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第一章

18-1 ウィリアム殿下 (舞台裏)

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───ガタン…ゴトン…。

僕はクライヴ・ヴァン・オーウェン。
こんなをしているが、オーウェン伯爵家の嫡男だ。

そして、僕は今…
オーウェン伯爵家の紋章が彫られた馬車に乗ってクローディアにドナドナされている。

「………」

とうとうウィリアム殿下の婚約披露のパーティーの日になってしまった。
何度も話し合ったのに、結局クローディアが折れることはなく、エドワードやマリアンヌにも援護して貰えなかったのだ。

僕は今、フリルはもちろん、銀糸や紺糸の刺繍がふんだんにあしらわれた華やかながらもすっっごく重たい薄桃色のドレスを身につけている。
朝イチでお風呂に入れられ、クローディアたちによる着替えから侍女たちの渾身のヘアメイク…と長時間拘束されたわけだが、女の子に生まれなくてよかったと心から思う。
今日だけだと思えるから我慢出来るのだ。
…こんなことならエドワードの言う通りにちゃんと身体を鍛えておけばよかった…くっ。


対面に座り、こちらを眺めて満足気に微笑んでいるクローディアは、僕が着る予定だった濃紺の軍服に近い衣装を身につけている。
クローディアがデザインした衣装で銀糸による刺繍は僕のドレスとお揃いにしているので、実際に支給される国軍の軍服とはもちろん異なるのだが、線の細くてもカッコよく見えるから僕もとても気に入っていた。
クローディアの長い髪も僕と同じなので、そのまま藍色のリボンでひとつに纏めて肩に流している。

(着るの楽しみにしていたのに…)

むしろ、僕と違って常に自信たっぷりなクローディアの方が余程似合っているような気がしてくる。
…僕にも自信が欲しい。


「どうしたんだい?ディア」

物言いだけにじっとクローディアを見ていると、からかうように声をかけられた。

「馬車を降りたら、そのような顔をしてはいけないよ?君はオーウェン家の令嬢なのだからね?」
「…わ、分かってるよ!」
「…くすっ」

完全におもちゃとして扱われている。
こんなことならアグニにも侍女としてついてきてもらえば良かった。
アグニは正確に言うと貴族ではないので、王家主催のパーティーではリストに上がらない。
そのため今回の舞踏会にも招待状は届かなかったので、令嬢として参加することは出来なかった。

非常に残念だが…まぁ、ウィリアム殿下に会うならアグニはいない方が、僕も任務に集中できるだろう。


何故僕らがこの大事な舞踏会で入れ替わることになったのか…。



───2か月前───

「やっと…ウィリアム殿下の婚約パーティーまで2ヶ月を切りましたわ!それでは、改めて作戦会議を行いましょう!」

珍しく張り切っているのはマリアンヌだ。
僕の部屋に集まっているのは、僕、クローディア、マリアンヌとエドワードの4人。
相変わらずエドワードの立ち位置は謎のままだ。
特に不都合もないので、僕も今では気にしないことにしている。

「作戦会議って…また何するわけ?」

作戦もなにも、未だスカーレット嬢とは繋がりを持てないでいる上、対面できる機会は再来月の王家主催の舞踏会…つまり、ウィリアム殿下の婚約パーティーしかない。
各家にも既に招待状は送られ、婚約発表についても今や公然の秘密である。

僕としては、クローディアにはぜひウィリアム殿下との出会いイベントに専念してもらいたいというのが本音だ。

「では、わたくしから提案させていただきますわ。まず、その舞踏会にはわたくしとお兄様が入れ替わった上で参加致します」
「………え?なんで?!」
「それはもちろん、ウィリアム殿下をお兄様が捕まえてくれている間、スカーレット様がおひとりになる可能性が高いからですわ?」
「…まぁ、そうだね」

確かにその通りだ。
でも、クローディアが捕まえてくれればいいわけで、入れ替わる危険を冒してまで僕が必要だとは思えない。
招待状は個人に送られるものだ。
もちろん、二人とも参加はするのだが…王家を欺くことになる。

「…なので、闇と同化しているかをお兄様に扮したわたくしが確認をするのですよ」
「さすがクローディア様!完璧ですわ!」
「え?どこが?!」
「私も素晴らしいと思うぞ?」

孤立無援とはまさに今の僕のことだと思う。

「だからなんでだよ?!」
「むしろ何故ダメなのでしょう…?お兄様はシナリオを知っているのですから、どうすればウィリアム殿下を射止められるかご存知でしょう?でしたら、わたくしが下手に演技するより、お兄様が対面した方がよろしいではありませんか?」

