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第七章 勇者フォルス=ヴェル

第53話 神殺しの剣技

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 こおりついてた風景が溶解し、風が頬を撫でる。
 フォルスは空を見上げ、可能性を喰らう魔剣・時滅剣クロールンナストハを抜いた!!


 剣を持つ手から力が心に伝わり、脳を刺激する。
 暴虐たる力に震えてきた心は歓喜に打ち震え、地上に影を作る巨大な敵を討つための知識が脳漿へ宿る。

 体全身、四肢の指先、髪の一本一本にまで力が広がっていく中、か細い女性の声が漏れる。

――友よ、私はあなたと出会えたこと、友であったことを誇りに思う。だけど、悲しいかな……私はあなたに会えない――


 これは胸の内に秘匿すべき女性の心だった。
 フォルスに伝えてはならない心。
 だが、幸いという言葉が適当かどうかはわからぬが、女性の声はフォルスに届いていなかった。
 彼の意識は敵に集まり、滅さんと動いた!

 地面を蹴り、風切り音もなく瞬時に古代龍とラプユス・アスカの間に現れ空に立つ。
 右手に剣を持ち、戦いへの気負いもなく純白な瞳を見せる人の姿は、龍の心に脅えを走らせた。

 龍は人に恐怖を感じた。矮小な存在だと見くびっている相手に龍のうろこが逆立つ。万を生きる存在が十八の青年に怯える。
 偉大なる古龍は自身に生まれた感情を否定しようと、初撃よりも強く重い一撃をあぎとより放つ。

 空を切り裂く黒の線が小さき存在――フォルスへ向かう!
 彼は剣を握りしめ、腰を落とす。
 頭の中に誰かの声たちが聞こえる。


『これは私の必殺技であってな。フォルス殿ならば会得可能だとみておる」
『こら、余計なことを教えよって! ワシを殺せる存在をぽんぽこ生むではない!」
『ははは、本気のアスカ殿を殺せるほどではござらんであろう。ですが、一太刀切り結ぶことは可能であろうな』
『この、言うたな! 以前ぼこぼこにしてやったことを忘れたのか? 良いじゃろう、久しぶりにぼこぼこにしてやろう!』
『おや、手合わせですかな? それは構わぬが、以前の私だと侮ってもらっては困りますな』

 アスカと聞き覚えのない中年の男性の会話。
 二人はとても親し気に会話をしている。
 フォルスはそんな二人の姿を微笑み見ている自分の姿を描く。

 とても懐かしく、とても穏やかな時間。
 心を包む暖かな感情が知識へ変わり、脳を刺激する。


「これは……この技は……? これならばっ、一瞬で終わらせることができる!」

 龍の暴虐たる力が迫る。
 フォルスの両眼りょうまなこは黒の波を見つめ、剣を振るう!!

「ノルド流魄技こんぎ・絶の剣! 一太刀・無限!!」

 空より、フォルスの声が木霊する。
 地に根を生やし空へ瞳を寄せることしかできぬ者たちは不可思議な光景を見た。
 言葉を発した青年は龍の正面に居たはず。
 だが、いま彼は、龍の背後に佇む。

 彼の背後にある黒の巨躯は一寸の揺らぎもなく石のように固まっている。
 いや、巨躯だけでない!
 龍のあぎとより放たれた暴虐たる黒の力も王都へ届くことなく途中で固まっていた。
 全てが制止する空間。それはまるで、一枚絵に封じられた龍の絵……。


 その絵には真一文字の白の線が走っていた。
 線は黒の力と黒の胴体をいでいる。

 空に寄せた瞳たちは耳に音を聞いた。
 それはぴしりとガラスにひびが入る音。
 瞳たちは音の正体を知ろうとまなこを剥き出しにして空に浮かぶ絵を見る。

 真一文字に結ばれた線――そこから新たに木々の枝葉の如く線が生まれ、絵にひびを書き加えていく。
 そのたびにぴしりぴしりと音が重なり、やがては一部が欠けた。

 ぼろぼろと、ぼろぼろと、絵が零れ落ちていく。
 龍が放った黒の光線も龍の体も、真一文字の線から広がる枝葉に飲み込まれ、ひび割れ、砕け散っていく。

 零れ落ちる欠片たちにもまた枝葉が走り、さらに細かく砕かれ、やがては塵となり、消えた。

 
 空には確かに龍がいた。
 山の如き大きさを持った黒の龍がいた。
 龍が放った暴虐の力があった。
 だが、今は、何もない。
 
 血塗られた戦場には不似合いな突き抜けるような青空が存在するのみ……。
 誰もが沈黙を纏い、風さえもまた音を生むことはない。
 完全なる空白の世界。

 フォルスは空から地上へ舞い戻り、そっと時滅剣クロールンナストハの時計を見た。



――ラプユス・アスカ

 理解が及ばぬ事象にラプユスが独り言ような疑問を口にする。
 それを、この世界で唯一、フォルスの技を知る者が答えた。

「な、な、なんですか……今のは……?」
「あの剣技は、対象を別次元へ封じ込めて、次元ごと切り裂く剣。神すら殺せる剣の技」
「神を殺せる? アスカさんはアレを知っていて?」

 アスカは質問に答えず、無言のまま全身を震わせる。
(馬鹿な馬鹿な馬鹿な! フォルスが放った技は――勇者のおっさんの技ではないか!? ど、どういうことじゃ? 何故、フォルスが勇者のおっさんの技を? 時滅剣クロールンナストハは可能性を喰らう剣――可能性? まさか!?)


