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第一章 アルミュール男爵家

第二十話 男爵家を罰する

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「これよりアルミュール男爵家当主『リアム・アルミュール・サーブル』に対し、審理を執り行う!」

 暗黙の了解であるため誰もやらなかった初めての行為だ。
 ゆえに、罪名はまだない。

「両人、前へ!」

 俺とパパンが神父の前に立つ。

「罪状は、祝福の儀式を受ける前の三歳児を戦地に送り、賠償金から逃れるために殺そうとした殺人未遂である! 相違ないか!?」

「違いますっ! 私は男爵家の役目を真っ当して欲しかっただけです!」

「では、戦う術がない者を送り出した理由は!?」

「森で狩りをしているのです! 十分戦力になります!」

「……三歳児が森で狩りをしている? 男爵家はニコライ商会の支援を受けているはず。食事には困っていないのではないか?」

「……趣味です」

「……カルム少年。君に聞こう。何故、狩りをしている?」

 パパン含め本家の者たちがすごい顔で睨んできているが――。

「食べ物がないからです。僕は三歳になる前に死ぬ予定でした。毎日野草ばかりを食べさせられ、栄養失調による昏睡状態になったのです」

 ここで悲しそうな表情と声色を使う。
 何故ならば、教会には多くの人が詰めかけ、外で傍聴している人もいるからだ。

「母上がエルード殿を呼ぶよう泣いて縋りつくも、男爵家の皆様は笑い飛ばしたそうです」

 直後、静謐な教会にブーイングの嵐が吹き荒れる。

「静粛にっ!」

 神父が場を治めたあと、続きを話す。

「僕は死の淵からよみがえりました。おそらく先祖返りの覚醒が起きたのでしょう。目は悪くなりましたが、弓での狩りができるようになったので、母子ともに人並みの食事ができるようになりました」

 一呼吸置き。

「僕が……僕たちが幸せに暮らすことが嫌な方がいるのでしょうか……。完成間近の家を燃やされ、神々の前で誓った賠償金を踏み倒そうとするなんてっ! あんまりですっ! 男爵家の役目を果たすためというなら、何故父上は戦場に行かず家で報告を待っていたのですか!? 兵士の第一声は、子息の遺品の有無ですっ!」

 再びのブーイング。
 サクラなんじゃないかってくらいの大ブーイングだ。

『よくやりますねー』

『世論を動かしたもん勝ちだぜーー!』

 この場にいる人のほとんどはニコライ商会の被害者で、何かとニコライ商会の味方をしていた男爵家に対する心証は良くないだろう。
 パパンと俺の構図は、男爵家とその被害者である。
 さぞかし感情移入がしやすかろう。

『しかもー、女子どもの被害者には同情的になってしまうのは人間の性だからねー。さらにー、今回は目撃者がたくさんいるからねー!』

「静粛にっ! 静粛にーーっ!」

 神父様も大変だなぁ。
 と思いつつ、悲しい表情は決して崩さない。

「――場所は戦地ですっ! 死亡の可能性の方が高く、判断力が鈍るような感情を殺して兵士に指示しただけですっ! 何も間違っていないっ!」

「……男爵。今、ご自分が言ったことの意味を理解していますか? 死亡の可能性が高くと言うことは、殺意の証明になりますよ? 伝令が情報を持ち帰った時点で、長男と次男が丸呑みにされていたことはご存知だったはず」

「……それが何か?」

「……男児が一人になったんですよ? 男爵家の役目を果たすというのなら、後継者を残すように最善を尽くすと思うのですが? 何故、逆のことをなさったのか説明願いたい」

「そ、それは……」

 そこでパパンがジジイを見た。見てしまった。

「なるほど。伝令が持ってきた報告書に指示が記載されていましたか?」

「そんなものはないっ!」

「絶対に? 神に誓いますか?」

「誓う!」

「そうですか。……時に、ここに書類が一枚あります。男爵家の紋章が入った書類です。内容は、カルム少年の殺害指示です。討伐戦に参加させて賠償金の支払いを回避しろと、記載されています」

「そんなっ! そんなものがあるはずないっ! すぐに焼いた――っ!」

「焼いたのですね?」

「誘導尋問だっ!」

 パパン……チョロいな。

「でも安心なさってください。先代が出したものではないので、名誉は傷つかないかもしれませんよ」

 俺も後から聞いてびっくりしたんだけど、ジジイは戦地で瀕死の状態だったらしい。
 セバスチャンとニックとともに真っ先に状態異常に陥り、指揮系統がメタメタになった後、蛇のビッタンビッタン攻撃に巻き込まれたそうだ。

