158 / 165
【番外編】
ダンデス伯爵の優美なる一日 その1
しおりを挟む「ジュール、これで、いい、のかな?」
戸惑いがちな甘い声に振り返った俺は、その人物のあまりのまぶしさに目がつぶれるのではないかと思った。
「……くっ……」
そう、いま俺の目の前にいるのは、俺の麗しすぎる夫、テオドール・ダンデス。
『黒の聖騎士』という二つ名を持つ、どこからどう見ても美しいという感想しか出てこないという超絶美形である。
「やっぱり、おかしい、かな? こんなにきらびやかな服、俺には……」
「と、とんでもないっ!! 素晴らしい、素晴らしすぎるよ! うん、すごく……、すごすぎるくらい良く似合ってる!!」
ずいっと俺はテオドールに近づくと、その腕をつかんだ。
「そう……、かな?」
「そう、だよ! さすがはシャルロット殿下! テオがなんでもよく似合うのはわかってたけど、こう来るとはね。
いつも聖騎士団の制服を見慣れてるから、すごく新鮮で、すごく……」
いいかけて、俺ははっと口をつぐんだ。
「すごく?」
テオドールが小首をかしげる。長めに伸ばした前髪が、さらりと額にかかる。
――んもうっ! こんな些細なしぐさまで、見惚れるほど完璧にカッコいいとは!!
やっぱり、やっぱり、こんなテオドールを連れて行ったりしたら、絶対に、絶対に大変なことになるにきまってる!
でも、行くと決めたからには、万難を排して行かなくてはいけないわけで。
今更やっぱりやめました、とはいかないわけで。
しかも、これは、俺の『ダンデス伯爵』としての社交界デビューも兼ねているわけで!!!!
「ジュールもすごく似合ってるよ。いつもよりずっと大人っぽくて……、すごく……」
テオドールははにかむように笑うと、後ろに撫でつけられた俺の髪を、くしゃりと撫でた。
「すごく……?」
俺の問いかけに、テオドールは困ったように口をつぐんでしまう。
――きっと今の俺の容姿を褒める上手い表現が見つからないのだろう。
そうだよ。俺だって、わかりすぎるくらいわかっている!
この王室御用達の店で仕立てられたダークシルバーの高級そうな礼装の上着に、明らかに着られてしまっている俺。中に着込んだスタイリッシュなドレスシャツはなぜか漆黒で光沢があり、トロリとした生地が肌に吸い付くようで……、明らかに俺には不似合いだった!!
癖がひどくておさまりのつかない髪はオールバックにされて固められており、大人っぽいというより、無理矢理大人に正装させられた悪ガキといった有様だ!
それに比べて、俺の隣に立つテオドールの完璧なるたたずまいはどうだ!!
いつものおなじみの黒い騎士服ではなく、今日のために仕立てられた淡いクリーム色の滑らかな生地の礼装の上着には繊細な刺繍がところどころに施され、同色のズボンはその脚の長さを際立たされいる。宝飾品などなくても本人の輝きだけで充分なのだろうが、胸元に飾られた宝石は、俺の瞳と同じ青灰色……。
テオドールにはきっと澄んだサファイヤ、エメラルド、ルビーなどが似合うのだろうに、俺の瞳がくすんでいることでこんな地味な宝石でしか彼を彩れないことを、伴侶としてはとても不甲斐なく思ってしまう。
だが、そんなことを差し引いたとしても、テオドールの目を見張るような高潔な美は、もはや至高の域に達していた。
『ファッ!! ついにっ、ダンデス伯爵の社交界デビュー!!?? もちろん私にすべてお任せくださいませ!!!!』
鼻息荒く、かなり食い気味に申し出てこられた手前、断ることもできなかった俺は、こうしてシャルロット王女プロデュースの衣装に身を包む羽目になったわけである。
そして、伴侶として俺に同伴してくれるテオドールもまた然り。
そして、やはりというべきなのであろう。俺の衣装はいつにもましてダークな印象で、地味な俺の容姿をさらにつつましやかなものに見せることに成功しており、隣に立つ俺はまるでテオドールの伴侶というよりは、従者、もしくは引き立て役といったほうがぴったりくるくらいだった。
俺はため息をついた。
今夜は、俺の社交界デビューをかねたシャルロット殿下主催の舞踏会。
しかし、今日舞踏会に集まる貴族たちのお目当ては、もちろん俺などではなく、テオドール!
