47 / 57
最終章
名前
しおりを挟む
「はい兄上、召し上がれ」
遥星は蜜柑とお茶を机の上に置いた。
「ふーん、これは?」
「蜜柑って言う柑橘類の一種だって。柔らかくて生でそのまま食べられるよ」
遥星は蜜柑の皮を剥こうとしたが、力を入れすぎたのか少し潰れてしまった。
「あれ? うーん、自分でやるとまだ上手くいかないなぁ」
「へぇ、前は誰かにやって貰ったの?」
「うん、詩音が綺麗に剥いてくれて」
「……なんか、仲良しだね、君たち。健全な意味で」
健全、なのだろうか。
詩音が怪我をした日以来、毎日彼女の部屋に通っているが、基本的にはお喋りをするだけだ。そういう意味では、健全中の健全なのだろう。一方で、彼女の所作一つ一つが煽情的に感じて、心持ち的には全然健全でなかった。慣れれば、これも少しはましになるのだろうか。
「でね、こっちは安吉白茶っていう緑茶。ちょっと甘くて蜜柑と合うと思うんだ」
「白なのか緑なのかどっちだよ」
「白茶って付いてるけど白茶じゃない、緑茶」
「紛らわしい名前付けんな」
「いや、名前付けたの俺じゃないし……」
「紛らわしい名前と言えばさ、お前これ覚えてるか?」
佑星がお茶を啜ってから竹簡を広げ、それを見た遥星は動きを止めた。
「いや、覚えてないというか、初めから知らなかった」
「お前ほんとに薄情だな、興味なさすぎだろ」
「一応書類には目を通したけどさ、姓しか書いてなかったし、特に会話という会話もする前にああなったからね」
「ま、単なる偶然だと思うけどな。女の名前なんて公式には残るもんじゃないし、不要な情報だったかもしんないけど」
この国では、女性は実家の姓で呼ばれることが通常だった。名はあってないようなもので、記録として記されることはなく、単に呼び名として親しい者が使うに過ぎないものだった。
「いや、これは……なんか、つながるかも」
「ふーん、なら良かった。それよりも相当な箱入りだったみたいでさぁ、交友関係が全然出てこないのには苦労したわ。屋敷の使用人も散り散りになってたしな。でも、女の横の情報網はすごいねー。やっぱ持つべきものは、幅広い種類の女友達だよね」
「兄上のそれって、友達なのか?」
「俺の為に色々してくれるオトモダチよ、だーいぶお姉様だけど。あ、謝礼は弾んどいたからな」
「それは構わないけど。で、肝心の情報ってのは?」
「そう、これ。その友達の知り合いに悪趣味なババアがいてさ。そのお陰で手に入ったからな、ババアに感謝しろ」
「あんまりババアとか言うなよ」
遥星はそれが書かれた箇所をじっくりと読み込んだ。
「ま、外側からわかる情報はそれが限度だな。あとは自白させるしかねーかな」
「初めのやつはこれでほぼ確定として、一連の件との繋がりは正直こっちの推論の域を出ないけどね。賭けだけど、外れたら一からやり直しだ」
「それは勘弁して欲しいなおい。僕疲れちゃったよ、オヤツちょーだい」
「はは、いくらでも」
佑星は受け取った蜜柑を意外にも綺麗に剥いて、豪快に頬張った。
。.。.+゜
しばらくして詩音の怪我も快復し、公務に復帰できるようになった。
「詩音殿、お怪我の方はもうよろしいのですかな?」
「黄大臣、お疲れ様です。休んでいる間、ご迷惑をおかけしました」
「なんのなんの。陛下も随分と精力的に過ごされておりました。貴方さまがいればこそですよ」
大臣はそう言うが、いまいち実感はわかない。
遥星は確かに婚儀の日を境に変わったのだろうが、それは詩音自身は何も関与した覚えはなかった。
(あの日、拒否られただけだし)
思い出して少し凹み、その後の少し甘いやりとりを思い出して、顔がにやける。
「若いって、いいですなぁ」
大臣にそう言われて、おかしな顔をしていたことに気付く。
(うわぁ恥ずかし。なんか初めて彼氏ができた時みたいな浮かれっぷりかも? アラサーのくせに私ってば)
年甲斐もないとは理解しつつも、そうなってしまうのは止められなかった。ただ、せめて人前では出さないようにしようと決意した。
遥星からは、怪我をする以前と同じように過ごして欲しいと言われていた。これまで通り、公務後の夕方は二人で宮殿のあちこちを周る、ということを続けた。詳しい"作戦"とやらは教えて貰えなかったし敢えて聞かなかったが、以前の話であればこのタイミングで"来る"のだろうと、詩音も覚悟していた。
荷捌場の担当者は、特にお咎めはなかったそうだ。それを聞いた詩音は、ほっと胸を撫でおろした。
そしてほどなくして、"勝負"の日は訪れた。
遥星は蜜柑とお茶を机の上に置いた。
「ふーん、これは?」
「蜜柑って言う柑橘類の一種だって。柔らかくて生でそのまま食べられるよ」
遥星は蜜柑の皮を剥こうとしたが、力を入れすぎたのか少し潰れてしまった。
「あれ? うーん、自分でやるとまだ上手くいかないなぁ」
