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第一章 隠遁生活

閑話 父上からの捕縛報告

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 ようやく王都に着いた。

 旅の疲れがあったはずなのに、肩の力が抜けているのが不思議だ。旅の道中にそこまで気を張るような危険はなかったはずだが。

 ……あぁ。神子か。

 我が家最大の問題児と離れられたことで、知らずうちに力が抜けたのだろう。常々思うのだが、神は我が家のことが嫌いなのか?

 神子はクズだったり、不貞の子どもを育てさせたり。今度は娘の粗相のせいで父上が見つけた優秀な人材の放出と、我が家に不幸が続きすぎている。

 それに加え、王都の騒ぎがトドメを刺した。

 決して目を逸らしていたわけではない。ただ直視したくなかっただけだ。家を預かる身としては知らぬ存ぜぬとはいかないことは分かっているが、実際に知らないところで行われたことのだから、少しくらい現実逃避をさせて欲しい。

「おい、聞いてるのか? 辺境伯領に薬を捜しに行った商人一行が行方不明のままなんだが、領地で何か情報はないか?」

 父上……、うちの兵士が神子のために全員攫って薬を奪いました。おかげで神子は全快です。

 ……なんて、口が裂けても言えない。

 その代わりに、用意した人身御供で有耶無耶にしようと思っている。というかそれしかない。

「犯人は捕まえてあります。すでに尋問も終え、こちらに移送しております」

「なんと! 騒動のことをどうやって知った?」

「騒動のことは知りませんでしたが、辺境伯領の領地はご存知の通り商人が商いをしやすいように工夫されている町です。有名な商人の情報も得やすくなり、音信不通と聞けば動かないわけにはいきませんでしょう?」

「なるほどな。そして当たりを引いたというわけか……。それで、神薬はどうした?」

 父上は神子が重い病だということを知っている。ここで変に隠し立てすると、後々元気になった神子と対面したときに不審がられるどころか確信を持たれてしまうだろう。

「それが……大変申し上げにくいのですが……」

「何だ? 言ってみろ」

「はい……。盗賊と判明したきっかけが、神子であるノアが全快したからなんです。なんでも、神子の話を聞きつけた親切な薬師が薬を売りに来たというのです。私もあらゆる手を尽くして薬を用意した身ですので、引っかかるものを感じて詳しく調査してみたところ、その薬師の拠点と思われる場所に商人一行の身分証が落ちていたのです」

「……では何か? 王子に使われるはずだった神薬は神子が使用してしまって、もう手元にはないということか?」

「はい。神子は元気になり《棒術》スキルの習熟に励んでいます」

「どぉぉぉでもいいわぁぁぁ!」

 ――うっ! さすが聖獣王国最強の戦士。

 怒気が漏れただけなのに圧がすごい。思わず声が出そうになった。実際に廊下から使用人の声や倒れた音が聞こえてきたくらいだ。

 そういえば、この前やめたメイドは父上の前でも平気そうにしていたな。兵士でもあのくらいの年齢の者なら震えが止まらないくらいだというのに……。

 もしかしたら私の判断は間違っていたのかもしれない。父上がなかなか承認しなかったのも今なら納得できるが、父上もあの決して揺るがぬ意志が込められた目を見て承認していた。

 つまりはどうしようもなかったということだ。

「何故気づかなかった!? そんな奇跡の薬があるはずなかろう!?」

「そもそも王子殿下が神薬を必要とする病気にかかり、神薬を探しに辺境伯領に来ていることを知りませんでしたので、気づく以前に疑いもしませんよ? あらかじめ話を通しておくのが筋ではありませんか? 勝手をして被害にあったからといって、全ての責任を負えというのは間違ってます。いくら王家御用達の商人と言っても平民でございましょう? 王領で我が家の御用商人が死んだら、王家が責任を取ってくれるのですか?」

「貴様、何を言っているのか分かっているのか?」

「分かっていますよ。話を通して全面的に協力を得るべきでしたね。腹心である父上の領地の者にも隠している必要はないでしょう? 王子殿下を助けることを目的としているのなら、万全を期す必要があったのでは? と愚考します。王子殿下の薬と知らない神子が神薬を使ったことは罪にはならないと思いますが?」

「商人が神薬を持っていることに疑問を持たなかったのか?」

「勘違いしないでもらいたいのですが、我が家に来たのは神子を心配して薬を売りに来た薬師です。この者が盗賊だったとしても、すでに商人の手から離れている時点で商人が神薬を持っている認識ではなく、薬師が神子のために薬を用意したという認識なのです。御用商人のことは後の調査で判明したことです。さらに言えば、神子が投薬したことさえ事後報告です。アレの母親が勝手に決めたことですから。一応家長として報告しているだけです」