黒の聖騎士とお近づきになりたいと願うのは、なにも年頃のご令嬢たちばかりではない!
生まれたての赤ちゃんから、腰の曲がった老人まで、老若男女を問わず、テオドールは世界的に大人気なのだ!
「ジュール、今日は……、本当に行くの?」
あまりの俺の滑稽な姿に同情したのか、テオドールが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「うん、だって……、今日は俺の社交界デビューだし、一応、俺の晴れ舞台だし」
本当は俺だって行きたくない。テオドールと比べてとんでもなくみっともない姿をみんなの前にさらしたくない!
そして、きらびやかな貴族たちに比べて、明らかに見劣りする俺をテオドールに再確認されたくない!!!!
「ジュール、俺は、すごく心配だよ……」
俺の不安を読み取ったのか、テオドールは俺を正面から抱きしめた。
テオドールの温かい体温が伝わってくる。
――俺だって、すごく、すごく心配だよ!
本当は、俺の社交界デビューの同伴者は、今だ独身のシャンタルお姉様にお願いする予定だった。
テオドールは聖騎士の仕事で大忙しだったし、シャンタルお姉様も乗り気で、この日のために新しいドレスまで新調していたほどだ。
しかし……、
何があったのかは知らないが、婚約以来、俺が外出したり、人と会うことを快く思っていなかったふしのあるテオドールだったが、最近急に態度を軟化させたのだ。
そして、『ダンデス伯爵の伴侶』としてありとあらゆる場所に俺と共に顔を出すようになっていた。
だから、それはそれでいいことなのだろうけど……。
「ジュール、こんなあなたを、誰にも見せたくないよ……」
テオドールが俺の背中に回した手に力を込める。
俺だって、こんな姿を誰にも見せたくなんてないよ……。
「テオ……」
何か言おうと顔をあげたところを、不意打ちでキスされた。
テオドールはいつだって素敵で、かっこよくて、そして……、ちょっとずるい。
だってこんな風に抱きしめられたら、もうテオドールのこと以外、俺は何も考えられなくなってしまうから……。
「ジュール、まだ馬車を出すまでに時間はあるよね。だから……、ちょっとだけ……、ね?」
俺のシャツの手触りを気に入ったのか、テオドールは俺の上着の中に手を差し入れて、俺の胸あたりをさわさわと触っている。
「……一回だけ、だよ?」
俺の返事に、テオドールはほほ笑む。
「わかってる。……愛してるよ、ジュール」
口づけが深くなり、テオドールは俺をひょいと持ち上げると二人のベッドの上に落とした。
――そして俺は、着たばかりのシャツを再び脱ぐことになったのだった……。
85
お気に入りに追加
1,457
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
自分のことを疎んでいる年下の婚約者にやっとの思いで別れを告げたが、なんだか様子がおかしい。
槿 資紀
BL
年下×年上
横書きでのご鑑賞をおすすめします。
イニテウム王国ルーベルンゲン辺境伯、ユリウスは、幼馴染で5歳年下の婚約者である、イニテウム王国の王位継承権第一位のテオドール王子に長年想いを寄せていたが、テオドールからは冷遇されていた。
自身の故郷の危機に立ち向かうため、やむを得ず2年の別離を経たのち、すっかりテオドールとの未来を諦めるに至ったユリウスは、遂に自身の想いを断ち切り、最愛の婚約者に別れを告げる。
しかし、待っていたのは、全く想像だにしない展開で――――――。
展開に無理やり要素が含まれます。苦手な方はご注意ください。
内容のうち8割はやや過激なR-18の話です。
親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺
toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染)
※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。
pixivでも同タイトルで投稿しています。
https://www.pixiv.net/users/3179376
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/98346398
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。
柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。
頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。
誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。
さくっと読める短編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる