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第三章 フドゥー伯爵家

第四十八話 我田引水

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 みんなで斉唱した後、まずは村境ギリギリに杭を打ち込むことにした。
 杭を打ち込んだ後、ロープを張ったり罠を仕掛けたりする予定だ。

「神父様、資料をお願いします!」

「はいよ」

 神父様には神具の複製品と領地図を持ってきてもらっており、村境ギリギリの判定をしてもらっている。

「……この杭、異常に重くないか?」

「うん。鉄芯入りだからね」

 魔霊樹の杭に鉄芯を入れて、内外ともに頑丈に造っている。
 魔霊樹には付与もしてあるし、罠の基材として魔法陣も設置していた。
 もちろん、ロープも普通のロープではない。

「さぁ! ドンドン刺していこう!」

 アルは戦力外だから杭を設置した場所を記録してもらいつつ、杭の距離が均等になるように調整してもらっていた。

「はい、トントントンっ!」

「……うるさいなぁーー!」

「はい、トントントンっ!」

「グァグァグァ!」

 メイベルとユミルも乗ってきたせいで、クレームが再び入ることはなくなった。
 代わりにすごい睨まれているけど。

 その睨んでいる私兵団が一生懸命打ち込んでいる杭とロープに仕掛けた罠は、センサーと捕縛罠だ。

 ピンと張られたロープの間に『私有地につき立入禁止』と書かれた横断幕を等間隔に設置して、横断幕がないところには代わりにネットを設置している。
 壁で覆うことはせず、あくまでも心理的な境界を設けることにした。

 ただ、『立入禁止』を明言しているため、侵入したら容赦はしない。

 ロープを越えて侵入した者に対して拘束の魔法が発動すると同時に、一番近い杭から光が発せられる仕様だ。
 将来的には警備室から確認できるようにできればいいと思っているが、今は施設もないし素材もないから無理。

「なぁ……西にドンドン進んでいるけど、本当にいいのか?」

 怪物村の西側には森があって、その奥に廃教会や製塩地帯がある。
 そこの境を示しておかないと、森経由で侵入された場合は捕縛できない。

 だから、いっそのこと崖になっている山までロープを張り、杭と崖の一部を接触させて絶対に侵入できないようにする計画を立てた。

「神父様!」

「……大丈夫みたいだぞ。それに辺境全てが男爵領じゃないからな。全て男爵領のものだって主張すると、サーブル村の外に作った農耕地が魔物の被害に遭った場合、全て補償しないといけなくなるだろ? 貧乏な男爵家には余裕がないし、王家も補償が嫌だから王国の土地とは明言していない」

「ほらー! 辺境は特殊な土地ですからね! 結構好き放題できるんだよねー!」

「でも発展したら横取りされないか?」

「ジェイドくん! いろいろ考えられるところは君の長所だね! でも取り上げられないんだよねー! この辺境はいろんな国や貴族が狙っているから、王家が取り上げようとするなら、今までの損失や投資額も負担しろって叩かれると思うんだ!」

「……献上があるだろ?」

「他はどうか知らないけど、王家は辺境を手に入れるためには負債を清算させないと主張はできないんだなーー!」

「負債?」

「うん。辺境伯が残した負債があるでしょ? 辺境伯の奥さんは王家の血を引く者らしいからね。負債を清算させないと、辺境を所領する権利はない。王家が入手できないものを、他の貴族に許すわけないでしょ? だから今まで放置してきたんだよ」

 廃教会の放置具合を見れば一目瞭然だ。
 将来的に人がいなくなる場所に神官を送る意味がない。
 教会を手入れする必要もない。
 だから、辺境に送られた者は左遷だと理解できるのだ。

 栄えていた頃の辺境だったら栄転だからな。

「教会も理解しているでしょー?」

「あぁ。だから国の貴族は無視でいい」

「了解」

 納得した様子で仕事に戻るジェイドたち。
 イエスマンのパシリは奴隷だけで十分だから、疑問に思うことがあれば納得するまで聞いて欲しいと思っている。

「メイベル、どう?」

 メイベルとモフモフ組も遊んでいるわけではない。
 村の北側からサーブル村の外に作った農耕地を繋げられそうか、グリムと一緒に調べてもらっていた。メイベルには【千里眼】があるからね。

 ただ、農耕地が広範囲になると魔物の被害が酷くなると神父様に言われ、その対策も考える必要が出てきた。
 俺は当初、ユミルにマーキングしてもらおうかと思ったのだが……。

「グアァァァァーーーー!」

 と、ブチ切れられた……。

 熊さんでも女の子だ。
 嫌に決まっているのに、配慮が足りなかった。
 もちろん、ママンとメイベルからは長い長い説教をもらうことになり、ユミルには無視され続けるという地獄を味わうことに……。

 ユミルの許しを得るために、美味しいお肉からデザートまでのフルコースを女性陣全員に用意し、お風呂ではマッサージと毛皮のケアをした。
 上機嫌になったタイミングを見計らって、ひたすら謝り続けたことにより許しを得る。

