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その演奏は誰かを引き寄せる
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音のない世界。
というわけではなかった。家の中で聞こえる時計の針の動く音、それは何か別のことに集中していると聞こえなくなる。だけどそこに意識を持っていった瞬間また音が聞こえだす。
それと同じで静かな時だけ認識される人がいる。彼らは気づいて欲しくてその音を鳴らすのか。
それに気づいたのは幼い男の子だった。
何人かの母親と子供で公園に遊びにきていた男の子。
その男の子は、大人たちの近くにある遊具から少し離れた木の下で、落ちている木の実を拾っていた。周りの子供たちは元気よく走り回っているがその子にとっては1人で木の実を拾うことが1番楽しかった。
そして男の子は何かに気づく。
先ほどまでとは何かが違う。
そして男の子は顔を上げた。そこには背の高い男がバイオリンのような楽器を演奏していた。
しかしその音は聞こえない。確かに演奏しているはずなのに、ふりをしているようには見えないのに、何も音が聞こえない。楽器の音どころか、周りの子供が騒ぐ声、さっきまで聞こえていた母親たちの話し声すら聞こえない。
男の子は振り返る。確かに他の子たちは走り回り何かを叫んだり楽しそうにきゃっきゃっと、口を動かしている。大人たちも楽しそうに会話をしている。
聞こえるはずの声が聞こえなかった。
男の子はその背の高い男に近づいた。
「ねえ」
男を見上げ、声をかける。
すると、男は演奏をやめ、しゃがんで男の子と視線を合わせた。
「どうしたんだい、坊や。」
それはとても優しい声だった。
男の子の表情も自然と柔らかくなる。
そしてその時男の子は気づいた。先ほどまで聞こえていなかった音が聞こえていることに。子供たちのはしゃぎ声、大人たちの会話。そして鳥の声、風の音、全てが新鮮に感じられた。
男の子の不思議そうな顔を見て、男は言った。
「おじさんの演奏はね、周りの音を奪ってしまう。そしてその時だけ、僕はここにいることができるんだ。僕は音のある世界では生きられない。誰にも気づいてもらえない。だからたまに誰かに気づいて欲しくて演奏をするんだ。気づいてくれてありがとう。」
すると男の子は。
「おじさん、僕ね、おじさんの音好きだよ。」
背の高い男は微笑み男の子に話しかけた。
「ありがとう。嬉しいよ。」
その時。
「たかしー。」
遠くから男の子の母親の声が聞こえた。
男の子はそちらを見て、母親の元へ歩き出した。
そして少し離れてから振り返った。
「ばいばい、おじさん」
しかしそこにいたはずの男はもういなかった。
男の子は慌てて木の周りを見たが、やはり誰もいない。
男の子は首を傾げたが、母親がきて声をかけた瞬間、何もなかったように手を繋ぎ帰っていった。
彼は確かにそこにいた。
気づかないだけでまだそこにいるのかもしれない。
というわけではなかった。家の中で聞こえる時計の針の動く音、それは何か別のことに集中していると聞こえなくなる。だけどそこに意識を持っていった瞬間また音が聞こえだす。
それと同じで静かな時だけ認識される人がいる。彼らは気づいて欲しくてその音を鳴らすのか。
それに気づいたのは幼い男の子だった。
何人かの母親と子供で公園に遊びにきていた男の子。
その男の子は、大人たちの近くにある遊具から少し離れた木の下で、落ちている木の実を拾っていた。周りの子供たちは元気よく走り回っているがその子にとっては1人で木の実を拾うことが1番楽しかった。
そして男の子は何かに気づく。
先ほどまでとは何かが違う。
そして男の子は顔を上げた。そこには背の高い男がバイオリンのような楽器を演奏していた。
しかしその音は聞こえない。確かに演奏しているはずなのに、ふりをしているようには見えないのに、何も音が聞こえない。楽器の音どころか、周りの子供が騒ぐ声、さっきまで聞こえていた母親たちの話し声すら聞こえない。
男の子は振り返る。確かに他の子たちは走り回り何かを叫んだり楽しそうにきゃっきゃっと、口を動かしている。大人たちも楽しそうに会話をしている。
聞こえるはずの声が聞こえなかった。
男の子はその背の高い男に近づいた。
「ねえ」
男を見上げ、声をかける。
すると、男は演奏をやめ、しゃがんで男の子と視線を合わせた。
「どうしたんだい、坊や。」
それはとても優しい声だった。
男の子の表情も自然と柔らかくなる。
そしてその時男の子は気づいた。先ほどまで聞こえていなかった音が聞こえていることに。子供たちのはしゃぎ声、大人たちの会話。そして鳥の声、風の音、全てが新鮮に感じられた。
男の子の不思議そうな顔を見て、男は言った。
「おじさんの演奏はね、周りの音を奪ってしまう。そしてその時だけ、僕はここにいることができるんだ。僕は音のある世界では生きられない。誰にも気づいてもらえない。だからたまに誰かに気づいて欲しくて演奏をするんだ。気づいてくれてありがとう。」
すると男の子は。
「おじさん、僕ね、おじさんの音好きだよ。」
背の高い男は微笑み男の子に話しかけた。
「ありがとう。嬉しいよ。」
その時。
「たかしー。」
遠くから男の子の母親の声が聞こえた。
男の子はそちらを見て、母親の元へ歩き出した。
そして少し離れてから振り返った。
「ばいばい、おじさん」
しかしそこにいたはずの男はもういなかった。
男の子は慌てて木の周りを見たが、やはり誰もいない。
男の子は首を傾げたが、母親がきて声をかけた瞬間、何もなかったように手を繋ぎ帰っていった。
彼は確かにそこにいた。
気づかないだけでまだそこにいるのかもしれない。
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