なりたくない女

佐伯 鮪

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8.なりたくない女の末路

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「私、あぁはなりたくないって思ったんですぅ~」

 昼下がり、社内にいた営業課の女性社員数人で固まってお弁当を食べながら、後輩の女の子が言う。最近合コンで年上の彼氏ができた、と彼女が語り始めたのがきっかけだった。

「その人には最近まで同い年の彼女がいたらしいんですけど、男女平等!って主張するタイプの人だったらしくて。結婚も考えたんだけど、家事とか子育ての分担まで今から決めようとしてきて、疲れちゃったって言ってて~」

――まさか、あの男ではあるまいな? まだ一応、「別れて」はいないはずだけど。

 一瞬顔が引きつってしまったが、誰にも気付かれていないことを願った。

「私はそんなことでギスギスするくらいなら、男の人を立てる方を選ぶなぁ~。最近は女が権利を主張しすぎですよね。そんなことしても、逆に女が苦しくなるだけなのに」
「あ、あはは。貴方は主婦になりたいんだっけ?」
「そうですね~、共働きって喧嘩増えそうですもん。のんびり手の込んだご飯作って、あわよくば楽に生きたいです」

 彼女より年上の社員が「正直だね」と言うと、彼女はえへへと笑った。

「あ、山口さんはどう思います? そろそろ彼と結婚ですかぁ?」
「えっ? えーと、まだ、わかんないかな~」

 うわ、今の私、めっちゃダサい。結婚どころか付き合い自体も見送りになったような関係なのに、見栄を張ってる。

「慎重なんですねー、私は三十になる前に出産したいし、もう焦ってますよー」

 彼女はまだ二年目で、二十四歳くらいのはずだった。悪気はないのだろうし、他人がどう思っていようと、自分はこう考えているという主張をしただけかもしれない。

 社会人としては、三十を目前にした女の前でそういうことを告げることは失礼に当たるからやめなさい、と注意すべきことだろう。だが、結婚したら辞める気まんまんの彼女に注意しても、場の空気と後味が悪くなるだけかもしれないと思い、とどまった。

「そうそう彼、山口さんと同い年です、確か。それにしても年上って、いいですね。自分の同世代と違ってエッチも丁寧でこっちのこと気にかけてくれるし、感動しちゃいました! 山口さんの彼はどうですか?」
「か、会社でそんな話するもんじゃないよ。そういうのは女子会でにしなさいっ」

 そうこうしているうちに昼休み終了の鐘が鳴り、各々自席について仕事に戻った。私は――彼に一通、メッセージを送った。

『元気? もしかして、新しい彼女できた?』

 すぐに既読のマークは付いたものの、返事は一向に来なかった。一晩待っても通知はなく、翌朝の通勤中にそれはようやく訪れた。

『うん、実は。ごめん、だから正式に別れよう』

 あの子の言う彼がこの彼なのかどうか、そんなことはどうでもよかった。このタイミングで返事を寄越すということが、もう本当に自分は彼にとってどうでも良い存在になったのだとはっきりと告げているようだった。夜間のプライベートの時間は一切割きたくないという意思表示と、かつお互いにこれから仕事を控えており長々とした会話になることを避けられる、電車に乗って会社に向かうだけの半仕事の時間帯。

「あー、だっさ」

 電車内にも関わらず、思わず小声で呟く。周囲の人は聞こえなかったか、あるいは気づいたけどスルーしてくれているのか、それに反応する人は一人もいなかった。


 私って、中途半端どころか、なんてかっこ悪い。

 なりたくないものばかり沢山あった私は、他の子から「なりたくない」と言われるような存在になっていた。起承転結の結どころか、起も承も転も、いつ訪れていたかわからない。
 実際、なかったのかもしれない。

 なりたいものは「考え中」だった。
 小学生の頃から、ずっと。「考え中」にしたまま、考えること自体から目を背け、マイナス面ばかり見て環境に流されてここまで生きてきた。

 電車のドアの上のモニターの路線図を眺める。
 ぐるぐる、ぐるぐる回るだけの人生――「考え中」でほったらかしにしていた私のストーリーは、一旦「結」にしよう。そして、自分の人生の「起」から、ちゃんと自分で起こさなくちゃ始まらないのだ。

 私は鞄の紐を握りしめ、開いたドアから一番に一歩を踏み出した。
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