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第二章
新作記念SS〜ゲイルとSランククエスト〜
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───ゲイル視点───
『お久しぶりです、ゲイル様。クローディアです。実は本日とあるクエストに行くことなりまして…せっかくなのでぜひゲイル様もご一緒できればと思いましてご連絡させて頂きました。クエスト報酬はお兄様への入学祝いとしてお渡しする予定なのです。ご都合はいかがでしょうか?』
「………」
いつものように邸で父上の仕事を手伝っている時にそれは届いた。
紙を数回折り込むように三角形…まぁ不格好な鳥のような形に作られていた。
窓からスーと部屋に入ってくるなり、執務机にかじりついていた俺の前でポトリと落ちたのだ。
一体どこから…?と訝しみながら触れた瞬間、さっきの音声が流れてきたわけである。
正直、驚きすぎてどう反応していいのか分からない。
…というか、どう返事していいのかも分からないのだ。
とりあえずただの紙になってしまったそれを広げてみるが、中には何も書かれていなかった。
ごく普通の便箋だった。
「………え?俺も行きたいんだけど…どうすればいいんだ?」
咄嗟に声に出してしまう。
部屋には誰もいないので、完全に独り言だった。
その声に反応するように、便箋はパッと燃えて消えてしまった。
*
目の前で上がった炎に思わず目をつぶってしまい、次に目を開けた時には見知らぬ土地に立っていた。
「………」
どうしよう。
さっきから状況についていけてない。
邸はどこだろうか…。
なんとなく現実逃避したくなる。
何故なら周りには樹しかないのだ。
いや、少し離れた先に山や崖っぽいのも見える。
…つまり俺は今、大自然のど真ん中にいる。一人で。
「───ゲイル様?」
懐かしい声にぐわっと振り向くと、少し先にクローディアが立っていた。
「クローディアー!良かった!もうどうしていいか全然分からないし、いきなりこんな所に転移?させられるしでびっくりしたぞ!」
おれはクローディアに駆け寄ると思わず手を取ってしまう。
本当に久しぶりだった。
まぁ、ここにいる彼女は俺が長年共に過ごしたクライヴではないと分かってはいたが、約2年ぶりにまたこの姿を見れて内心嬉しかったのもあった。
「………」
何だろう…すごく視線を感じる…?
そっと視線の先に目をやると、初めて見る青年が立っていた。
光の当たり方で白髪にも見えるプラチナブロンド…この国では珍しい髪色だ。
ん?プラチナ、ブロンド…?
というか、笑顔…なのだが、なんだか圧を感じる気がする。
身の危険を感じてクローディアの手をさっと離してみる。
「ふふ、ゲイル様、お久しぶりです。来てくださって嬉しいですわ。今日はマリアンヌ様とエドワード様もいらしているのですよ」
「そ、そうか。ところで…その…こちらの方は…?」
「リヒト・シュトラウスだ…」
「──ゲイル・イーダ・オルセウスと申します。恐れながら…本日はどうしてこちらに…?」
リヒト・シュトラウス。
…その名前なら今やアシェンブレーデルの全国民が知っているだろう。
──何故ここにそんな御方がいるんだ?!護衛は?!
「ゲイル様、リヒト様は今回のクエストに必要なアイテムを持ってきて下さったのです。先日王太子となられたばかりなのでもしかしたらゲイル様はご存知ないかもしれませんが…」
「とても!よく!存じております!」
「ほう…?」
その声にクローディアから更に二歩離れてみる。
…当然知っている。
先日正式に王太子として冊立されたばかりなのだ。
ちなみにその次の日には、このクローディアに求婚したという噂も全国民が知っているだろう。
今、巷では突然現れた美形の謎多き王太子リヒト様の純愛物語が大流行しているのだ。
本で書かれていることのどこまでが事実なのかは分からないが…貴婦人から幼い子どもまでも夢中になっているらしい。
一体誰がそんな話を書いたのかは知らないが、冊立されたばかりの王太子のこともやけに詳しく書かれているそうで、無名だった彼の宣伝としても一役買っているのだとか。
「………」
ということで、そんな話題沸騰中の王太子からの求婚を、何故クローディアが返事保留にしているのかはまったく知らないが…
正直、巻き込み事故だけは避けたい。
…俺は平和に生きたいのだ。
「…まあ、お兄様?!」
「──マリアンヌ!」
思わぬ救いの神の登場に、咄嗟に妹の手を取ってしまう。
もちろん、クローディアを狙っている訳では無いというアピールだ。
今度はマリアンヌの向こうからエドワードの冷ややかな視線を向けられてしまったが、先程のいたたまれなさに比べたらなんて事ない。
俺はマリアンヌの兄なのだから。
「よくこちらにいらっしゃいましたね?…大丈夫なのですか?」
「……すでに大丈夫じゃない…」
「ふふっ、その様子なら大丈夫そうですね♪わたくしも少し不安はありますが、精一杯頑張りますわ!」
「………なんの話?」
「え?クエストの話ですよ?お兄様、昔からカエルが苦手ではありませんでした?」
「………苦手だけど?え?なに?カエルを討伐するクエストにでも行くのか?!」
「まぁ、討伐というよりここでエサとして孵化させる予定なので、一匹倒して終わりという訳ではありませんよ?」
「───」
───え?
