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第8話 洗脳って怖いよね

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 謎人物はさておき、私もまたエイと同じように顔を生贄の少女ナツメへ向けて、おじいさんに尋ねてみた。

「ナツメさんでいいのかな? それともナツメ様?」
「様なんて大層な! ナツメで結構ですぞ」
「それじゃ、ナツメさんで。みんながナツメさんに話しかけては離れてるけど、何をしてるの?」

「それは祝辞を述べていますのじゃ。竜神様のにえになるということはほまれですから」
「……なるほど。それじゃ、私たちもお祝いの言葉を掛けないと。こんなに美味しい食事を出してくれたのに、だんまりじゃ失礼だし。ね、エイ」
「ああ、そうだね。失礼が無ければご挨拶をしてもかまいませんか、チェリモヤ殿」

「ええ、もちろんじゃよ。晴れの日に珍しい御客人が訪れて、その方々から祝辞を頂けるなど、まさに竜神様のご加護。どうぞ、どうぞ」


 おじいさんは私たちの申し出を快く受けて、率先して今宵の大切な主賓であるナツメさんが居る場所まで案内しようとしている。

 この様子から私は……エイにだけ聞こえる小さな声を漏らす。

「私たちを警戒してない。ということは、隠れてる人は監視とかじゃなさそうね」
「ああ……君は中々の洞察力を持っているんだね?」
「うん?」
「俺の僅かな動作で茂みのことに気づき、挨拶という理由を使って彼らの真意を探ろうとしている」
「え、これくらい普通じゃない?」

「フフフ、事前調査で君のことを知っていたが、調査以上だ」
「は? ストーカー行為の告白? やばい人だ!」
「何を馬鹿なことを。第一、君にストーカーの心配なんて必要ないだろう」

「はい?」
「君は友人に紹介された男友達から『見た目は清楚っぽいけど、なんか違う』と言われるくらい、やんちゃが過ぎる少女なんだから」
「なんでそんなことまで知ってるの!? やっぱりストーカーじゃん!!」
「はいはい、ともかく、ナツメと言う少女に話を聞こう」


 そう言って、エイは神輿に据えられ、煌びやかな衣装に身を包むナツメさんの元へ向かった。
 私は宇宙人にストーキングされてプライベートまで筒抜けだったことを知り、寒気と苛立ちを交えながら彼の後を追う。


 おじいさんは途中まで見送ると、距離を取って離れる。
 祝辞の邪魔はおさでもしてはいけないそうだ。

 私とエイは交互に祝辞を述べる。
「おめでとうございます。竜神様の下に行かれるとは名誉なことですね」
「その栄誉ある祭典に参加できたこと、望外な幸福です」

「ありがとうございます、旅の御方。このような栄誉ある日に、お二人と出会えたことは竜神様の御導き。大変、嬉しく思います」

 ナツメさんは長い新緑の髪を少し揺らして、透き通るように無垢で純白な笑顔を見せた。
 この祭りが終わると生贄として捧げられるのに……。

 形式的な祝辞を述べた後、エイはナツメさんの姿をちらりちらりと見て何やら考え込んでいる様子。
 何をしてるか知らないけど、間が持たないので私が間を埋める。

「えっとね……」
「どうされました?」
「あ、そのね。失礼かもしれないけど、怖い、とかないの?」
「こわい、ですか?」
「今晩にはナツメさんはいなくなっちゃうんだよ。それが怖くないの?」

「クスクスクス、面白いことを仰られますね。私の血肉は竜神様の一部となり、魂もまた交わり渾然一体となります。人の身でありながら、神と一体になれるのです。ですから、恐怖などありようがありません」


 ナツメさんは恍惚とした表情を見せると、これから訪れる運命を暖かな微笑みで受け入れて、滑らかな緑の瞳の内側に柔らかな光を浮かべた。
 そこには、一切の迷いや疑念なんてなくて、心の底から自分が幸せだと思っている。
 今ここで、私の持つ常識的な価値観を唱えても絶対に届かない。


 だから私は笑顔を見せて、謝罪を返す――今は……。

「ふふふ、そうだね。変なこと聞いちゃってごめんなさい」
「いえいえ、そのようなことは。今世こんぜからのお別れの日に、村のことしか知らない私の元へ、外からの御客人。それも年の近い女の子。そんな方とお話ができて楽しかったですよ」
「……そう、それだったら、嬉しいな。それじゃ、そろそろ」

 私は何やらボーっとしているエイの肩を叩く。
「エイ?」
「うん? ああ、戻るんだね」


 宴席に戻り、食事を再開。
 その食事を終えた頃には祭りの熱気も薄れ、終わりが訪れる。

 ナツメさんは翡翠を纏う煌びやかな衣装を脱ぎ、真っ白な装束に着替えて、神輿に乗せられ、おじいさんと数人の男衆だけで山奥へ。
 ここから先は集落でも限られた人間以外、立ち合うことはできないと言われた。
 
 おじいさんと男たちは、竜神が現れる祭壇にナツメさんを一人置いて戻ってくるんだって。
 残った男と女たちは祭りの後片付け。

 私とエイは村のおばさんに案内されて、用意された宿へ。
 宿と言っても、簡素な小屋だけど。

 おばさんが離れ、私は狭い小屋ではなく外で会話を行うことにした。
 もちろん、周囲を警戒しながら。
 私はエイにナツメさんを観察していた理由を尋ねる。
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