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第51話

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「いいか、これから昼休みは毎日ここに来て、俺に抱かれるんだ。アダムと会うのも許さない」
 僕にシャツを着せながら、テレンスは言った。

「……」
 放心した僕の首筋に、テレンスは顔を埋める。きつく吸われ、焼けるような痛みが走った。

「……っ」

「身体のあちこちに、キスマークをつけといてやったぜ。この有様じゃ、さすがに、アダムに見せられないだろう……。俺に内緒で、アダムに抱かれたりするなよ。
そのときは、……わかってるだろうな?」

 僕の鎖骨に指を這わせる。

「男を惑わす淫らな身体だ……」
 テレンスは僕の髪を撫で、軽くキスすると、立ち上がった。

「じゃあ、また明日。午後の授業に遅れたくなかったら、早めに来ることだな」

 振り返ったテレンスの横顔は、何かに苦悩するようにも見えた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ルイ様、食後のお茶は……」

「いらない。今日は疲れてるからもう休む」
 食事を終えた僕は、椅子から立ち上がる。

「ルイ様……」

「疲れてるんだ。……もう部屋にも来るなよ」
 オスカーを見ないようにして、僕は彼のそばをすり抜けた。

そんな僕に、バハティが尻尾を振りながらついてきた。
 部屋に戻ってベッドに沈み込む。
 テレンスから受けた、肉体的、精神的打撃で、身体中が悲鳴を上げていた。


――兄妹のキスなんかじゃないよ。唇と唇が重なる恋人のキスだった!

 あのグレイの言葉を思い出す。

 ノエルという恋人を失い、テレンスは血のつながったアリスを、女性として見るようになったのだろうか。
 精神的にも危うい状況にあったテレンス。
 そして、二人の禁断の関係を知ったルイを、テレンスが……。


――目を閉じて思う。
ルイを殺したのが、テレンスだとして……。

その後の処理も含めて、少なくともダグラス家は、その殺害に関する何かを知っている可能性は高い。
 カートレット家と深い関係にあったとしても、息子を殺した相手を、あのグレイソン・ダグラスがみすみす見逃すだろうか?
 
 そう考えると、俄然怪しくなるのは、ディランだ。

 ディランが犯人なら、グレイソン・ダグラスが、甥である彼を守る理由はある。
 初めて僕に会ったとき、本物のルイではないとすぐに見抜いたのも、自分がルイを殺していたから、わかっただけではないのか。


 ――もしくは、
 リストにはあえて加えられていなかったが、オスカーにも犯行は可能だ。
 執事という立場からも、ルイを殺害するチャンスはいくらでもある。
 そして、オスカーが実行犯で、影で誰かが操っていたという可能性も捨てきれない。
 
バハティがぺろぺろと僕の手を舐めている。

 ふと、気づく。
 ――周りの人全てを、疑いの目で見ている自分に。


 ――ルイも、こんな風に暮らしていたのだろうか?

 誰かに殺されるかもしれないという疑念を抱きながら、日々を送るのは一体どんな気持ちだったのだろう?
 僕にどんな思いを託し、あのメッセージを残したのだろう。




 すっかり眠ってしまっていたらしい。

 バハティの泣き声で目が覚めた。
 時計を確認すると、午前1時をまわっている。

 目が覚めた僕の袖口を、バハティはしきりに何度も引っ張る。

「どうしたの? おなかが空いたのか?」

 どこかにいざなうように、バハティは僕を呼ぶ。

 目をこすりながら、僕はバハティと共に一階へ降りた。
 屋敷の中はしんとしている。

 バハティは走り出し、廊下の突き当たりで僕を待つ。


「バハティ……どうした……」


 暗がりで、立ちすくむ。
 黒い執事服の長い足が見えた。


「オスカーっ!」

 オスカーが仰向けに、床に倒れていた。


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