この妹は一体何をしようとしているのだろうか。
意味が分からない…エサ?孵化?カエルを?!
「…クローディア、急いだ方がいいな。他の魔物が私たちの存在に気づき始めている…」
「分かりました。では、時間も惜しいのでそろそろ始めましょう」
「マリアンヌ、少し下がっていた方が良くないか?」
「エドワード様、ここで引き下がっては女が廃れますわ」
「──え、待って…「では…時間短縮の為、一気に召喚致します!」
そう宣言したクローディアの手には赤い羽根が握られていた。
突然の突風に巻き上げられた《火鳥の尾羽》が不思議な波長で仲間の火鳥を呼び寄せる。
遥か上空から滑空してくる巨大な赤い鳥がすでに視界の中にいた。
…いや、早すぎだろ。
同時にリヒト様から放たれたウォーターボールに投げ入れられたのは《虹カエルの卵》が詰まった小瓶だった。
栓はちゃんと開いているようで、水に触れた卵から孵化の為の活動が一気に始まってしまった。
通常のカエルの卵よりも大きいので、小瓶の中には10匹もいないのがせめてもの救いだった。
それでも、身体の震えは止まらないが…。
最後に瓶ごと地面に叩きつけられたのは《マンドラゴラの絶望》。瓶から解放されたマンドラゴラが地中に根を張り成長すると同時に凄まじい悲鳴が森中に木霊した。
「「───」」
これにはさすがに全員が耳を抑えて呻く。
上空からはブチ切れた火鳥が鳴き、地面からは軽く頭を飛び出したマンドラゴラが叫び続けている。
…ウォーターボールには目も向けたくない。
まさにカオスだった。
追い討ちでクローディアが取り出したのは《スカイフィッシュの目玉》。
ここまで見ればクローディアが何をしようとしているのかは理解出来た。
…もちろん到底納得は出来ない。
案の定、スカイフィッシュの目玉は火鳥に向かって投げられた。
咄嗟にブレスで目玉を焼き落とそうとする火鳥。
小瓶が割れると、炎耐性のないスカイフィッシュの目玉はそのまま灰となって消えてしまった。
「………」
あれって、たしかSランクアイテムだったよな…?
クローディアの贅沢すぎる使い方に言葉が出ない。
あれの使い方は本来…軽く炙るだけで良かったはずだ。
何故こう…何でもかんでも暴力的なんだ!
しかし、その芳ばしい香りに誘われてやってきたのは…
スカイフィッシュが大好物のビックベアだ。
しかも無駄に夫婦で来やがった。
スカイフィッシュがいないことを確認して怒り狂っているビックベアは、ウォーターボールを破って成長を続ける虹ガエルたちに目を付けた。
───ガァオオオー!!
───キィエエエー!!
───ゲコゲコ!
───ぎぃやああああああ!!
