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34-3 悪魔の手招き

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「ジュリアン、どこへ行くんだ?」

 何気ないフリを装って、席を立ちドアへ向かうジュリアンの背中にフェリクスが呼びかけた。

「第二幕が始まったばかりだというのに……」

 ジュリアンがちらと振り返ると流し目でこちらを見ているフェリクスのアイスブルーの瞳と視線がぶつかる。

「ちょっと気になることがあってな。ルクリュ家の席を訪ねてこようと思って」

「……気になること?」

「ああ、幕間に偶然ミレイ嬢の姿を見かけたんだ。ボックス席を訪ねているようだったが……」

「誰か知り合いに会いに行ったんじゃないのか?」

「俺ももちろんそう思った。で、幕間が終わる前には戻るだろうと――。そう思ってそれとなく様子を見ていたんだ……でも」

 アンバーの瞳を軽く伏せ、表情を曇らせてジュリアンは続けた。

「彼女は戻らなかった。ただの挨拶にしては長すぎる……」

「……ジュリアンは、心配性だな」

 やれやれというように軽く頭を振ってみせるとフェリクスは椅子から立ち上がりジュリアンの傍まで歩を進めた。

 ジュリアンの肩にポンと片手を乗せると、伏せた瞳を覗き込む。

「私も行こう。……終幕まで待つのはやめだ」

 そう言うと、フェリクスは先に立ちドアを開けると足早に部屋の外へ出て行ってしまう。

「ちょっと、待てよ!」

 フェリクスに続いて廊下に出ながら、ジュリアンは込み上がってくる笑いを抑えるのに必死だった。

 ……素直じゃないんだから。結局のところ、フェリクスも早く彼女の顔が見たいんだよな。

 終幕まで、待ちきれない――。歩く速度からフェリクスの思いが伝わってくる。

 階段を下り廊下を渡り、二人はルクリュ子爵家のボックス席のドアの前までやって来た。

 ちょうど扉をノックしようと、フェリクスがドアに手を伸ばしたまさにその瞬間、ドアが内側から勢いよく開いた。

「……! アルノー伯爵ッ!?」

 扉口に現れたその体格のいい男はリオネル・ド・バイエ――彼はフェリクスの姿を見て驚いたような声を上げた。

 何かを探すように、リオネルの視線が左右に泳ぐ。

「ミレイは……? あなたと一緒ではないのか?」

「ミレイ殿が?……一体何を言っている?」

「幕間に、アルノー家の使いだというものが来たそうだ。……俺は、彼女はあなたと一緒だとばかり」

 リオネルの言葉を聞くやいなや、フェリクスはジュリアンを振り返った。その顔色ははっきりと分るほど蒼白だ。

「今すぐ、彼女を見たというボックス席に行くぞ!」

「待て、何か知っているのか!?」

 リオネルが踵を返そうとするフェリクスの肩を捉えた。

「……君も、一緒に来い。詳しく説明している暇はない」

 力強く肩を押さえるその手をフェリクスはグッと掴み返した。

「彼女に何かあった。一刻も早くミレイ殿の居場所をつきとめるんだ」
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