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第七章 勇者フォルス=ヴェル

第50話 蹂躙

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 まず、アスカが前に出る。
 彼女は四騎士の中で最も巨漢の男・山壊のブルブリンを親指で差す。
「あのデカブツはワシが遊んでやろう」

 次にレムが明哲のデガンへ顔を向ける。
「あちらの、メガネは、私が……」

 ラプユスが一歩踏み出し、ララへ声を掛ける。
「では、あっちのお猿さんっぽい人を私が……とはいえ、戦闘は皆さんより苦手なので、ララさん。ご協力お願いできますか?」
「うん、いいけど。さっきのあんたを見たあとだと、ちょっと怖さが尾を引いて」
「ほぇ?」
「ほぇって、可愛く返されても。ま、悔しいけど勇者や魔王様と比べると私たちじゃね。アスカは大丈夫なの?」

「全然OKじゃよ。そういうことでシャーレはドキュノンとやらを嬲ってやれ」
「ええ、そうする」


 五人の少女は魔王軍が誇る四騎士の前に立った。
 魔王シャーレや勇者レムならまだしも、幼き少女にまで見下された四騎士は怒り心頭に発する。

「なめやがってぇ!」
「ふむ、私の相手は勇者レムと……まさか、伝説と戦うことになろうとは」
「誰が猿だよ! へん、いくらデュセイア家の一族とはいえ所詮は女。聖女がおまけで付いたって、やられたりしないっての!」
「ふ~、あのような少女が相手とは……勝利しても恥にしかならぬな。まぁ、よい。戦場に性別の年齢も関係ない。り潰すとしよう!」

 
 真っ先に飛び出したのは山壊のブルブリン。
 彼はアスカのちっちゃな体を巨大な拳で叩き潰そうとした。
 それをひらりと躱して、アスカは素早くブルブリンの背後に回るが、彼は地面を蹴って大きく飛び退いた。


「ほほ~、良い反応じゃ」
「ふん、そちらもな。なるほど、シャーレ様と旅をしているだけあってただの少女ではなさそうだ」
「龍じゃからな。さて、ワシらにこんな良い戦いをする気はない。蹂躙する予定じゃからな。シャーレ!」

「ええ、始めましょう!」



――――人魔に声届きし魔王軍四騎士と少女たちの戦い。
 いや、戦いですらなかった。

 シャーレの宣言通り、力による蹂躙――

 
 山壊のブルブリンは幾度もアスカへ拳をぶつけようとしたが、かすりもしない。
「おのれ、ちょこまかと!」
「力はそこそこじゃが動きに無駄が多いの~。ほれ、わき腹にスキがあるぞ」

 そう言って、ぺちりとわき腹を平手打ちする。
 それ自体に何らダメージなどない。

 だが、アスカはこれをひたすら繰り返していた。
 ブルブリンの隙を指摘して、その箇所を平手打ちするという心の蹂躙を……。

「おのれ~!! たとえ、貴様の動きが素早かろうと、力がなければ意味がない!」
阿呆あほうめ、その気になれば一撃でほふれるわ。しかしの、力の回復がままならぬ状況では無駄遣いをしたくない。よって、省エネ運転じゃ」
「クッ! 舐めたことを言いおって!! だが、そのしょうえねとやらでこの我を倒せると――」
「倒せるぞい。武の極みは力にあらず、技にありじゃ。ほれ、終わりじゃ」
「なっ!?」


 ブルブリンは不意にめまいのような感覚に襲われる。
 次の瞬間にはアスカが逆さまになっていた。

「何故貴様が逆さま――いや、我が、がはぁ!!」

 ブルブリンは頭から地面へ突っ込んだ。
 そう、アスカが逆さまになったわけではない。逆さまだったのはブルブリン。
 彼の頭は地面に激突するが、持ち前の丈夫さを頼りに何事もなく立ち上がろうとした。しかし、四肢が反応しない。

「な!? 体が動かぬ――?」
「ふふ、ちょいと脊椎をずらしてやったからの。もう、おぬしは動けぬよ」


 離れた場所からアスカの戦いぶりを見ていたレムが賞美しょうびを声に表す。
「ブルブリンが、拳を突き出した瞬間、力を受け流し、さらには制御して、巨漢を逆さまにするとは。その際に、脊椎を破壊する。アスカは、武の極みに、立っているのですね」

