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第一章 アルミュール男爵家

第十四話 怪物の本気

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 職人風のゴツいおっさんがすごい勢いで何やら質問してきたのだが、声を掛けられるまでメイベルを見ていたから何のことか分からない。
 【白毫眼】で接近していたのは知ってるよ。
 でも野次馬がたくさんいるから、そこに混じるのかなって思ったわけよ。

「どれのことでしょうか?」

 怖い大人に怒られた子どもバージョンに変身。

「その建材に決まってるだろっ!」

 決まってないよ……。他にも荷台を引いたりしてるんだからさ。

「そうですよ。敷地内にあるものは僕のものですよ」

「ど、どうやって手に入れたっ!」

「徹夜で運んできました」

「「えっ!」」

 おっさんの声に合わせるようにメイベルからも声が上がる。
 おっさんは驚きというよりも正気を疑うような表情だが、メイベルは真相を知ってるのに何故か驚いている。

「ふふふ……」

 思わず笑ってしまったが、俺は悪くないと思う。
 グリムにつられて笑っただけだから。

「……嘘なんだな?」

「冗談ですよ。でも自分で採って来たのは本当ですよ。ここに家を建てなければいけなくなったので」

「そ、その木材で建てるのか!?」

「そうですよ」

「俺に手伝わせてくれっ!」

「……何故ですか? 工賃が出せないので自分でゆっくり建てようと思ったんですけど」

「どうやって!?」

「建築の本を読んだんですよ」

 すでに結晶化してるとは言えない。

「いやいやいやっ! 子どもが建てられるわけないだろっ!」

「やればできるっ!」

「――はっ!?」

「うっうんっ! 完成したら招待しますので、そのときに判断して下さいっ!」

「欠陥建築だったらどうするんだよっ!?」

「壊して新しいのを建てます」

「壊すーーーーーーっ!?」

 この人はさっきからどうしたんだ?
 エリクサーが必要な病気なのか?

「バラして建て直します」

「バラすーーーーっ!?」

 言い直してもダメなのか!?

「あの……たぶん……木材が貴重なんだと思うよ」

「あぁーーー! なるほどっ! でも、北の森に行けば採って来れるんじゃないかな?」

「あんな危ないところ行けるかっ!」

「「…………」」

 俺とメイベルはそっと視線を逸らす。

「そ、それで結局どうします? 枝とかの端材なら提供できますけど……失礼ですよね?」

「み、見せてくれっ!」

「ちょっとお待ちを」

 建材を置いてある場所にまとめて出して置いたから、そこからいくつか選んでおっさんに見せる。

「まだあそこにあるので、好きなだけ持っていってくれていいですよ」

「おぉっ! 引き受けたっ! 報酬はこれでいいっ!」

「そうですか。お願いします」

「こっちこそが頼んだことだっ! 任せとけっ!」

「ところで、ドワーフの方ですか?」

「おうよっ!」

 俺自身小さいからあまり小さくはかんじないけど、さっきメガネを買った店のお兄さんよりは小さい。
 初ドワーフに感動だ。

「ドワーフの方に建ててもらえるなんて光栄です!」

「そうか? この国じゃドワーフなんか珍しくないだろっ!」

「この隔離された村では珍しいですよ」

「……それもそうか。よしっ! とりあえず、希望を言ってくれっ!」

 この村は国から隔離されたと言っても過言ではないからな。
 ニコライ商会が来る前からの住民ってことは、辺境伯の尻拭いをさせられていることを知っているのだろう。

「大きなお風呂は絶対ですっ! すでに基礎工事は終わったので、こちらにお風呂を作ってください! あとは書庫ですねっ! 読書が好きなのでっ! 作業机も置けるとさらに良いです! あとは個室と応接室に、客室くらいですねっ!」

「ふむふむ……。この基礎は誰が作ったんだ?」

「さぁ?」

「「……」」

 おっさんとメイベルから向けられる視線が痛い。

「それじゃあ木材を加工していきましょうか!」

「いやいやいやっ! どうやってだよっ! お前は大人しく座ってろっ! なっ!」

「分かりましたーー!」

 今は大人しくしていようじゃないか。
 魔法陣を覚えてしまえば加工なんて一瞬だ。

 【虚空蔵】をフル稼働させる。
 解読で難しい言葉を読み進め、理解で内容を完全網羅。瞬間記憶で余すことなく記憶する。
 これらを並列思考と高速思考で速読しながら短時間で行っていく。

『ちょっとーー! やりすぎですーー! 異常な子どもに映ってますよー!』

『子どもが難しい本を読んでるけど、理解できないから流し読みしてるんだなって思ってもらえるさ! きっと!』

『このあと使うんでしょー!? 理解してるじゃん! メイベルちゃん、引いてますよーー!?』

 チラッとメイベルを見ると、確かに引いていた。

『メイベルちゃん呼びなんだね! 俺のことはカルムくんって呼んでもいいんだよ?』

『……うぇっ! 呼んだとしても、カルム呼びですー!』

『残念』

 グリムと話していたから少しだけ速度は落ちたが、魔法陣と紋章術の本は読み終わった。
 まだ薬術大全や錬金術大全が残っているけど、錬金術も魔法陣を利用するから、内容が一部重複している。

「すまんが、ちょっと良いかな?」

 【白毫眼】で気づいていた人パートツー!
 今回はすぐ近くにいたのだが、あえて無視していた。本に集中していたからね。
 話し掛けるなオーラ全開で読んでいたのだが、本を交換するタイミングを突かれてしまった。

 ――やりおるっ!

