上 下
23 / 116
序章 貴族転生

第二十三話 完治からの祝福授与

しおりを挟む
 ところ変わって、アクナイトと伯爵が小屋で魔力契約をしている頃、屋敷の方では大騒動が巻き起こっていた。

「ノア! ノア! 大丈夫なのですか!? また発作なの!? あら、どうしましょう!?」

「奥様、落ち着いてください!」

「落ち着いていられるわけないでしょう! あなたたちがいながらなんです!? なぜノアが一人で儀式に行ったのです!? きっとあの平民のせいよ! さっさと処分してきなさい!」

「旦那様の指示に従ったのです」

「今時の使用人は口答えをするようね!?」

 使用人もアクナイトと同じことを思っている。二人とも同じ病気ではないかと。だから伯爵が毎年行っている鎮静手段を知っている者は、同じ事を神子の実母にもやって欲しいと切望していた。

 当然叶えられることはなく、現在も周囲に当たり散らしている。

 そんなとき自他共に認める神子の金魚の糞が、体中傷だらけで部屋に駆け込んできた。

「奥様! やりました! 入手しました!」

「――っ! よくやったわ! 皆の者は出て行きなさい!」

 使用人は不思議に思いながらも実母から離れられると喜びそそくさと部屋を出て行く。神子の部屋には神子親子と神子の金魚の糞だけである。

「さぁお願い!」

「かしこまりました」

 神子の金魚の糞が懐から小瓶を出し、蓋を開けて中身を神子に飲ませていく。
 すると神子の体は光り輝き、胸の辺りに黒いものが浮かび上がったかと思えば砕け散るように消えてなくなった。
 見た目はガリガリヒョロヒョロのままだが、血色は健康的になっている。その姿を確認した実母と金魚の糞は大いに喜び歓声を上げた。

「やったわ!」「やりましたーーー!」

 そして神子が起きるまでに今回の報酬と証拠隠滅の相談をするのだった。

「そうだわ。この小瓶をアイツに持たせればいいのよ。どうせ森に放逐されるんだから、魔物が処分してくれるわ。餞別に私からプレゼントしてあげようかしら」

「でしたら簡易鑑定の魔道具を持っていきましょう」

「何故? 私からもらったものを疑うの?」

「私たちは疑いませんが、平民という存在とはそういうものです。それに保証があれば死の間際まで持っていてくれそうでしょ?」

「……なるほど。さすがね」

「光栄です」

 本当は敵対している相手からもらったものを信用するものはいないと言いたかったが、同じ立場に立つという言葉が親子揃って嫌いであるため、喜びそうな言葉を選んだにすぎない。

 こうして神子は見た目はそのままに、病気は完全に回復することになるのだった。


 ◇◇◇


「さっそく【ストアハウス】を試してみるかな」

 アルテア様の雰囲気や言葉を思い出すと、このスキルにはいくつか抜け道があるように感じた。最初から全部を収納できるスキルにすると既存のスキルと被るから、わざとスキルに制限を持たせた可能性もある。

 重要なのは自分で作ったもの限定の無限倉庫って部分だ。購入したものを入れるのは当たり前だしな。収納できなかったら買いづらいし。

 この自分が作ったものの範囲がどこまでか。そこがポイントだろう。

 まずはオークちゃんや熊親分にアルテア様の木像を収納してみよう。

 ――《収納》――

 念じてみると半径二メートルくらいの製作物が自動的に選別されて消えた。
 オークちゃんのようにスキルで加工したものから、薪のようにただ割っただけものものまで様々な条件で手を入れたものが収納されたのだ。

 つまりは今までコツコツと貯めていた素材も、主食であるドロンの干し果実も収納できるということだ。善は急げと小屋の南側にある倉庫に行き、片っ端から倉庫が空になるまで収納した。

 調合スキルで作った薬とドロンの干し果実も収納して、残すは布団などの備品だけである。

 ちなみに、袋や瓶は加工しないと選別で弾かれて残されるようだ。最初に袋で試してよかったが、中身が液体だと取り出すときにヤバいことになりそうだ。
 おそらくこれに関しても抜け道があるんだろうが、今は分からないから保留である。

 手には一応訓練用に作った棍を持っていこう。手ぶらだと何か言われそうだ。
 というか準備って言ってたけど本当に持っていくものがない。服くらいかな。早く袋を持ってきてくれよ。

