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第17話 暴虐の片鱗

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 一人で竜神を相手にしていたソルダムさんの隣に私は並ぶ。

「ごめん」
「いや、謝る必要ない。むしろ、ここまで巻き込んだ俺が謝罪すべきだしな。それよりも、大丈夫か?」
「エイは動けないっぽい。私も少しふらふらするけど、なんとか大丈夫。ソルダムさんの方は?」


 彼の姿を素早く瞳に収める。
 短い間とはいえ、一人で竜神を相手にしていたため、彼の全身には傷が走り、その傷口からは血を生んでいる。

 それでも、私を心配させないようにと痛みを顔に表さず、無理やりな笑顔で声を返してきた。
「へへ、こっちは大丈夫だ。少し話は逸れるが、ずいぶんと変わった格好だな? 襟元に鳥の羽と文字のような記号を合わせた紋章がついて、服の材質も良さそうだし。君は呪術師シャーマンだったりするのか?」
「そんなんじゃないよ。紋章は校章で服は学生服と言って、っと、説明してる場合じゃないか。あんまり気にしないで」

「たしかにそんな場合じゃないな。ともかく、いざとなったら、お前たちだけでも逃げられるように俺が――」


「はっ? 逃げる? 冗談! あのトカゲ野郎をミンチにするまで終わらないよ!!」
「ユ、ユニ?」

 心の奥底から湧き上がってくる怒り。それが私の感情を焼き尽くしていく感覚を覚える。
 生まれ出たこの炎が全てを焼き尽くすまで、私は止まる気はない……。

「ソルダムさん、行こう。アレを磨り潰す……」
「え……ああ! 行こう! ユニ!!」


 私とソルダムさんは左右に分かれて、竜神へ攻撃を仕掛ける。
 ソルダムさんは雷球を左手に浮かべた。
 アレが竜神に当たった後じゃないと、私たちの攻撃は全くと言っていいほど通らない。
 さらに、当たっても十秒もすれば、カチンコチンの竜神に戻っちゃう。

 その竜神は雷球にさえ当たらなければ私たちなんて問題ないとわかり、ソルダムさんの動きだけを警戒する様子を見せている。
 これじゃ、雷球を当てるなんて……いえ、それでも!! 何とかして隙をこじ開けてないと!!


 竜神の牙が私たちの皮膚を切り裂き、鉄の如き固い尻尾が私たちを近づけさせない。少しでも離れると、口から光弾が放たれて、私たちを消し去ろうとする。

 日本で普通に暮らしていれば、絶対に味わうことのない緊張感。
 その緊張が体を縛るはず――縛るはずなのに、先手必勝と殴り掛かった時と比べると、体が軽い感じがする。 

 全身に痛みが走って万全じゃないはずなのに……。
 私は竜神の動きを落ち着いて見れるようになってきてる。
 だけど、その落ち着きを乱す声たちがいる。
 それが――鬱陶しい。


 集落の人たちが遠巻きから傷だらけの私たちに罵声を浴びせる。
「死ね! 殺されてしまえ! 見ろよ、女の奇妙な格好。妖怪の化身に違いない!」
「だから、神に逆らうんだな!! 神に弓引く罪人め! 喰い殺されてしまえ!!」
「化け物にそそのかされたソルダムも馬鹿だぜ。あははは!!」


――ああ、鬱陶しい。本当に鬱陶しい。あいつら――

 足枷をされて動けないナツメさんが狂声を上げる。
「冒涜よ! あなたたちは神に殺されるのよ! きゃはは、むしろ光栄でしょう。竜神様から直々に御手を掛けられるんだから!!」

 目の前で戦っているのは幼馴染であり、彼女を愛する男性。
 たしかにそれはソルダムさんの一方的な思いだけど……。
 ソルダムさんは彼女へ、恋から遠ざかる思いをぶつける。

「いい加減にしてくれ! 君は自分より幼い少女になんでそんなことが言えるんだ!!」
「あなたこそ、どうしてそんな愚か真似ができるの?」
「それは君を助けたいからだ!」

