マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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第二章 ここは剣と魔法の世界

不慣れな幼い子との付き合い方

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 アプフェルは名付けに満足したのか、ふむふむと何度も首を振っている。
 俺は彼女の態度にため息をついて応える。
 そんな俺たちのやり取りをそばで見ていたフォレが、柔らかな笑い声を上げてきた。


「ははは、二人とも仲が良いですね。やっぱり女の子同士の方が、気が許せるのかな?」
「女の子同士ねぇ……ノリが軽いから付き合いやすいってところかな。フォレももう少し、柔らかくなった方がいいぞ」
「は、はぁ、努力します」

「ちょっと、ヤツハ。フォレ様に失礼よ……でも、ヤツハ。うんうん、私のセンスは完璧ね」
「異議あり。人にガガンガなんて名前を付けようとする奴にセンスなんてないぞ」
「それが名づけの親に言うセリフ?」
「親なら俺の面倒見てくれ、ママ」
「悪いけど、うちは甲斐性なしを養う余裕はないのよ」

 初対面とは思えぬ、軽妙な掛け合い。
 フォレは再び、優し気な笑いを見せた。

「ふふふ、本当に気が合いますね、二人は。特にアプフェルは、同じくらいの年の女の子と仲良くしているところを見たことないから、珍しいものを見た気がするよ」
「それは……あいつら、フォレ様……ねら……」

 
 アプフェルの声は徐々に小さくなっていき、最後は聞き取りづらいものになった。
 フォレには彼女の声は届かなかったようだけど、すぐ隣にいた俺にははっきり聞こえた。
 アプフェルは他の女がフォレを狙っているから仲良くできない、と。
 
 要はライバルのような存在だろう。
 これに加え、彼女は同年代の女子と比べてフォレと近い位置にいるようだし、妬みもあって仲良くしてくれないのかもしれない。
 そう考えると、かわいそうな気がする……。
 しかし、次のフォレの質問に対するアプフェルの答えで、同情心は消え失せる。

「でも、どうしてアプフェルは、えっと、ヤツハさん、とは仲良くおしゃべりできるんだい?」
「それは……初めてヤツハを見たときは、可愛いし危険な感じがしたけど、でも中身がアレだから……大丈夫かなって」
「はぁ?」

 フォレはアプフェルの答えの意味がわからず首をひねっている。
 しかし、俺にはしっかりとその意味がわかった。
 俺の性格が粗雑だから、フォレがなびくことがないと踏んだようだ。
 
 そりゃ、俺もフォレといい仲なんて関係にさらさらなる気はないけど。中身男だしっ。
 でも、ナメられた感を、これでもかと肌に感じる。
 
 そういう計算高いところが、同年代の女子と仲良くできない原因じゃないのか?

 アプフェルを見ながら、彼女のことを考える。
 フォレにベタ惚れで、嫉妬深い。
 しかし、俺の怪我を知るや否や、すぐに謝罪をし、治療をしてくれる素直さと優しさを持っている。
 ところが、記憶のことをあまり気にしてないとわかると、軽口を叩き始める。
 性格は悪くない感じだが、お調子者の才能を感じる。
 だけど、個人的には結構面白い子だ。


 ともかく、めでたく俺の名前も決まり、いざ宿屋へ。
 宿屋を入るとすぐ左手に階段があった。階段は踊り場を挟んで、二階に繋がっている。
 
 視線を店内に向ける。
 正面奥には調理場。それと向かい合う形で木造のカウンター席ある。
 また、目に入るだけでも、三~四人掛けの丸いテーブルが十席ほど設けられていた。
 さらに奥があるようなので、かなり奥行きがある宿屋みたいだ。


 食事を取っている客の一人がフォレに気がつき、彼の名を呼ぶと、波紋が広がるように店内は沸き立つ。

 店内にいる屈強な男に頑固そうな爺さん。ウエイトレスらしき女性たち。子連れの家族。
 老若男女問わずに、皆がフォレに声をかけてくる。
 その様子は敬意を示しながらも、親しみ深い様子だった。

 厨房からエプロン姿の恰幅のいいお団子頭のおばさんが出てきて、フォレに話しかけてきた。
「仕事は終わったのかい? 騎士団はみんな戻ってきているのに、フォレ様だけ遅いから心配したよ」
「心配させてしまい、申し訳ありません。トルテさん」
「ふふ、ケガもなさそうでなによりだよ。おや、その子は?」

 トルテというおばさんが俺の方へ顔を向ける。俺が軽く会釈を返したところで、フォレが事情を話し始めた。
 事情を聞いたおばさんは、こちらを気遣うそぶりを見せる。


「記憶がないなんて大変だねぇ。フォレ様、この子の面倒は私がしっかりとみるから安心しなよ」
「ありがとうございます」
 俺もフォレに続き、礼を述べる。
「すみません。ご面倒をおかけします、あっ」
 と、礼を述べていたところに、お腹がキューっと鳴き声をあげた。

「え~っと、すんません。こいつは俺の意思とは無関係で」
「あはははは、大変だってのになかなかの余裕じゃないか。面白い子だね。じゃあ、注文が決まったらすぐに作ってきてあげるよ。ピケ、この子たちを席まで案内してあげな!」
「は~い、お母さん」

 
 幼い女の子の声が店の隅から聞こえてきた。
 十歳にも満たない女の子が、お盆を両手に抱えてこちらへやってくる。

「フォレ様、こんばんわ~」
「はい、こんばんは。ピケは元気だったかな?」
「元気だよ~。アプフェルちゃんもこんばんわ~」
「もう、ちゃんはやめてって言ってるのに~。こんばんは」
「うん。んで、こっちの人はだれ?」

 ピケという名の少女は首をくりくりと動かしながら、純真無垢な瞳を俺に向けてくる。
 透明な好奇心を宿してキラキラと光る瞳が眩しすぎて、俺の視線は泳いでしまう。
 別に子どもが嫌いというわけじゃないが……とても苦手だったりする。
 どう対応していいのかわからないので。

 しかし、子どもを無視するというわけにもいかない。
 泳いでいた視線をピケに合わせる。
 
 長い赤毛の髪を二本の三つ編みでまとめている少女。
 瞳は栗色で、ほっぺたが桃のように赤みを帯びている。
 とてもはつらつとした元気な女の子といった印象。

「えっと、初めまして。俺は……ヤツハって言います。よろしく」
「うん、よろしく。わたしはピケ。『サンシュメ』の看板娘だよ~」
 
 ピケは体をくねらせる。色っぽさをアピールしているんだろうか?
 同じ年齢なら、なんでやねんとツッコむところだけど、幼い子ども相手だとあまり強く当たると悪いか? 泣かれでもしたら困るし。
 とりあえず、ここは無難にいこう。

「そっかぁ、看板娘かぁ。サンシュメが繁盛しているのはピケのおかげだね」
「うん。おねえちゃん、わかってるねぇ」
 と言いながら、肘で俺の腰を突いてくる。

 うむ、生意気なお子様だ。
 この子の性格なら、素のままの俺で付き合っても大丈夫そうだ。
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