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しおりを挟む葵と人にはちょっと言えないことをして、渚に介抱してもらった(あの後薬まで塗ってもらった)そんな日から数日経って、すばるくんとの新曲である『cage』のレコーディングも終わり、今日はMV撮影をするためにスタジオに来ていた。
「すごい…でかい鳥かご」
ふわふわの白い羽根とラグを敷き詰めた自分の背の高さよりも高い大きな金の鳥かごを見上げながら、俺は感嘆の声をあげた。
「本当だね。そんな鳥かごに入るのは、僕たちなんだけどね」
クスッと笑ってすばるくんはハニーゴールドの綺麗な髪を耳に引っ掛けた。
少し長めの袖から伸びた綺麗な指先が、伏せた長いまつ毛が…たまらなく色っぽく感じて俺は思わずドキッとした。
すばるくんはきっと知らないだろうけど、俺はすばるくんのこの仕草が正直めちゃくちゃ好きだ。釘付けになってしまう。
マヌケな顔にだけはならないように細心の注意を払ってはいるが、当たり前だが不意打ちにされるので心臓に悪い。いや、でも好きなんだからご褒美?になるのだろうか…
「ナナ」
「…っ」
下を向いて考えこんでしまっていた俺を、膝を曲げて下から覗きこむような形ですばるくんが俺を見上げる。
近い近い近い、まぶしい!!!!
すばるくんの綺麗なキラキラした顔を間近で見るのは今では当たり前になったが、いまだに慣れない。いや、きっと一生慣れない。だってまぶしすぎる。
「…何?」
「下向いて考えこんでたからどうしたのかと思って…気分悪い?」
「いや、大丈夫。すばるくん、似合うな…白。俺、白い衣装あまり着ないから…似合ってないだろ」
ふわふわの素材のゆったりとした白いタートルネックに長めの袖の服は、すばるくんにとても似合っていた。メンバーカラーも白だし、すばるくんの王子様のような見た目に白というカラーは最強だ。むしろ、すばるくんのために存在する色なんじゃないかと本気で思う。
それに比べて、ふわふわの素材も白も俺には似合わない。長めの袖と大きく開いたVネックは、渚が買ってくる服によくあるパターンだから落ち着くけど…白色を仕事で着るには落ち着かない。メンバーカラーも黒だし。
「ありがとう。ナナも似合ってるよ。でも、そうだね…ちょっと心配かな。ゆったりしたサイズだし、こんな見えちゃいそうなVネック…ナナは無防備だから…」
「無防備?見えるってなに…ッ」
すばるくんの長くて綺麗な指先が鎖骨を滑らかにすべる。
指が何故だがすごく艶かしく動いているように見えて、心臓が騒いだ。
戸惑いながらすばるくんを見ると、微笑んでいるはずなのに俺を捕えるような眼差しに見えて思わず固まった。目の前にライオンが現れたうさぎの気持ちが今ならわかる。
息をすれば、あっという間に捕食される…そんな感じ。
すばるくんの顔が近づいてくる。
まるでスローモーションのようにゆっくりとはっきりと見える。
それは毎日見る距離、慣れないけど息のかかりそうな距離。
いつもなら、そのまま唇が重なる…が、すばるくんの顔は俺の頬をかすりそうな距離で通り過ぎる。
「撮影、頑張ろうね…ナナ」
耳元ですばるくんが囁く。
甘い声が、脳に響いて…腰が抜けそうになった。いや、実際軽くだけど抜けた。
これがスーパーアイドルの本気か。
耳元で囁くだけで、相手を打ちのめす…すごい。
ふらっとした俺をすばるくんが支えてくれた。
相変わらずすばるくんは見た目よりもたくましい腕で軽く支えてくれる。本当にどこにそんな力があるんだろう…俺も筋トレした方がいいだろうか。体は柔らかいんだけどなあ…
そんな完璧で無敵のすばるくんにお礼を言って腕から離れると、ちょうど撮影がはじまる合図が入った。
『cage』のMVは、日常の恋人の姿と心の内に閉じ込めた恋人の姿を織り交ぜたバージョンと、ダンスバージョンの2種類だ。
ダンスバージョンのMVというのは、俺は初めてで正直すごく楽しみ。ダンスを一曲フルでおどれることも嬉しいし、すばるくんと一緒に踊っているのが映像に保存されるのが嬉しい。
ダンスバージョンMVのDVD付のCDは、自分でちゃんと購入して家宝にしようと思う。
それくらいはしゃいでいる。
今日は午前中は、心の内に閉じ込めた恋人のところを撮影する。
鳥かごに閉じ込めていたいという独占欲を心の内側に持っているというのを具現化するような内容で、俺とすばるくんが一人ずつ鳥かごに入って、交代で撮影する。
ふわふわの白色の衣装に、ふわふわの白色のラグが敷かれた金色の鳥かご…独占欲というドロドロの感情には似合わない色合いは眩しいくらい明るい世界。
愛しい恋人を汚したくないという想いを表現している…らしい。
まあ、確かに鳥かごで今すばるくんが撮影してるけど天使にしか見えないからきっと間違いないんだと思う。
まぶしすぎるキラキラの天使が鳥かごに捕らえられている。キラキラの天使に出逢って、離れたくなくて捕まえちゃったんだな…きっと。
そう思うくらい、籠の中すばるくんはマジで本物の天使みたいで、これはこの後神様が怒って世界を滅ぼしちゃうんじゃないかと本気でハラハラした。
だって、いつものキラキラアイドルスマイルじゃなくて憂いを帯びた少し切ない顔のすばるくんだから!!!罪悪感半端ない!!!
すばるくんが佇んで、鳥かごに手で触れる。
籠の中から出れないのが悲しいのか、切ない瞳で金色の檻を手で撫で、撮影を見学していた俺と目線が合った。
その瞬間、ざわりとした感情が胸を撫でる。
さっきまで触れていた体が、もう触れることが許されないような錯覚。
触れたいという欲望が溢れてきて、距離がもどかしく感じてしまうような痛むような感覚。
困ったように微笑んだすばるくんに手を伸ばしてしまいそうになって、思わず手で抑えた。
なんだろう、すごく…キスしたい。
俺は、そんな考えが浮かんで瞬時にかき消す。ヤバイ。恋人の勉強がここまでちゃんと身についてきたなんて自分でも驚きだ。
すばるくんの撮影が終了した合図が聞こえて、ハッと我に返った。
次は俺の番だ。今、掴んだもどかしい距離を忘れないように撮影に望もう。
俺はそう決意して、胸の前で手をギュッとしてから歩いた。
それから撮影はスムーズに進んで、ダンスバージョンも撮り終えた。
残すMV撮影は、恋人との日常のカットだけになって本日の撮影は無事に終了して俺たちはマンションに帰ってきた。
「すばるくん…」
俺は部屋に帰ろうとしたすばるくんの腕を掴む。すばるくんはそんな俺の行動を珍しく思ったのか、一瞬驚いた表情をしてからふんわりと優しく微笑んだ。
「どうしたの、ナナ」
「俺の部屋きて」
「行くよ?一緒にご飯食べるんでしょ。用意したら行くから…」
「今すぐがいい」
「えっ、ちょっ…ええ?ナナ…っ」
俺はすばるくんをグイグイと引っ張る。
すばるくんの力なら抵抗したら、俺が引っ張って連れてくるなんて絶対にできないけど、優しいすばるくんはついてきてくれた。
俺はそれをいいことに、すばるくんを部屋に連れ込むと鍵をガチャッとかけた瞬間に飛びつくようにキスをした。
「…っふ」
驚いたようにすばるくんは固まっていた。
そりゃそうだ。恋人の勉強をしているとはいえ、いきなり連れ込まれてキスされたんだから当たり前だ。自分でも大胆なことをしてるってわかってる。
でも、撮影中からすばるくんとキスがしたくてしたくてたまらなかった。
こんな気持ちに支配されて、衝動的に何かがしたいと思うなんて初めてで、抑えることができない。
重ねた唇を離すと、すばるくんと目が合った。いつも完璧なすばるくんが目をパチパチして固まっている。
なんだか可愛くて、頬が緩んだ。
「すばるくん、キスしたい…いい?」
俺はそう言うとすばるくんに顔を近づけた。
「今度は口、開けて…もっと深いの、しよ?」
息がかかるほどの距離で言葉を紡ぐと、すばるくんはゆっくり導くように口を開く。
それがどうしようもなく嬉しくて、心が高鳴るままに唇を重ねた。
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