 父上の肝煎りで決めた政略結婚の女が決めたことだ。文句は言えまい。

「クソッ!」

「一つお聞きしたいのですが」

「……何だ?」

「何故神薬のことを黙っていたのですか?」

「……神子に横取りされるかもしれないという危惧があったからだ」

「……なるほど。実際にそうなりましたね。ですが、私たちは知りませんでしたので」

「陛下がそれで納得すると思うか?」

「では、盗まれたと主張している他国の国宝を宝物庫から出して、全て持ち主に返すのですか? 【法神】様が決められた国際法にも、善意の第三者というものがあります。盗品と知らずに入手した者は裁かれないというものです。さらに盗賊の物は討伐または捕縛した物に権利がある上、交渉に同意した場合にしか取り戻せないはずです。薬はすでにありませんし、陛下自ら法を破るのですか?」

 建前だが、神子は盗品とは知らずに薬を飲んでいるし、交渉の場には神子を出せばバカな発言しても神子だからということで押し通せるだろう。

 あんなのでも一応世界に一人だけの神子なのだから。こう言ってはなんだが、たくさんいる王子よりも価値がある。教会がある以上、神子を害することはできまい。

 神子のせいで苦境に立たされているのだから、神子を盾にする権利くらいはあるだろう。

「……法にも精通していたのか?」

「えぇ。最近いろいろありましたので」

 ハーフエルフの養育問題とかな。父上が王族の側にいるせいで、領地のことや国軍のことに家庭内のことなどやることが山のようにあるのだ。

 辺境伯なんだから辺境にいろよ!

 と、何度思ったことか……。国王の腹心で側に仕えるのが当たり前というが、独立が怖いから人質にしているだけだろ。魔境を有する島が独立したら確実に困るだろうからな。

「……それで犯人は?」

「地下に。すでに壊れていますが」

 壊したんだけどな。余計なことを話されないように。

「そうか。後ほど城に移送する。ご苦労だった」

「失礼します」

 はぁ……。なんとか切り抜けることができた。

 ◇

「何だと!? もう一度言ってみろ!」

「神薬は商人ごと盗賊に奪われまして、盗賊は捕縛しましたが、神薬はすでに売却されたようです」

「どこの誰にだ!?」

「ピュールロンヒ辺境伯家に売却されたあと、神子と噂の次男に投与されたようです」

「神子……だと!? あの家に神子がいたなど聞いてないぞ! それに神子に神薬を使うとはどういうことだ!?」

 気持ちは分かるが、私も先ほど聞いたばかりでよく分からないのだ。辺境伯を腹心にしている陛下が知らないのに、辺境伯家と関わりが少ない宰相である私が知るはずがない。

 先ほど報告に上がったこと以上のことは、知らないし、知りたくもない。

 そもそも第三王子殿下が倒れられたのは、王位継承問題のせいだ。陛下がのらりくらりとかわし続けたせいで不安を煽ったとも言える。生憎とそのようなことに巻き込まれるのはごめんだ。

 退職金をもらったら妻と田舎で第二の人生を送ろうと、二人で計画を立てているのだ。どうか邪魔をしないでほしい。

「神子についての詳細は存じませんが、病気だったことを聞きつけた薬師に扮した盗賊が売りつけたそうです。それを不審に思った伯爵が調査をして、御用商人の身分証を発見したそうです。法律上の問題はありません。というよりも殿下が床に伏していることは機密ですから、辺境伯家をつつきすぎると機密の漏洩に繋がります。ここは盗賊捕縛を労うだけに留め、神子の話を聞いた方が良いでしょう」

「クソッ! では、まだ苦しませたままということか! いったい誰がレオンハルトを……!」

 他の王子か王女しかいない。

 陛下も分かっているはずなんだけどな。何故か直視しようとせず、外部犯を仕立て上げようとしている気がする。王族の居住区画で起こった事件だから、王族か特別な認証魔具を持っていないと侵入できないから外部はない。

 認証魔具は辺境伯ですら持っていない特級使用人専用の魔具だから、犯人は必然的に絞られるはず。

 まぁどうでもいいか。

「では、御前失礼いたします」

「あぁ。次は使える・・・商人を頼む」

「かしこまりました」

 はぁ……。相変わらず悲しむ演技が下手な方だ。早く狸の世話係から解放されたいものである。


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 次話から新章です。
 まだお付き合いいただければ幸いです。

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