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【番外編】

ダンデス伯爵の優美なる一日 その2

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 結局、約束の一回などで済むわけもなく、それなりに盛り上がってしまった俺達がもう一度身支度を整えて王宮に到着したのは、舞踏会開始ギリギリの時間だった。


 すでに会場の大広間は、たくさんの着飾った貴族たちでひしめき合っていた。


「あー、どうしよう、どうしよう、緊張する…‥」


 会場に足を踏み入れる一歩手前で、俺は白い手袋をはめた手を胸の前でギュッと握りしめた。


「大丈夫だよ。今日は挨拶だけだろう?」

 そんな俺の頭を、テオドールはポンポンと叩いて乱そうとしてくる。

 どうやらテオドールは今日の俺のかっちりした髪型がお気に召さないようだ。なんとかいつものふわっとした俺の頭に戻したいのか、ベッドの上ではさんざんテオドールの手でかき回されてしまったのだが、出かける寸前エマに見つかり、俺の髪はもう一度しっかりと後ろに流されて固められてしまった。


「テオ……」

 俺は傍らのテオドールを見上げる。

 今日のテオドールはその衣装と髪型のせいか、聖騎士団の制服のときより、かなり爽やかかつ、キラキラした印象だ。

 黒の聖騎士のときのテオドールは、その出で立ちのせいか、荘厳かつ神々しい印象が強いのだが、今日は……、



「ギャーーーーーっ! 王子様仕様の黒の聖騎士!!!! エモすぎでございますわーーーっ!!」


 突然後方から、若い女性の甲高い悲鳴が上がる。



「まさに麗しの貴公子といった趣き!! し、しかもっ! ダンデス伯爵のシックなお姿ときたらっ! 大人の色気ダダ漏れで思わず鼻血がっ!」

「お二人並ぶと眩しすぎて死ぬるっ! ああ、目が、目がぁああああ!」

「くっ……! しっかりなさって! このまばゆさに負けてはいけません! 目を見開いてしっかりと焼き付けておくのですっ!」

「はぁああああ! 流石は殿下ですわ! 眼福、眼福でございますぅ!! ああ、ダンデス伯爵……、日焼けした肌が黒いシャツに映えて妖艶すぎますぅ……」



「……」

「……」

 振り向かずともわかった。

 シャルロット王女の取り巻きのご令嬢たち!

 もう全員が二十歳を超えているというのに、相変わらず話すその言語は意味不明だ……。



「……ジュール、とりあえず相手にしては駄目だ。行こう」


 テオドールは俺に小声でいうと、自分の腕を差し出した。

 俺は神妙にうなずくと、その腕に自分の腕を絡めた。



「ギャアアアアアアア!!!!!!」


 ーーここは本当に王女主催の舞踏会の会場なんだよな?




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 シャルロット王女とその婚約者であるオーバン・ノアイユの登場で、舞踏会は華々しく幕を開けた。

 本日が社交界デビューとなる俺は、テオドールとともにまずは王女への拝謁を済まさなければならない。



「今日はようこそいらっしゃいました」

 シャルロット王女は、水色のドレスに大きなエメラルドのネックレス。その隣のオーバンは、白を基調とした美しい刺繍の礼服に、胸元にはサファイアのブローチをつけていた。お互いの瞳の色の宝石を身に着け、仲睦まじいようで何よりだ。



「殿下におかれましては……」

「おいっ、テオドールっ! 貴様っ! 俺と衣装がかぶってるじゃねーかっ!」

 挨拶も済まないうちから、いきなりオーバンが噛み付いてきた。


「え? オーバン……君?」

「俺は未来の王配だぞっ! そんなキラキラした服で、俺より目立ってるとはどういうことだよっ!? 俺は今日はとっておきの白の……」

「オーバン、だからあなたは紺地の礼服にかえたほうがいいと私はアドバイスしたでしょう?
あなたが黒の聖騎士を張り合おうとするなど、百万年早いですわ!」

 シャルロット王女は羽の扇子で口元を隠す。


「なんだと、シャルロット! 俺は白が一番似合うんだっ」

「あなたには白が一番似合ったとしても、白が一番良く似合うのがあなたであるとは限りません」

「……シャル、ロット……」

 絶望した表情のオーバン。


「殿下、本日は過分なるご配慮をいただきありがとうございます」

 オーバンの存在をまるで無視して、テオドールは王女に傅いた。


「よろしくてよ。おふたりとも、とても良く似合っていますわ。やはり、私の目に狂いはない!!」


 シャルロットのブルーの瞳がキラリと光る。

 俺は思わず顎を引いた。


「ダンデス伯爵、聖騎士とともにエディマに行かれていたとか」

「はい、所用で一週間ほどですが」


「ああ、だからそんなに日焼けしてるんだな。テオドールも一緒だったにしては、ジュールのほうが黒いな。
それにしても……」

 オーバンが俺に近づいてくる。


「そのおでこだしてる髪型、すっごくカワイイじゃん!」

 丸出しになっている俺の額に、オーバンが手を伸ばす。


 ーーバチン!

 オーバンの手が俺に触れるより先に、テオドールがオーバンの手を叩き落としていた。


「貴様、いったいいつになったら理解するんだ? 俺のジュールに触るなと何度言わせればわかる?
……また呪われたいのか?」

 凄みのきいたテオドールの声に、オーバンは後ずさった。


「……っ」

 魔力の少ない俺でもわかった。テオドールから一瞬オーバンに流れた紫がかった魔力……。


 ーーこれは、闇魔法の『呪い』?


「わかった、わかったってば! 悪かったよ。もうしない。
ったく、この前お前の呪いのせいで、俺はふんだり蹴ったりだったんだからな!
くそっ、ようやくジュール叔父様を解放したと思ったら、今度はぴったりくっついて周りを威嚇して回る気かよ!?
怖すぎなんだよ、お前はっ!!」

 オーバンは両手をあげて降参のポーズをする。


「く、くはっ……」

 声に振り向くと、シャルロット王女がなぜか苦しげに胸元を押さえて悶ていた。


「で、殿下……?」

 近づこうとする俺を、シャルロット王女は手で制した。

「大丈夫です。何も……、問題はありませんわ……。
ぐっ、しかし……、私としたことが、若きダンデス伯爵の日焼けによるフェロモン増し増し効果についての計算をすっかり見誤っておりましたわっ……。
これでは黒の聖騎士も気が気でないことでしょう……! しかしっ!!」

 シャルロット王女は顔を上げると、きっと上空を睨みつけた。


「しかしっ、何も案ずることはありません! 我等テオジュール教の信徒たちが、責任をもってお二人の愛を見届けさせていただきますっ!
今日はきっと、素敵な夜になりますわ。ダンデス伯爵、どうかお楽しみください」

「は、はい……」


 ーーちょっと何言ってるのかよくわからなかったが、俺はとにかくうなずいておいた。



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