20 / 29
第20話 魔王の指名
しおりを挟む
――なんと、おぞましい!
年若い男だと聞いていたが、この恰好では歳どころか、性別さえ不明だ。
何もかもが謎めいていて、見るものに恐怖を与えるいでたち……。側室たちは、この異形の魔王の相手をしなければならないことに、怯え、震えていたのだ。
「初めから素直に全員揃えていれば、こんな目に遭わずにすんだのにね! 本当に愚かな王だこと!」
小さな金色の精霊は、小馬鹿にしたようにフフンと鼻で笑う。
その視線の先には…‥。
「マーリクっ、陛下っ!!!」
駆け寄ろうとしたアムルを、カミーラが止めた。
「やめろ、そなたまで石にされるぞ」
「カミーラ様っ、どうして、どうして陛下がっ!」
マーリクの姿は、石に変えられていた。
何かを制止しようとしていたところだったのか、石になったマーリクは右手を上げたまま固まっており、その表情は何かを叫んでいるように見える。
「あの魔王が、今宵の相手を決めるから側室を全員ここに集めろと言い出したのじゃ。
しかし陛下は、最後までそなたの存在を隠して……」
「そんな……!」
珍しく要求が少ない魔王だと、マーリクは言っていた。だがこの事態はいったいどういうことだ。
まるで、言い伝えにある、王と王女を呪い殺したという傲慢な王そのもののふるまいだ。
金の精霊を使役している魔王。人を石に変えることなど、たやすいことなのだろう。
「魔王、これで後宮にいる側室をすべて集めたぞ! 満足か?」
カミーラが、声高に叫ぶ。
漆黒の魔王は何も言わず、座ったまま微動だにしない。まるで感情などはじめからないようだ。
魔王の側を一周くるりと回った金色の精霊はにっこりと笑った。
「決まったわ! そこの白い軍服のオメガ! あなたが魔王様の夜伽の相手よ。光栄に思いなさい」
指名されなかったシャリーファをはじめとした残りの側室たちは、あからさまにほっとした表情を浮かべていた。
後ろに立ったカミーラがアムルの手を握った。
「アムル……、すまない。こんなことを言える立場にはないが、どうか……、魔王の怒りをといてくれ。
陛下を……、この国を助けてほしい」
「はい……、カミーラ様……」
だが、アムルにもわからなかった。
――魔王を悦ばせることができれば、すべては解決するのか……?
――魔王が満足すれば、石化したマーリクを元に戻してもらえるのか……?
「さあ、ぼうっとしてないで、早く準備しなさい! 魔王様が待ちくたびれているわよ!」
金色の精霊がぷりぷりしながら、大広間の空中を飛び回る。
「では、アムル様、どうぞこちらへ……」
石になり、固まったままのマーリクを何度も振り返りながら、アムルは来賓をもてなすための寝室へと向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その昔は、賓客をもてなすために、夜の相手をさせる娼妓を王宮が雇うこともあったという。
だが、現在ではどの国でもそのような風習はなくなっている。国と国との外交にも、基本的にそのような色事を含む接待は含まれていない。
ましてや、王の側室が、国賓の相手をするなどもってのほかだ。
――だが……、
黒ずくめの不気味な姿の魔王。きっとあの魔王にはすべての常識は通用しない。
泣き崩れていたシャリーファを思い出し、アムルはぎゅっと拳を握り締める。
アムルはオメガと言えど、男性体だ。ほかの側室の女性たちがその身を差し出すことに比べれば、アムルが一晩魔王の相手をすることなど大したことではない。
それよりも、なんとか魔王を説得して、石化してしまったマーリクをもとに戻してもらわなければ……。
急ごしらえの賓客用の寝室で、アムルはひとり魔王の到着を待っていた。
さきほど女官が焚いた甘い香りの香が、アムルの胸を締め付ける。
――これから、ここで……。
ずっと王の相手を務めてきたとはいえ、アムルは娼妓ではない。閨でも、いつもマーリクに任せて合わせているだけだ。自分に魔王を満足されるほどの性技があるとも思えなかった。
――もし、魔王を怒らせたりしたら……。
所在なげに寝台に腰掛けたその時、部屋の明かりがすべて消えた。
――闇。
なぜか、焚かれていた香のにおいも、一瞬で部屋から消し去られる。
あたりは一筋の光も入らない、墨で塗りつぶされたような黒一色だ。
そして、次の瞬間……、一陣の風と共に、アムルは懐かしい香りに包まれていた。
忘れていた、あの美しい姿。
――あの優しく自分を呼ぶ声までも、ためらいがちに触れるその指先さえも、すべてが鮮やかに今、アムルの脳裏によみがえっていた。
「アミードっ!!!」
闇に向かってアムルは叫んでいた。
年若い男だと聞いていたが、この恰好では歳どころか、性別さえ不明だ。