 彼女はよそ見をしながら、明哲のデガンが水晶から繰り出す魔法を軽く剣を振るだけでかき消している。
 冷静沈着さが売りのデガンはその影もなく吠える。

「私を無視するなぁぁ~!!」
「無視は、していません。とても良い、リハビリに、なっていますし」
「このくそあまがぁ!」

 デガンはありったけの魔力を水晶に込めようとした。
 それにレムが嘆息で返す。
「ふぅ、もう、リハビリは十分ですね。終わりましょうか」
「へっ? ――あがっ!」

 レムが僅かに身を屈めると、次にはデガンの懐にいた。
 大剣の柄頭つかがしらがデガンのみぞおちに深くねじ込まれている。
 彼女が剣を引くと、デガンは地面に顔を打ちつけて沈んだ。

「ふむ、これが、この時代の、五騎士ですか? 何かしらの力を借りて、これでは、シャーレは苦労したでしょう」


 レムはシャーレへ顔を向ける。
 シャーレの前には襤褸ぼろ切れになったドキュノンの姿。
 服のあちらこちらが破け、剥き出しとなった皮膚は血化粧に彩られ、剣の刃の半分は失われていた。
 彼は慚愧を漏らし続ける。

「くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、こんなはずじゃ!」
「はい、次。足を狙うから」
「ひっ!」

 風の槍がドキュノンの左足を穿たんとする。
 それを彼は地面に転がりながらも辛うじてよけた。
 だが、すぐさまシャーレは新たな魔法を浴びせる。

「次、上から炎の雨が降る」
 宣言通り、炎の霧雨きりさめがドキュノンへ降り注いだ。
 粒のような炎のため致命傷を負うことはないが、肌を焦がすには十分すぎる熱量。

 皮膚を炙られる痛みにドキュノンは悲鳴を上げた。
「ひぎぃぃいぃぃ! あついあついあついあつい!!」
 彼はさらに地面を転がり、熱から逃げ続ける。

 三騎士はアスカ、レム、シャーレを前にして、戦いらしい戦いもできずにただ嬲られる。


 三つの戦いの様子を見ていたラプユスがララへ声を掛ける。
「ララさん、ララさん! あっちは余裕みたいですよ。こっちもお茶の子さいさいで終わらせないと!」
「わかってるって! この猿がちょこまか動くから! くらえ、チャクラム!」

 ララはふわりと浮かび上がり、腰元にぶら下がっていた二本の円月輪チャクラムを風葬のアースへ放ち、首元を切り裂こうとした。

「おっと」
 だが、事も無げにアースは短剣で叩き落す。

「あっぶないあっぶない」
「このっ、落とすな! おとなしく喉笛掻っ切られて死ね!」
「無茶苦茶言うなぁ。でも困った。他のみんなはやられちゃったし。こっちはこっちでお互い決めてに欠けて泥仕合。ララの隙を突いても聖女が結界で邪魔をするし、聖女を攻撃しようとするとララが蝙蝠たちを使い邪魔をするし……いったん、僕だけ退こうかな?」

「はぁ? 逃がすと思ってんの?」
「足には自信があってね。僕だけならこの顔ぶれを相手にしても逃げる自信はあるんだよ」
「仲間を置いて逃げようとするなんて五騎士の名が泣くよ!? 誇りってもんがないの?」
「そだね~。あ~、耳が痛い」


 アースは全く動じた様子もなく耳をほじっている。
 そして、周囲をさっと見回して足元に僅かに力を入れた。
 その動作の意味をララは知る。

(逃げる気ね! させるかっての!)
「ラプユス、私に合わせて!」
「え、なにをですか?」
「私の行動を見てなんとなくわかって! 使うのは得意技! 行くよ!」
「ええ~、なんですかその大雑把な指示は?」

 ラプユスの文句を後にして、ララは空へ飛び上がる。
 そして、腰に何重にも巻いたベルトからナイフを無数取り出して、それをアースへと降り注いだ。
「ぶっとべぇぇぇぇ!」
「爆弾付きナイフか!?」

 面を埋めるように降り注ぐナイフの雨をアースは縫うように躱していく。
 だが、躱してもナイフたちから逃れることは許されない。彼らの先端が地面に突き刺さると爆発を起こして、熱と衝撃波が周囲に広がった!


「あっつぅぅ! いったぁぁぁ! だけど――」

 アースは悲鳴を漏らしたものの、傷はさほどではない。
 彼は爆炎により生まれた煙と砂埃を見て口元を緩めた。

「いい感じに幕になってる。ありがとう、ララ。じゃ、またね」

 彼は魔力を脚へ流し、自慢の脚力でこの場から撤退を図ることにした。
 身を屈め、風切り音とともに彼の姿が消える――が、すぐさま彼は何かにぶつかり悲鳴を上げた。

「っがぁぁ! いった! なに? 何かにぶつかった!?」

 彼は鼻先から滴り落ちる鼻血を拭いながら、もう一つの手をぶつかった何かへ向ける。
 指先は透明な壁にぶつかった。
 指先を手のひらへ変えて壁を撫でる。そして、その正体を知る。


「これって……結界か!?」
「ぴんぽ~ん、おおあたり~」

 戦場に流れゆく風が土と煙の弾幕をかき消していく。
 視界がひらけたところでアースが認識したのは、真四角の結界に閉じ込められた自分と、両手を腰に当ててふんぞり返っているララ。そして、結界を発動しているラプユスの姿。
 ララは満面の笑顔でラプユスヘ話しかける。

「ナイス! 私のやりたいことよくわかったね?」
「弾幕は攻撃側に好機。相手にとっては逃げる好機。私に連携を求めて得意技を所望したということは、結界を生んで敵の逃走を阻んで欲しいということですからね」
「良い勘ね。さすがは聖女」

「お褒めに預かりありがとうございます。それで、これからどうするんですか? 彼を虜囚にも?」
「いえ、きっちり落とし前をつける。こいつらのまとめ役ルフォライグには世話になったからね」
「それでは、結界を狭めてプチっと?」
「え、できるの?」

「まぁ、やれますよ。見ていて気持ち良いものじゃありませんけど……ララさんがそういったご趣味をお持ちなら、やりましょうか?」
「いやいやいや、持ってないから。そもそもそんな発想すらないから! なんでそんな残酷なこと思いつけるの?」

「そうですか? 普通の発想だと思いますけど?」
「普通じゃない……とりあえず、結界にこぶし大の穴とか空けられる?」
「はい」
「じゃ、お願い」


 ラプユスは言われた通り、拳ほどの大きさの穴を結界に開けた。
 もちろんそこからアースが逃げ出すなど不可能。
 そのアースはというと、先ほどのラプユスの空恐ろしい提案を前に、若干顔を青褪めている。

「まさか、プチッとする気なのかな……? やるというならこちらも考えがある! 体内の魔力を暴走させて――」
「だからしないって! でも、もっと怖い目に遭うかもね」
「へ?」

 ララは手へ掲げ、人差し指で天を突き、高らかと言葉を発する。
「眷属たちよ、我の下へ集え!」

 この言葉の応じて、ララが纏う黒マントから蝙蝠が溢れ出して、彼女の頭上に集まった。
 そしてララは、眷属たちへこう命じる。


「さぁ、みんな! ご飯の時間よ!」
「え?」

 アースの短い返事と同時に数百の蝙蝠たちが彼に襲い掛かった。
 蝙蝠たちは結界にできたこぶし大の穴から入り込み、アースの体を牙でカプカプしていく。
「ぎゃっ! こいつら、僕の血を! やめろ、やめてくれぇえぇぇぇ!」

 真四角の結界は真っ黒な箱へと生まれ変わる。
 しばらく経つと、ララは人差し指をクイっと曲げて、蝙蝠たちを呼び戻した。
 血でお腹を満たした蝙蝠たちはこぶし大の穴を窮屈そうに通り抜けて、彼女のマントへと吸い込まれていく。
 その中で赤い鉢巻をつけた蝙蝠が一匹ララの肩に止まり、でっぷりした腹を抱えている。

「くぷ、おなかいっぱいデスネ」
「うむ、ご苦労様」

 少女と蝙蝠のやり取りにラプユスが目を丸くする。
「え、しゃべるんですか? この子達?」
「いえ、鉢巻を付けたこの子だけよ。さて、どうなったかな?」

 アースを閉じ込めた結界へ視線を向けた。
 そこに居たのは、皮膚がカサカサになり干からびかけたアースの姿。

「あ、あ、あ、は、か、は、はぁ、は~」

 彼は柳の葉のように体を揺らめかせながら地面へと突っ伏した。
 この惨状にラプユスが尋ねる。


「死んじゃいました?」
「ううん、ぎり生きてるはず」
「はぁ~……ララさんって、残酷な方なんですね」
「えええ~!? あんたが言うの? どの口で?」
「この口で言いますよ。ほら、この口で」

 そう言ってラプユスはタコのように尖らせた口へ指先を置く。その顔を見たララは笑っている。
 この血煙舞う戦場で少女たちは日常のようなふざけた掛け合いを行っている。
 大将軍ウォーグバダンは二人の姿。そして、アスカ・シャーレ・レムの戦いを見届け、感嘆の声を漏らした。


「信じられん。五騎士がこうまで容易く……何という少女たちだ」
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