいあるよ! 無理して食べることはないよ!」

「……好物なんだけど」

「死ぬ前でしょ!?」

「そ……そうだけど……」

「と、とにかく! ぼくは普通の唐揚げを希望する!」

「もちろん、普通のも作るよ!」

「なら、よし!」

 そういうと、状況が分からないだろうオークちゃんやカーさんたちに、事情を説明しに行ってくれた。ありがたいことだ。

 アイラさんとイムさんには食料庫と作業場に、今日鹵獲した物品を運んでもらい、レニーさんや《家事》スキルを得たメルさんには料理を手伝ってもらう。

 エルフコンビも鳥肉を捌いたりしてくれているが、川イカを視界に入れないようにしていた。

 カルチャーショックを受け、どうやってタマさんに食べさせようか考える。神子問題でストレス抱えているところに持っていったら、殺されるかもしれないという不安がよぎる。

 とりあえずホタルイカ同様手間がかかる下ごしらえを終え、ニンニク醤油で味付けした後、油で揚げていく。油はオリーブオイルみたいな植物油である。爆裂草のように油を貯める植物があり、ナイフを使って高品質の油にしている。

 ニンニク醤油の暴力的な香りにつられて、食いしん坊たちが徐々に距離を詰めてくる。

 味見で熱々の揚げたてを食べる。プリップリの胴体と、コリコリのゲソがたまらなく美味い。

「生き返った!」

「ホント……?」

 吐いてもいいからと言ってバケツとお皿を渡して、離れた場所にテーブルを作ってあげた。
 大丈夫かな? と思っていると、珍しく全力で走ってきて一言。

「おかわり!」

 そこからは普通に食卓に並べてタマさんたち天界の方々にも献上し、美味しい晩御飯を食べ、楽しい時間を過ごすのだった。


 ◇◇◇


「イグニス様、神子様の儀式も終わったことですし、村に帰って王都行きの準備をしたいのですが? よろしいですか?」

「構わない。遅れないようにな」

「はい」

 ピュールロンヒ伯爵家は、神子の職業授与の儀式を終えた翌日に、王都に出発する予定である。理由は簡単。貴族なら五歳のときに済ませているはずのお披露目をするためと、神子であることを公表するためだ。

 ようやく政治的に神子を使えるようになった言うわけだが、果たして今回の神子は使い物になるだろうか。疑問を抱く者も多かった。

 その一人がピュールロンヒ伯爵第一夫人である。

「奥様、商人が魔核と魔石の取引について話がしたいと」

「一緒に村に同行するように伝えて」

「かしこまりました」

 第一夫人が今一番気になっていることは、森に差し向けた奴隷商たちのことだ。忠実な部下を同行させたのに連絡が一つもない。普段ならありえないことだ。

 別の部下を組合に行かせ、カードが生きているかどうか確認させた。他人が確認することはできないが、「取引があったから、お金を振り込みたい」と言えば、登録者のカードが存在するかどうかは分かる。

 結果、存在していた。

 では、何故連絡を寄こさないのか? とにかく気になって急いで戻ることにしたのだった。

 そして洞窟に行き、状況を知っている者がいないか確認しようとしたが、当番であるはずの十五人が一人もいない。すぐに異常事態が起こったのだと確信した。

 洞窟内を調べ尽くすと、重要書類や【奴隷商組合】との取引の記録が全部亡くなっていた。そればかりか食料品が山積みになっていたはずだが、それすらもなくなっていた。……馬車ごと。

 さすがに魔核や魔石は重く持って行かれなかったようだと判断し、取引する相手を洞窟内に招き入れる。木箱の中身を見た商人は顔をしかめて、真意を伺うような視線を第一夫人に向ける。

「どうされました?」

「……こちらが商品でよろしかったでしょうか?」

「えぇ。高品質のものを用意しましたわ」

「ほう? これが? どうやら取引の相手を間違えたらしい。この話はなかったということで!」

「何故です!?」

「泥団子とクズ石を売りつけようとは……。これが通常の取引なら組合に突き出すところだぞ! 良かったな、違法取引で! クソアマがっ! 所詮、田舎のボス気取りというだけか! 使えん! 二度と目の前に現れるな!」

 言われてることが全く理解できず、一言も発することなく立ち尽くし、取引相手の姿が完全に消えた頃になり、ようやく動き出した。

 片っ端から木箱をひっくり返していく鬼気迫った姿に、部下たちは緊張と恐怖で一歩も動くことができなかった。

「これも……! これも……! これも……!」

 ガチャガチャと石が鳴らす音が洞窟内に響く度、第一夫人の「クソックソッ!」という言葉の語気が強まっていく。

「……全部ッ! クソがぁぁぁ! いったい誰がこんなことをっ! 絶対に許さない! 絶対に簡単には殺さない!」

 直後、鬼の形相で部下に指示し始める。犯人を捜し出して、目の前に連れて来いと。

 その目には復讐の炎が揺らめいていた。


 ◇◇◇

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