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序章 貴族転生

第七話 虐待からの爆速ハイハイ

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 転生から早くも四ヶ月が経った。この期間でいくつかのことが分かった。

 一日は二十四時間からなり、それが七日間で一週間となる。それから一ヶ月は三十五日で、一年は十ヶ月らしい。最後の一年の期間はメイドたちの話しから予想したことだから確証はない。

 それにしても獣人とは素晴らしく成長が早い。すでに高速ハイハイが可能である。この調子ならまもなくあんよもできるようになるだろう。

 他に変化はなく、この四ヶ月間は魔力訓練をして気絶するだけの味気ない毎日だった。

 えっ? 家族?

 そんな人は会いには来ていない。おしめを替えるメイドと、乳母をしてくれている緋猿族らしき獣人だけである。この人たちも伯爵家の命令で来ているだけで、俺の目の前で「この子が不貞の子ね。まぁ美形のエルフ相手なら仕方ないわね」とか、「第二夫人から嫌がらせが酷かったらしいから、相当ストレス溜まっていたのね」とか聞いてもいないことをペラペラと話していた。

 ここで不貞の原因を知ることになろうとは……。ちなみに第二夫人とは次男で神子の母親だ。この第二夫人も立場が微妙な位置で、自分が優位に立つために若く頭がお花畑な母にプレッシャーをかけていたらしい。
 微妙な立場の原因である神子とはまだ会っていないけども、彼の将来はすでに真っ暗闇に包まれている。

 アルテア様が、神子の職業は俺への接し方で決めると言っていたが、彼は使用人を使って赤ん坊の俺をいじめている。

 赤ん坊のベッドについている柵を外させたり、窓全開のまま放置したりと細かい嫌がらせをする日々なのだ。

 でも俺は助かっている。

 ハイハイするために柵を乗り越えなくて済むからだ。窓も開けてくれれば、外にある魔力を感知して操作もできる。至れり尽くせりだ。

 そして今日は部屋の扉も開けといてくれた。行かないわけがない。なにせここは腐っても伯爵家。体裁を整えるために書斎の一つはあるはずだ。

 狙うは魔導書。ただ一つ。

 でも一つ心配なのは火属性しか適性を持たない一族が、他の属性の魔導書を持っているかどうかということだろう。まぁダメ元で行くわけだし、とりあえず初めての冒険へいざ行かん!

「あぅ?」

 そう、届かないのだ。書斎の扉のドアノブに。魔導書よりも扉の心配をしなければいけなかったとは……。

 しかし俺の中身は大学生だ。文系でも休学してても大学生である。さらに肉体は身体能力特化型の獣人で、木登りが得意な猿獣人。何が言いたいかというと、扉を登る。

 まずは通りすがりに見つけたモップを引きずってくる。次にモップの柄を斜めにかけてよじ登るという寸法だ。ドアノブに届けば後はどうにでもなる。

 結果、大成功を果たす。

 今は必死に魔導書を探している最中だ。予想ではかなりホコリが溜まっている場所にあるはず。魔術適性を捨てた種族とも言われているくらいで、属性を得て産まれることは稀である。つまり魔導書が使われること自体が稀ということだ。

 そして発見した魔導書区画。

 さすが伯爵家。火属性以外にも風水地光闇と、揃っている。他がないことから、これが基本属性なのかもな。

 では早速水と地の魔導書を読ませてもらおう。場所は普段使わないからと最下段奥にしまわれていて、赤ん坊の俺には最高の場所だ。ゆっくり取り出して床に置く。

 魔導書を開いてみると、見開きの左側に魔術名と説明に呪文。見開きの右側に魔術陣が描かれている。少し戻って、最初の目次のページの注意書きを見る。

『読み込める魔術陣は、魔力操作または魔力制御のスキルの習熟度次第である。ここでは魔力操作を基準に分類する。
 レベル一で生活魔術。レベル二は基礎魔術で、ここから攻撃魔術となっていく。
 さらに読み込み時に呪文詠唱が必要である。魔術陣を見ながら読み込めるほどには覚え込む必要がある』

