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序章 貴族転生

第十九話 神子からの職業授与

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 あのあと馬車に「乗るな」という神子と、「乗れ」という養父が多少もめた。神子の実母も来る予定だったが魔術事件の後始末のために残り、現在は馬車の中に三人という気まずい状況だ。

 だって親子の空間に一人だけ他人が入ってるんよ? 正気なら無理だよ。居づらいよ。

「……着いたぞ」

「お前の人生が終わる瞬間を楽しみにしているぞ!」

「僕も兄上が職業を授かる瞬間を楽しみにしていますね」

「きっ……貴様ぁーー!」

「おい! 早く降りろ!」

「兄上。介添えはいりますか?」

「――ッ! 不要だッ!」

 神子で遊ぶの楽しい! もっと早く会いに来て欲しかったな。残念。

 ヒョロヒョロと歩く神子の後ろをついて歩き、教会の中に入るとすでに職業授与の儀式に参加する者たちで溢れていた。
 俺たち伯爵家は社長出勤のごとく最後だったようだ。伯爵は司祭に近づき、お布施という名の口止め料をを払っていた。

 この儀式は初回に限り無料だからだ。

 どんな生臭坊主でも絶対に破らない禁忌らしく、どの身分にいても神は平等に職業を与えると伝えるために初回限定で無料になるのだ。まぁほとんどの場合、初回しか受けないわけだけど。
 ステータスの確認は教会にある神器を使うときに、聖職者系の職業を持つ者が魔力を込める必要があるからお金を取るらしい。

 世界共通で知っていることだから、伯爵が何をしているかほとんどの人物が理解しているだろう。

「お前のために父上がわざわざ費用を払ってくださるのだ。感謝しろよ!」

 まぁお前は分かっていないだろうなとは思っていたよ。だから優しい弟が教えてあげよう。

「兄上。初回は無料ですよ。初回はね」

「私も初回だ」

「言葉が足りなかったようですね。五歳のときに参加する儀式が初回です。兄上は何歳ですか?」

「…………な、なに……?」

 やっと気づいたんか。君はもう十一歳ですよ。毎年来ているんだから、毎年追加料金払っているんだよ? あれは君のためのお金だよ?

 まぁそれよりも職業をもらうまで初回って……。お前さん、何回職業をもらう気だ? 二個以上持っているやつはいないだろうよ。

「待たせた。そろそろ始めるそうだ。お前たちは最後だから大人しく待っていろ」

「父上! 先ほどのあれはコイツの費用ですよね!?」

「……今、大人しく待っていろと言ったはずだが?」

「大人しくしています! 動いていません!」

 神子は残念なほど阿呆な子なんだね。俺の阿呆の子の演技は早々に終了したというのに、神子は天然の阿呆の子らしい。

 貴族がいるというのもあるだろうが、他に話している者は皆無だ。五歳の子でも大人しく座っていられるのに十一歳の神子ときたら……。

「帰ったら話す。儀式の邪魔をするな。全員が将来に思いをはせる重要な日なのだ」

「私だって!」

 お前は初めてじゃないじゃん。初めてのドキドキワクワクが台無しになるから黙っていろってことだよ。

 結局養父に睨まれてビビり黙る。

 安定のクオリティーだ。少しは学習してくれと思わずにはいられない。
 でも神子と勇者たちの絡みを見てみたい気もする。勇者たちもヤバそうな感じだったからな。

 そうこうしている内に俺の順番が来た。毎回神子は大トリらしい。神子だからじゃないよ。貴族だからだよ。

 貴族は優秀な血統を集めて交配しているから、優秀な職業持ちが多く生まれる傾向にあるらしい。それを知っているゆえ、権威を示すために大トリを飾るそうだ。

 神子のせいで毎回恥かいているけどね。

「では、いってきます」

「うむ」

 女神像の前でいつもしているのと同じ、片膝をついて右手を胸に当てる祈り方をする。まるで女王に仕える騎士のごとく。

 ちなみに、この祈り方は間違いらしい。後ろから見ていたせいで前で手をどうしているか見えなかったのと、祈る気持ちがあれば大差ないだろうと思ったからだ。

 司祭に「違うぞ」と言われたが、両手を組むやり方はどうもしっくりこなくて祈りに集中できない。これがダメなら合掌するしかない。

「別になんでもいいわよ」

 祈り方を悩んでいると突然頭に声が響いた。五年前に約束した通りの再会を果たした瞬間だった。

「アルテア様、お久しぶりです。なんとか生きて来れました。これもひとえにアルテア様のおかげです」

「全部ではないけど、一応気持ちは受け取っておくわね」

 あいさつを終えるとアルテア様はモフ丸をこちらに寄こしてくれる。

「モフ丸久しぶり! 大きくなったな!」

 モフ丸は例えるなら小型犬から大型犬に成長したくらいには成長している。元々が大型犬だったから、モフモフ感がすごいことになっている。

「わふっ! わふっ!」

 大きくなっても鳴き声の変化はなく、相変わらず可愛い限りだ。

「それにしてもあなたは無茶するわね」

「何がです?」

「魔力増大訓練と森の散策よ」

「あれ? 魔力増大訓練は使命の一部かと思ったのですが? あと熊親分たちと会わせてくれて、襲われなかったのってアルテア様のおかげですよね?」

 モフモフ好きなアルテア様がモフモフを熱望する俺のために、熊親分を俺の元に送ってくれたと思い込んでいる。
 オークちゃんはたまたまだったかもしれないが、熊親分は人型ではないのに人間らしいところもある。だからアルテア様の指示を受けたのでは? と確信していた。