「へぇ、前は誰かにやって貰ったの?」
「うん、詩音が綺麗に剥いてくれて」
「……なんか、仲良しだね、君たち。健全な意味で」
健全、なのだろうか。
詩音が怪我をした日以来、毎日彼女の部屋に通っているが、基本的にはお喋りをするだけだ。そういう意味では、健全中の健全なのだろう。一方で、彼女の所作一つ一つが煽情的に感じて、心持ち的には全然健全でなかった。慣れれば、これも少しはましになるのだろうか。
「でね、こっちは安吉白茶っていう緑茶。ちょっと甘くて蜜柑と合うと思うんだ」
「白なのか緑なのかどっちだよ」
「白茶って付いてるけど白茶じゃない、緑茶」
「紛らわしい名前付けんな」
「いや、名前付けたの俺じゃないし……」
「紛らわしい名前と言えばさ、お前これ覚えてるか?」
佑星がお茶を啜ってから竹簡を広げ、それを見た遥星は動きを止めた。
「いや、覚えてないというか、初めから知らなかった」
「お前ほんとに薄情だな、興味なさすぎだろ」
「一応書類には目を通したけどさ、姓しか書いてなかったし、特に会話という会話もする前にああなったからね」
「ま、単なる偶然だと思うけどな。女の名前なんて公式には残るもんじゃないし、不要な情報だったかもしんないけど」
この国では、女性は実家の姓で呼ばれることが通常だった。名はあってないようなもので、記録として記されることはなく、単に呼び名として親しい者が使うに過ぎないものだった。
「いや、これは……なんか、つながるかも」
「ふーん、なら良かった。それよりも相当な箱入りだったみたいでさぁ、交友関係が全然出てこないのには苦労したわ。屋敷の使用人も散り散りになってたしな。でも、女の横の情報網はすごいねー。やっぱ持つべきものは、幅広い種類の女友達だよね」
「兄上のそれって、友達なのか?」
「俺の為に色々してくれるオトモダチよ、だーいぶお姉様だけど。あ、謝礼は弾んどいたからな」
「それは構わないけど。で、肝心の情報ってのは?」
「そう、これ。その友達の知り合いに悪趣味なババアがいてさ。そのお陰で手に入ったからな、ババアに感謝しろ」
「あんまりババアとか言うなよ」
遥星はそれが書かれた箇所をじっくりと読み込んだ。
「ま、外側からわかる情報はそれが限度だな。あとは自白させるしかねーかな」
「初めのやつはこれでほぼ確定として、一連の件との繋がりは正直こっちの推論の域を出ないけどね。賭けだけど、外れたら一からやり直しだ」
「それは勘弁して欲しいなおい。僕疲れちゃったよ、オヤツちょーだい」
「はは、いくらでも」
佑星は受け取った蜜柑を意外にも綺麗に剥いて、豪快に頬張った。
。.。.+゜
しばらくして詩音の怪我も快復し、公務に復帰できるようになった。
「詩音殿、お怪我の方はもうよろしいのですかな?」
「黄大臣、お疲れ様です。休んでいる間、ご迷惑をおかけしました」
「なんのなんの。陛下も随分と精力的に過ごされておりました。貴方さまがいればこそですよ」
大臣はそう言うが、いまいち実感はわかない。
遥星は確かに婚儀の日を境に変わったのだろうが、それは詩音自身は何も関与した覚えはなかった。
(あの日、拒否られただけだし)
思い出して少し凹み、その後の少し甘いやりとりを思い出して、顔がにやける。
「若いって、いいですなぁ」
大臣にそう言われて、おかしな顔をしていたことに気付く。
(うわぁ恥ずかし。なんか初めて彼氏ができた時みたいな浮かれっぷりかも? アラサーのくせに私ってば)
年甲斐もないとは理解しつつも、そうなってしまうのは止められなかった。ただ、せめて人前では出さないようにしようと決意した。
遥星からは、怪我をする以前と同じように過ごして欲しいと言われていた。これまで通り、公務後の夕方は二人で宮殿のあちこちを周る、ということを続けた。詳しい"作戦"とやらは教えて貰えなかったし敢えて聞かなかったが、以前の話であればこのタイミングで"来る"のだろうと、詩音も覚悟していた。
荷捌場の担当者は、特にお咎めはなかったそうだ。それを聞いた詩音は、ほっと胸を撫でおろした。
そしてほどなくして、"勝負"の日は訪れた。
0
お気に入りに追加
152
あなたにおすすめの小説
そんな恋もありかなって。
あさの紅茶
恋愛
◆三浦杏奈 28◆
建築士
×
◆横山広人 35◆
クリエイティブプロデューサー
大失恋をして自分の家が経営する会社に戻った杏奈に待ち受けていたのは、なんとお見合い話だった。
恋っていうのは盲目でそして残酷で。
前の恋で散々意地悪した性格の悪い杏奈のもとに現れたお見合い相手は、超がつくほどの真面目な優男だった。
いや、人はそれをヘタレと呼ぶのかも。
**********
このお話は【小さなパン屋の恋物語】のスピンオフになります。読んでなくても大丈夫ですが、先にそちらを読むとより一層楽しめちゃうかもです♪