「どうされました?」

 目を閉じて口角を上げているから、もしかしたらお釈迦様に見えているかもしれない。
 でも水かきはついてないけどね。

「それは君のかな?」

「どれのことでしょう?」

「……そのやり取りはさっきと同じではないか?」

「……そうでしたっけ? ということは本ですか?」

「そう、本のことだ」

「僕のものですよ」

 この次はどこで手に入れたと聞くんだな?

「それを少し見せてくれないかね?」

「――えっ!? 入手方法は聞かないんですか?」

「どうせ本当のことは言わないのだろう? さっきのやり取りは一部始終見ておったよ」

 クソッ! せっかく答えを用意しておいたのにっ!

「見たところエルフのようですが、博識で調薬が得意なエルフの方が、今更薬術の本を読んでも意味がないと思いますよ?」

「意味はある。だから、少しだけでもお願いできないだろうか?」

 カルム少年の記憶によれば、このエルフは村で唯一の医者だ。
 そして薬師であり魔導師でもある、この村の重要人物である。ここで恩を売っておくのも悪くない。

「どうぞ」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 あと一冊のところ、その一冊を渡してしまったから暇になってしまった。
 せっかくだから丸メガネの加工でもしようかな。

「そのメガネをどうするの?」

 俺のタメ口につられたメイベルも、同じようにタメ口になっている。
 ストレスフリーだ。

「保護メガネにしようかと思って」

「保護メガネ? 何から保護するの?」

「他人の視線」

 俺は紋章術で魔導サングラスを作って、こっそり魔眼を使えるようにしたいのだ。

 魔法陣ではなく紋章術を選んだのには当然理由がある。
 紋章術と魔法陣の主な違いは規模と威力だ。
 紋章術は単純な効果しかない代わりに、単純な術式と体の周囲を覆う程度の魔力で発動する。
 つまり、魔力が封じられている空間でも問題なく使用できるというわけだ。

 具体的な例を出すなら、『隷属の首輪』が該当する。
 あの魔導具は紋章術で作られ、使用時の魔力供給は隷属されている者が自分で行っているという仕組みだ。

 普段は普通の丸メガネとして使い、魔眼を使いたくなったら魔力を通してサングラスにすればいい。
 効果の範囲を目の周辺まで拡大すれば、上下左右の隙間からバレることもなく、【魔導眼】の金炎も隠せるというわけだ。

「なるほど! 作れるの!?」

「ちょっと不安だから、別のもので練習してからにしようかな」

 術式の心配ではない。魔力操作の心配だ。
 暴発したら目も当てられない。

「少年」

「どうしました?」

 魔導サングラスを作ろうとしたとき、エルフ殿から声がかかる。
 カルム少年は強制的に引きこもりにさせられていたから、名前を知らない人が多すぎるのだ。昏睡状態でもエルフ殿を呼んでもらえなかったから、知り合う機会がなかったんだろうけど。
 おかげで俺は今、名前を出さないように会話するのに必死だ。

「これは素晴らしい書であった」

「それは良かったです」

「このような絶版本は他にもあるのかね?」

「たぶん……あるかと。家が建ったら専用の書庫を作る予定なんです!」

「建ったらか……」

「そこまで時間がかからないと思いますけど」

「うーむ……明日からもここに来るのだろうか?」

「たぶん来ます」

「では、しばらくこの本を貸してくれないだろうか?」

「写本ですか?」

「うむ。駄目だろうか?」

 そう来ると思ったよ。
 俺の【虚空蔵】の記録を使えば、俺は人間コピー機になれるんだけど、さすがにまだ使っちゃダメだろうな。

「では、ここで読んでしまうので一度貸してもらえませんか?」

「これを……ここで?」

「はい」

 図鑑サイズの辞書と言えば分かりやすいかな? それくらいの量のページ数をパラパラめくって読み進める。
 ページ全体を視界に入れれば瞬間記憶が発動して、写真みたいに記憶できるのだ。だから、このときばかりは薄目で本を読んでいる。
 この薄目も【身体制御】の恩恵と、練習の成果だ。

「終わりましたっ!」

「はぁーーー!?」

 驚いているエルフ殿を横目に地面に魔法陣を描いて、乾燥した丸太を置いていく。
 途中、丸太を運んだあたりからドワーフさんが固まり、魔法陣を使って角材や板材に変えていったときには口を全開にしていた。

「はぁーーーー!?」

「終わりましたっ!」

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