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34-5 悪魔の手招き
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テーブルランプの揺れる炎が、男の目の中で揺らめいている。
狂気の炎を瞳に灯して薄笑いを浮かべている男の顔から、目を逸らそうとした美鈴の顎が男の白い指で押さえられた。
「観念して、大人しくなさい。ミレイ嬢」
片方の手で男は腰のあたりを探り、ランプの光に鈍く黒光りする筒状の何かを取り出した。
「……!」
それが何か気づいた瞬間、美鈴は息をのんだ。男の白い手に握られていたのは回転式拳銃だった。
これ見よがしに銃を美鈴の目の前で弄びながら男は口の端を引き上げて笑った。
「……『無事に』といったのは、単に無傷でという意味ではないのですよ?」
男は銃の先でドレスの胸元の柔らかな膨らみをっつとなぞり、銃口を胸の上に押しあてた。
そのまま、美鈴の呼吸の動きに従って上下する銃口をうっとりとした表情で眺めながら男は歌うような口調で囁いた。
「このまま、あなたを堕としてしまおうか。……私と同じところまで」
男の左手が、美鈴の鎖骨に触れた。
ピアノの鍵盤を押すように冷ややかな指先が弄ぶように順番に肌に触れ、首をなぞり肩に到達すると力を込めて袖を押し下げ、肩を剥き出しにしてしまう。
「やめてッ!」
身をよじって必死に抵抗する美鈴の目の前に銃口がつきつけられる。
「……!」
目の前の銃口に怯んだ美鈴が動きを止めると、男はクスリと笑って剥き出しになった美鈴の肩に口づけを落とした。
血の気のない唇の冷たい口づけ……。
「……あなたは一体何者なの? どうしてこんなことを」
男を逆上させたら何をされるか分からない。
それでもほんのわずかでも時を稼ぎ、何とかしてこの場を抜け出す手立てを見つけるため――美鈴は静かに男に尋ねた。
「誘拐犯が正体をやすやすと明かすとでも?」
軽く鼻で笑いながら男は言った。
身を起こした男の瞳はどこか虚ろだった。
肩までのウェーブした黒髪を片手でかき上げながら男は美鈴を見下ろして息を吐いた。
男の着ている上衣は、以前美鈴が森で見かけた時のようなみすぼらしいものではなかった。
ベルベッドのような艶のあるミッドナイトブルーの上衣を羽織り、レースで縁どりされたスカーフを着けた男は貴公子然としてさえいる。
透き通り青白くさえある肌の色といい、線の細い体つきといい、はた目にはとてもこんな大胆な悪事を働けるような人間には見えない。
唯一、彼の凶悪さを現していたのは、その切れ上がった瞳――黒に近いこげ茶の時おり鋭い光を宿す両目だけだ。
「……それに、あなた方貴族階級には説明したところで下賤の者の気持ちは到底解らないでしょう」
自虐するように首を振り男は軽く天を仰いだ。
「生まれた瞬間から、地位も名誉も、金も……何もかもを与えられた者と――成り上がる為に奪わざるを得ない者。両者の間の溝はあまりにも深い。そう思いませんか?」
「奪う……ですって?」
首を傾げ、美鈴を見下ろした男が口の端を吊り上げてニンマリと笑った。
「ええ……。ご婦人や令嬢たちの愛人となって彼女らから愛と金を奪い、あなたの名声を地に堕とすことで私は貴族社会に復讐する!」
うっとりと瞳を揺らめかせて男は美鈴に再び覆いかぶさった。
「あなたは美しい……! あの初夏の日、あなたをブールルージュで見た時からずっとあなたに触れたかった」
男の冷たい手が美鈴の頬にひたりとあてられる。
「アルノー伯爵とのことを聞いてから私の思いは募るばかりでした」
美鈴の唇に自らのそれを近づけながら男は甘く囁いた。
「……この手であなたを奪いたい」
狂気の炎を瞳に灯して薄笑いを浮かべている男の顔から、目を逸らそうとした美鈴の顎が男の白い指で押さえられた。
「観念して、大人しくなさい。ミレイ嬢」
片方の手で男は腰のあたりを探り、ランプの光に鈍く黒光りする筒状の何かを取り出した。
「……!」
それが何か気づいた瞬間、美鈴は息をのんだ。男の白い手に握られていたのは回転式拳銃だった。
これ見よがしに銃を美鈴の目の前で弄びながら男は口の端を引き上げて笑った。
「……『無事に』といったのは、単に無傷でという意味ではないのですよ?」
男は銃の先でドレスの胸元の柔らかな膨らみをっつとなぞり、銃口を胸の上に押しあてた。
そのまま、美鈴の呼吸の動きに従って上下する銃口をうっとりとした表情で眺めながら男は歌うような口調で囁いた。
「このまま、あなたを堕としてしまおうか。……私と同じところまで」
男の左手が、美鈴の鎖骨に触れた。
ピアノの鍵盤を押すように冷ややかな指先が弄ぶように順番に肌に触れ、首をなぞり肩に到達すると力を込めて袖を押し下げ、肩を剥き出しにしてしまう。
「やめてッ!」
身をよじって必死に抵抗する美鈴の目の前に銃口がつきつけられる。
「……!」
目の前の銃口に怯んだ美鈴が動きを止めると、男はクスリと笑って剥き出しになった美鈴の肩に口づけを落とした。
血の気のない唇の冷たい口づけ……。
「……あなたは一体何者なの? どうしてこんなことを」
男を逆上させたら何をされるか分からない。
それでもほんのわずかでも時を稼ぎ、何とかしてこの場を抜け出す手立てを見つけるため――美鈴は静かに男に尋ねた。
「誘拐犯が正体をやすやすと明かすとでも?」
軽く鼻で笑いながら男は言った。
身を起こした男の瞳はどこか虚ろだった。
肩までのウェーブした黒髪を片手でかき上げながら男は美鈴を見下ろして息を吐いた。
男の着ている上衣は、以前美鈴が森で見かけた時のようなみすぼらしいものではなかった。
ベルベッドのような艶のあるミッドナイトブルーの上衣を羽織り、レースで縁どりされたスカーフを着けた男は貴公子然としてさえいる。
透き通り青白くさえある肌の色といい、線の細い体つきといい、はた目にはとてもこんな大胆な悪事を働けるような人間には見えない。
唯一、彼の凶悪さを現していたのは、その切れ上がった瞳――黒に近いこげ茶の時おり鋭い光を宿す両目だけだ。
「……それに、あなた方貴族階級には説明したところで下賤の者の気持ちは到底解らないでしょう」
自虐するように首を振り男は軽く天を仰いだ。
「生まれた瞬間から、地位も名誉も、金も……何もかもを与えられた者と――成り上がる為に奪わざるを得ない者。両者の間の溝はあまりにも深い。そう思いませんか?」
「奪う……ですって?」
首を傾げ、美鈴を見下ろした男が口の端を吊り上げてニンマリと笑った。
「ええ……。ご婦人や令嬢たちの愛人となって彼女らから愛と金を奪い、あなたの名声を地に堕とすことで私は貴族社会に復讐する!」
うっとりと瞳を揺らめかせて男は美鈴に再び覆いかぶさった。
「あなたは美しい……! あの初夏の日、あなたをブールルージュで見た時からずっとあなたに触れたかった」
男の冷たい手が美鈴の頬にひたりとあてられる。
「アルノー伯爵とのことを聞いてから私の思いは募るばかりでした」
美鈴の唇に自らのそれを近づけながら男は甘く囁いた。
「……この手であなたを奪いたい」
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