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序章 貴族転生
閑話 報酬からのタフガイ
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アクナイトが森に向かった後の屋敷では神子を中心に様々な問題が起こっていた。
まず当たり前のことだが、神子の完全回復問題について伯爵が何も思わないわけがなかった。
ピュールロンヒ家の家格は高位貴族の辺境伯だ。場所も魔の森が近く、それだけ薬の素材が豊富だということ。さらには屋敷がある村から南に行ったところにある村の近くに迷宮もある。
あらゆる手を尽くして治療を行ってきたが、毎回原因不明の病とされ完治には至らなかった。
それが今日になっていきなり「完治しました」とか言い出したら、ついに壊れてしまったのかと思わずにはいられない。
儀式のときはいつも通りの振る舞いだったから、帰ってきた後の気絶中に何かがあったとみて間違いなかった。使用人からも関係するような報告を受けていたが、それが何か分からない。
神子が完治して活躍するならいいじゃないかと誰もが思いそうだが、伯爵はずっと不安を拭えずにいる。
そして何か事情を知っているだろう使用人と、不安の原因でありもめている原因でもある神子の実母の会話に耳をそばだてるのだった。
◇
「奥様! 約束が違います! 報酬が……報酬が取り上げられたら、私はなんのために……!」
「あら? ノアのためではないの? まぁでも悪いとは思っているのよ? だから別のものを与えてもいいと思っているわ」
「武門の伯爵家で信賞必罰は絶対です。一度部下に下賜したものを取り上げるのは、上に立つ者の器としてはいささか小さすぎませんか? 私はノア様が病気を治されたあとも統治者として素晴らしい方であって欲しく、心苦しくも諫言させていただきました!」
「あの子は統治者じゃないからいいのよ。武門の子でもないから」
側で話を盗み聞いていた者たちまで、「もしかして神子も不貞の子?」なんて思い続く言葉を待つ。
「……それはどういう意味でしょうか?」
「そんなことも分からないの? ノアは神の子どもなのよ? 神様は統治者よりも偉いでしょ? 武門なんて小さな枠ではなく、世界の枠で見てくれないと困るの。この世の全てのものはノアのものなのよ? 誰にあげるのもノアの自由ってことじゃない。そして私は神の子どもの母親なんだから女神様ってところかしら? ふふふっ」
不貞どころではない。
親子揃って完全に狂っていた。唯一神である女神様に対する完全な不敬である。いくら霊獣を主神と仰ぐ霊獣信仰が主流の獣人族でも、職業を得ているのは女神様のおかげだということは理解している。
だからこそこの親子が異常だと思い、同時に職業を得られないんだなと納得する。
神様の心は広いと思っているが、自分ならコイツらには職業を与えたくないと思ったからだ。
ちなみに、褒美に拘る自他共に認める金魚の糞の本当の目的こそが、アクナイトが横取りした一本のナイフだ。
彼は元々トレジャーハンターのようなことをしている。冒険者の中では特に迷宮や遺跡を探索して宝物を得るという特化型の冒険者だ。
その彼が、過去の勇者の中でも最強だと名高い獣人の勇者の武器が残されていることを知る。とある遺跡から発掘された一本のナイフはオークションに出され、あらゆる富豪の手を渡り歩き、ノアの母親の実家に落ち着いた。
この情報を手に入れた金魚の糞は、伝手を使って即座に伯爵家に潜入してノアの信用を得る。
ついには褒美を理由に下賜されることになり、伯爵家とおさらばと思ってニヤけていたところを見つかり、全てが水泡に帰してしまったのだ。
誰が悪いと言ったら、最後に油断をした自分が悪いのだが、命の恩人に対しての態度や行動が信じられずにいる。
神子を見限る決断をした金魚の糞は伯爵と取引をすることに決めた。
自身が持っている情報を全て引き渡し、森でくたばっているだろうアクナイトの死体からナイフを取り返したいと。