何もかもが謎めいていて、見るものに恐怖を与えるいでたち……。側室たちは、この異形の魔王の相手をしなければならないことに、怯え、震えていたのだ。
「初めから素直に全員揃えていれば、こんな目に遭わずにすんだのにね! 本当に愚かな王だこと!」
小さな金色の精霊は、小馬鹿にしたようにフフンと鼻で笑う。
その視線の先には…‥。
「マーリクっ、陛下っ!!!」
駆け寄ろうとしたアムルを、カミーラが止めた。
「やめろ、そなたまで石にされるぞ」
「カミーラ様っ、どうして、どうして陛下がっ!」
マーリクの姿は、石に変えられていた。
何かを制止しようとしていたところだったのか、石になったマーリクは右手を上げたまま固まっており、その表情は何かを叫んでいるように見える。
「あの魔王が、今宵の相手を決めるから側室を全員ここに集めろと言い出したのじゃ。
しかし陛下は、最後までそなたの存在を隠して……」
「そんな……!」
珍しく要求が少ない魔王だと、マーリクは言っていた。だがこの事態はいったいどういうことだ。
まるで、言い伝えにある、王と王女を呪い殺したという傲慢な王そのもののふるまいだ。
金の精霊を使役している魔王。人を石に変えることなど、たやすいことなのだろう。
「魔王、これで後宮にいる側室をすべて集めたぞ! 満足か?」
カミーラが、声高に叫ぶ。
漆黒の魔王は何も言わず、座ったまま微動だにしない。まるで感情などはじめからないようだ。
魔王の側を一周くるりと回った金色の精霊はにっこりと笑った。
「決まったわ! そこの白い軍服のオメガ! あなたが魔王様の夜伽の相手よ。光栄に思いなさい」
指名されなかったシャリーファをはじめとした残りの側室たちは、あからさまにほっとした表情を浮かべていた。
後ろに立ったカミーラがアムルの手を握った。
「アムル……、すまない。こんなことを言える立場にはないが、どうか……、魔王の怒りをといてくれ。
陛下を……、この国を助けてほしい」
「はい……、カミーラ様……」
だが、アムルにもわからなかった。
――魔王を悦ばせることができれば、すべては解決するのか……?
――魔王が満足すれば、石化したマーリクを元に戻してもらえるのか……?
「さあ、ぼうっとしてないで、早く準備しなさい! 魔王様が待ちくたびれているわよ!」
金色の精霊がぷりぷりしながら、大広間の空中を飛び回る。
「では、アムル様、どうぞこちらへ……」
石になり、固まったままのマーリクを何度も振り返りながら、アムルは来賓をもてなすための寝室へと向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その昔は、賓客をもてなすために、夜の相手をさせる娼妓を王宮が雇うこともあったという。
だが、現在ではどの国でもそのような風習はなくなっている。国と国との外交にも、基本的にそのような色事を含む接待は含まれていない。
ましてや、王の側室が、国賓の相手をするなどもってのほかだ。
――だが……、
黒ずくめの不気味な姿の魔王。きっとあの魔王にはすべての常識は通用しない。
泣き崩れていたシャリーファを思い出し、アムルはぎゅっと拳を握り締める。
アムルはオメガと言えど、男性体だ。ほかの側室の女性たちがその身を差し出すことに比べれば、アムルが一晩魔王の相手をすることなど大したことではない。
それよりも、なんとか魔王を説得して、石化してしまったマーリクをもとに戻してもらわなければ……。
急ごしらえの賓客用の寝室で、アムルはひとり魔王の到着を待っていた。
さきほど女官が焚いた甘い香りの香が、アムルの胸を締め付ける。
――これから、ここで……。
ずっと王の相手を務めてきたとはいえ、アムルは娼妓ではない。閨でも、いつもマーリクに任せて合わせているだけだ。自分に魔王を満足されるほどの性技があるとも思えなかった。
――もし、魔王を怒らせたりしたら……。
所在なげに寝台に腰掛けたその時、部屋の明かりがすべて消えた。
――闇。
なぜか、焚かれていた香のにおいも、一瞬で部屋から消し去られる。
あたりは一筋の光も入らない、墨で塗りつぶされたような黒一色だ。
そして、次の瞬間……、一陣の風と共に、アムルは懐かしい香りに包まれていた。
忘れていた、あの美しい姿。
――あの優しく自分を呼ぶ声までも、ためらいがちに触れるその指先さえも、すべてが鮮やかに今、アムルの脳裏によみがえっていた。
「アミードっ!!!」
闇に向かってアムルは叫んでいた。
81
お気に入りに追加
560
あなたにおすすめの小説
ヘタレな師団長様は麗しの花をひっそり愛でる
野犬 猫兄
BL
本編完結しました。
お読みくださりありがとうございます!