「………」
つまりクローディアたちは…
Sランククエストの討伐対象である大型獣同士で戦わせたかったのだろう。
そして、無事思惑通り…
俺の目の前では地獄絵図が広がっていた…。
巨大化した蛍光色の目に痛い虹カエルたちを食おうとするビックベア…に、公害のように叫び続けているマンドラゴラを燃やそうと火の粉を撒き散らす巨大な火鳥。
一見火鳥の圧勝になりそうだが、火の粉がかかる度に身体を揺らして消化し、近づく火鳥に叫びを浴びせて反撃しているマンドラゴラの方が優位にも見える。
こんな超獣決戦を引き起こしたクローディアはというと…
ちょっと目を離した隙に不在のビックベアの巣にお邪魔してきたようで既にクエスト報酬の瓶詰めのロイヤルハニーを手に入れていた。
それを見たマリアンヌは、マンドラゴラを中心に飛び回る火鳥から七色に光る飾り羽根を遠慮なく切り落とす。
エドワードとリヒト様もビックベア夫婦と共闘しながら虹ガエルたちの討伐に取り掛かっていた。
どうやら確実に報酬だけを横取りする腹積もりらしい。
…果たして俺はこのクエストに必要だったのだろうか?
思わず逡巡していると、ふと背後の森の中から視線を感じた。
「───…?」
振り返って見てみると…
樹々の間にパープルピンクの派手な髪色の女の子が立っていた。
俺らと同じくらいの歳だろうか?
…しかし、何故こんな森の中にいるのだ?
声を掛けてみようかと足を踏み出した瞬間…
「っ───!?」
ゾワッと悪寒が走った。
身の毛がよだつほどの威圧感に思わず立ちすくんでしまう。
女の子の背後から音もなく現れたのは巨大な緑のドラゴンだった。
ドラゴンなんて伝説上の生き物だ。
ドラゴンに見えるだけで大型の鳥類かもしれないと、軽く現実逃避してみる。
「………」
…どう見てもやはりドラゴンにしか見えない。
ドラゴンには気づいていないのか、微動だにせずじっとこちらを見つめる女の子と視線が絡んだ。
助けなくては…という俺の思いを他所に、身体は凍りついたように動けない。
警戒するようにこちらを見ていたドラゴンは、興味をなくしたように目の前にある女の子の背中を小突く。
だが、ドラゴンの思わぬ攻撃によろけた女の子は、あろう事かそのドラゴンの腕にしがみついたのだ。
それに気を良くしたのか…
どこか空気が柔らかくなったようにも見えるドラゴンと不思議な女の子は、結局一言も発することなく森の奥へと消えてしまった。
「────っ…はぁぁ…」
畏怖の対象が視界から消えたことで、無意識に呼吸を止めていた事にやっと気づいた。
…今からでも助けに行くべきなのだろうか。
しかし、女の子からは怯えたような雰囲気は見られなかったと思う。
「──ゲイル様?」
「うおっ?!」
突然真後ろからクローディアに声をかけられた俺は、大きく跳ねながら驚いてしまった。
「もう!お兄様がぼーっとしている間に、クエストはクリアしてしまいましたよ?」
「……そう、か…済まない…」
「いえ、わたくしが勝手にお誘いしただけですので、お気になさらず。しかし、あちらに何かあったのですか…?」
「………なんて言うか…説明が難しいんだけど…」
「「………?」」
「とりあえず…派手な髪色の女の子と緑色のドラゴンがあそこに居たんだ…」
「「………」」
皆も信じられないのだろう。
当然だ。ドラゴンなんて何千年も前の伝説上の覇者としてしか物語に登場しない…いわば想像上の生物だ。
だが…仮にドラゴンではなかったとしても、謎の大型獣と同年輩の女の子が一緒にいた事には間違いないのだ。
「…やっぱり、今からでも助けに行った方が…」
「「──ただの見間違い(だろう)ですわ」」
「え?」
まさかの満場一致の「見間違い」という言葉に思わず耳を疑ってしまう。
「それよりも予定通りクエスト報酬は全て手に入れました。他の魔物が、あのエサに呼び寄せられる前に帰りましょう?」
クローディアの言葉に皆の向こう側を覗くと、虹ガエルが積み上げられている山と何故か搾られたように干からびているマンドラゴラが倒れていた。
思わずクローディアたちの手元を見てみる。
《ロイヤルハニー》《火鳥の飾り羽根》《虹ガエルの種》《マンドラゴラの煮汁》
「……こんなもの、一体何に使うんだ?」
「それは帰ってからのお楽しみですわ?」
笑顔のクローディアが魔法陣を展開させた。
それを見た俺は、後ろ髪を引かれる思いに再度森の中へ視線を向けてしまう。
しかしそこには、どこまでも続くような深い森が佇んでいるだけだった。
「………」
揺れる視界に思わず目を閉じてしまう。
───…うふふ♪
転移の刹那…
あの女の子の笑い声が聞こえたような気がした。
『お久しぶりです、ゲイル様。クローディアです。実は本日とあるクエストに行くことなりまして…せっかくなのでぜひゲイル様もご一緒できればと思いましてご連絡させて頂きました。クエスト報酬はお兄様への入学祝いとしてお渡しする予定なのです。ご都合はいかがでしょうか?』
