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第1章 ビキニアーマーができるまで
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タケルと雪見は一階まで降りてきた。あとは中庭の通路を渡っていけば、職員室のある別棟へ辿り着ける。
一階は四階と違い、照明はついたままだ。明るい照明は、二人の不安を和げるのに十分だった。
通路を渡っている間、二人は会話を続いていた。
「笠原さんは、ボランティアの見回り隊のこと、知ってる?」
「うん。近隣住民の人たちがやってくれてるんでしょ。高齢者が多いって聞いてるけど」
「そうなんだよ。その人たちってさ、ケルベロスに遭遇したときの対処法とか、ちゃんと考えてるのかなぁ」
「どうだろう……。そもそも、教師が見回りに参加してない時点でどうかしてる。私たちの証言を全く信じてないんだよ」
未だケルベロスを見た大人は一人もいない。それはボランティアチームも同じだ。新参者の鎧を身につけた若者だけが、単独でケルベロスを討伐しているのだ。
剛田と生徒会の自衛団もまた、ケルベロスに遭遇した回数は数える程度しかない。討伐数となると、さらに少なくなる。
「剛田くんは三匹くらい討伐してるんだっけ? しかも素手で。凄いよね」
「最近では柔道部員の人たちも参加してるらしいよ。既に一匹か二匹、討伐してるようだけど。でも、その時の一部始終をスマホで撮影しても黒い霧が見えるだけらしいんだ。僕たちが知ってる地獄の番犬の姿は、どこにも映ってないらしい」
ケルベロスの姿は防犯カメラにも映っていない。学校側が本腰を入れて対策しないのも、こうした理由が背景にある。
「だけど、神山先生はケルベロスの存在を知ってるみたいだったよ」
「あの人はダメさ。教師たちの中でも孤立してるし、良い噂は聞かないよ」
「そう……だよね」
その時、二人の背後から誰かが走ってくる音が聞こえてきた。タケルが振り向くと、そこには見覚えのある男が立っていた。
「また会えるとは奇遇だな、少年!」
「げっ! あなたはいつかのコスプレ男じゃないですか! 勝手に入ってきちゃダメですよ。捕まりますよ」
「ははは。元気そうで何よりだ」
この日、勇者ケレン・アルヴァロークは、新校舎でケルベロス討伐に励んでいた。たった今、四階の女子トイレで、傷を負ったケルベロスを一匹、討伐してきたところである。
「この肩のエンブレムを見てくれ。俺は今、新しいパーティーを組んで戦っている」
ケレンの肩についているのは、学校がボランティアに配布している安全バッジだ。ケレンはこれを、誇り高きエンブレムだと勝手に信じ込んでいる。
「驚いた……。まさか、あなたが見回りのボランティアをしている人だったなんて……。他のボランティアの人は、あなたの姿を見て何も言わないんですか?」
「言っているさ。皆、鎧の精度に感心していたよ」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「ねぇ、小須藤くん。この人とは知り合いなの?」
雪見は不安そうに問いかけた。
「知り合いってわけじゃないよ。この人が一方的に絡んできただけで。正門にケルベロスが現れたときにも一緒にいたんだけど、覚えてない?」
「う~ん。あの時はケルベロスの方ばかり見てたから。周りの人の顔までは覚えてないなぁ」
二人の会話を、ケレンは頷きながら聞いていた。
「無理もないだろう。ケルベロスを前にすれば、誰でもそうなるものだ。そんなことより、今は再開の喜びを分かち合おうじゃないか」
ケレンは雪見に向かって微笑み、握手を求めてきた。
「俺はケレン・アルヴァローク。ラグラークの勇者だ。今は見知らぬこの地でパーティーを組み、ケルベロス殲滅に向けて行動している」
「ケレンさんは、勇者……なんですね」
雪見はケレンと握手し、自分も自己紹介を始める。
「私は、小須藤タケルくんと同じクラスの、笠原雪見です。一つだけ、聞いて良いですか? その鎧と剣は、ケレンさんの手作りなんでしょうか」
精巧に作られた鎧は、雪見の目から見ても、その凄さが分かるものだった。実はタケルも、鎧の作者のことが気になっていた。あわよくば、その人物を紹介して欲しいとさえ思っている。
「この鎧か? これは、ラグラークの鍛冶屋が作ったものさ。だが、あの頑固オヤジも、魔王軍の襲撃で恐らくは……」
ケレンの悲しむ表情を見て、雪見は何かを察した。
「そうでしたか。魔王軍の襲撃が……。辛いことを思い出させてしまって、ごめんなさい……」
ケレンに話を合わせる雪見を見て、タケルは唖然とした。
「あの……笠原さん? 無理して話を合わせなくて良いんだよ。こういう人は、調子に乗ると、どこまでもつけ上がるんだから」
タケルは雪見にこっそり耳打ちした。
「だけど、嘘をついてるようにも見えないよ。確かに、信じ難い話ではあるけれど……。ケルベロスのこともあるし、ケレンさんが勇者って言うのも、もしかしたら……」
「ないない。この人さ、勇者にしては貧相なんだよ。筋肉だってそんなあるように見えないし」
タケルはケレンの二の腕をつまんでみた。これが思った以上に柔らかかった。
「やっぱりだ。こんなプニプニな勇者、いるはずない……」