「私はそんなこと望んでいない! 私は竜神様にこの身を捧げたいと願っている。それを邪魔しているのはあなたたち! 私の夢を邪魔するあなたたちを罵って何が悪いって言うのよ!!」


――ああ、鬱陶しい。心底、鬱陶しい。身体が痛い。血が流れる。怖い。ムカつく。私はなんでこんなことをしているの? ナツメさんを助けたいから? 彼女は拒絶してるのに? いや、違う!――


「そうだ、私のしたいことは、全然違う……私が戦っている理由は……」
「キャハハハ! 早く竜神様に殺されなさい。慈悲を乞いながら後悔にまみれて死になさい! この背徳者めぇぇぇえ!!」


「うるさぁああぁぁあああああい!!」
「きゃっ!!」


 私はナツメさんを――――拳で殴りつけた。
 この動きに、ソルダムさんや集落の人たちが身を固めている。竜神もびっくりしたみたいで固まっちゃってる。
 私は彼女の長い髪を引っ張り、無理やりこちらへ顔を向けさせた。

「さっきからグダグダグダグダ言いやがって! 別に私はあんたを助けたいなんて思ってない! 命なんてどうだっていいの!!」
「……へ? じゃ、じゃあ、どうして?」

「私の気分が悪いからだよ! くだらない理由で死んでいく人を目の前で見てたら気持ち悪いの。その気持ち悪さを解消するためにあんたの命を救ってるだけ。そう! 自分のためであって、あんたのためじゃない!!」
「そ、そんな、勝手な理由で」
「勝手で悪い!!」

 私はさらに強く髪を引っ張る。
 彼女はそれに悲鳴で応える。
「嫌ぁぁ、痛い痛い痛い、やめてよ!!」
「痛いだって? 笑える! みんな、こんなものが痛いんだってさ! くくく、あはははははは!」


 私は狂ったような笑いを見せて、血に染まった額を彼女の額にくっつける。
「言っとくけど、私が頬を殴った痛みよりも、こうやって髪を引っ張る痛みよりも、全身傷だらけのソルダムさんの痛みよりも、血が流れるこの頭の痛みよりも…………生きながら臓物はらわたを切り裂かれて食べられる方が、もっと痛いよ……」

「――っ!?」

 私は血に染まる黒の瞳をゆらりと動かして、竜神を見た。
 その動きに釣られるように、ナツメさんの瞳が動き、竜神の鋭利な牙を瞳に映す。

 歯並びがクチャグチャの乱杭歯らんくいば
 そこには、私やソルダムさんの血が混じり、薄汚い黄ばんだ歯を赤く染める。
 吐き出す息には生臭さが溶け込み、肉食獣としての獣の姿を見せる。

 ナツメさんはその姿をしっかと瞳に刻み込んで、急に体全身を震わせ始めた。
 怯える彼女の姿は、私の心へ性的興奮にも似た愉悦を与える。
 私はくすりと笑い、恐怖を咀嚼するナツメさんに言葉を贈った。

「ふふ、ナツメさんって、そのままでも綺麗だけど……怯えてる方がもっと可愛いね」
「ひっ!」

 彼女は小さな悲鳴を上げて、へたりと座り込み、地面を濡らす。
「ありゃ、ちょっと怖らせすぎたかな? でも、竜神が怖いものだとわかってくれて、私は嬉しいよ。クス」

 
――エイ
 
 エイは上半身だけを起こして、一連の流れを見ていた。
 自身の尿で尻を濡らすナツメを前にして、悦楽と冷淡な笑みを纏うユニを見つめる。
(漏らしたのは竜神に対してじゃない、君の対する恐怖だよ。フフ、思惑通り、ついにユニが、その片鱗を見せ始めた。彼女が持つ才能――暴虐! ぬるま湯のような社会で生きていては、絶対に開花しえない才能。だけど、この状況なら……あと、一押しだな)
 
 彼はソルダムへ視線を移す。
(いくら暴虐の力が開花したとしても、それで竜神に勝てるというわけじゃない。だからこそ、ソルダムが役に立つ。空間に干渉して魔法を生むという、稀有な力を操ることのできる、この惑星せかいの力が……)
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