 治療した神父様がエルードさんに愚痴ってる現場に出くわし、凄惨な現場で何があったかを詳しく聞いた。

 よって、文書偽造の犯人は別にいる。

「さて、証人を呼びましょうか。伝令兵をこちらに!」

 エルードさんが顔面蒼白の兵士を連れてきた。
 人手が足りないのと、自殺防止のために駆り出されているらしい。

「証人、宣誓をっ!」

「……私は、何一つ隠すことをせず、嘘偽りなく真実を述べることを誓います」

 宣誓書にサインをした後、証言が開始される。

「あなたに伝令の書類を渡したのはどなたですか?」

「……」

「どうしました?」

「……第一夫人のサラ様……です」

「そうですか。あなたは書類の内容をご存知でしたか?」

「……はい」

「では、あなたも共犯ですね」

「そんなっ!」

「知らなかった場合は主家の夫人からの命令を受けただけで、職務の一環でした。しかし、現当主は第一夫人からということをご存知なかったみたいです。……何故、知っていたのに助言をなさらなかったのですか? 私には不思議でなりません」

「第一夫人に口止めをされたら……命令を聞くしかないじゃないですかっ!」

 そんなことはないと思うなぁ。

「……あなたは第一夫人に仕えている部下ではないでありません。男爵家に使えており、命令権は当主が持っているのです。当主に報告する義務があり、適切な判断をさせられる立場にあったのに怠ったのです! あなたは自分の罪の重さをしっかりと理解しなさい!」

 ……神父様、まともな人だったんだ。
 いつもはボサボサ頭のおっさんで、ダメな大人の代表みたいなのに……。

「この度の審理は、アルミュール男爵家当主『リアム・アルミュール・サーブル』についてのものであったが、第一夫人『サラ・フォン・サーブル』並びに伝令兵『マルコ』も連座する。前へっ!」

「わ、私が何故っ! 何も……何もしていませんっ! 潔白ですわっ!」

 もう手遅れだよー!

『それでー、今回は何をもらうんですかー?』

『お金ー?』

『お金はもう引っ張れないと思いますよー』

『だよねー。この村の南西に村があるんだけど、そこをもらう予定ー! 人目を気にせずやりたい放題っ! まぁ北の森から遠くなるけど、走ればすぐだしねー!』

『なるほどー! いいですねーー!』

『でしょー! 五歳になればモフモフも増えるだろうから、広い場所が欲しいと思ってねー!』

『さすがですーーっ! あっ! 教会は作って下さいねーーっ!』

『……もちろん!』

 わざわざ言ったということは見てらっしゃるのかな?

「カルム少年、何か言いたいことはあるかね?」

 犯罪奴隷にしてざまあみろと言いたいが、祝福の儀式の前に嫡男や第一夫人がいなくなると困る。ママンと俺に面倒が降りかかるはずだ。
 ここは慈悲を見せて点数稼ぎをさせていただく。

「……幸いなことに、僕は傷一つなく帰って来れました! きっと神々が見守ってくださったおかげでしょうっ! 心から感謝しておりますっ! ありがとうございます!」

 深々と頭を下げて感謝の気持ちを表す。
 天禀満載の肉体があったから無事だったと感謝しているからね。

「その神々の慈悲を、男爵家の皆さんにも少しお分け願えないでしょうかっ!? 愚かな考えを持った第一夫人は、貴族のことを何も知らない無知者なんですっ! 後継者を残すという基本的なことすら知らない不勉強なものなんですっ!」

「ふっ」

 【白毫眼】で周囲を把握すると、民衆はもちろんママンやメイベルまでも笑いを堪えている。
 でも一番辛そうにしているのは、神父様だ。
 顔面崩壊寸前である。

「ですがっ! 今後は貴族のことについて必死に勉強することでしょう! 双子の兄上たちの入学で王都に行かなければいけませんからねっ! ゆえに、もう二度と今回のような愚かな行為はなさらないと思いますっ!」

「……す……すばっ……素晴らしいっ!」

 笑うのを我慢してるなぁ。
 民衆は咳き込んでるフリをして笑ってるけどね。
 ついでにシスターさんも。

「被害者が……ここまで言っているのだ。神々もカルム少年の気持ちを汲んでくださるだろう! それではっ! 裁定の時っ!」

 神父様が神像の前で跪いて祈ると、空中から三枚の紙がヒラヒラと舞い落ちてきた。
 それを広い集めた神父様の表情が凍りついたように固まる。手が激しく震え、何度も何度も読み返していた。

「ゆ、有罪っ! この度の、祝福の儀式を受けていない者を戦地に送る行為は、神々によって『禁忌』に指定されたっ!」

 ――マジかっ! この国、二回目じゃん!

「そんなっ!」

「そのような不名誉なことがっ!」

 衝撃的な裁定にざわざわと不安と恐怖が場を支配する。

「まだ途中である! 『今後同じようなことが起こった場合は問答無用で神罰を執行するが、この度は被害者である少年の嘆願により神罰を免除する! 代わりに少年には十分な賠償をせよ! 白紙の契約書を二枚用意した。これに記入すれば神前契約となる。当事者同士で保管せよ!』とのことだ! これにて審理を終了する!」

「ありがとうございましたっ!」

 白紙の契約書と、神罰回避の貸し――ゲットだぜっ!

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