何を当たり前なことを…という副音声が聴こえる。
こちらが聞き分けのない子どものように見られているのが納得いかない。

「よろしくはないだろ?!…ゲイルみたいなことになったらどうするんだよ!相手は王家だぞ…?」
「大丈夫です、今度の舞踏会だけです。必要以上に話をしなければ、今まで関わったことも無い殿下に分かりっこありませんわ」

納得出来るようで出来ない。

「…えぇ…だって、舞踏会の間にバレたらどうするんだよ…」
「クライヴ様、ご安心ください。そのためにわたくしたちがいるのですもの」

先程からちょいちょいクローディアの援護に回ってると思ったら、既に取り込まれていたようだ。
自信ありげなマリアンヌとエドワードがこちらを見て、こくんと頷いている。

「ぃゃ……僕、不安しかないんだけど…」

ちっとも安心出来やしない。
万が一バレるようなことがあってみろ、国中の貴族が集結している舞踏会だぞ?
僕は女装癖があると嘲笑されて、社交界を追放されてもおかしくない。
むしろ不敬罪で処刑される案件だ。

「大丈夫です!クライヴ様を完璧な令嬢にしてみせますわ!!」
「でも…邸で入れ替わるのとはわけが違うって言うか…」
「クライヴ様は心配しすぎですわ?ウィリアム殿下の過去編の通りにすれば済む話ではありませんか。余計なことさえしなければきっと大丈夫ですわ!」

マリアンヌが言うと説得力があるな。
余計なことさえしなければ…か。
例えば…と考えようとして止めた。
危なっ、自分でフラグを立てるところだった!

「もちろんわたくしは、お兄様の真似ならお手の物ですし、ご安心ください。あとは…そうですね、お兄様がドレスを脱がされるような事態にならなければ、問題はないかと」
「………」

最後にとんでもない言葉を吐きながらもにっこり微笑むクローディアに軽く気圧されてしまう。

「では、これで決まりだな!」

空気を読んで黙っていたエドワードの爽やかな笑顔にトドメを刺されて、この日の作戦会議は終了した。




あのふざけた作戦会議から早2ヶ月…。

クローディアのドレスや僕の衣装の準備、マリアンヌとのシナリオの見直し、ウィリアム殿下が現れなかった場合の対応など、話を詰めに詰めて今日に至るわけだ。

ちなみにエドワードとマリアンヌはガルシア家の馬車で先に行っている。
普段は護衛で張り付いているリヒトも、シュトラウス辺境伯として参加するらしい。

「やっぱり今からでも着替えて戻らないか…?」
「お兄様、馬鹿なことを仰らないでください。衣装さえ着替えれば済む話ではありませんのよ?」

念の為、最後の悪あがきとして提案してみるも、クローディアに不機嫌そうに一蹴されてしまった。
お兄ちゃん、辛い…。

そして、その格好でクローディアとして喋られるのも辛い…。
僕も人のことは言えないだろうが。


城が見えてくる頃には、各家が乗り付けた馬車でごった返していた。

(相変わらず非効率的だな…)

歴史を重んじる貴族たちの頭は固い。
五百を軽く超える貴族が、一家に一台では収まらないほどの馬車で我先にと乗り付けるのだ。
当然位が上の者から優先されるわけで、到着が遅いにも関わらず侯爵家などが後から来ようものなら、先に並んでいた馬車は一旦脇に止まって道を譲らなくては行けない。
そんな馬車同士の入れ替えや、誘導などでちっとも進みやしない。

この渋滞具合に諦めて歩いて行ければラクなのだが、城門前から歩くなど貴族には許されないのだ。
…頭でっかちめ。

「…位順に登城時間を決めてしまえば話が早いのにな…」
「…なるほど、確かにおっしゃる通りですわね」

ボソッと零すとすかさずクローディアが同意してくれた。
主語も何も無い僕の呟きを、瞬時に理解出来る頭の回転の早さにも驚かされるが、何よりクローディアの良いところは大抵の意見を呑み込めるこの柔軟な思考だと思う。
かつて僕が、前世でアシェブレをプレイしたことがある…と話をした時にも感心したものだ。

「…なぁ、ディア。今日、本当にウィリアム殿下に会わなくていいのか?」
「えぇ、もちろんですわ。ウィリアム殿下とは学園で改めて交流すれば済む話ですもの。何よりスカーレット様と行動を共にする機会が増えるウィリアム殿下が、一番危険なお立場であり、かつわたくしたちにとっての要注意人物なのですよ?お兄様も、お気をつけくださいませ」
「…あぁ」

諦めるしかなさそうだ。
是非クローディア自身にウィリアム殿下を見極めて欲しかった…というのもあるが、このままクローディアをスカーレット嬢の元へ行かせていいのだろうかという気持ちもある。

再び動き出した馬車に揺られながら、これから始まるお芝居、さらには処刑場までもをワンセットで想像してしまい、僕はそっとため息を吐いた。
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