 そして俺はそっと魔導書を閉じた。

 これか! アルテア様が言っていた「すぐには無理」って意味は! 確かに発語ができないうちは無理だ。

 ということは、今できることは魔力訓練と種族特性スキルの向上だけになる。肝心のスキルは木工と調合。

 うん。調合一択だな。それも図鑑を読むだけ。

 個人的には木工スキルを伸ばしたかったが、ナイフを持つ赤ん坊って化け物だよね? 心配が先にくるっていうまともな親もいると思うけど、我が家には化け物扱いする親や大人しかいない。

 そもそも材料の木材が手に入らないのだが、歩けるようになれば解決すると思っている。何故かというと、伯爵家は不思議なことに森に隣接する村にあるからだ。これも窓を開けてくれたおかげで分かったことである。

 自分で歩ける頃には発語もできるようになるし、言語スキルも活躍して魔導書を読めるようになるだろう。ナイフを持っていても努力家と言われ、木工や調合スキルを伸ばしているのは出て行く準備かしら? と思われると勝手ながら予想する。

 ということで今は大人しく魔力訓練をしよう。きっとそれが最良の結果をもたらすだろう。

 その後、書斎からの帰り道にふと思いついたことがある。今まで垂れ流しで魔力に包まれているだけの状態で高速ハイハイをしていたけど、体内で循環されるみたいなことを垂れ流し魔力でやったらどうなるのだろうかと。

 歩みを止めて集中する。集中するときの姿勢は座禅を組む姿がベストである。

 眉間から放射状に出ている魔力を一方向のみに循環させると遅れが生じる箇所が出そうだから、正中線を境に左右別々で循環させることにする。
 眉間から頭上に向かって放出した魔力を、楕円を描くように左右に広げた掌心と湧泉を通過して下丹田に戻るようにイメージする。

 最初はうまく行かなかったが、吸収力がスポンジ並みの赤ん坊であるおかげですぐに習得できた。その状態を維持して軽くハイハイすると、簡単に高速ハイハイができてしまった。

 えっ? ってことは……。

 高速ハイハイをしたら爆速ハイハイになるのか? それはそれで怖いかも……。まぁ俺の領域に入ったらやってみよう。

 余談だが、俺の領域に近づく人はほとんどいない。乳母とメイドと嫌がらせ使用人の三人だけだ。母親は引きこもりながら、名誉挽回の二人目をつくる準備をしている。他の家族は母親含めて別棟。俺は使用人棟の最奥である。遠すぎてメイドですら滅多に来ないという場所は、俺の領域と言っても過言ではないのだ。

 余談ついでに母乳やおしめはどうしているかというと、母乳は朝晩だけでおしめは一日一回というストライキ状態。このおしめでさえ来ている方だ。以前は二日に一度など珍しくなかったが、ハイハイができるようになった直後、床にぶちまけてやった。

 そのときの表情は笑った。赤ん坊の声で大爆笑してやった。まぁおかげで毎日来るようになったからめでたしめでたしである。

 さていよいよ爆速ハイハイへ挑戦するときがやってきました。スタートラインについて、尻をプリッと上げてクラウチングスタート風に構える。

 レディ! セット! ゴーーー!

「おぎゃぁぁぁぁーーー!」

 産まれた瞬間にもあげなかっただろう鳴き声を心の底から叫んだ。クラウチングスタートの真似だけだったのに、赤ん坊の脚力で少しだけ床を蹴っただけなのに……。

 飛んだ。俺は飛んだ。いや、この場合は跳んだが正しいかもしれない。それでも着地が怖いほどには浮いている。そして目の前には迫る階段。

 死んだ……。体に衝撃が走った瞬間そう確信した。

 しかし階段から落ちたのは俺の部屋から出てきた虐待使用人だった。もしかしてかばってくれたのか? と思ったが、カーテンを持ち去っていることから違うと判断した。

 んー……自業自得……?

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