 アスカは血が滲むほどの勢いで自身の親指を噛む。
(まさか…………勇者のおっさんがこの世界に訪れる可能性があるというのか!? いやいや、仮にあったとしてもいま使用されたのでもう――違う! 無数にその可能性があるとするならば、その一つが使用されただけのこと。ということは、今後、勇者のおっさんが訪れる可能性が? それは……つまり、つまり、つまり、つまりは!?)

 
 アスカの頭に、とある二人の人物が浮かぶ。

 逞しい体を持つ剣士の姿と、彼の背後に佇む青の服に白いエプロンを纏う少女の姿。
 少女の名は――アスカの天敵、ミュール!


「ぷぎゃぁあぁぁあぁぁぁあぁあっぁっぁ!!」

「ア、アスカさん、突然どうしたんですか!? お尻の穴に棒を突っ込まれた豚さんみたいな悲鳴を上げて!?」
「なんじゃその例えは!? おぬしは豚の尻に棒を突っ込んだことがあるのか!? そ、そんなことよりもどうすれば?」

「なにか心配事でも?」
「なななななんああなななな、何にもないのじゃ?」
「いえいえいえ、アスカさんだけに局地的な地震が発生したみたいに震えてるじゃないですか?」

 このラプユスの問いかけはアスカには届かず、彼女は恐ろしき未来に思考を張り巡らせる。
(落ち着けワシ。必ずしもミュールが来るとは限らん。じゃが、可能性があるなら、早いところこの世界から逃げ出す算段を考えねば! さもなくば、死ぬより恐ろしい目に遭わされる……)



――お尻の穴に棒を突っ込まれた豚のような悲鳴が戦場を木霊する。

 この声に刺激を受けた大将軍ウォーグバダンははたと我に返った


――ぷぎゃぁあぁぁあぁぁぁあぁあっぁっぁ!!――


「はっ!?」
 彼は空から瞳を降ろし、戦場のそこかしこに視線を飛ばす。
 誰もが空白に包まれ動きを止める。
 敵の数は倍以上だが、彼らもまた、空を見上げたまま固まっている。
 
 空からは敵を鼓舞する存在が一瞬にして消え去った。
 逆にこちらは恐怖の対象が消え去り、希望を取り戻した!
 彼は戦場に降り立った希望の青年を見つめる。

「好機!!」

 大将軍ウォーグバダンは剣を高らかに掲げる。
「全軍に告ぐ! 魔族の切り札であった古代龍エンシェントドラゴンは救国の英雄・勇者フォルス=ヴェルによって討ち取られた! ここが好機ぞ! 魔族を蹂躙せよ!! 全軍、突撃ぃ!!」

 年甲斐もなく、肩書きも忘れ、大将軍ウォーグバダンは先陣を切って戦場を駆け抜ける。
 兵士たちも大将軍の後を追い、剣や槍を握りしめ、敵へ突貫する。
 
 対照的に魔族たちは切り札を失い、さらには四騎士の敗北を前にしていくさへの高揚感は消え失せ、代わりに絶望が彼らの心が覆っていた。
 冷静であれば、数は多く、人よりも強い魔族にはまだまだ余力があるはず。
 しかし、心がそれを許さない。


 恐怖が先立ち、やいばを握る手から力を奪う。
 彼らは戦いの意思を奪い去った存在を見る――名は勇者フォルス=ヴェル。
 古代龍エンシェントドラゴンをただの一刀で消し去った男。

 大将軍ウォーグバダンは機を良く知り、声を上げる。
「勇者フォルス=ヴェルを称えよ! 我らには勇者の加護がある! 勇者の名と共に魔族へ恐怖を刻め!!」

「「「フォルス=ヴェル! フォルス=ヴェル! フォルス=ヴェル!」」」

 勇猛な兵士たちの声を耳奥に浸透させながら、ウォーグバダンはフォルスを見た。
(私の代では歴史に大きな変化もなく終わると思っていた。だが、大きな変革が起こりそうだ。恥かしながら、遥か年下の青年の姿に胸が熱くなっている)

 彼は逸る心の鐘のにそっと手を置く
(今日、この時より、歴史が動く!)

 大将軍ウォーグバダンはフォルスから視線を切り、再び戦場へ向ける。
 戦場に響き渡る勇者フォルス=ヴェルの名。
 兵士たちは勇者の名を称え、心に勇気を宿す。
 勇者の名は敵へ怯え与え、心を恐怖に蹂躙する。

 いかに数が勝ろうと力が勝ろうと、心がともなわなければ戦いなど不可能。
 勝敗は決した。


 空白の戦場に再び、怒声と悲鳴と剣戟が戻った。
 その中で大きな空白が残る。
 それはフォルスが立つ場所。

 敵は畏怖の念をってフォルスを見つめ、味方は畏敬の念をってフォルスを瞳に宿す。
 双方にとって近寄りがたき存在。

 敵と味方に包まれるフォルスは時滅剣クロールンナストハの時計を見つめていた。

「時計の針が……進んでいない。長針も、短針も、秒針も……」


――いま、あなたが手にしている可能性は無限の可能性。これまで使用してきた有限の可能性とは違う――
――無限の前に時計の針など意味を為さない――


「無限の可能性……今まで使用してきたのは有限の可能性? 何が違うんだ?」
 彼は頭をひねる。
 しかし、答えなど出ようはずがない。
「はぁ、わかんないや」
 そう言って、彼は辺りを見回した。
 敵と味方が距離を取りつつ見守り、他の場所では人間族が魔族を追い立てている。

「この調子だとここは大丈夫そうだな。みんなのところに戻ろう」
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