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19-1 伯爵家からの手紙
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「お目覚めですか? ミレイお嬢様……」
ジャネットの軽やかな声がまだ完全に夢から覚め切っていない頭をしゃんとさせてくれる。
「……おはよう? ジャネット」
舞踏会から帰宅した後、帰りを待ってくれていたジャネットに手伝ってもらいながら、身支度をしてベッドに潜り込んだところまでは覚えている。
疲れのせいかすぐに眠りにおちることができたのは幸いだったけれど、短い夢の連続で熟睡することはできなかった。
初めての舞踏会で気分が高揚していたせいだろうか。それとも……。
帰りにあんなことがあったから……?
あの後、リオネルはあくまで紳士的に美鈴を屋敷まで送り届け、ジャネットに彼女を託した。
その時、美鈴の片手をとり、遠慮がちに軽くキスを落としてから「また、近いうちに」と小声で言い添えて彼は去っていったのだった。
いつものリオネルらしくない振る舞いになぜか肩透かしを食らったような気分になったのが自分でも不思議だった。
昨日の出来事を思い返しながら美鈴がボンヤリとしていると、見かねたようにジャネットがベッドの傍まで進んできて声をかけた。
「ふふふ、また、難しい顔をして!」
ジャネットが茶化すように美鈴の前で腰に手を当て、ベッドに実を起こしたままの彼女にグイと顔を近づけた。
「いけませんわ。お嬢様。せっかく晴れの舞台を踏んだというのに、そんな仏頂面をしていては」
ジャネットにそう言われて思わず美鈴は自分の頬に手を当てた。
「わたし……そんな不機嫌そうな顔してた?」
自分では全く意識していなかっただけに、ショックを受けた美鈴は恐る恐るジャネットに尋ねた。
美鈴の真剣な様子にジャネットはつい真顔を崩して噴き出してしまった。
「お嬢様ったら……!」
目尻に涙が浮かぶほどにひとしきり笑った後、ジャネットは美鈴の身支度に取り掛かる。
「大丈夫ですよ。いつも通り、とてもお綺麗です。それよりも、聞かせてくださいな。昨夜どんな素敵なことがあったのか」
バスタブに湯をためる間、ジャネットは鏡台の前に座った美鈴の髪を丁寧に梳きながら、淡々と語られる『昨夜の出来事』に耳を傾けた。
適度な相槌に的確な質問。
元いた世界でもジャネットほどの聞き上手にはついぞ出会ったことがなかった。
「それにしても、昨夜のリオネル様はちょっと様子がおかしかったですわね」
ふとジャネットが漏らしたひと言に胸がドキリと高鳴る。
なるべく平静を装いながら美鈴は後ろのジャネットを鏡越しに見つめた。
「……わたしには、いつもと変わらないように思えたけど。例えば、どこが?」
もちろん、昨日リオネルの家に寄ったことはジャネットには伏せてある。
それでも生来勘がよくリオネルとの付き合いも長い彼女には何か思うところがあるようだった。
「いえ、わたしには何だか……。まるで何か反省をしているような、しょんぼりした様子に見えたので」
しょんぼり……?あの、リオネルが……?
堂々として自信に満ちた偉丈夫の上、美男子。
女性たちの眼差しを射止めることに長けた彼になんと似つかわしくない言葉だろう。
今度は美鈴が噴き出す番だった。
「リオネルが? 彼が落ち込むことなんてあるのかしら……」
「ええ、わたしの思い違いかもしれませんが……」
髪を梳く手を止めることなく、ジャネットはやや目を伏せて続けた。
「昔、ミレーヌ様とケンカをしたときなど、リオネル様はよく昨夜のような表情をされていました。……なつかしくて」
13歳で亡くなったルクリュ子爵家の一人娘、ミレーヌ嬢。
子爵の甥であるリオネルは令嬢の1歳年上と年も近く親しく行き来していたと美鈴は聞いている。
ミレーヌが他界して14年、今は28歳になるリオネルの子供時代。
ましてや、外見的な美点に加えて女性の扱いも上手い彼が、子供時代とはいえ女の子とケンカをする場面など美鈴には想像もつかなかった。
「ミレーヌ様も、芯は強い方だったので……。もちろん普段は仲良くされていましたが、時にはちょっとした口ゲンカくらいあったようですわ」
「そう……。子供の頃ね」
ふいに、美鈴の頭の中に小さなリオネルの姿が浮かんだ。
黒髪巻き毛の意志が強く利発そうな少年……。
思いがけず頭に浮かんだそんなイメージに美鈴はふっと軽い笑みを浮かべた。
……何を考えているのかしら。わたし。
美鈴の微笑みを認めたジャネットが何かを言いかけようとしたその時。
階段を急いで上がる靴音が聞こえ、続いて美鈴の部屋のドアがノックされた。
何事かとジャネットは美鈴は目を見交わしたが、急いでドアに駆け付けて廊下に出た。
厚いドアに遮られて、外の会話は美鈴の耳には届かない。
何があったのか皆目見当もつかないまま、美鈴はドアを見守った。
ジャネットがドアの向こうに消えてしばらく経った後、再び階段を下っていく足音が聞こえた。
それとほぼ同時に、ジャネットがドアを開けて美鈴の元に戻ってくる。
こころなしか、ジャネットの頬はピンク色に上気し、瞳は輝いているようだった。
「お嬢様、素晴らしいお知らせですわ……!」
彼女には珍しく興奮した様子でジャネットは美鈴の手を取ると、椅子から立ち上がらせながらそう言った。
今にも手を取ったまま踊りだしそうな喜びようだ。
「伯爵家の御曹司から、お手紙が来たそうです。 ……ぜひ、ミレイお嬢様とお話がしたいと」
ジャネットの軽やかな声がまだ完全に夢から覚め切っていない頭をしゃんとさせてくれる。
「……おはよう? ジャネット」
舞踏会から帰宅した後、帰りを待ってくれていたジャネットに手伝ってもらいながら、身支度をしてベッドに潜り込んだところまでは覚えている。
疲れのせいかすぐに眠りにおちることができたのは幸いだったけれど、短い夢の連続で熟睡することはできなかった。
初めての舞踏会で気分が高揚していたせいだろうか。それとも……。
帰りにあんなことがあったから……?
あの後、リオネルはあくまで紳士的に美鈴を屋敷まで送り届け、ジャネットに彼女を託した。
その時、美鈴の片手をとり、遠慮がちに軽くキスを落としてから「また、近いうちに」と小声で言い添えて彼は去っていったのだった。
いつものリオネルらしくない振る舞いになぜか肩透かしを食らったような気分になったのが自分でも不思議だった。
昨日の出来事を思い返しながら美鈴がボンヤリとしていると、見かねたようにジャネットがベッドの傍まで進んできて声をかけた。
「ふふふ、また、難しい顔をして!」
ジャネットが茶化すように美鈴の前で腰に手を当て、ベッドに実を起こしたままの彼女にグイと顔を近づけた。
「いけませんわ。お嬢様。せっかく晴れの舞台を踏んだというのに、そんな仏頂面をしていては」
ジャネットにそう言われて思わず美鈴は自分の頬に手を当てた。
「わたし……そんな不機嫌そうな顔してた?」
自分では全く意識していなかっただけに、ショックを受けた美鈴は恐る恐るジャネットに尋ねた。
美鈴の真剣な様子にジャネットはつい真顔を崩して噴き出してしまった。
「お嬢様ったら……!」
目尻に涙が浮かぶほどにひとしきり笑った後、ジャネットは美鈴の身支度に取り掛かる。
「大丈夫ですよ。いつも通り、とてもお綺麗です。それよりも、聞かせてくださいな。昨夜どんな素敵なことがあったのか」
バスタブに湯をためる間、ジャネットは鏡台の前に座った美鈴の髪を丁寧に梳きながら、淡々と語られる『昨夜の出来事』に耳を傾けた。
適度な相槌に的確な質問。
元いた世界でもジャネットほどの聞き上手にはついぞ出会ったことがなかった。
「それにしても、昨夜のリオネル様はちょっと様子がおかしかったですわね」
ふとジャネットが漏らしたひと言に胸がドキリと高鳴る。
なるべく平静を装いながら美鈴は後ろのジャネットを鏡越しに見つめた。
「……わたしには、いつもと変わらないように思えたけど。例えば、どこが?」
もちろん、昨日リオネルの家に寄ったことはジャネットには伏せてある。
それでも生来勘がよくリオネルとの付き合いも長い彼女には何か思うところがあるようだった。
「いえ、わたしには何だか……。まるで何か反省をしているような、しょんぼりした様子に見えたので」
しょんぼり……?あの、リオネルが……?
堂々として自信に満ちた偉丈夫の上、美男子。
女性たちの眼差しを射止めることに長けた彼になんと似つかわしくない言葉だろう。
今度は美鈴が噴き出す番だった。
「リオネルが? 彼が落ち込むことなんてあるのかしら……」
「ええ、わたしの思い違いかもしれませんが……」
髪を梳く手を止めることなく、ジャネットはやや目を伏せて続けた。
「昔、ミレーヌ様とケンカをしたときなど、リオネル様はよく昨夜のような表情をされていました。……なつかしくて」
13歳で亡くなったルクリュ子爵家の一人娘、ミレーヌ嬢。
子爵の甥であるリオネルは令嬢の1歳年上と年も近く親しく行き来していたと美鈴は聞いている。
ミレーヌが他界して14年、今は28歳になるリオネルの子供時代。
ましてや、外見的な美点に加えて女性の扱いも上手い彼が、子供時代とはいえ女の子とケンカをする場面など美鈴には想像もつかなかった。
「ミレーヌ様も、芯は強い方だったので……。もちろん普段は仲良くされていましたが、時にはちょっとした口ゲンカくらいあったようですわ」
「そう……。子供の頃ね」
ふいに、美鈴の頭の中に小さなリオネルの姿が浮かんだ。
黒髪巻き毛の意志が強く利発そうな少年……。
思いがけず頭に浮かんだそんなイメージに美鈴はふっと軽い笑みを浮かべた。
……何を考えているのかしら。わたし。
美鈴の微笑みを認めたジャネットが何かを言いかけようとしたその時。
階段を急いで上がる靴音が聞こえ、続いて美鈴の部屋のドアがノックされた。
何事かとジャネットは美鈴は目を見交わしたが、急いでドアに駆け付けて廊下に出た。
厚いドアに遮られて、外の会話は美鈴の耳には届かない。
何があったのか皆目見当もつかないまま、美鈴はドアを見守った。
ジャネットがドアの向こうに消えてしばらく経った後、再び階段を下っていく足音が聞こえた。
それとほぼ同時に、ジャネットがドアを開けて美鈴の元に戻ってくる。
こころなしか、ジャネットの頬はピンク色に上気し、瞳は輝いているようだった。
「お嬢様、素晴らしいお知らせですわ……!」
彼女には珍しく興奮した様子でジャネットは美鈴の手を取ると、椅子から立ち上がらせながらそう言った。
今にも手を取ったまま踊りだしそうな喜びようだ。
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