「………」
いつものように邸で父上の仕事を手伝っている時にそれは届いた。
紙を数回折り込むように三角形…まぁ不格好な鳥のような形に作られていた。
窓からスーと部屋に入ってくるなり、執務机にかじりついていた俺の前でポトリと落ちたのだ。
一体どこから…?と訝しみながら触れた瞬間、さっきの音声が流れてきたわけである。
正直、驚きすぎてどう反応していいのか分からない。
…というか、どう返事していいのかも分からないのだ。
とりあえずただの紙になってしまったそれを広げてみるが、中には何も書かれていなかった。
ごく普通の便箋だった。
「………え?俺も行きたいんだけど…どうすればいいんだ?」
咄嗟に声に出してしまう。
部屋には誰もいないので、完全に独り言だった。
その声に反応するように、便箋はパッと燃えて消えてしまった。
*
目の前で上がった炎に思わず目をつぶってしまい、次に目を開けた時には見知らぬ土地に立っていた。
「………」
どうしよう。
さっきから状況についていけてない。
邸はどこだろうか…。
なんとなく現実逃避したくなる。
何故なら周りには樹しかないのだ。
いや、少し離れた先に山や崖っぽいのも見える。
…つまり俺は今、大自然のど真ん中にいる。一人で。
「───ゲイル様?」
懐かしい声にぐわっと振り向くと、少し先にクローディアが立っていた。
「クローディアー!良かった!もうどうしていいか全然分からないし、いきなりこんな所に転移?させられるしでびっくりしたぞ!」
おれはクローディアに駆け寄ると思わず手を取ってしまう。
本当に久しぶりだった。
まぁ、ここにいる彼女は俺が長年共に過ごしたクライヴではないと分かってはいたが、約2年ぶりにまたこの姿を見れて内心嬉しかったのもあった。
「………」
何だろう…すごく視線を感じる…?
そっと視線の先に目をやると、初めて見る青年が立っていた。
光の当たり方で白髪にも見えるプラチナブロンド…この国では珍しい髪色だ。
ん?プラチナ、ブロンド…?
というか、笑顔…なのだが、なんだか圧を感じる気がする。
身の危険を感じてクローディアの手をさっと離してみる。
「ふふ、ゲイル様、お久しぶりです。来てくださって嬉しいですわ。今日はマリアンヌ様とエドワード様もいらしているのですよ」
「そ、そうか。ところで…その…こちらの方は…?」
「リヒト・シュトラウスだ…」
「──ゲイル・イーダ・オルセウスと申します。恐れながら…本日はどうしてこちらに…?」
リヒト・シュトラウス。
…その名前なら今やアシェンブレーデルの全国民が知っているだろう。
──何故ここにそんな御方がいるんだ?!護衛は?!
「ゲイル様、リヒト様は今回のクエストに必要なアイテムを持ってきて下さったのです。先日王太子となられたばかりなのでもしかしたらゲイル様はご存知ないかもしれませんが…」
「とても!よく!存じております!」
「ほう…?」
その声にクローディアから更に二歩離れてみる。
…当然知っている。
先日正式に王太子として冊立されたばかりなのだ。
ちなみにその次の日には、このクローディアに求婚したという噂も全国民が知っているだろう。
今、巷では突然現れた美形の謎多き王太子リヒト様の純愛物語が大流行しているのだ。
本で書かれていることのどこまでが事実なのかは分からないが…貴婦人から幼い子どもまでも夢中になっているらしい。
一体誰がそんな話を書いたのかは知らないが、冊立されたばかりの王太子のこともやけに詳しく書かれているそうで、無名だった彼の宣伝としても一役買っているのだとか。
「………」
ということで、そんな話題沸騰中の王太子からの求婚を、何故クローディアが返事保留にしているのかはまったく知らないが…
正直、巻き込み事故だけは避けたい。
…俺は平和に生きたいのだ。
「…まあ、お兄様?!」
「──マリアンヌ!」
思わぬ救いの神の登場に、咄嗟に妹の手を取ってしまう。
もちろん、クローディアを狙っている訳では無いというアピールだ。
今度はマリアンヌの向こうからエドワードの冷ややかな視線を向けられてしまったが、先程のいたたまれなさに比べたらなんて事ない。
俺はマリアンヌの兄なのだから。
「よくこちらにいらっしゃいましたね?…大丈夫なのですか?」
「……すでに大丈夫じゃない…」
「ふふっ、その様子なら大丈夫そうですね♪わたくしも少し不安はありますが、精一杯頑張りますわ!」
「………なんの話?」
「え?クエストの話ですよ?お兄様、昔からカエルが苦手ではありませんでした?」
「………苦手だけど?え?なに?カエルを討伐するクエストにでも行くのか?!」
「まぁ、討伐というよりここでエサとして孵化させる予定なので、一匹倒して終わりという訳ではありませんよ?」
「───」
───え?
