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 ハルトヴィーツはアトラスと共に馬に乗っていた。
西門から出た二人は、ヒュドールを目指す。
街中と違い舗装されていない道は、馬が地面を蹴るたびに土埃が舞った。


 「疲れていませんか、ハル」


 「問題ない。お前に身を預けて座っているだけだしな…オレも自分で乗りたかった」


 アトラスの腕にすっぽりとはまっているハルトヴィーツは、口を尖らせる。


 「借りられる馬が一頭だったものですから…」


 すみません、とアトラスが続けると「わかっている」と、相変わらず不機嫌そうな声で言い、ボフッとアトラスの胸に背中倒した。
体重をかけても全くビクともしないアトラスに完全に身を預けた。
どうやら拗ねているらしい。


 そんな様子のハルトヴィーツをアトラスは愛しそうに目を細めて見てから、気を引き締めるように真っ直ぐ前を見た。


 王都からヒュドールまでは、歩いて行こうとすれば数時間かかるがそう遠くもない距離だ。


 定期便の乗り合いの馬車も出ているのだが、あまり数もないため今回は馬を借りて行くことにした。
馬で走ればだいたい一時間もあれば余裕で着くだろう。


 門を出てすぐは、森を並走するようにしていたが、景色が緑から段々と白へと変わっていく。


 白い岩肌が特徴的なヒュドールは、水の都と呼ばれ水源豊かな土地である。
水の青と白い岩のコントラストが美しい情景を生んでいる。


 「間もなくヒュドールに着きますが、どこから参りますか?」


 「そうだな、お前の実家に顔を出してから…ん?ちょっと待て、アトラス止めろ」


 アトラスの腕をぐっと引き、ハルトヴィーツは預けていた体を起こすと辺りの様子を伺った。


 「ハル、どうかしましたか?」


 「いや、何か違和感を感じる…」


 「違和感、ですか。俺にはわかりませんが…もしや『スポット』ですか」


 「わからんが、そうかもしれん…くそ、こんな街道の近くにそんなものがあればまずい。探すぞ」


 そう言ってハルトヴィーツは馬を降りた。
アトラスもそれに続き、白樺の木に馬をくくり「いいこで待っていてください」と撫でた。


 ハルトヴィーツは警戒するように街道から白樺の群生する方へ足を進める。白い岩の壁に目をやり、じっと用心深く探るように視線を動かした。


 ハルトヴィーツが視線を止めた先には、少し岩と岩に隙間が出来ており、そこからゆらゆらとした何かが漂っていた。


 「こんなところに…」


 「ああ、規模はかなり小さいが『スポット』だ。色はまだ濃くないが呪いの色に染まってきている、お前は下がっていろ」


 そう言い、ハルトヴィーツはアトラスを手で制してから『スポット』に近づくとすぐに片膝をつき、胸に手を当てる。


 「我、聖杯を宿すもの」


 ハルトヴィーツが言葉を紡ぐと、ゆらゆらと漂っていたものが体へ吸収されていく。


 ハルトヴィーツは眉をながらも姿勢を崩さずにじっと吸収されるのを待つ。


 アトラスは少し離れたところから、周りを警戒しながらもハルトヴィーツを見守っていたが目にしているハルトヴィーツの姿に少し違和感を感じる。


 少しずつ少しずつ、ハルトヴィーツが小さくなっている気がする。いや、気がするのではなく確実に小さい。


 光が微かな虹色に姿を変えたとき、目の前にいるハルトヴィーツの姿はどこからどう見ても幼い頃に一緒に過ごしたハルトヴィーツになっていた。


 「で、殿下…?」


 アトラスが近づいて行くと、幼い姿のハルトヴィーツはブカブカのローブを邪魔そうによろよろと歩き、アトラスの体にぽふっと体を埋めるように抱きついて「ちゅかれた」と、ぽつりと言って眠ってしまった。







 アトラスは片腕で大事そうに抱きしめながらも、急いで馬を走らせていた。
門くぐり抜け、中央の道を進んでいき石で出来た橋を渡る。


 「おばあ様はいるか!?」


 叫ぶように馬で駆け込んできたアトラスの姿に驚き、鎧に身を固めた男が駆け寄ってきた。


 「アトラス様!いかがなさいましたか!」


 「急ですまない!緊急事態だ、至急おばあ様に取り次いで欲しい!」


 「マリーゴールド様でしたら東棟の御自身の工房にいらっしゃるかと」


 「わかった。すまないがこの馬を頼む、休ませてやってくれないか」


 アトラスがすっと降りると、人がバタバタとやってきて手綱を受け取る。アトラスは振り返ることなくハルトヴィーツを両腕に抱きしめたままスタスタと早足で奥へと向かった。
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