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20-1 ブティックへようこそ
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昨日に引き続き、今日もパリスイは好天に恵まれていた。
眩しい日差しが降り注ぎ、街路樹から濃い影が伸びる夏の午後。
夏の外出着に相応しい、薄織の爽やかな白ドレス着替えた美鈴は、ジャネットと一緒にリオネルとの待ち合わせ場所に向かっていた。
「住所からいけば、この辺りですわね……」
手元の住所を記した紙と馬車の窓から見える街並みを交互に眺めつつ、ジャネットが呟いた。
ゆっくりと進んでいく馬車の窓から見える通りに面して軒を連ねる商店の店構えは見事なものだった。
服飾関係の店が集まる界隈らしく、道に面したショーウィンドウのガラスは磨き上げられ、美しく飾り立てられている。
華やかな通りの中でもひときわ目を引く、象牙色の石材を外壁に使った建物のアーチ状の入り口から一人の男性が車道に躍り出た。
「ま……! リオネルさまったら」
行き過ぎようとした馬車を止めたのはリオネルだった。
ルクリュ家を訪れる際のややフォーマルな装いとは違い、今日はシャツにベストを着けただけのラフないで立ちだ。
シャツの袖は肘までたくし上げられており、逞しい腕が剥き出しになっている。
「お待ちしておりましたよ、ミレイ嬢」
馬車の戸を開き、美鈴に手を差し伸べながら、リオネルはいつもの調子で話しかけてくる。
「こ、こんにちは……昨日は、どうも……」
彼の姿を見た瞬間に昨夜の出来事を思い出してしまった美鈴はリオネルの顔がまともに見られなった。
「ありがとう……ございました。リオネル」
その言葉を聞いた瞬間、リオネルの表情がふっと和らいだ。
俯く美鈴をじっと見詰めながら、手を貸し馬車から降ろすと、身を屈めて彼女の耳元にひそひそと囁く。
「こちらこそ……俺には、楽しい夜だった」
それだけ言うとリオネルはニンマリと笑い、悠々と顔を上げると美鈴に続いて馬車から降りたジャネットを振り返った。
「ジャネットも、よく来てくれた。わざわざご令嬢に足を運ばせてしまったのだから、充分なおもてなしをさせてもらうよ」
悪戯っぽくそう言うと、リオネルは二人をブティックの入り口に導いた。
アーチ状の石造りのファサードには天使のような羽が生えた子供の像が二体彫り込まれている。
重厚な木の扉から一歩中に入ると、そこは広々とした来客用のスペースになっており、長椅子やテーブル、そしてなによりトルソーにかけられた色とりどりのドレスが並んでいた。
昨夜リオネルの部屋で見たものよりも、貴婦人から年若い令嬢まで幅広い年齢のために作られたのであろう様々なスタイルのドレスが陳列されている。
「まあ……! こんなにもステキなドレスがあるなんて。目移りしてしまいそうですわね、お嬢様」
楽しそうに笑いかけてくるジャネットに微笑みを返しながら、美鈴は店の中をさり気なく見回してみた。
来客用スペースの向こう、奥の部屋は工房になっているようで、お針子娘たちが忙しく立ち働いている。
娘たちの中には30代くらいだろうか、とび色の髪の快活そうな紳士が混ざってあれこれと指示を出している。
グレーのズボンに夏らしく淡いグリーンの粋な上衣をひっかけた彼は、リオネルが軽く合図をすると、急ぎ足で奥から美鈴たちのものにやってきた。
「よくぞ、おいでくださいました。ルクリュ家のお嬢様。この度は私どもの店までわざわざお運び頂きまして……」
「堅苦しい挨拶はいいよ、テオドール」
深々と頭を下げる紳士の長口上を、リオネルが茶目っ気たっぷりに間に入って遮ってしまう。
「そう言われても……! わざわざご令嬢が足を運んでくださっているのに、挨拶しないわけにいかないだろう!」
彼の言う通り、上流貴族の娘は服を新調する際に自らブティックに出向くことはない。
その代わりに店の方から貴族の館に人を遣って、オーダーを受け、寸法どりをするのが普通だ。
急ぎの依頼であり、リオネルという服飾業界に通じた存在がいるからこそ、例外のような形で美鈴はこの店を訪れている。
「挨拶よりも、この間渡したデザイン画を持ってきてくれないか? 新しいドレスの……」
「ああ、あれなら、もうサンプルを仮縫いまでしてあるぞ。今、持ってくる。 ……ご令嬢、ご挨拶はまた後程」
さっと軽く一礼するとテオドールが店の奥に足早に消えていく。
リオネルは二人を上品なエンジ色のソファに座らせると、すでにテーブルの上に用意されていたポットのカフェをカップ注いで二人の前に差し出した。
「まあ、用意がいいこと」
ジャネットが感心したように言うと、リオネルはいたずらっぽく片目をつむって答えた。
「心ばかりのおもてなしさ。外は暑いからな、冷たいカフェ・ド・クレームだ」
しばらくの間三人でゆったりとカフェを飲んでいると、奥からテオドールが戻ってきた。
「お待たせを……。リオネル、仮縫いしたドレスだ!」
美鈴たちの目の前で広げられた包みから出てきたのは目の覚めるような鮮やかなレモンイエローのドレスだった。
眩しい日差しが降り注ぎ、街路樹から濃い影が伸びる夏の午後。
夏の外出着に相応しい、薄織の爽やかな白ドレス着替えた美鈴は、ジャネットと一緒にリオネルとの待ち合わせ場所に向かっていた。
「住所からいけば、この辺りですわね……」
手元の住所を記した紙と馬車の窓から見える街並みを交互に眺めつつ、ジャネットが呟いた。
ゆっくりと進んでいく馬車の窓から見える通りに面して軒を連ねる商店の店構えは見事なものだった。
服飾関係の店が集まる界隈らしく、道に面したショーウィンドウのガラスは磨き上げられ、美しく飾り立てられている。
華やかな通りの中でもひときわ目を引く、象牙色の石材を外壁に使った建物のアーチ状の入り口から一人の男性が車道に躍り出た。
「ま……! リオネルさまったら」
行き過ぎようとした馬車を止めたのはリオネルだった。
ルクリュ家を訪れる際のややフォーマルな装いとは違い、今日はシャツにベストを着けただけのラフないで立ちだ。
シャツの袖は肘までたくし上げられており、逞しい腕が剥き出しになっている。
「お待ちしておりましたよ、ミレイ嬢」
馬車の戸を開き、美鈴に手を差し伸べながら、リオネルはいつもの調子で話しかけてくる。
「こ、こんにちは……昨日は、どうも……」
彼の姿を見た瞬間に昨夜の出来事を思い出してしまった美鈴はリオネルの顔がまともに見られなった。
「ありがとう……ございました。リオネル」
その言葉を聞いた瞬間、リオネルの表情がふっと和らいだ。
俯く美鈴をじっと見詰めながら、手を貸し馬車から降ろすと、身を屈めて彼女の耳元にひそひそと囁く。
「こちらこそ……俺には、楽しい夜だった」
それだけ言うとリオネルはニンマリと笑い、悠々と顔を上げると美鈴に続いて馬車から降りたジャネットを振り返った。
「ジャネットも、よく来てくれた。わざわざご令嬢に足を運ばせてしまったのだから、充分なおもてなしをさせてもらうよ」
悪戯っぽくそう言うと、リオネルは二人をブティックの入り口に導いた。
アーチ状の石造りのファサードには天使のような羽が生えた子供の像が二体彫り込まれている。
重厚な木の扉から一歩中に入ると、そこは広々とした来客用のスペースになっており、長椅子やテーブル、そしてなによりトルソーにかけられた色とりどりのドレスが並んでいた。
昨夜リオネルの部屋で見たものよりも、貴婦人から年若い令嬢まで幅広い年齢のために作られたのであろう様々なスタイルのドレスが陳列されている。
「まあ……! こんなにもステキなドレスがあるなんて。目移りしてしまいそうですわね、お嬢様」
楽しそうに笑いかけてくるジャネットに微笑みを返しながら、美鈴は店の中をさり気なく見回してみた。
来客用スペースの向こう、奥の部屋は工房になっているようで、お針子娘たちが忙しく立ち働いている。
娘たちの中には30代くらいだろうか、とび色の髪の快活そうな紳士が混ざってあれこれと指示を出している。
グレーのズボンに夏らしく淡いグリーンの粋な上衣をひっかけた彼は、リオネルが軽く合図をすると、急ぎ足で奥から美鈴たちのものにやってきた。
「よくぞ、おいでくださいました。ルクリュ家のお嬢様。この度は私どもの店までわざわざお運び頂きまして……」
「堅苦しい挨拶はいいよ、テオドール」
深々と頭を下げる紳士の長口上を、リオネルが茶目っ気たっぷりに間に入って遮ってしまう。
「そう言われても……! わざわざご令嬢が足を運んでくださっているのに、挨拶しないわけにいかないだろう!」
彼の言う通り、上流貴族の娘は服を新調する際に自らブティックに出向くことはない。
その代わりに店の方から貴族の館に人を遣って、オーダーを受け、寸法どりをするのが普通だ。
急ぎの依頼であり、リオネルという服飾業界に通じた存在がいるからこそ、例外のような形で美鈴はこの店を訪れている。
「挨拶よりも、この間渡したデザイン画を持ってきてくれないか? 新しいドレスの……」
「ああ、あれなら、もうサンプルを仮縫いまでしてあるぞ。今、持ってくる。 ……ご令嬢、ご挨拶はまた後程」
さっと軽く一礼するとテオドールが店の奥に足早に消えていく。
リオネルは二人を上品なエンジ色のソファに座らせると、すでにテーブルの上に用意されていたポットのカフェをカップ注いで二人の前に差し出した。
「まあ、用意がいいこと」
ジャネットが感心したように言うと、リオネルはいたずらっぽく片目をつむって答えた。
「心ばかりのおもてなしさ。外は暑いからな、冷たいカフェ・ド・クレームだ」
しばらくの間三人でゆったりとカフェを飲んでいると、奥からテオドールが戻ってきた。
「お待たせを……。リオネル、仮縫いしたドレスだ!」
美鈴たちの目の前で広げられた包みから出てきたのは目の覚めるような鮮やかなレモンイエローのドレスだった。
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