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33-1 オペラ開演

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「――見えた! 彼女だ」

 オペラグラスを片手に、熱心に会場を見回していたジュリアンが、フェリクスを振り返ってニッと笑った。

「ベージュピンクの絹に深紅のレースをあしらったドレス! ……リオネルのセンスかな? さすがだな……」

 楽しげにオペラグラスを覗いているジュリアンとは対照的に、フェリクスはムッとした表情で椅子に深く腰掛けている。

「……別に、ドレスのことはどうでもいい」

 貴族同士の社交を嫌厭しているフェリクスが今夜のような催しで不機嫌になるのは珍しいことではない。

 でも、今日の彼はどこか――機嫌が悪いというよりも何かを不安がっていて、それでナーバスになっているようにジュリアンは感じていた。

 爽やかな青色の金糸銀糸で刺繍された燕尾服にとろりとした白絹のネクタイを結び、美しい亜麻色の髪を上衣によく合う濃紺のリボンで束ねたフェリクスは、物憂い表情を浮かべていても絵画から出てきたように美しい。

 素っ気ないフェリクスの反応にジュリアンはクスリと笑いを漏らした。

「そんなこと言って。……お前の招待に応じて、美しく着飾って来てくれたんだ。しっかりと目に焼き付けろ」

 茶化すようにそう言って、オペラグラスをフェリクスの手に握らせる。

 少しためらうようにオペラグラスを掌で弄んでから、フェリクスはその美しい瞳にグラスを当てた。

 ルクリュ子爵家を招待したのは彼自身ということは、もちろん彼女たちがいるボックスの位置をフェリクスは把握している。

 髪を結い上げ、白い真珠のようなうなじやデコルテが照明が抑えられた会場内でも輝いているように見えた。

 ――誰かを探しているのだろうか。

 彼女の方も、オペラグラスを片手に、会場のを見回しているように思える。

 美鈴の姿を見つめるうちに、フェリクスの顔に自然と柔らかな微笑みが浮かんでいた。

 そんなフェリクスの様子を眺めながら、ジュリアンは静かに微笑んでいた。

 恋とは不思議なものだ。氷の貴公子と呼ばれたフェリクスがこんな表情で女性を見つめる日が来るなんて――。

「……自分で招待しておいて、このまま会わないということはないんだろう?」

 フェリクスの座っている椅子の背に片腕を置いて、ジュリアンはフェリクスの顔を覗き込んだ。

「もちろんだ。……ただ、彼女に会うのは終幕後だ。……それまでミレイには観劇を楽しんでほしい」

 会場に臨席する国王がバルコニーに姿を現し、会場から盛大な拍手が送られた。

 リタリアでも屈指の人気歌手が所属する歌劇団はここ数年の内でも最も豪華な顔ぶれで、聴衆の期待は開演前からすでに最高潮に達していた。

 拍手の後、静まり返った劇場に横笛の静かな旋律が流れ出す。

 バラが開くように深紅の緞帳が開き、ついにパリスイの人々が待ち望んだ今宵の舞台が幕を上げたのだった。



「――やっと開演ね」

 舞台の正面に位置する二階のバルコニー席。その奥の椅子に座った金髪の令嬢が待ちかねたような声を上げた。

 美しい金髪を結い上げ、アザミのような鮮やかな赤紫のドレスを身にまとった彼女は、アリアンヌのサロンに参加していた令嬢――伯爵家の令嬢カロリーヌだった。

 椅子に座ったカロリーヌのすぐ隣には、黒の燕尾服に身を包んだ細身の男性が控えていた。

 ウェーブした黒髪に薄い唇――まだ年若い青年はその唇はうっすらと笑みを湛えているように見えた。

 片手に携えたオペラグラスから目を離すと、濡れたように光る暗いこげ茶の瞳で隣にいるカロリーヌを見つめた。

「彼女を見つけられて?」

「ええ。カロリーヌ様。間違いなく」

 男はそう言ってオペラグラスをカロリーヌに手渡した。

「全く、忌々しいわ。大した家柄でもないくせに。子爵令嬢ごときが宮廷歌劇に招待されるなんて……!」

 グラスを片手に、カロリーヌは大げさにため息を吐いてみせる。

「……いいこと? ダミアン。……手はず通りに事を運ぶのよ。あなたにも、あなたのお友達にも決して悪いようにはしないわ」

 ほんの少し媚びを含んだ、甘い声音でカロリーヌはダミアンと呼ばれた青年を上目遣いに見つめた。

「もちろん、心得ております。カロリーヌ様」

 身を屈め、少しハスキーな声でダミアンはカロリーヌの耳元に囁いた。

「――美しいあなたのお望みのままに」
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