光の方を向いて

白石 幸知

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第25話 正反対の二人

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 私と茜は、幼いときからの親友だった。幼・小・中・高と同じ友達は、もう茜しかいない。今でこそ少しは丸くなったけど、昔の私はかなり口の利き方が強烈で、友達はそれほどできなかった。……今もたまに強い毒を吐くことはあるけど。

 茜も茜で、昔っから馬鹿というか、アホの子というか、何と言うか行動のひとつひとつが突飛だった。いきなりおもちゃの手錠を持ってきて警察ごっこしようとか、結局手錠が外せなくてトイレとかお風呂まで一緒に入る羽目になったりとか、褒めるとすぐに調子に乗って変なことやらかしたりとか。

 ……でも、そんな茜も、陽平を好きになりだした去年の秋くらいから変わった。
 今まで本当にしょうもないことをやっていた茜はどこかに行ってしまったのか、と言いたくなるくらい茜の馬鹿っぽさは程度が弱くなった。
 ちょうど、「あ、なんかこの子アホっぽくて可愛いな」くらいには思えるほどに。
 もしくは、「昔からの腐れ縁で悪友」くらいの程度に。

 それくらい仲が良い私と茜だから、一時期茜と陽平の関係がギクシャクしだしたのにはすぐに気が付いた。
 そもそもとして陽平があからさまに、わかりやすく茜を避けたから一発だよね。お昼ご飯も一人でどこかに行って食べるようになったし。これで何もないって思えるほうがどうかしている。

 ま、陽平のほうは恵一がどうにかするだろうから……。私は茜を気にかけていればいいか。
 私はクラス発表の準備、茜は実行委員の仕事でなかなか会う時間もとれないので、夜に電話を掛けて話を聞いてみることにした。
「ちょっと電話するから外出てくる」
 リビングでテレビを見ている親にそう言い、私は外に出てマンションの共用階段の手すりによしかかり、茜に電話を掛ける。

 何コールかして、落ち込んだ様子の茜が電話に出た。
「もしもし……絵見?」
「なんか元気なさそうだね。大体理由は察しがつくけど。……何かあった?」
 彼女は電話口の向こう側で何枚かティッシュを取り出し、鼻をかみだした。

「……いきなり鼻かむ?」
「だっで……さっきから止まんないから……」
 もしかして、泣いてた?
 予想以上に状況は良くないのかもしれないと思い、言葉を繋げる。

「え? 本当に何かあった? 例えば、陽平と」
「……言っていいかわからないがら……あまり詳しくは話せないげど……ぐすっ」
 しかもかなり重たそうな話だ、これ。

「……簡単に言えば……陽平に……友達でいて欲しいって言われた」
 そして、茜の口から出てきたのは、予想以上の展開を示すものだった。
「それ……事実上振られたようなもの、だよね……?」
 意外……。てっきり上手くいくものだと勝手に思っていたから。それとも、他に好きな人がいるとか……?

「それって、何か理由って……?」
「……それは、言えない。けど……きっと絵見が思ってるような……他に好きな人がいるとか、彼女がもういるとか、そんな、理由じゃない……」
「……意味が、わからない……どういうこと?」
 そういう理由でないなら、一体どうして……。

 スマホの向こう側から聞こえてくる、押し殺すような茜の声は、今の彼女の心情をよく伝えてくれる。
「そんな、単純な話じゃなかったんだよ……絵見」
 そう苦しまぎれに放った言葉は私の頭のなかを駆け、無機質な機械音がツーと鳴り響く音だけが聞こえた。
 私の知らない何かが、まだ陽平にあった、ってことなのかな……。

 次の日。とりあえず事態を実際に見て把握しようと思った私は、特に何も動くことなくみんなの様子を眺めていた。
 昨日の出来事がきっかけか、最近急に離れた陽平と茜の距離感がまたもとに戻っていたこと以外、変わったことはなかった。