ただ金魚の糞はアクナイトの戦闘力を見誤っている。神子派の兵士はわざわざ自分が無能だと言いふらすつもりはなく、アクナイトが雑魚だと報告しあっている。他の兵士は面倒事に巻き込まれないように口をつぐむ。
兵士長は実際に組手をしているから実力は知っているが、全部ではないことも知っている。その報告も伯爵にしかしていない。
見誤っても仕方がない状態に死体の確認が不可能な状況が重なると、取引の前提条件が揃わないのだが、ナイフに執着しすぎている彼は気づかない。
そもそも何故未踏破領域への調査にしたかというと、兵士長の報告とボロ小屋の修繕を見て、魔術への習熟度の高さが知れた。
武門の一族で実戦経験豊富な伯爵は、魔術戦闘に慣れていない兵士ではアクナイトには勝てないと踏み、自然の暴威に任せることにしたのだ。
それにあいさつをして出て行ったことから、例え生きていたとしても意図を汲み家名を名乗ることはないと思ったから口止め料を渡し、アクナイトは納得して受け取ったのだ。
この事実を知っているのは兵士長と準備をした家宰だけで、二人とも魔力契約をしていたのである。
結果、欲望に駆られた金魚の糞は罪の告白をしただけだった。
◇
「――ッ! このぉぉぉ馬鹿者がぁぁぁ!」
伯爵はノアの実母が悦に浸っている間に使用人から聞いた事実に、過去最大の怒りをぶつけた。
それはアクナイトが不貞の子だったと知ったとき以上で、周囲への配慮などない威圧を放った状態での一撃を喰らわせたのだ。
「いったいどうしたのです? このような素晴らしい日で騒々しいですわよ?」
神子が健康になって自分まで女神になったような振る舞いをするノアの実母に、ついに限界を迎えた伯爵が殺気を向ける。
「誰の【神薬】を盗んだ? 王侯貴族の荷には手を出さない決まりだったはずだが? あぁ? 【神薬】を買える平民がいると思うのか?」
「お……お前……! 何故……何故言うの……です?」
「やぐぞぐを……やぶっだのあ……おまえ……だぁ」
「んー? 父上ー、どうしたのですー? 居候の平民がこの世から消える日であり、神子が本当の意味で降臨した素晴らしい日ですよー? 明るい未来に思いをはせながら一杯どうですー? 神子からの祝福振りまいちゃいますよーー? フロース義母様、ちゃんと自分で始末をつけてよね? 神子の名に傷がついちゃうからーー? それとも私の子を産むかい? 名誉挽回できるかもよ? 神子の子どもを産めるんだからさーー♪ ははは――グホォォォォ!」
ペラペラと演説のごとく調子に乗って話している神子に反して、伯爵の怒りは徐々に増していき、腰が入り体重が載った拳が神子の顔面に埋没していく。顔面で吸収しきれなかった衝撃によって、神子のヒョロヒョロの体が宙に浮いて吹っ飛んでいった。
アクナイトの森への追放は調査という建前が存在する以上それを貫き通さなければいけないのに、神子はアクナイトの実母が追っ手を放ったこともペラペラと話してしまった。
ここは伯爵家の村だが、間諜がいないことはないのだ。それゆえ情報管理は徹底的に行っているのに、阿呆の神子が無駄にしては苦労が水の泡だ。
伯爵は神子の実母を殴らない代わりに神子をサンドバッグにして鬱憤を晴らしている。
神子は一見ヒョロヒョロにしか見えないが、さすがは神子の体で不治の病でも元気に過ごしていた。つまり耐久力がすごく、タフガイを名乗っても遜色はないのだ。
それを知っている伯爵は泣きが入っても無視をして殴り続けていた。
ときには蹴りや投げなどを行い、アクナイトが見ていたら「空中コンボだ!」と言い観察していたことだろう。
怒りにまかせて神子を殴り続けている伯爵の元に、金魚の糞の尋問を終えた使用人が近づき結果を報告する。
「だ……っ旦那さま……。【神薬】はおそらく王家のもののようです……」
「……この場にいる者は後で神殿契約を受けてもらう。それまで監視下に入り、軟禁させてもらう」
その場にいた全員が絶望の表情を浮かべ、神子親子に鋭い視線を向ける。
しかし伯爵にはさらなる受難が待ち受けていた。
「お客様をお連れしました」
ちょうどこの場にいなかったアクナイトの忠臣メイドが、二人の人物を事件現場に連れてきたのだ。
忠臣メイドも含めて三人は、いったい何事かと思うも聞くのをやめる。倒れている人物が神子だったからだ。
彼らは神子が嫌いであるため、神子がいる場所になるべくいないようにしていた。
忠臣メイドもアクナイトを見送った後は用は済んだとばかりにおやつを食べに戻っていた。おかげで神殿契約をせずに済んだのだが。
「兄上、ただいま戻りました」
「……おぉ、おかえり。王家の武術指南はどうした?」
「仕事については一時休暇をいただきました。兄上に男児が生まれたと聞き、そろそろ職業ももらった頃だろうと踏んで来てしまいましたよ」
客人の一人は伯爵家現当主の三男で、王家の武術指南役を務めている。
彼が来たのは現当主の命令で、アクナイトが使える子どもか判断をするために派遣したのだ。しかし時はすでに遅し。アクナイトはもういない。
「死産ということに相成った」
「……なるほど」
これだけの会話で即座に理解するところは、やはり武門の一族ということなのだろう。
「あら? もったいない。私のところに欲しかったから言いに来たのに……。残念だわ」
もう一人の客人は普段は領都で商人をしている伯爵の第一夫人だ。
アクナイトが調合した薬は高品質だったこともあり、娼館で使う以外に町でも卸していたのだ。
以前から追放のことを聞いていたこともあり、いらないならもらいたいと思って義弟と一緒に村に来ることにしたのだが、一歩遅かったのだった。
余談だが、兵士長も放逐するのはもったいないと主張していた一人だったが、伯爵の考えが変わることはなかった。
「……休みをもらって来たところ悪いが、ノアが完治したそうだから可能な限り指導してあげてくれ」
わずかに嫌そうな顔をした弟に伯爵は、やる気を出させる言葉を付け加える。
「神子はかなり頑丈だ。多少手荒になっても構わんよ。いい経験になる」
「……なるほど。では私の相手もしてもらいましょう」
「よろしく頼む」
「はい」
神子の苦難の日々はこうして始まる。
まず当たり前のことだが、神子の完全回復問題について伯爵が何も思わないわけがなかった。
ピュールロンヒ家の家格は高位貴族の辺境伯だ。場所も魔の森が近く、それだけ薬の素材が豊富だということ。さらには屋敷がある村から南に行ったところにある村の近くに迷宮もある。
あらゆる手を尽くして治療を行ってきたが、毎回原因不明の病とされ完治には至らなかった。
それが今日になっていきなり「完治しました」とか言い出したら、ついに壊れてしまったのかと思わずにはいられない。
儀式のときはいつも通りの振る舞いだったから、帰ってきた後の気絶中に何かがあったとみて間違いなかった。使用人からも関係するような報告を受けていたが、それが何か分からない。
神子が完治して活躍するならいいじゃないかと誰もが思いそうだが、伯爵はずっと不安を拭えずにいる。
そして何か事情を知っているだろう使用人と、不安の原因でありもめている原因でもある神子の実母の会話に耳をそばだてるのだった。
◇
「奥様! 約束が違います! 報酬が……報酬が取り上げられたら、私はなんのために……!」
「あら? ノアのためではないの? まぁでも悪いとは思っているのよ? だから別のものを与えてもいいと思っているわ」
「武門の伯爵家で信賞必罰は絶対です。一度部下に下賜したものを取り上げるのは、上に立つ者の器としてはいささか小さすぎませんか? 私はノア様が病気を治されたあとも統治者として素晴らしい方であって欲しく、心苦しくも諫言させていただきました!」
「あの子は統治者じゃないからいいのよ。武門の子でもないから」
側で話を盗み聞いていた者たちまで、「もしかして神子も不貞の子?」なんて思い続く言葉を待つ。
「……それはどういう意味でしょうか?」
「そんなことも分からないの? ノアは神の子どもなのよ? 神様は統治者よりも偉いでしょ? 武門なんて小さな枠ではなく、世界の枠で見てくれないと困るの。この世の全てのものはノアのものなのよ? 誰にあげるのもノアの自由ってことじゃない。そして私は神の子どもの母親なんだから女神様ってところかしら? ふふふっ」
不貞どころではない。
親子揃って完全に狂っていた。唯一神である女神様に対する完全な不敬である。いくら霊獣を主神と仰ぐ霊獣信仰が主流の獣人族でも、職業を得ているのは女神様のおかげだということは理解している。
だからこそこの親子が異常だと思い、同時に職業を得られないんだなと納得する。
神様の心は広いと思っているが、自分ならコイツらには職業を与えたくないと思ったからだ。
ちなみに、褒美に拘る自他共に認める金魚の糞の本当の目的こそが、アクナイトが横取りした一本のナイフだ。
彼は元々トレジャーハンターのようなことをしている。冒険者の中では特に迷宮や遺跡を探索して宝物を得るという特化型の冒険者だ。
その彼が、過去の勇者の中でも最強だと名高い獣人の勇者の武器が残されていることを知る。とある遺跡から発掘された一本のナイフはオークションに出され、あらゆる富豪の手を渡り歩き、ノアの母親の実家に落ち着いた。
この情報を手に入れた金魚の糞は、伝手を使って即座に伯爵家に潜入してノアの信用を得る。
ついには褒美を理由に下賜されることになり、伯爵家とおさらばと思ってニヤけていたところを見つかり、全てが水泡に帰してしまったのだ。
誰が悪いと言ったら、最後に油断をした自分が悪いのだが、命の恩人に対しての態度や行動が信じられずにいる。
神子を見限る決断をした金魚の糞は伯爵と取引をすることに決めた。
自身が持っている情報を全て引き渡し、森でくたばっているだろうアクナイトの死体からナイフを取り返したいと。
ただ金魚の糞はアクナイトの戦闘力を見誤っている。神子派の兵士はわざわざ自分が無能だと言いふらすつもりはなく、アクナイトが雑魚だと報告しあっている。他の兵士は面倒事に巻き込まれないように口をつぐむ。
兵士長は実際に組手をしているから実力は知っているが、全部ではないことも知っている。その報告も伯爵にしかしていない。
見誤っても仕方がない状態に死体の確認が不可能な状況が重なると、取引の前提条件が揃わないのだが、ナイフに執着しすぎている彼は気づかない。
そもそも何故未踏破領域への調査にしたかというと、兵士長の報告とボロ小屋の修繕を見て、魔術への習熟度の高さが知れた。
武門の一族で実戦経験豊富な伯爵は、魔術戦闘に慣れていない兵士ではアクナイトには勝てないと踏み、自然の暴威に任せることにしたのだ。
それにあいさつをして出て行ったことから、例え生きていたとしても意図を汲み家名を名乗ることはないと思ったから口止め料を渡し、アクナイトは納得して受け取ったのだ。
この事実を知っているのは兵士長と準備をした家宰だけで、二人とも魔力契約をしていたのである。
結果、欲望に駆られた金魚の糞は罪の告白をしただけだった。
◇
「――ッ! このぉぉぉ馬鹿者がぁぁぁ!」
伯爵はノアの実母が悦に浸っている間に使用人から聞いた事実に、過去最大の怒りをぶつけた。
それはアクナイトが不貞の子だったと知ったとき以上で、周囲への配慮などない威圧を放った状態での一撃を喰らわせたのだ。
「いったいどうしたのです? このような素晴らしい日で騒々しいですわよ?」
神子が健康になって自分まで女神になったような振る舞いをするノアの実母に、ついに限界を迎えた伯爵が殺気を向ける。
「誰の【神薬】を盗んだ? 王侯貴族の荷には手を出さない決まりだったはずだが? あぁ? 【神薬】を買える平民がいると思うのか?」
「お……お前……! 何故……何故言うの……です?」
「やぐぞぐを……やぶっだのあ……おまえ……だぁ」
「んー? 父上ー、どうしたのですー? 居候の平民がこの世から消える日であり、神子が本当の意味で降臨した素晴らしい日ですよー? 明るい未来に思いをはせながら一杯どうですー? 神子からの祝福振りまいちゃいますよーー? フロース義母様、ちゃんと自分で始末をつけてよね? 神子の名に傷がついちゃうからーー? それとも私の子を産むかい? 名誉挽回できるかもよ? 神子の子どもを産めるんだからさーー♪ ははは――グホォォォォ!」
ペラペラと演説のごとく調子に乗って話している神子に反して、伯爵の怒りは徐々に増していき、腰が入り体重が載った拳が神子の顔面に埋没していく。顔面で吸収しきれなかった衝撃によって、神子のヒョロヒョロの体が宙に浮いて吹っ飛んでいった。
アクナイトの森への追放は調査という建前が存在する以上それを貫き通さなければいけないのに、神子はアクナイトの実母が追っ手を放ったこともペラペラと話してしまった。
ここは伯爵家の村だが、間諜がいないことはないのだ。それゆえ情報管理は徹底的に行っているのに、阿呆の神子が無駄にしては苦労が水の泡だ。
伯爵は神子の実母を殴らない代わりに神子をサンドバッグにして鬱憤を晴らしている。
神子は一見ヒョロヒョロにしか見えないが、さすがは神子の体で不治の病でも元気に過ごしていた。つまり耐久力がすごく、タフガイを名乗っても遜色はないのだ。
それを知っている伯爵は泣きが入っても無視をして殴り続けていた。
ときには蹴りや投げなどを行い、アクナイトが見ていたら「空中コンボだ!」と言い観察していたことだろう。
怒りにまかせて神子を殴り続けている伯爵の元に、金魚の糞の尋問を終えた使用人が近づき結果を報告する。
「だ……っ旦那さま……。【神薬】はおそらく王家のもののようです……」
「……この場にいる者は後で神殿契約を受けてもらう。それまで監視下に入り、軟禁させてもらう」
その場にいた全員が絶望の表情を浮かべ、神子親子に鋭い視線を向ける。
しかし伯爵にはさらなる受難が待ち受けていた。
「お客様をお連れしました」
ちょうどこの場にいなかったアクナイトの忠臣メイドが、二人の人物を事件現場に連れてきたのだ。
忠臣メイドも含めて三人は、いったい何事かと思うも聞くのをやめる。倒れている人物が神子だったからだ。
彼らは神子が嫌いであるため、神子がいる場所になるべくいないようにしていた。
忠臣メイドもアクナイトを見送った後は用は済んだとばかりにおやつを食べに戻っていた。おかげで神殿契約をせずに済んだのだが。
「兄上、ただいま戻りました」
「……おぉ、おかえり。王家の武術指南はどうした?」
「仕事については一時休暇をいただきました。兄上に男児が生まれたと聞き、そろそろ職業ももらった頃だろうと踏んで来てしまいましたよ」
客人の一人は伯爵家現当主の三男で、王家の武術指南役を務めている。
彼が来たのは現当主の命令で、アクナイトが使える子どもか判断をするために派遣したのだ。しかし時はすでに遅し。アクナイトはもういない。
「死産ということに相成った」
「……なるほど」
これだけの会話で即座に理解するところは、やはり武門の一族ということなのだろう。
「あら? もったいない。私のところに欲しかったから言いに来たのに……。残念だわ」
もう一人の客人は普段は領都で商人をしている伯爵の第一夫人だ。
アクナイトが調合した薬は高品質だったこともあり、娼館で使う以外に町でも卸していたのだ。
以前から追放のことを聞いていたこともあり、いらないならもらいたいと思って義弟と一緒に村に来ることにしたのだが、一歩遅かったのだった。
余談だが、兵士長も放逐するのはもったいないと主張していた一人だったが、伯爵の考えが変わることはなかった。
「……休みをもらって来たところ悪いが、ノアが完治したそうだから可能な限り指導してあげてくれ」
わずかに嫌そうな顔をした弟に伯爵は、やる気を出させる言葉を付け加える。
「神子はかなり頑丈だ。多少手荒になっても構わんよ。いい経験になる」
「……なるほど。では私の相手もしてもらいましょう」
「よろしく頼む」
「はい」
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