 よって、代案として村境の杭の逆バージョンを設置するという方法になった。

 でも、広大な農耕地は興味を惹くだろうから人身事故が起きそうで、賠償金地獄に陥りそうだ。
 結果、対策の対策が必要になる。

 前世でも同じようなことが行われていたと思うと、彼ら彼女らの苦労が忍ばれる。

 さて、魔物対策のための対策だが、杭の外側にスライム入り水路を設置する。当然水路の事故も想定して、高めの落下防止柵を設置する予定だ。
 なお、スライムの役割は毒物や汚物の浄化に、異物の処理を兼ねている。

 辺境最弱の魔物は村の中でも浄化槽に放り込まれたりして役に立っているから、今更スライムを利用して騒ぐ馬鹿はいないと思われる。

 ……愚者の中の愚者を除いて。

 この柵付きの水路を越えてまで侵入をしようとする者は、事故ではなく故意であるという何よりの証左であるため、魔物と同じ扱いで良いはず。
 つまり、選別のための水路である。

「もう一度聞くけど、村の外の土地を勝手に手を入れていいの?」

「神父様!」

「放火の賠償金の利息としてもらった書類には、分家がある土地と銭湯がある土地の所有権に加え、農耕地の所有を認めるとある。しかし、どこからどこまでとは記載がないから、カルム先生が農耕地にした場所なら大丈夫だ」

「……屁理屈」

「契約の重要性が分かったでしょ? それと無能親子の能力も! ニコライ商会に騙されるのも無理ないよねー! というか、何で先生呼び?」

「アリアの主治医だからな。敬意を持たないとな」

「……いいんですよ? 相手は可愛い五歳児なんですから」

「……可愛いかどうかは分からないがなぁ」

「シスターには可愛いと言われてますよー?」

「社交辞令に決まっているだろっ!」

 酷い……。大人が子どもに言って良いことではない。

「カルム?」

「あっ、はーい! 一部が杭の内側に入るように農耕地を作ってしまいますーー!」

「どうしたのかな?」

「何でもーー!」

 現在、メイベルにはとある疑惑を持たれているから、俺は油断できない状態なのだ。
 その疑惑とは、シスターのお胸様に飛び込んだことが以前にもあるのか? という疑惑である。

 答えは、ある。

 転生後、メイベルと別行動を取ったときに数回だけだが……。

 だって、教会に行くと天使と悪魔が耳元で喧嘩を始めるんだよ?
 二体を納得させるためには必要だったんだ。

 まぁそのせいで、シスターに弱視ではないと打ち明けることができなくなったんだけどね。

 何故なら、悪魔が『弱視の子どもが転べば行けるぜ?』って言ったから。神父様も止めなかったし、猫かぶってたし……。

 うん。ヤバい……。

「農耕地を作るから気をつけてねーー!」

 まだ昼頃だからバレないようにコッソリと魔法を使わなくてはいけず、以前よりも慎重にゆっくり農耕地を作っていく。
 雑草は分解して栄養に変え、土を掘り起こして空気を混ぜ込む。

 邪魔な石は砕いて砂にし、同時にグリムが空から肥料を撒いていく。
 こうして新たな農耕地が誕生するのだった。

 個人的には、「あれ? この農耕地って、こんなに広かったっけ?」って思われたらいいなー! と思っている。……無理だろうけど。

「カルム、真ん中が広いけど?」

「真ん中は水路だよ。右端は広大な農耕地を移動するための高速車専用通路だね!」

「……何それ」

「いつもどすこいパワーで移動してたら僕が休めないでしょ? だから、怪物村の関係者専用のどすこいパワーで移動できる装置を作ろうかなって!」

「……転移門じゃダメなの?」

「ダメーー!」

「何で?」

「魔導具なら作れるかもしれないけど、転移門は空間属性持ちか専用の天禀持ちじゃないと作れないからね! 自白してるのと同じようなことはしません!」

「そっか……。ごめん……」

「いいんだよ」

 疑惑の追及をやめてくれればもっといいよ!

「おい、そもそも水路は? サーブル村の水源も井戸しかないから、食料はニコライ商会頼りなんだぞ?」

 メイベルの落ち込みをフォローする神父様、グッジョブ!

「水路の心配は不要です!」

「だからー、心配とかの問題じゃなくて水源がないんだよ!」

「やれやれ……」

「グァグァ……」

「「…………」」

 今までメイベルの護衛をしていたユミルも、俺が合流したから背中に戻ってきた。
 そのユミルが俺の背中で俺と同じポーズを取る。

 手のひらを上に上げて肩をすくめるポーズだ。
 可愛い。

「ムカつく……」

「グァ?」

「ご主人のことを言ってるんだよ?」

 ビビりすぎではないか?
 モフモフモコモコの可愛い熊さんなのに。

「カルム、水源の心当たりはあるの?」

「あるよ。詳細はうちの非常識班が調べに行っているから安心して!」

「そういえば……いないな……」

 バラムたちには資源調査を頼み、水源の正確な位置も調べさせている。
 本人たちも気になっていたみたいだし、ちょうどいいかなって思ったんだよね。

「水源から水を引く工事は夜しかできないので、興味があるなら夜に来てください。午後は農耕地周辺の杭打ちと水路作りだけですから、シスターのところに行ってもいいですよ!」

「「工事……」」

「うん。じゃあグリムが戻ってきたからジェイドのところに行ってくるねー!」

 呆然とする神父様とメイベルにグリムを護衛につけ、杭打ちの出来栄えを確認しに向かった。

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