番外編は本編よりも文字数が多くなっていたため、取り下げ中です。
番外編へ戻すか別の話でたてるか検討中。こちらで、また改めてご連絡いたします。
第9回BL小説大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございました_(._.)_
【本編】
ある男を麗しの花と呼び、ひっそりと想いを育てていた。ある時は愛しいあまり心の中で悶え、ある時は不甲斐なさに葛藤したり、愛しい男の姿を見ては明日も頑張ろうと思う、ヘタレ男の牛のような歩み寄りと天然を炸裂させる男に相手も満更でもない様子で進むほのぼの?コメディ話。
ヘタレ真面目タイプの師団長×ツンデレタイプの師団長
2022.10.28ご連絡:2022.10.30に番外編を修正するため下げさせていただきますm(_ _;)m
2022.10.30ご連絡:番外編を引き下げました。
【取り下げ中】
【番外編】は、視点が基本ルーゼウスになります。ジーク×ルーゼ
ルーゼウス・バロル7歳。剣と魔法のある世界、アンシェント王国という小さな国に住んでいた。しかし、ある時召喚という形で、日本の大学生をしていた頃の記憶を思い出してしまう。精霊の愛し子というチートな恩恵も隠していたのに『精霊司令局』という機械音声や、残念なイケメンたちに囲まれながら、アンシェント王国や、隣国のゼネラ帝国も巻き込んで一大騒動に発展していくコメディ?なお話。
※誤字脱字は気づいたらちょこちょこ修正してます。“(. .*)
龍は精霊の愛し子を愛でる
林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。
その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。
王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。
音楽の神と呼ばれた俺。なんか殺されて気づいたら転生してたんだけど⁉(完)
柿の妖精
BL
俺、牧原甲はもうすぐ二年生になる予定の大学一年生。牧原家は代々超音楽家系で、小さいころからずっと音楽をさせられ、今まで音楽の道を進んできた。そのおかげで楽器でも歌でも音楽に関することは何でもできるようになり、まわりからは、音楽の神と呼ばれていた。そんなある日、大学の友達からバンドのスケットを頼まれてライブハウスへとつながる階段を下りていたら後ろから背中を思いっきり押されて死んでしまった。そして気づいたら代々超芸術家系のメローディア公爵家のリトモに転生していた!?まぁ音楽が出来るなら別にいっか!
そんな音楽の神リトモと呪いにかけられた第二王子クオレの恋のお話。
完全処女作です。温かく見守っていただけると嬉しいです。<(_ _)>
【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています
八神紫音
BL
魔道士はひ弱そうだからいらない。
そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。
そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、
ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
【完結】不憫令息を幸せにする。責任を取ったつもりがこういうのはちょっと違うと思います!
鏑木 うりこ
BL
BLR18クリエイターが死んだ。そして気が付くと自分が作ったどぎついR18ゲー「禁忌の天使」の雑魚キャラに転生していたことを知る。このゲームのストーリーを考えたのは自分だ。目の前にいる可愛い公爵令息アンセルはこれから不幸のどん底に落ちる事になるのだ。
「またアンセルを涙の海に沈めていいのか?今度はきちんと幸せを掴ませてやるべきだろう。きっとこの世界に生まれ変わったのはそのためだ!」
そうしてアンセルの腰巾着として存在していたはずのユールになった「俺」はゲームの知識をフル活用しながらアンセルを幸せに導くために邁進するのだった。
「ユール!私と結婚しよう」
「アンセル?何を言ってるんだい?」
どこで間違えたのか「俺」が思う方向と違う所に進み始めていた……。
百合っぽい男子がイチャイチャするR18になります。
4万字程度のボリュームに落ち着きました。
ゲーム内でアンセルの扱いは酷いですが、「この世界」では固定カプ(アンセル×ユール)です。
頑張ってイチャイチャさせてます!百合男子書いてみたかったんですよ~(出来心)
HOTランキングありがとうございます!(*‘ω‘ *)ワーイワーイ!
完結表記しました!応援ありがとうございます♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる