2 / 85
01-1 温かい手と無礼な男
しおりを挟む
もう二度と、目を覚ますことはない……そう思っていたのに。
ふわふわと夢の中を漂うような浮遊感の後、一気に現実に引き戻されるような感覚。
目蓋に光を感じて、美鈴はゆっくりと目を開いた。
目の前には、ヨーロッパ系だろうか、心配そうにのぞき込んでいる外国人の男女……。
品のよいダークグリーンのドレスに身を包んだ中年の女性はなぜか、目に涙を浮かべていた。
「ミレーヌ、おお、あなた!ミレーヌが目を開けたわ!!」
あなた、と呼ばれた夫と思われる男性も瞳を潤ませて頷いた。
「本当に、あの子に生き写しだ……。あれが、もし生きていれば……!」
この男性も夫人と同様にクラシックでフォーマルなスーツを着ている。
混乱で頭がクラクラする。駅の階段から落ちて……奇跡的に助かったのだろうか?
徐々に感覚が戻ってきて、痛みなどは全く感じないかわりに、体全体が今まで経験したことのないくらい重く感じられた。
「リオネル! このお嬢さんを中に運んであげてちょうだい」
「はい。 叔父上、叔母様、ここは私にお任せを……」
とても大きな、温かい手……その手はこわれものを扱うような手つきで美鈴の肩に手を添え、優しく抱きおこした。
力強い腕がひざ下をしっかりと抱え込み、ふわりと、まるで空気を抱いているかのように軽やかに美鈴を抱き上げた。
霧がかかったような記憶の中で、その瞬間だけははっきりと覚えている。
美鈴を抱き上げた「男」の顔が目の前に大写しになり、太く形のよい眉の下の、印象的な瞳は美鈴の知る限り「ヘーゼル」とでも表現するのだろうか。
温かみのあるグリーンとブラウンが複雑に混ざったその瞳が、まぶしいものでも見たように細められ、男は整った口元を崩して、まるでいたずら好きの子供のようにニーッと笑った。
美鈴を抱き寄せるフリをしながら、男が美鈴の耳に唇を寄せる。
「……はじめ見た時は華奢に見えたが…なかなか魅力的なボディーラインでいらっしゃる」
美鈴にしか聞こえないヴォリュームで、しかしはっきりと男は言い放った。男の熱い息が耳朶にかかる。
「……!!!」
それが、初対面の人間に言う言葉……!?
頭にかかった靄(もや)が一瞬で晴れた瞬間だった。
ひっぱたいてやりたい……!
自分でも意外なほどカッとなった美鈴はそう思ったが、体は重怠く、とても思うように動かせる状態ではなかった。
玄関を入り、ホールを抜け……勝手知ったる足取りで男は屋敷の中を進んでいき、羽をふわりと落とすように、美鈴を客室のベッドに横たえた。
温かい手が、美鈴の額に触れ、ゆっくりと前髪をかき上げる。
見知らぬ男性に触れられて反射的に身を固くした美鈴を見つめる男の顔から、先ほどの好色そうな表情が消えていた。
美鈴の緊張を解きほぐそうとしているのか、男は優し気な瞳で美鈴を見つめながら労わるように頭を撫で続けた。
……?この男、一体なんなの……?
先の一瞬あれほど不快感を感じたにも関わらず、されるがままになっている自分に美鈴は戸惑いを感じていた。
しかし、それもつかの間、しばらくすると強烈な眠気と倦怠感が襲いかかってきて、目蓋は重く、指先は甘くしびれたように気怠くなっていき、ついには眠りの中に引き込まれてしまった。
ふわふわと夢の中を漂うような浮遊感の後、一気に現実に引き戻されるような感覚。
目蓋に光を感じて、美鈴はゆっくりと目を開いた。
目の前には、ヨーロッパ系だろうか、心配そうにのぞき込んでいる外国人の男女……。
品のよいダークグリーンのドレスに身を包んだ中年の女性はなぜか、目に涙を浮かべていた。
「ミレーヌ、おお、あなた!ミレーヌが目を開けたわ!!」
あなた、と呼ばれた夫と思われる男性も瞳を潤ませて頷いた。
「本当に、あの子に生き写しだ……。あれが、もし生きていれば……!」
この男性も夫人と同様にクラシックでフォーマルなスーツを着ている。
混乱で頭がクラクラする。駅の階段から落ちて……奇跡的に助かったのだろうか?
徐々に感覚が戻ってきて、痛みなどは全く感じないかわりに、体全体が今まで経験したことのないくらい重く感じられた。
「リオネル! このお嬢さんを中に運んであげてちょうだい」
「はい。 叔父上、叔母様、ここは私にお任せを……」
とても大きな、温かい手……その手はこわれものを扱うような手つきで美鈴の肩に手を添え、優しく抱きおこした。
力強い腕がひざ下をしっかりと抱え込み、ふわりと、まるで空気を抱いているかのように軽やかに美鈴を抱き上げた。
霧がかかったような記憶の中で、その瞬間だけははっきりと覚えている。
美鈴を抱き上げた「男」の顔が目の前に大写しになり、太く形のよい眉の下の、印象的な瞳は美鈴の知る限り「ヘーゼル」とでも表現するのだろうか。
温かみのあるグリーンとブラウンが複雑に混ざったその瞳が、まぶしいものでも見たように細められ、男は整った口元を崩して、まるでいたずら好きの子供のようにニーッと笑った。
美鈴を抱き寄せるフリをしながら、男が美鈴の耳に唇を寄せる。
「……はじめ見た時は華奢に見えたが…なかなか魅力的なボディーラインでいらっしゃる」
美鈴にしか聞こえないヴォリュームで、しかしはっきりと男は言い放った。男の熱い息が耳朶にかかる。
「……!!!」
それが、初対面の人間に言う言葉……!?
頭にかかった靄(もや)が一瞬で晴れた瞬間だった。
ひっぱたいてやりたい……!
自分でも意外なほどカッとなった美鈴はそう思ったが、体は重怠く、とても思うように動かせる状態ではなかった。
玄関を入り、ホールを抜け……勝手知ったる足取りで男は屋敷の中を進んでいき、羽をふわりと落とすように、美鈴を客室のベッドに横たえた。
温かい手が、美鈴の額に触れ、ゆっくりと前髪をかき上げる。
見知らぬ男性に触れられて反射的に身を固くした美鈴を見つめる男の顔から、先ほどの好色そうな表情が消えていた。
美鈴の緊張を解きほぐそうとしているのか、男は優し気な瞳で美鈴を見つめながら労わるように頭を撫で続けた。
……?この男、一体なんなの……?
先の一瞬あれほど不快感を感じたにも関わらず、されるがままになっている自分に美鈴は戸惑いを感じていた。
しかし、それもつかの間、しばらくすると強烈な眠気と倦怠感が襲いかかってきて、目蓋は重く、指先は甘くしびれたように気怠くなっていき、ついには眠りの中に引き込まれてしまった。
1
お気に入りに追加
632
あなたにおすすめの小説
平凡な女には数奇とか無縁なんです。
谷内 朋
恋愛
この物語の主人公である五条夏絵は来年で三十路を迎える一般職OLで、見た目も脳みそも何もかもが平凡な女である。そんな彼女がどんな恋愛活劇を繰り広げてくれるのか……?とハードルを上げていますが大した事無いかもだしあるかもだし? ってどっちやねん!?
『小説家になろう』で先行連載しています。
こちらでは一部修正してから更新します。
Copyright(C)2019-谷内朋
27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?
藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。
結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの?
もう、みんな、うるさい!
私は私。好きに生きさせてよね。
この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。
彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。
私の人生に彩りをくれる、その人。
その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。
⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。
⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。
琴姫の奏では紫雲を呼ぶ
山下真響
恋愛
仮想敵国の王子に恋する王女コトリは、望まぬ縁談を避けるために、身分を隠して楽師団へ入団。楽器演奏の力を武器に周囲を巻き込みながら、王の悪政でボロボロになった自国を一度潰してから立て直し、一途で両片思いな恋も実らせるお話です。
王家、社の神官、貴族、蜂起する村人、職人、楽師、隣国、様々な人物の思惑が絡み合う和風ファンタジー。
★作中の楽器シェンシャンは架空のものです。
★婚約破棄ものではありません。
★日本の奈良時代的な文化です。
★様々な立場や身分の人物達の思惑が交錯し、複雑な人間関係や、主人公カップル以外の恋愛もお楽しみいただけます。
★二つの国の革命にまつわるお話で、娘から父親への復讐も含まれる予定です。
お飾り王妃のはずなのに、黒い魔法を使ったら溺愛されてます
りんりん
恋愛
特産物のないポプリ国で、唯一有名なのは魔法だ。
初代女王は、歴史に名を残すほどの魔法使い。
それから数千年、高い魔力を引き継いだ女王の子孫達がこの国をおさめてきた。
時はアンバー女王の時代。
アンバー女王の夫シュリ王婿は、他国の第八王子であった。
どこか影の薄い王婿は、三女ローズウッドを不義の子ではと疑っている。
なぜなら、ローズウッドだけが
自分と同じ金髪碧眼でなかったからだ。
ローズウッドの薄いピンク色の髪と瞳は宰相ククスにそっくりなのも、気にいらない。
アンバー女王の子供は四人で、すべて女の子だった。
なかでもローズウッドは、女王の悩みの種だ。
ローズウッドは、現在14才。
誰に似たのか、呑気で魔力も乏しい。
ある日ストーン国のレオ王から、ローズウッド王女を妻にしたいとうい申し出が届いた。
ポプリ国は、ストーン国から魔法石の原料になる石を輸入している。
その石はストーン国からしか採れない。
そんな関係にある国の申し出を、断ることはできなかった。
しかし、レオ王に愛人がいるという噂を気にしたアンバー女王は悩む。
しかし、ローズウッド王女は嫁ぐことにする。
そして。
異国で使い魔のブーニャンや、チューちゃんと暮らしているうちに、ローズウッドはレオ王にひかれていってしまう。
ある日、偶然ローズウッドは、レオ王に呪いがかけられていることを知る。
ローズウッドは、王にかけられた呪いをとこうと行動をおこすのだった。
ヤクザのせいで結婚できない!
山吹
恋愛
【毎週月・木更新】
「俺ァ、あと三か月の命らしい。だから志麻――お前ェ、三か月以内に嫁に行け」
雲竜志麻は極道・雲竜組の組長を祖父に持つ女子高生。
家柄のせいで彼氏も友達もろくにいない人生を送っていた。
ある日、祖父・雲竜銀蔵が倒れる。
「死ぬ前に花嫁姿が見たい」という祖父の願いをかなえるため、見合いをすることになった志麻だが
「ヤクザの家の娘」との見合い相手は、一癖も二癖もある相手ばかりで……
はたして雲竜志麻は、三か月以内に運命に相手に巡り合えるのか!?
【完結】ひとりぼっちになった王女が辿り着いた先は、隣国の✕✕との溺愛婚でした
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
側妃を母にもつ王女クラーラは、正妃に命を狙われていると分かり、父である国王陛下の手によって王城から逃がされる。隠れた先の修道院で迎えがくるのを待っていたが、数年後、もたらされたのは頼りの綱だった国王陛下の訃報だった。「これからどうしたらいいの?」ひとりぼっちになってしまったクラーラは、見習いシスターとして生きる覚悟をする。そんなある日、クラーラのつくるスープの香りにつられ、身なりの良い青年が修道院を訪ねて来た。
【完結】君は友人の婚約者で、どういう訳か僕の妻 ~成り行きで婚約者のフリをしたら話がこじれ始めました。いろいろまずい
buchi
恋愛
密かにあこがれていた美しい青年ジャックと、ひょんなことから偽装結婚生活を送る羽目になったシャーロット。二人は、贅を尽くした美しいホテルの組部屋に閉じ込められ、二人きりで過ごす。でも、ジャックは冷たくて、話さえしてくれない。実は好き同士のじれじれ物語。
猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました
あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。
どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる