光の方を向いて

白石 幸知

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第1話 はじまる前

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 まだ雪の残る四月、テレビではひっきりなしに屋根からの落屑を注意するように喚起される時期。札幌の長い長い冬もようやく出口が見える頃、僕、高崎陽平は高校の入学式に向かっていた。胸の奥には今日から始まる新学期への期待と不安が入り混じっていて、感情が忙しないことになっている。

 生徒玄関前に貼りだされているクラス分け表を見て、僕のクラスを確認する。僕はどうやら一年七組のようだ。真っ新な白色と表現するのがいいのだろうか、新品の上靴がキュっと心地よい音を立てる廊下を歩いていき、中央階段を上って四階に行く。誰かが声をあげればすぐに場所がわかってしまうくらいには静かな四階を進んでいき、僕のクラス、一年七組の教室のドアに手をかけた。

「おっ、陽平。来た来た」
「おはよー、陽平」
 教室に入ると、そんな入学直後の雰囲気を壊すかのようなアットホームな雰囲気を作り出している三人がいた。

「あれ……みんな同じクラスだったんだ」
 真っ先に声を掛けてきた男子が、戸塚恵一。何かと面倒見のいい人で、困ったことがあれば助けてくれる。で、僕と一番仲の良い友達。

 僕に「おはよー」と挨拶したショートカットの女子が、水江茜。何かと元気っ子で色々トラブルを持ち込むことも多いが、ここで触れる必要はないと思うし、勝手に茜は何かやってくれるから説明もしないでおく。
「何だよ、陽平、すぐ真下に俺の名前あるだろー?」
 確かに、席順を見ても僕の後ろに恵一がいる。すなわち、高崎と戸塚の間に誰もいないということ。それなら名簿で僕の下に恵一の名前があるはず。それに気づかないって、僕はなかなか緊張していたんだな……。

「ははは……まあまあ、緊張してたんだよ、許して」
 やんわりと苦い笑みを見せつつ僕は恵一の後ろの席に腰を落とそうとする、も。
「うわっ?」

 あるべき場所に椅子がない……っ!
 気づいたときにはもう遅く、僕は後ろ手に尻餅をついてしまった。
「ちょっ……何するんだよー」
 犯人がいるであろう椅子の後ろに目を移すと、悪戯が決まった子供のような顔をした茜が立っていた。

「ごめんごめん、だって陽平が教室入ったときから見た感じガチガチで手と足一緒に動いていたから。緊張をほぐそうと思って」
「……そりゃどうもありがとうございます」
 限りなく直線に近い声色で僕は茜に返す。勿論ジト目だ。

「おかげさまで、入学早々注目を浴びることができました」
 ……別に嬉しいわけではない。そんなに目立ちたいわけじゃないから。しかし実際、入学式前の教室特有の空気感でいきなり「うわっ」とか言う奴がいたらそりゃ視線が集まる集まる。

「これで陽平もクラスの人気者だね」
「人気者は恵一で十分です……」
 僕と茜のやり取りをどこか微笑ましい表情で見ているこの男、普通にモテるんだ。学年一格好いいとかそういう話ではないとは思うけど、恵一の「周りを見続ける性格」に惚れてしまう女子はそれなりにいる。ゆえの人気者、というわけ。

「ま、陽平は普通にしていれば勝手に友達増えるから大丈夫だよ」
 茜のすぐ隣に立ち、話をまとめたのが友達の石布絵見。彼女は眼鏡をキリっとかけ直して口元を微かに緩ませる。
 恵一、茜、絵見とは同じ中学校の友達で、かなり仲が良い。

「絵見の言う通りだと思うので、大人しくしています……」
 絵見の助け舟に乗っかって、僕はそのまま話から離脱した。
 時間が経つにつれて教室の座席はどんどん埋まっていき、最後の座席に生徒が座ると同時に、スーツを着込んだ担任の先生らしき人がドアを通った。

「はーいみんなー席についてくださーい」
 その一言で、僕と恵一の席の近くに立っていた茜と絵見の二人は自席に戻っていく。
「このクラスの担任の、羽追美加です。教科は日本史です。クラス担任を持つのは初めてなので、色々と不慣れなところはあると思いますが、一年間よろしくお願いします。それじゃあこれから入学式の流れについて話していくから、机に置いてあった黄色いプリントを見て下さい──」

 羽追先生の説明もそこそこに、僕は普通のコピー用紙に印刷された今後の予定を眺めていた。入学式の流れは、先生が来る前に目を通しておいたからね。
 向こう一週間はほとんど授業がないみたいだ。健康診断や実力テスト、新入生歓迎会などイベントが目白押しだ。そして一番は宿泊研修……え?

 宿泊研修?
 ……次の週末にやるの? 早くないですか……? 普通、五月とかにやるイベントなんじゃないかと思うんですが……。
 ああ、でも、学校説明会に行った恵一や絵見はなんかそんなこと言っていたような気もするな……。「宿泊研修めっちゃ早いよ」って。

「それじゃあそろそろ第一体育館に移動する時間なので、廊下に出て男女一列出席番号順に並んで下さーい」
 おっと、そんなことを考えていたらもう話は終わっていたみたいだ。四十人いる生徒が次々と廊下に出て行く。一部近く同士で打ち解けて話をしている生徒もいるけど、大半はまだ緊張した面持ちでいる。おかげで廊下は完全に静まったままだ。ある意味、こんな瞬間はなかなかない。珍しい時間なのかなあと、僕は感じていた。……つまるところ、僕は落ち着いていたんだ。なんやかんや、さっきの会話のおかげなのかな。

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