この妹は一体何をしようとしているのだろうか。
意味が分からない…エサ?孵化?カエルを?!
「…クローディア、急いだ方がいいな。他の魔物が私たちの存在に気づき始めている…」
「分かりました。では、時間も惜しいのでそろそろ始めましょう」
「マリアンヌ、少し下がっていた方が良くないか?」
「エドワード様、ここで引き下がっては女が廃れますわ」
「──え、待って…「では…時間短縮の為、一気に召喚致します!」
そう宣言したクローディアの手には赤い羽根が握られていた。
突然の突風に巻き上げられた《火鳥の尾羽》が不思議な波長で仲間の火鳥を呼び寄せる。
遥か上空から滑空してくる巨大な赤い鳥がすでに視界の中にいた。
…いや、早すぎだろ。
同時にリヒト様から放たれたウォーターボールに投げ入れられたのは《虹カエルの卵》が詰まった小瓶だった。
栓はちゃんと開いているようで、水に触れた卵から孵化の為の活動が一気に始まってしまった。
通常のカエルの卵よりも大きいので、小瓶の中には10匹もいないのがせめてもの救いだった。
それでも、身体の震えは止まらないが…。
最後に瓶ごと地面に叩きつけられたのは《マンドラゴラの絶望》。瓶から解放されたマンドラゴラが地中に根を張り成長すると同時に凄まじい悲鳴が森中に木霊した。
「「───」」
これにはさすがに全員が耳を抑えて呻く。
上空からはブチ切れた火鳥が鳴き、地面からは軽く頭を飛び出したマンドラゴラが叫び続けている。
…ウォーターボールには目も向けたくない。
まさにカオスだった。
追い討ちでクローディアが取り出したのは《スカイフィッシュの目玉》。
ここまで見ればクローディアが何をしようとしているのかは理解出来た。
…もちろん到底納得は出来ない。
案の定、スカイフィッシュの目玉は火鳥に向かって投げられた。
咄嗟にブレスで目玉を焼き落とそうとする火鳥。
小瓶が割れると、炎耐性のないスカイフィッシュの目玉はそのまま灰となって消えてしまった。
「………」
あれって、たしかSランクアイテムだったよな…?
クローディアの贅沢すぎる使い方に言葉が出ない。
あれの使い方は本来…軽く炙るだけで良かったはずだ。
何故こう…何でもかんでも暴力的なんだ!
しかし、その芳ばしい香りに誘われてやってきたのは…
スカイフィッシュが大好物のビックベアだ。
しかも無駄に夫婦で来やがった。
スカイフィッシュがいないことを確認して怒り狂っているビックベアは、ウォーターボールを破って成長を続ける虹ガエルたちに目を付けた。
───ガァオオオー!!
───キィエエエー!!
───ゲコゲコ!
───ぎぃやああああああ!!
「………」
つまりクローディアたちは…
Sランククエストの討伐対象である大型獣同士で戦わせたかったのだろう。
そして、無事思惑通り…
俺の目の前では地獄絵図が広がっていた…。
巨大化した蛍光色の目に痛い虹カエルたちを食おうとするビックベア…に、公害のように叫び続けているマンドラゴラを燃やそうと火の粉を撒き散らす巨大な火鳥。
一見火鳥の圧勝になりそうだが、火の粉がかかる度に身体を揺らして消化し、近づく火鳥に叫びを浴びせて反撃しているマンドラゴラの方が優位にも見える。
こんな超獣決戦を引き起こしたクローディアはというと…
ちょっと目を離した隙に不在のビックベアの巣にお邪魔してきたようで既にクエスト報酬の瓶詰めのロイヤルハニーを手に入れていた。
それを見たマリアンヌは、マンドラゴラを中心に飛び回る火鳥から七色に光る飾り羽根を遠慮なく切り落とす。
エドワードとリヒト様もビックベア夫婦と共闘しながら虹ガエルたちの討伐に取り掛かっていた。
どうやら確実に報酬だけを横取りする腹積もりらしい。
…果たして俺はこのクエストに必要だったのだろうか?
