光の方を向いて

白石 幸知

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第13話 だから、それでよかった。

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 なんとなく、わかってはいたんだ。
 陽平が、なかなか簡単に彼女を作らないことを。

 だから、私は彼にとって一番近い距離にいる女子でいられれば、それでよかった。

 彼が──私の好きな人が──告白されても「うん」と言わないことに、最初は、他に好きな人でもいるのかと思っていた。でも、中学の三年間いつもずっと一緒にいたけど、彼のそんな素振り見たことなんてなかった。
 どんな女の子と話していても、彼はその誰にでも優しい性格で人と人の間に流れる空気を柔らかくしてくれる。
 そう。彼はどんな異性が相手でも決して態度を変えなかったんだ。だから、私は「彼に好きな人はいない」、そう判断した。
 そしてそう判断し、本人に確認を取った後。今の私はとても悩んでいる。

 色々あった宿泊研修が終わり、本格的に高校生活がスタートした。もともと勉強はあまり……嘘。全然得意ではなかった。それが高校に入ると古文の助動詞やら今まであった「×」の記号が突然「・」になったりやら英語の五文型やら新しいことが洪水のように押し寄せてきた。順接確定条件って何ですか……?

 かなりの高望みをして受けた高校に奇跡的に受かってしまった私は、入ってからの勉強に躓き気味だった。数学に関しては絵見に泣きつく予定でいるけど、英語と国語はどうしようかな……。絵見、根っからの理系だからその二科目は聞いても「他に聞いて」って言われちゃうし。

 ……また、陽平にお願いするのかな……。でも。
 陽平が高校に入ってからもう一人振ったことは陽平自身から聞いた。
 そして、そのときにもうひとつ大事なことを聞いた。

「彼女、欲しくないって言うような奴に好きな人なんかいないよ。きっと──うん、これからも」

 その台詞に、少しの安心をこめて、私は宿泊研修を過ごした。なのに。それなのに。

 どうして今私は、焦っているの?

「水江、おーい、水江―」
「水江さん、当たってるよ」
「え、えっ?」
 そんな思考にふけっていると、私は右肩をトントンと叩かれ現実に戻された。

「お、帰ってきた水江。次の問題、解けるかー?」
「は、はいっ……えっと……」
「12ページの⑷だよ」
「あ、ありがとう……」
 研修が終わったあとに行った席替えで隣になった女子にこっそり問題を教えてもらう。

「えっと……どうなるんでしょうね?」
「水江に聞いて正解だったよ」
 教科書を片手にひとつため息をついた先生は、「いいかーもっかい説明するぞー。こういう多項式の因数分解はまず共通因数を見つけるんだ……」と私がわからなかった問題の解説を始める。
 そんな半分私のためにやってくれている説明も耳半分に、また私は考え込んでしまう。

 あの日、彼は自分の体を犠牲に及川さんを守ろうとした。
 それが、彼にとってきっと「いつもの優しさ」であることはわかっている、わかっているはずなのに。
 どうしても心のどこかに違和感が残ってしまう。

 ねえ、やっぱり及川さんも、陽平にとっては「ただの同じクラスの女子」なんだよね?
 そう聞き出したい衝動に駆られるけど、まさかそれを本当に聞くわけにはいかない。
 聞くわけにはいかないんだけど……。
 私はチラッと後ろの方に座っている陽平と及川さんを見やる。

 最近、この二人が直接何か関わっているのを見ないから、逆に気になる。いや、この言い方はよくない。
 陽平は別に自然でいるんだけど、及川さんが意図的に陽平を避けているように映るのが気になるんだ。
 そんなことを考えているうちに、四時間目の数学の授業が終わり、昼休みになった。

 いつものように陽平の席に集まり、近くの席を借りて絵見、恵一、陽平と、あと及川さんとお昼を食べる。菓子パンを食べる男子二人と、お弁当の女子三人。どっちが男でどっちが女かよくわからないメニューの組み合わせ。まあ、別にどっちでもいいんだけどね。

 ここでも、五人の並びは陽平、私、絵見、及川さん、恵一の順で円を描いている。つまりは、陽平と及川さんが一番離れる並びになっているんだ。これが今日だけならたまたまで済んだかもしれないけど、及川さんと一緒にお昼を食べるようになってからは必ずそう。

 宿泊研修を経て、私たち四人……まあ少なからず陽平を除く三人は及川さんと仲良くなった。最初の自己紹介のときの印象が強くて、ちゃんと話せるか心配だったけど、仲良くさえなってしまえば及川さんは少し大人しい女の子くらいのコミュニケーションは取ってくれる。だから、私たちの輪に入るのにそれほど時間はかからなかった。
 だからこそ、未だに陽平と距離を感じるのは、私だけの違和感ではないと思うんだ。

 陽平と及川さんの関係がギクシャクしたまま、ゴールデンウィークを越え、前期の中間テストが近づいてきた。菊高は前期と後期の二学期制。テストも中間と期末でそれぞれ二回行うようで、最初の中間テストは六月末に行われる。

「そろそろ中間テスト前だけど、茜準備してる?」
 六時間目の体育後、更衣室でそんなことを絵見は聞いてきた。絵見はもうジャージから制服に着替え終わっているみたいで、私の着替えを終わるのを待っているみたいだ。

「……う。ま、まあまだ一か月あるしなんとかなるでしょ?」
「大体そうやってのんきに構えていて、間際になって焦るのが定番でしょ? 高校だと赤点取ると進級が怪しくなるから、ちゃんと準備しないと。それに、茜多分、全然今の勉強についていけてないでしょ」

「……ははは、さすが絵見。私のことよくわかってるー」
「三日前とかになって泣きつかれても困るし。それに私も数学と生物基礎以外多分茜に教えられないし」
「やっぱり……?」

 私は最後にリボンを締めて、着替えを終わらせた。一緒に更衣室を出て体育館を通り教室に向かう。
「まあ、英語と国語、あと世界史は陽平に聞くんだね。……ああ、あとは及川さんに聞くのもありかもしれない。彼女、勉強できそうな雰囲気あるし」
「ああ、それもそうかもね。ちょっと、聞いてみようかな……」

 それに、陽平との距離感についても、聞いてみるいい機会になるかもしれないし。
 帰りのホームルームだけを残した校舎は、少しだけ教室の空気を緩めていて、色々な話し声が聞こえてくるなかそんなことを考えていた。

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