 その思いが通じたのかは分からないが迎えが来たようだ。

「……あんたの出発が今日に決まったわよ。この袋に必要なものを入れなさい」

 いつもの忠臣メイドである。

「助かります」

 俺が用意してあった服を袋に突っ込んでいくのを見た忠臣メイドが、何やら不思議に思ったのか話し掛けてきた。

「……準備早くない? 木像とかここら辺にあったものは?」

「処分しました。他人に利用されるくらいならと思って。それに伯爵様が今日の可能性もあるって言っていましたので」

「それにしてはドロンの干し果実もないじゃない」

「ここに引っ越す前に儀式までの仮処分だって言ってましたので、出発が今日でなかったとしてもなにがしかの処分はあると思い、作ってませんでしたよ。メイドさんにあげたのが最後です」

「……あんた怖くないの? 森に行くのよ?」

 全く怖くない。自由にモフモフを探しに行けるんだよ? 幸せしかない。この五年は準備期間として大人しくしてきたつもりだけど、もう我慢はしない。何をしてでもモフモフの従魔を手に入れる。

 まぁ正直には言わないけども。

「怖いですが、世の中どうにもならないことはあります。お互い生きていましたら、また会いましょう。では行きましょうか」

 さらば、忠臣よ。また会う日まで。

 ◇

 屋敷の表にやってくると血色の良くなった神子が二足歩行で立っていた。養父の鉄拳制裁を喰らった割りには顔が腫れていない。

「皆様、私の成人・・の儀式のためにお集まりいただき誠にありがとうございます。この度無事に職業を得ることができましたので、ピュールロンヒ伯爵家の伝統である未踏破領域の調査に行ってきます。必ずや成果を持ち帰ってみせます」

 使用人を含む伯爵家の者たち全員が揃う場で、大いに皮肉を含んだあいさつを行った。
 そのほとんどの者たちは皮肉を聞き顔を歪めていたが、分からずに満足げに頷いている者も複数いる。

 その阿呆筆頭はやはり神子くんである。

「なかなか殊勝な態度ではないか。常日頃からそのような態度を取っていればいいものを。まぁもう関係ないか」

「これは兄上。病気が回復されたのですか? 顔色が随分よろしいように見えますが?」

「おっ? 平民にしては良い目を持っているな。私の神への祈りが通じたのだ。ついに活躍のときをお与えになってくださったということだ」

「なるほど。あの祈り方は全身で祝福を受け止める効果があるのですね? 不治の病を治すほどの効果とは……。聖職者も賛辞の言葉を兄上に贈るでしょう。是非発表してください!」

 どこからか「ぐふっ!」という声が漏れた。

「お前もたまにはいいことを言う。私もそのように思っていたのだ。是非そうさせてもらおう!」

 数人の使用人は限界を迎えようとしていた。きっと彼らはアレを見たことがあるのだろう。

 養父は養父でやめろと目で訴えかけているし、神子の実母は賛辞は贈られたいが広まるのは困ると思っているのだろう。いろいろな顔に変化させていて面白かった。

 そして俺の実母はというと、据わった目つきで俺を睨んでいた。だから養父が神子を窘めている間に、実母には最大のドヤ顔を贈ってあげた。

 俺からの宣戦布告だ。

 妹を産んだせいで立場の回復を図れなかった今、実母は俺の首を取ることに執念を燃やしているだろうことは明白だからだ。
 殺しに来るのなら返り討ちにするという意味と、可能にする自信があるということを顔だけで表現したのである。

「……ノアを褒めてくれるなんて嬉しいわ。お礼に是非これを受け取って」

「ありがとうございます。ですが使い方が分かりませんし、空のように見えますが?」

 神子の実母から空の小瓶を渡される。たぶんこれが神子を治した回復薬だろう。

 空を渡すってことは証拠隠滅に使われているわけか。ムカつくわー!

「そう言うと思って鑑定の道具を持ってきたわ」

 【神薬の空き瓶】
 迷宮産の回復薬としては最高  
 あらゆる怪我や病気を完全に回復する
 その空き瓶

「これは素晴らしいものを手に入れたのですね。伯爵様が用意されたんですか?」

「心配性の旦那様には内緒で部下が迷宮に潜ってくれていたのよ。まだ下に少し残っているから何かあったときのお守りにしてちょうだい」

「お気遣い感謝します」

「いいのよ」

 このクソBBAがっ!