このお話は他のサイトにも掲載しています。
逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました
吉高 花
恋愛
◆転生&ループの中華風ファンタジー◆
第15回恋愛小説大賞「中華・後宮ラブ賞」受賞しました!ありがとうございます!
かつて散々腐れ縁だったあいつが「俺たち、もし三十になってもお互いに独身だったら、結婚するか」
なんてことを言ったから、私は密かに三十になるのを待っていた。でもそんな私たちは、仲良く一緒にトラックに轢かれてしまった。
そして転生しても奴を忘れられなかった私は、ある日奴が綺麗なお嫁さんと仲良く微笑み合っている場面を見てしまう。
なにあれ! 許せん! 私も別の男と幸せになってやる!
しかしそんな決意もむなしく私はまた、今度は馬車に轢かれて逝ってしまう。
そして二度目。なんと今度は最後の人生をループした。ならば今度は前の記憶をフルに使って今度こそ幸せになってやる!
しかし私は気づいてしまった。このままでは、また奴の幸せな姿を見ることになるのでは?
それは嫌だ絶対に嫌だ。そうだ! 後宮に行ってしまえば、奴とは会わずにすむじゃない!
そうして私は意気揚々と、女官として後宮に潜り込んだのだった。
奴が、今世では皇帝になっているとも知らずに。
※タイトル試行錯誤中なのでたまに変わります。最初のタイトルは「ループの二度目は後宮で ~逃げるための後宮でしたが、なぜか奴が皇帝になっていました~」
※設定は架空なので史実には基づいて「おりません」
雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う
ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。
煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。
そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。
彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。
そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。
しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。
自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。
後宮の記録女官は真実を記す
悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】
中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。
「──嫌、でございます」
男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。
彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──
長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
【完】皇太子殿下の夜の指南役になったら、見初められました。
112
恋愛
皇太子に閨房術を授けよとの陛下の依頼により、マリア・ライトは王宮入りした。
齢18になるという皇太子。将来、妃を迎えるにあたって、床での作法を学びたいと、わざわざマリアを召し上げた。
マリアは30歳。関係の冷え切った旦那もいる。なぜ呼ばれたのか。それは自分が子を孕めない石女だからだと思っていたのだが───
後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜
菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。
私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ)
白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。
妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。
利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。
雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる