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しおりを挟むすっかり拗ねてしまったハルトヴィーツを延々となだめていると、アトラスの足が痺れてしまうほどの時間まで膝枕で過ごすことになった。
夜になり、エミリオが一緒に食事をしたいと言うので共に食事をすることとなったハルトヴィーツは、エミリオの私室へと向かった。
ハルトヴィーツをエミリオの私室へと送ると、アトラスは宰相である父親から呼び出しを受けていたため、泣く泣くハルトヴィーツを残し、別行動をすることになった。
「必ずお迎えにあがりますからくれぐれもお部屋から出ないように」
と、かなり釘を刺された。
過保護すぎて少し呆れたが「わかった」と、言うと心配で仕方がないというような表情でチラチラと振り返りながら去って行った。
そんなアトラスを見送ってから、ノックをして入室すると、エミリオが嬉しそうに飛びついてきた。
「食事のお招きありがとう、エミリオ」
ハルトヴィーツは微笑み、頭をぽんぽんと撫でてやると、エミリオはえへへ、と笑い「こちらです、兄さま」とハルトヴィーツの手を引っ張った。
テーブルに着席すると、メイドたちが手慣れた手つきで給仕をする。
前菜からはじまり、スープやパン、肉や魚が次々と運ばれてくる。
美味しい食事に舌鼓をうちながら、旅の話で盛り上がった。
アトラスが強くて魔物を殲滅させたことや、呪いのせいで幼い子供になってしまったことや、ヒュドールの街並みの美しさなどを話して聞かせると、エミリオはびっくりして驚いたり、目を輝かせたり、表情をくるくると変えながら楽しそうに聴いていた。
「ぼくも兄さまといっしょに旅をしてみたいなあ」
「エミリオ…」
ぽつんと呟いたその言葉は叶わないとわかっている。
エミリオは、寂しそうに微笑むと「またいっぱいお話してください」と言った。
食事の後のデザートも食べ終わり、お茶を飲み、のんびりとした時間を過ごす。
「エミリオ、シャルロッテのことだが…」
ハルトヴィーツが口を開くと、エミリオはあからさまに嫌そうな顔をする。
「ぷっ!そんなあからさまに顔にするなんて…そこまで苦手か」
ハルトヴィーツが思わず吹き出すと、エミリオはハッとして顔を手でおさえてから申し訳なさそうに眉を下げる。
「兄さまにベタベタとするのも『お兄様』と昔から呼んでいるのもすごく嫌です…兄さまはぼくの兄さまなのに…」
ぷぅとほっぺたを膨らませて言うエミリオを見て、ハルトヴィーツは顎に手をそえて「ふむ」と考える素振りをする。
少し考えこんでからハルトヴィーツは口を開いた。
「正式に誰かと婚約するか?そうすればシャルロッテも付きまとうこともないだろう」
「こ、婚約ですか?あの、ぼくはまだそんなこと考えてたこともなかったです!」
顔を赤くするエミリオを見て、くすっと笑う。
「なにも今すぐに結婚しろと言っているわけじゃないんだ。ただ、正式な婚約者ができたとあればシャルロッテも好き勝手はできないだろう?」
「もちろんそうなのですが…兄さまよりも先に婚約者を決めてしまうというのも…その…」
と、エミリオはモゴモゴと口ごもる。
確かに兄であるハルトヴィーツの方が順番的には前なのかもしれない。
「オレの結婚、か。考えたこともなかったな」
王子としては、国のために結婚をして子孫を残すのが必要なことなのだろう。
魔力が高く、光の祝福を受けた後継者がこの国には必要なのだ。
民を守る『結界』とそれを支える『器』が。
ハルトヴィーツが考えこんでいると、エミリオは不思議そうにのぞきこんだ。
「兄さまがそんなに悩むお姿は初めて拝見しました…いつもなんでも簡単に解決されるので」
ハルトヴィーツはその言葉に一瞬驚いたが、すぐにふっと笑い表情を崩す。
「オレはそんな完璧な人間じゃない。悩むことなんて普通にある。まあ、兄としてお前の前では格好をつけたいが、な」
頭をぽんぽんとしてやると、エミリオは「兄さまはいつもかっこいいです」と、照れながら言った。
「兄さまはいい方はいらっしゃらないのですか?その、色々と考えなければならないことも多いと思いますが兄さまに好きな方がいるのならぼくは応援します!」
純粋そうなキラキラした目を向けられるとハルトヴィーツはうっ、と身が思わずたじろぐ。
うーん、と腕を組むと、うーん?と首をかしげた。
「正直に言うとよくわからん。恋というのもあるのはわかるが、いずれ決められた誰かを伴侶に迎えるのだと思っていたから考えたことがなかったしな…よくわからん」
「特別想う方はいらっしゃらないのですか?好きで好きでたまらなくてずっと側に置いて触れたいと思うような方が!」
「それは…いるな」
ハルトヴィーツがぽつりと言うと、エミリオは食いぎみでテーブルに体を乗せる。
「いるのですか!?どのような方なのですか!?ぼくの知ってる方ですか!?!」
興奮ぎみにエミリオが捲し立てると、ハルトヴィーツは驚いて「落ち着け」と言ったが「落ち着いていられるはずありません!!」と更に興奮を煽ってしまったようで、ハルトヴィーツは困り果てた。
「待て待て待て!確かに今いると言ったがそれが恋だとかましてや結婚という話にはならないだろう?」
「好きなんじゃないんですか!?」
「いや、好きだが」
「やっぱり好きなんじゃないですか!」
「だが、好きだと恋なのか?オレはエミリオのことも好きだが」
「えっ!あ、あの…ぼくも兄さま大好きです…って誤魔化されませんよ!!!」
「いや、誤魔化したつもりはないんだが…」
エミリオが顔を真っ赤にしてぷんぷんしていると、ハルトヴィーツが困ったように笑った。
「その、触れたいというのは愛情を確かめるような…キスをしたいとか」
「キスならエミリオにも昔しただろう?」
「あんな子供だましなキスなんてキスとは呼びません!!もっと情熱的でもっと官能的なキスの話です!!!」
「ちょっと待て。誰だそんなことエミリオに教えたのは…」
「兄さま、こんなことくらい常識です。むしろ兄さまこそおかしいのでは」
自分の方がおかしいと年下の弟に言われ、ハルトヴィーツは衝撃を受けた。
エミリオは涼しい顔をしている。
そんな時にコンコンとノックの音が響いた。
「失礼します」と、アトラスが入室すると困惑したような表情を浮かべる。
「あの、これは一体どういう状況なのでしょうか…?」
固まってしまっているハルトヴィーツと涼しい顔をしているエミリオを交互に見比べている。いつもでは考えられないような光景だ。
エミリオははぁ、とため息をつき「むしろこっちが聞きたいんだけど」と、口を開いた。
「アトラス、ちょっと兄さまに過保護すぎたんじゃないの?色恋に関して全く知識がないみたいなんだけど」
「全く知識がないわけでは…」
「兄さまは黙ってて」
エミリオがピシャリと言うと、ハルトヴィーツは困ったように微笑んでアトラスを見た。
アトラスは混乱している。
「おでこにちゅーすることを堂々とキスっていうし」
エミリオが呆れたように言うと、アトラスは何かを察した。
確かにその手の感覚は非常に知識がない。幼児並みにハルトヴィーツはない。
「それは俺が過保護にしたせいだというのはいささか賛同しかねますが、ハルトヴィーツ殿下がその手のことに疎いということは理解しております」
そこも含めて可愛いのだけれども、というのは心の中でつけ足しておく。
「恋愛のことを言われても確かにどういうことなのか理解できていないのかも知れないが…」
ハルトヴィーツが困ったように言うと、アトラスの眉がピクッと動く。
「陛下、失礼かと存じますが殿下もこの様子ですので本日はこれでお暇させていただいてもよろしいでしょうか」
「そうだね。兄さまとこれ以上話してもラチがあかないし。もういいよ」
エミリオが軽く手を振ると、アトラスはハルトヴィーツを連れてさっさと退室してしまった。
部屋に帰る途中、アトラスに声をかけても足を止めることはなく、足音だけが廊下に響く。
不安に思いながらもハルトヴィーツも歩みを止めることはなかった。
私室に到着すると、アトラスはメイドたちに後のことは任せていい、と暇の指示を出すと外に追いやると扉をガチャリと閉めた。
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