上 下
39 / 56
第五章 真昼に舞う宵闇の王女

第39話 相手が悪すぎた

しおりを挟む
 アスカはラプユスとレムと協力してすでにクラーケンと戦っている最中だった。

「ラプユスよ、船に結界を張れるか?」
「ちょっと難しいですね。足が船に絡みついていますから無理やり結界で押しのけようとすると船体が砕けちゃいます」
「そうか。それでは、乗客や水夫に被害がでんよう、彼らを守ってやれ」
「はい、任せてください」


「レムよ、ワシらで邪魔な触手を排除するぞ」
「了解、です」

 アスカは拳をクラーケンの脚へぶつけ粉々に吹き飛ばし、レムは大剣をって複数の剣線を走らせ切り刻む。
 その途中でアスカがこちらの状況に気がついた。

「おぬしら、遊んどらんで協力せい!」
「遊んでねぇよ! 命の危機だっての!」
「あ~、またシャーレの暴走か。仕方ないのぅ~。シャーレよ、フォルスの気を引きたいなら今するべきことはなんじゃ?」
「フォルスの?」
「そうじゃ、フォルスのじゃ。あやつが望むことをすればあやつの心を惹きつけられる。そして、フォルスが望むものはクラーケンから無辜の民を守ることじゃ!」

「フォルスが望む……」

 シャーレは闇の風に包まれながらこちらへ漆黒の瞳を揺らす。
「フォルス、救いたいの?」
「それは、もちろん」
「……そう」


 小さく短い返事の後、シャーレは薄く笑う。
「ふふ、ならば、救ってあげる! フォルスのために!!」

 彼女を包んでいた闇の風が一気に膨らみ、甲板かんぱんに激しい気流を生んだ。
 気流は空を駆け抜け、クラーケンの意識を引く。

 巨大な触手の一つがシャーレへし掛かってきた。
 だが、彼女は口元を綻ばせ微動だにしない。

「愚鈍な存在。力量も弁えないとは、愚かな。深淵の風ダバイシャ・ハボゥ

 触手がシャーレへぶつかる寸前で、それが大きく跳ね上がった!?
 大樹の胴の如き脚が漆黒に染まる風のやいばに切り落とされ、さらに風の刃たちが追い打ちと足を細かく切り刻む。
 シャーレは何事もなかったように、自身が生んだ風により乱れた髪を撫で整える。

「フンッ、些末な知性しか持たぬ怪物が、この私に触れることを差し許されると思ったの?」


 そう言葉を漏らした彼女からは、畏怖と畏敬が溶け合う迫力を覚える。
 その姿を目にして、俺は再認識する。

(普段はそうでもないけど、やっぱりシャーレは魔王なんだな。並みの者じゃ持ち得ない威風を纏い、そして、純粋に強い!)

 その強さは彼女だけではない。
 アスカたちも……。

「ひゅんひゅんと鬱陶しい触手じゃの~。全部切り落として、晩飯にしてやるとするか」
「アスカさ~ん、早く船体から切り離してくださいよ~。結界が張れませんから」
「初撃は簡単に入りましたが、警戒度が上がり、全体に、魔力による防壁を張っていますね。もっとも、問題、ありませんが」

 船よりも巨大なイカの化け物を相手に、三人とも余裕の表情。
 アスカは触手の動きと力の流れを読み切り、敵の攻撃打点をずらしいなして、お返しに拳を打ち込む。
 
 ラプユスは襲い掛かる触手から水夫や乗客を守るために、個々に結界を生んで彼らを守っている。
 レムは大剣使いでありながらそうと感じさせぬ雷光のような動きを見せて、クラーケンの体へ剣線を走らせる。

 シャーレは闇の風で己を守りつつ、漆黒のやいばを操り、クラーケンの肉を削ぎ落としていく。


 彼女たちの活躍を目にしたララがおぼろげな言葉を生む。
「ねぇ……あんたの連れ、強すぎない? クラーケンって魔物の中でも、トップレベルの強さなんだけど……」
「そういう人たちの集まりなんで――ララッ!?」

 槍のように鋭く尖った一本の触手がララを突き刺さんと襲い掛かってきた。
 だが、彼女は――

「わかってるって!」
 腹部に幾重にも巻いたベルトへ手を置くと、そこに挟んであるナイフを数本引き抜き、それを触手ヘ放った。
 それらが吸盤へ突き刺さると激しい爆発音が広がり、鼓膜を振盪しんとうさせて痛みを走らせる。

「――ッ!? あのナイフ、爆薬仕込みか?」
「ふふ~ん、さっきは油断しちゃったけど二度目はないから。さ~て、お返しといこうかな!!」


 彼女は蝙蝠とともに空へ舞い上がり、腰元の円月輪チャクラムを手に取ってクラーケンへ飛ばす。
 キーンという音とともに二輪の刃がクラーケン頭部のひらひらした耳を切り落とす。
 その痛みに悶え、苦し紛れに触手を振り回すが彼女の影すら捉えることもできずくうを切る。

「ふんっ、のろま。さぁ、わが眷属よ。ご飯の時間よ! いっけぇぇぇ!」
 彼女を包み込んでいた蝙蝠たちが列をなしてクラーケンへ空襲を仕掛けた。
 蝙蝠たちは触手の動きを巧みにかわし、怪しくぎょろりと光るオレンジ色の片目を喰らう。


――がぁぁあぁぁぁあぁ!――


 片目を貪り食われた海の怪物クラーケンが悲鳴を上げた。
 甲板かんぱん上で背中合わせに立つアスカとシャーレが悲鳴の轟きに顔を向ける。

「ほ~、なかなかやるのぅ。ただのアホの子じゃと思ったが」
「少々抜けているところはあるようだけど、あれでも王の血族。クラーケン如きに遅れを取ることはないでしょ」

 二人の批評通り、ララはクラーケンを前にしても常に余裕の笑みを浮かべ、蝙蝠たちと共に空を舞い、幾度も空襲を仕掛けている。

 その動きは――俺よりも遥かに上!


(彼女は魔族。もし、敵として現れていたのなら、今の俺では勝てない――)
 時滅剣クロールンナストハの力を行使しない、俺本来の実力ではララには勝てない。
 ラプユスも含め、自分と同じ年くらいの女の子たちよりも弱いという現実に悔しさを覚える――だからといって、腐っていてもしょうがない!!

 彼女たちの活躍を見守りつつ、俺は思う。
「今回は俺の出番はなさそうだな……あの戦列に加わっても遜色がないように、もっともっと頑張らないと」

 数分後、悲鳴と怒号は消え去り、静けさが戻る。
 憎しみと恨みを抱き、復讐を遂げんと現れた哀れな海の怪物クラーケン。
 しかし、の者の願いは成就することなく、儚くついえたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

キリンのKiss

ユーリ(佐伯瑠璃)
恋愛
「心が震えるような恋をしろ」 上司から言われたその言葉に歯がゆさを抑えられずに反発をした。 貿易会社の港湾部運搬課で働く木崎夕凪(キサキユウナ)29歳。男の世界で働くクレーン運転士。 夢はエースガンマンになること! 最後に恋をしたのはいつだっけ? 好きな鉄に囲まれているうちに恋の仕方を忘れてしまった。 そんな夕凪が通関課で働く沢柳浩太(29歳)に身も心も乱される。性格は正反対な彼との意外な共通点。どんどん縮まる二人の距離。目覚める乙女心に戸惑いながらハッピーエンドに向けて突っ走ります。 クレーン運転士と通関士の恋物語です。 ロジスティクスシリーズ第3弾 ※ムーンライトノベルズにも投稿済みです。 ※R18に予告はありません。このお話は全てフィクションです。

クソゲーの異世界で俺、どうしたらいいんですか?

けいき
BL
夜道で交通事故にあった竹海瑠架は意識を失う。 誰かに声をかけられ目を開くと目の前にはゲームやアニメのようなあり得ない色味の髪をした女の子がいた。 話を聞くと奴隷商人に売られたと言う。 え、この現代に奴隷?奴隷!?もしかしてコレは俺の夢なのかな? そんなことを思っていたらなんだか隔離されてるのか部屋の外が騒がしい。 敵が攻めてきた?それとも助けてくれる人?どっちかわからないけれど、もしこの部屋に来たら攻撃してもーー? 大丈夫。怖くない、怖くないよ。死んだらきっと起きるだけ……。 時間が経つにつれ、なんかリアルっぽいんですけど……。 もしかしてゲームやアニメ。ラノベ天ぷら……じゃなくてテンプレ展開ですか!? この作品は「ムーンライトノベルズ」に4/13より掲載しています。

新撰組の想い人 ~幕末にタイムスリップしたオメガの行方~

萩の椿
BL
オメガとして虐げられて生きてきた慧は、ひょんなことから明治維新の時代にタイムスリップする。運良く拾われた遊郭「となみや」で性別を偽り働く中で、新撰組の近藤、土方、沖田と出会う。情熱があり、懐が広い近藤に思いを寄せる慧は、近藤に数々の助言をするが、全てが慧の助言通りに進むため、逆に土方に怪しまれて屯所に囲われてしまう。 少々歴史と違う部分がありますが、ご了承ください

ゲイ男優育成所

かば
BL
権田剛のゲイ男優育成物語 ただのエロオンリー

アリスと女王

ちな
ファンタジー
迷い込んだ謎の森。何故かその森では“ アリス”と呼ばれ、“蜜”を求める動物たちの餌食に! 謎の青年に導かれながら“アリス”は森の秘密を知る物語── クリ責め中心のファンタジーえろ小説!ちっちゃなクリを吊ったり舐めたり叩いたりして、発展途上の“ アリス“をゆっくりたっぷり調教しちゃいます♡通常では有り得ない責め苦に喘ぐかわいいアリスを存分に堪能してください♡ ☆その他タグ:ロリ/クリ責め/股縄/鬼畜/凌辱/アナル/浣腸/三角木馬/拘束/スパンキング/羞恥/異種姦/折檻/快楽拷問/強制絶頂/コブ渡り/クンニ/☆ ※完結しました!

公開凌辱される話まとめ

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 ・性奴隷を飼う街 元敵兵を性奴隷として飼っている街の話です。 ・玩具でアナルを焦らされる話 猫じゃらし型の玩具を開発済アナルに挿れられて啼かされる話です。

妹に騙され性奴隷にされた〜だからって何でお前が俺を買うんだ!〜

りまり
BL
俺はこれでも公爵家の次男だ。 それなのに、家に金が無く後は没落寸前と聞くと俺を奴隷商に売りやがった!!!! 売られた俺を買ったのは、散々俺に言い寄っていた奴に買われたのだ。 買われてからは、散々だった。 これから俺はどうなっちまうんだ!!!!

処理中です...