思わず逡巡していると、ふと背後の森の中から視線を感じた。
「───…?」
振り返って見てみると…
樹々の間にパープルピンクの派手な髪色の女の子が立っていた。
俺らと同じくらいの歳だろうか?
…しかし、何故こんな森の中にいるのだ?
声を掛けてみようかと足を踏み出した瞬間…
「っ───!?」
ゾワッと悪寒が走った。
身の毛がよだつほどの威圧感に思わず立ちすくんでしまう。
女の子の背後から音もなく現れたのは巨大な緑のドラゴンだった。
ドラゴンなんて伝説上の生き物だ。
ドラゴンに見えるだけで大型の鳥類かもしれないと、軽く現実逃避してみる。
「………」
…どう見てもやはりドラゴンにしか見えない。
ドラゴンには気づいていないのか、微動だにせずじっとこちらを見つめる女の子と視線が絡んだ。
助けなくては…という俺の思いを他所に、身体は凍りついたように動けない。
警戒するようにこちらを見ていたドラゴンは、興味をなくしたように目の前にある女の子の背中を小突く。
だが、ドラゴンの思わぬ攻撃によろけた女の子は、あろう事かそのドラゴンの腕にしがみついたのだ。
それに気を良くしたのか…
どこか空気が柔らかくなったようにも見えるドラゴンと不思議な女の子は、結局一言も発することなく森の奥へと消えてしまった。
「────っ…はぁぁ…」
畏怖の対象が視界から消えたことで、無意識に呼吸を止めていた事にやっと気づいた。
…今からでも助けに行くべきなのだろうか。
しかし、女の子からは怯えたような雰囲気は見られなかったと思う。
「──ゲイル様?」
「うおっ?!」
突然真後ろからクローディアに声をかけられた俺は、大きく跳ねながら驚いてしまった。
「もう!お兄様がぼーっとしている間に、クエストはクリアしてしまいましたよ?」
「……そう、か…済まない…」
「いえ、わたくしが勝手にお誘いしただけですので、お気になさらず。しかし、あちらに何かあったのですか…?」
「………なんて言うか…説明が難しいんだけど…」
「「………?」」
「とりあえず…派手な髪色の女の子と緑色のドラゴンがあそこに居たんだ…」
「「………」」
皆も信じられないのだろう。
当然だ。ドラゴンなんて何千年も前の伝説上の覇者としてしか物語に登場しない…いわば想像上の生物だ。
だが…仮にドラゴンではなかったとしても、謎の大型獣と同年輩の女の子が一緒にいた事には間違いないのだ。
「…やっぱり、今からでも助けに行った方が…」
「「──ただの見間違い(だろう)ですわ」」
「え?」
まさかの満場一致の「見間違い」という言葉に思わず耳を疑ってしまう。
「それよりも予定通りクエスト報酬は全て手に入れました。他の魔物が、あのエサに呼び寄せられる前に帰りましょう?」
クローディアの言葉に皆の向こう側を覗くと、虹ガエルが積み上げられている山と何故か搾られたように干からびているマンドラゴラが倒れていた。
思わずクローディアたちの手元を見てみる。
《ロイヤルハニー》《火鳥の飾り羽根》《虹ガエルの種》《マンドラゴラの煮汁》
「……こんなもの、一体何に使うんだ?」
「それは帰ってからのお楽しみですわ?」
笑顔のクローディアが魔法陣を展開させた。
それを見た俺は、後ろ髪を引かれる思いに再度森の中へ視線を向けてしまう。
しかしそこには、どこまでも続くような深い森が佇んでいるだけだった。
「………」
揺れる視界に思わず目を閉じてしまう。
───…うふふ♪
転移の刹那…
あの女の子の笑い声が聞こえたような気がした。
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