 残っている様子のない空き瓶を無理矢理ポケットにしまわれ、養父の目に入らないようにしたらしい。

「……これが野営道具一式だ。養育費から捻出したから全てお前のものだ。それと金銭は十万フリム用意した。あとは必要なものはないか?」

「十分です。お気遣い感謝します。それからお世話になりました」

 神子を黙らせた養父は五歳児が持つにはおかしいサイズの巨大なリュックを持ってきた。いくら成長が早くて小学生の高学年並みの身長であったとしても、テントや毛布などがくくりつけられたリュック
を背負って森に入れば瞬殺されること間違いなし。

 ピュールロンヒ伯爵家には同じ伝統の儀式は確かにある。男子は職業を得て五年間習熟をして十歳に大人同伴で儀式を受けて、軍に行くなり学園に行くなりするようだ。

 歴代で唯一行っていないのは神子だけで、それゆえ先ほどのあいさつは皮肉に塗れていたのだ。

 それを五歳の職業の把握すら行っていない者を、身動きできないようにした上で死地に送ると。

 喜びすぎて笑みを隠しきれていない神子派の兵士がウザい。鬱憤晴らしに嫌がらせをしてみよう。

「兄上。神子様の祝福が詰まったそちらの兵士が持っているナイフを私に預けてくださいませんか? 窮地に陥ったとき神に愛された兄上の祝福が籠もったナイフが私を導いてくれると思いますので。……どうでしょうか?」

 普段なら間違いなく「ノー!」一択だろう。だが、今日は病気が完治して神子として認められたと勘違いしている最高の日である。
 今までの神子は偽物で、本当は慈愛に満ちているというパフォーマンスを行い、使用人からの信用を取り戻す大チャンスだ。
 乗らない手はないだろう。それもナイフ一つでとは、価値を知らない神子からしたらラッキー以外の答えはない。

「うむ。今日は機嫌が良い。いいだろう!」

「そ……そんな……!」

「ん? どうした? 早く寄こせ!」

 嫌々神子に渡すと神子が「我が祝福を与えん!」と言って俺に手渡す。
 俺は跪いてナイフを受け取ると兵士を一瞥し、神子に感謝の言葉を伝える。

「この御恩は忘れません」

 嫌がらせに協力してくれた恩をな。

「よいよい!」

「それでは皆様いってきます!」

 巨大なリュックを背負って森に出発する。

 さらば、鬼の住処よ。
 俺はモフモフの住処に引っ越します。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一人だけ竜が宿っていた説。~異世界召喚されてすぐに逃げました~

十本スイ
ファンタジー
ある日、異世界に召喚された主人公――大森星馬は、自身の中に何かが宿っていることに気づく。驚くことにその正体は神とも呼ばれた竜だった。そのせいか絶大な力を持つことになった星馬は、召喚した者たちに好き勝手に使われるのが嫌で、自由を求めて一人その場から逃げたのである。そうして異世界を満喫しようと、自分に憑依した竜と楽しく会話しつつ旅をする。しかし世の中は乱世を迎えており、星馬も徐々に巻き込まれていくが……。

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

レベルカンストとユニークスキルで異世界満喫致します

風白春音
ファンタジー
俺、猫屋敷出雲《ねこやしきいずも》は新卒で入社した会社がブラック過ぎてある日自宅で意識を失い倒れてしまう。誰も見舞いなど来てくれずそのまま孤独死という悲惨な死を遂げる。 そんな悲惨な死に方に女神は同情したのか、頼んでもいないのに俺、猫屋敷出雲《ねこやしきいずも》を勝手に転生させる。転生後の世界はレベルという概念がある世界だった。 しかし女神の手違いか俺のレベルはカンスト状態であった。さらに唯一無二のユニークスキル視認強奪《ストック》というチートスキルを持って転生する。 これはレベルの概念を超越しさらにはユニークスキルを持って転生した少年の物語である。 ※俺TUEEEEEEEE要素、ハーレム要素、チート要素、ロリ要素などテンプレ満載です。 ※小説家になろうでも投稿しています。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

処理中です...