「あのね。私は気絶を繰り返すとは言ったけど、毎日やれとは言ってないわよ。赤ちゃんのときの暇つぶしでやってちょうだいって言ったのよ? それが小屋での生活でもやってたじゃない。それも徐々に消費仕切れなくなっていたはずなのに……」

「確かに使い切るのは大変でしたけど、コツを覚えてからは簡単でしたよ。疲れすぎて気絶できますし」

「私はレベル一で一万あれば成長したなって思うくらいだったのに……。今のあなたは化け物よ? 獣人の村に生まれて、エルフが魔力を封印された状態で隔離されててよかったわね。確実に拉致されて従属させられるか殺されてたわよ?」

「……マジか……。不貞の両種族から殺意を向けられるとか最悪だ……」

 価値を知らない獣人と価値を知るエルフか……。どちらも面倒だな。どこかの町に行ったときはエルフには気をつけよう。幸い、獣人側は不貞の子を処分したいだけのようだし。

「では、熊親分は?」

「私が言いたいのは熊親分? だけのことじゃないわよ? 確かにあなたが見たことある魔獣の中では、熊親分が最強で最大の領域を持っているわ。ついでメスのオークね。でもあなたが無事だったのはほとんど奇跡よ。気配は遮断できていたけど、魔力は垂れ流しだったじゃない。彼らからしたらご馳走よ?」

 開いた口が塞がらないとはこのことだ。

 確かに気配や歩き方、進むルートなどには細心の注意を払って探索していた。しかし、魔力は防御力を考えて垂れ流し状態だった。
 実際、屋敷で襲撃されたときは助かったから無駄ではなかったが。脅威度的には森の方が上昇する。どちらが正解か分からない。

「あなたが無事だった理由はメスのオークと熊親分のおかげよ。オークが倒した魔物をあなたにあげたでしょ? 自分のものを下賜したということで、村の周囲では一番多いオークに襲わせないように宣言したの。
 次に熊親分だけど、彼の入場口を通らせたことで付き人や子分と周りに周知させたわ。洞窟からの帰り道に通っても威圧されただけでしょ? あれは『俺たちの方が先輩だぞ!』っていう威嚇よ」

「……なんでそこまでしてくれたんでしょう?」

「さぁ? でもあなたはオークと会ったときに気持ち悪いとか思わなかったでしょ? あのとき行動スキルの心話っていうスキルをすでに持っていたんだけど、あなたが少しでも気持ち悪いとか思っていたら殺されていたわ。女の子以前に誰もがムカつく言葉でしょ? ではあなたはどう思ったの?」

「すごいって。勝手に師匠にしてました……」

「だからじゃない? 熊親分は分からないわ。彼は世界的に見ても古豪の魔獣だからね。人間の認識で言えば、脅威度八で過去の魔王レベルね。まぁ種族だけで言えばだけど」

 熊親分はやっぱりすごかった。

 後ろ姿があんなに可愛いのに古豪の魔獣だったなんて。今度ドロンの果実を持ってお礼に行かなければ。

「種族だけってことは親分の種族であれば全部脅威度八ってことですか?」

「そうよ。だから彼は、脅威度九以上ってことになるわね。魔獣ながらに古代竜に匹敵する脅威度ね。そこらに封印されている魔王よりよっぽど強いわよ」

 見えない! 

 あの寝そべっている可愛い姿からは想像できない強さだ。古代竜なんて見たこともない想像上の生物って言われているのに、その古代竜に匹敵する熊って……。

「……なぜ魔王として扱われていないんですか?」

「魔王は魔獣が軍勢を持って侵略してくるからそう言われるだけで、軍勢を持たなければ放置よ。誰も死にたくないもの。それに熊親分は人間で言うところのスローライフを送っているのよ。決闘場に行ったのは魔力を垂れ流しにしている存在の確認と、縄張りの見回りにドロンの果実の収穫よ」

「……俺が食べていたのは……親分の……ですか?」

 ドロンの果実が主食なのか?

「安心しなさい。ドロンの果実は魔素が濃いところでしか育成できなくて、おいしくもならないの。熊親分の主食である極甘のドロンの果実は縄張りの奥にあるのよ」

「よかった……」

 それにしても俺も親分みたいな可愛い体になるのかな?

「なるわけないでしょ」

 ですよねー。

「それじゃあ話も一区切りしたところで、職業を与えましょうか」

「お願いします!」

 アルテア様が俺の頭の上に手をかざすと、体の内側がほんのり温かく感じたあと光り輝いた。

「はい、おしまい」

「ありがとうございます」

 ようやく待ちに待った職業を授かるのだった。

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