 友達でいて欲しいと言って、また距離感がもとに戻るって……どういう状況なら、そうなるの? 因果関係が掴めない。
 やっぱり、人間って数学や理科ほど単純じゃない。わかったつもりになっていても、わかっていないことが多々あって予想を裏切られることもしばしばある。けど、今回の陽平は過去最大級のそれだよ。

 本人に話を聞けば一番早いんだろうけど。……でも、茜が簡単に口を割ろうとしなかったってことは、かなり陽平本人にとって言いたくないことだったってことだし、それを私が無理やり聞きだすようなことは、きっとしないほうがいい。
 ……昔の私なら、こんな発想せずに、素直にまっすぐ本人のもとに向かってきつい口調で問いただすんだろうけど。

 小学生のときの私は、今よりもきつい性格をしていた。何かあると直球で人に尋問のような感じで話をしようとしたり、間違っていると思えば容赦なく指摘したり。当時は、それが一番正しくて、早い方法だと思っていた。
 でも、当然だけどそのやりかたは色々とトラブルになることも多くて、しばしば職員室で先生に怒られることもあった。「もっと他人の気持ちを考えなさい」って。
 今でこそそんなやりかたを「当然」上手くいかないってことを理解できているけど、それは茜のおかげ。

 それは、私たちが小学五年生のとき。炊事遠足で、やはり滝野公園に行ったときの話だった。
 班ごとにそれぞれ材料を持ち寄ってカレーなりクリームシチューなり何か作る、という話だったけど、私たちの班の女子一人が、持ってくるはずのカレールーを忘れてしまった。

 私たちの班はカレーを作るはずだった。他の材料はきっちり揃っていたので、ルーだけないのはかなりの痛手だった。それを、私はかなり激しく糾弾した。実際、もうあとはルーを入れるだけって段階だったので、もう大きなメニュー変更はできない、っていう状況だった。

 今になればわかるけど、忘れたことを糾弾したって解決はしない。確かに忘れた人にも反省はしてもらわないといけないけど、それを求めるのは今じゃなくてもいい。というか今はないルーをどうやって埋め合わせするかを考えないといけないはずだった。
 けど、当時の私はそんなことがわからなかった。

 和やかだったはずの炊事遠足の空気が急に冷えて来たのは見ればわかった。まあ誰か一人なにか怒っていればそうなるよね。あのまま事態が流れていたら、きっと何もできずに炊事遠足は終わったと思う。
 茜が、私の肩をポンポンと叩かなければ。

 冷めた表情でルーを忘れた女子に怒る私の肩を、茜は叩き「まあまあ。落ち着きなって二人とも。とりあえず、他の班からルー少しずつわけてもらお?」ってにこやかな表情で言ったんだ。
 その一言で、拍子が抜けた。呆気に取られた。中和されたように、私は言葉を失ったんだ。

「……怒るのはいいけど、それじゃカレーは食べられないよ」
 呆然と立ち尽くす私に、去り際茜はそう言ってルーを集めに向かった。
 どこかから、「ごめーん、私たちの班カレールー忘れちゃってさ、ちょっとでいいから分けてくれないかな?」っていう明るい声が聞こえてきたのは時間の問題だった。結局、他の班もルーを入れる直前でなんとか間に合ったみたいで、無事私たちの班も多種多様なルーを溶かしたカレーライスが完成した。

 私では解決できなかったことを、茜は一瞬で解決してみせた。それが、衝撃だったんだ。
 もし、私があのまま怒り続けていたら、きっとカレーは完成しなかったし、相手の女子は泣き出していたと思う。事実、茜が助け舟を出した瞬間にはもう涙目になっていたから。そうなれば、きっと私が今度はクラスからのけ者になることになったと思う。
 そのとき、私は茜に救われたんだ。数少ない友達の、茜に。

 しばしば、「水江さんと石布さんって全然違う性格なのになんで仲が良いの?」と言われる。他人から見れば正反対の二人に見えるかもしれない。違う。まったく違う性格の二人だから、私と茜は仲が良いんだ。
 炊事遠足のあの言葉も、きっとまだアホの子だった茜のことだから深く考えての発言ではないはず。別にそれでもよかった。そんな茜に、私は救われたのだから。
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