「それより雪見よ。脚に怪我をしているではないか。すぐに治療しなくては。どれ、他にも傷が無いか、ちょっと俺に見せてみろ」
ケレンはその場にしゃがみ、雪見の脚をがしっと掴むと、膝上まである丈のスカートを思いっきりめくり上げた。
一階は四階と違い、照明はついたままだ。明るい照明は、二人の不安を和げるのに十分だった。
通路を渡っている間、二人は会話を続いていた。
「笠原さんは、ボランティアの見回り隊のこと、知ってる?」
「うん。近隣住民の人たちがやってくれてるんでしょ。高齢者が多いって聞いてるけど」
「そうなんだよ。その人たちってさ、ケルベロスに遭遇したときの対処法とか、ちゃんと考えてるのかなぁ」
「どうだろう……。そもそも、教師が見回りに参加してない時点でどうかしてる。私たちの証言を全く信じてないんだよ」
未だケルベロスを見た大人は一人もいない。それはボランティアチームも同じだ。新参者の鎧を身につけた若者だけが、単独でケルベロスを討伐しているのだ。
剛田と生徒会の自衛団もまた、ケルベロスに遭遇した回数は数える程度しかない。討伐数となると、さらに少なくなる。
「剛田くんは三匹くらい討伐してるんだっけ? しかも素手で。凄いよね」
「最近では柔道部員の人たちも参加してるらしいよ。既に一匹か二匹、討伐してるようだけど。でも、その時の一部始終をスマホで撮影しても黒い霧が見えるだけらしいんだ。僕たちが知ってる地獄の番犬の姿は、どこにも映ってないらしい」
ケルベロスの姿は防犯カメラにも映っていない。学校側が本腰を入れて対策しないのも、こうした理由が背景にある。
「だけど、神山先生はケルベロスの存在を知ってるみたいだったよ」
「あの人はダメさ。教師たちの中でも孤立してるし、良い噂は聞かないよ」
「そう……だよね」
その時、二人の背後から誰かが走ってくる音が聞こえてきた。タケルが振り向くと、そこには見覚えのある男が立っていた。
「また会えるとは奇遇だな、少年!」
「げっ! あなたはいつかのコスプレ男じゃないですか! 勝手に入ってきちゃダメですよ。捕まりますよ」
「ははは。元気そうで何よりだ」
この日、勇者ケレン・アルヴァロークは、新校舎でケルベロス討伐に励んでいた。たった今、四階の女子トイレで、傷を負ったケルベロスを一匹、討伐してきたところである。
「この肩のエンブレムを見てくれ。俺は今、新しいパーティーを組んで戦っている」
ケレンの肩についているのは、学校がボランティアに配布している安全バッジだ。ケレンはこれを、誇り高きエンブレムだと勝手に信じ込んでいる。
「驚いた……。まさか、あなたが見回りのボランティアをしている人だったなんて……。他のボランティアの人は、あなたの姿を見て何も言わないんですか?」
「言っているさ。皆、鎧の精度に感心していたよ」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「ねぇ、小須藤くん。この人とは知り合いなの?」
雪見は不安そうに問いかけた。
「知り合いってわけじゃないよ。この人が一方的に絡んできただけで。正門にケルベロスが現れたときにも一緒にいたんだけど、覚えてない?」
「う~ん。あの時はケルベロスの方ばかり見てたから。周りの人の顔までは覚えてないなぁ」
二人の会話を、ケレンは頷きながら聞いていた。
「無理もないだろう。ケルベロスを前にすれば、誰でもそうなるものだ。そんなことより、今は再開の喜びを分かち合おうじゃないか」
ケレンは雪見に向かって微笑み、握手を求めてきた。
「俺はケレン・アルヴァローク。ラグラークの勇者だ。今は見知らぬこの地でパーティーを組み、ケルベロス殲滅に向けて行動している」
「ケレンさんは、勇者……なんですね」
雪見はケレンと握手し、自分も自己紹介を始める。
「私は、小須藤タケルくんと同じクラスの、笠原雪見です。一つだけ、聞いて良いですか? その鎧と剣は、ケレンさんの手作りなんでしょうか」
精巧に作られた鎧は、雪見の目から見ても、その凄さが分かるものだった。実はタケルも、鎧の作者のことが気になっていた。あわよくば、その人物を紹介して欲しいとさえ思っている。
「この鎧か? これは、ラグラークの鍛冶屋が作ったものさ。だが、あの頑固オヤジも、魔王軍の襲撃で恐らくは……」
ケレンの悲しむ表情を見て、雪見は何かを察した。
「そうでしたか。魔王軍の襲撃が……。辛いことを思い出させてしまって、ごめんなさい……」
ケレンに話を合わせる雪見を見て、タケルは唖然とした。
「あの……笠原さん? 無理して話を合わせなくて良いんだよ。こういう人は、調子に乗ると、どこまでもつけ上がるんだから」
タケルは雪見にこっそり耳打ちした。
「だけど、嘘をついてるようにも見えないよ。確かに、信じ難い話ではあるけれど……。ケルベロスのこともあるし、ケレンさんが勇者って言うのも、もしかしたら……」
「ないない。この人さ、勇者にしては貧相なんだよ。筋肉だってそんなあるように見えないし」
タケルはケレンの二の腕をつまんでみた。これが思った以上に柔らかかった。
「やっぱりだ。こんなプニプニな勇者、いるはずない……」
「それより雪見よ。脚に怪我をしているではないか。すぐに治療しなくては。どれ、他にも傷が無いか、ちょっと俺に見せてみろ」
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